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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:紬編 『担ぎし者』として Road_to_"DESPAIR"
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 ―――喉が酷く乾いた。

 ―――朝方で冷えるはずなのに、嫌な汗が出てくるのが止められない。


「……っ!?」


 強烈な違和感が頭を殴りつけて来る。瞬きもしていなかったのに、自分のいる位置がアリスの傍に戻ってきているし、『風月』に変えていた『エクシード』も指輪に戻っていた。体の疲労感も抜けており、まるで白昼夢でも見ていたようだ。


「な、にが……時を戻した? いや、ソラに似た『ユニバース』そのものへの干渉……?」

【最初から何も起きてなかった。ただそれだけの事だよ。ああ、勿論君が負った傷や消耗した覇力に関しては別だけどね】


 彼が言っているのはカケルの事だ。発動していた『シン・クロスモード』も解除されており、位置もアーサーと同じように黒い人影が現れた時の場所に戻っている。しかし全身の傷はそのままで、出血が足元に血溜まりを作っていた。

 時間や『ユニバース』を巻き戻した訳では無い。すべて都合が良いように初期状態に戻された。


【残りの『覇力』からして次が最後の一撃かな? 君の人生最後の一撃だ。それで僕を殺すか、それとも耐えて君が死ぬか。結末は二つに一つだ】


 すでに肩で息をしているカケルは満身創痍で、勝ち目が無いのはアーサーの目から見ても明らかだった。

 カケルは一度大きく息を吸って吐き出すと、背後にいるアーサーとアリスの方に振り返る。


「……『LESSON7』。これが最後だ」

「カケルさん……?」

「俺が最初に守りたいと思ったものは世界だ。……アーサー、お前には言わなくても分かるだろうけど、それは大切な人達が暮らす小さな世界だった。でも『担ぎし者』の運命を知り、『無限の世界』に関わり、俺の世界はどんどん広がって行った。数多の世界の全てを守りたいと思ってしまった」


 何故今、こんな話をするのかが分からなかった。まるで遺言のような嫌な感じが胸中に広がって行く。


「これから先も様々な苦難がお前達を待ち受ける。だけど絶対に忘れるな。俺達は常に敵を打ち倒す為に戦ってきた訳じゃないって事を。多くの者達の命や尊厳、そして未来や希望……そういうものを守る為に戦って来たのだと。……だから、心で戦え。腕力でも知力でも特別な何かでもない、誰でも持っているありふれたそれが俺達の最大の武器だ」


 まるで、じゃなかった。

 それは遺言だ。彼は命を懸けて、最後の勝負に挑むつもりなのだ。

 アーサーもアリスも何も言えなかった。覚悟を決めた師にかける言葉が見つからなかったのだ。そんな二人の様子を見て小さく笑みを作ったカケルは正面に向き直り、黒い人影の方と相対する。


「……なあ。一つ聞きたいんだが、どうして俺をアーサーに引き合わせたんだ? 都合良く巡り合えたのは、どうせお前の仕業だったんだろ?」

【別に。僕にとっては彼も数多の『担ぎし者』の一人だ。でも彼が一番、君と馬が合うと思った。だから彼が次元間を移動する時に干渉して君の元へ繋いだんだ。そして力や技能を与えた以上、君の役目は終わりだ。そもそもこの時の為に僕は君だけは生かし続けた訳だしね】

「……それで今になって殺しに来たのか、ダァト……?」

【懐かしい……そういえば、あの『世界』ではそう名乗っていたね。あの頃はセフィラというシステムを利用して君達と戦った。あの時、君が僕を殺していればこうはならなかったのに。本当に残念だよ】

「それは……もう、終わった話だ」


 懐かしむように、カケルは目を閉じて天を仰いだ。

 ほう、と一つ息を吐くと目は閉じたまま顔を元に戻す。


「俺は選んだんだ……お前が定めた『担ぎし者』の枠組みの中で、それでもみんなと生きて行く事を……たとえ僅かな時間でも、大切だと思える人達と過ごす道を……」


 カッ、と目を見開いたと同時に全身から紅蓮の焔と覇力が溢れ出した。

 今まで見た事も無いエネルギーの奔流は、彼が命を燃やして起こしている最期の力だ。


「これがお前に仕組まれた役割だろうと関係ない……俺の人生は、全部俺が選び続けてきた運命だ! たとえここで死ぬ事になったとしても後悔は無い!!」

【それでこそだ! 永遠に遊んでいたいけど、そろそろ終わりにしよう!! 来い―――大空カケル!!】

「行くさ―――すべて燃(オムニス、エ)え尽きろ(クスハティオ)!!」


 全身から噴き出していた焔と覇力が全て右手に集束していく。

 そして引き絞った拳を、カケルは真っ直ぐ前に突き出した。



「―――『想炎×覇(シン・クロス・ハ)王咆哮拳』(オウ・ディザイア)ッッッ!!!!!!」



 赫黒い雷を纏った紅蓮の極光が、黒い人影を飲み込んで突き進んでいく。

 大気を斬り裂き、次元を揺らす、そんな規格外の一撃。その直線状には何も残らず、黒い人影の姿も無かった。


【……流石だよ。無限に分割して弱体化していたとはいえ僕を殺せるとはね】


 嫌な声が辺りに響いた。

 そして次の瞬間、最初と同じように気付いた時にはカケルの前に現れたかと思うと、アーサーが捉えたのは黒い人影の腕がカケルの胸を貫通して突き破っている光景だった。


「なっ……カケルさん!! そんな、どうして……!?」

【ほら、この『世界』にも電子ゲームってのはあるだろう? 例えばゲーム内の上限レベルが一〇として、絶対に倒せないレベル無限の裏ボスが僕。ここに来たのはその裏ボスがレベル一〇〇に弱体化した残機無限の内の一体って所かな。なにせ僕自身がここに来ていたら世界の方が形を保てなくなっちゃうからさ】


 ゲームなんて一部の科学が進んだ国にしか無いし、そもそもやらないアーサーには何を言っているのか正確には分かっていない。けれど何を言いたいのかその意味くらいは分かる。その上で彼の言葉が信じられず体が震えた。


【この程度で絶望してくれるなよ? それにこれは裏を返せばチャンスだ。本来なら倒せない僕を死力を無限に尽くして殺し尽せば、最後には殺しきれるかもしれないんだから。まあ残機がどれくらいか知らないし、君達が一人倒している間に増殖を繰り返せるけどね】

「ぁ……ああ……っ!!」


 絶望しかなかった。

 勝てないという事しか理解できない。頭がどうにかなってしまいそうだった。歯がガチガチと震え、熱い瞳からは涙が溢れて来る。

 そんなアーサーに興味が失せたように、その黒い人影はカケルの方に意識を戻した。


【本当に残念だよ……僕は次の『担ぎし者』に全てを託す】

「奇遇だな……俺もだ」


 まだ息のあるカケルとそんな会話をすると、黒い人影は腕を胸から引き抜いた。


【さらばだ、友よ】

「ああ……じゃあな」


 そして、カケルの体がその場に倒れた。

 完全なる敗北だ。ぐちゃぐちゃの感情で混乱していた彼の頭を冷やしたのは、傍にいるアリスの手だった。彼女はアーサーの手に自身の震える手を重ねて、同じように涙を流しながら囁くような声で聞いて来る。


「か、カケルさんは……アーサーくんっ、カケルさんは……!!」

「ッ……」


 自分以上に動揺しているアリスを見て逆に少し冷静になれたアーサーは、やるべき事を見据えてゆっくりとその場に立ち上がった。そしてカケルの傍で立っている黒い人影を睨みつける。


【来るか? 正直、今の君には期待こそすれ大した興味は無いんだ。有象無象の『担ぎし者』の中の一人、それ以上でも以下でもない。向かって来ることに大義も意味もない】


 体の震えは止まらない。

 怖い。偽りなくそう思う。

 けれどそれらを全て飲み込んで、震えよりも大きな力で右の拳を固く握り締める。


「大義なんか知った事じゃない。無意味ってのはそうかもな。……でも、戦う理由ならある。それが人間ってものなんだよ」

【なるほど……確かにそうだ。これは一本取られたね。やはり君達は面白い】


 アーサーは強く地面を蹴って駆け出した。余裕を見せている黒い人影は防御動作どころか移動すらしようとしていない。どうせ無限に分割した内の一体だからと、どんな攻撃でも受け止めるつもりなのかもしれない。


(俺にはまだカケルさんみたいに完璧なタイミングで叩き込む事はできない。でもタイミングを合わせる為に、〇・二秒先の未来に叩き込む事はできる!!)


 走りながら魔力、呪力、氣力の三つの『力』を練り合わせていく。

 そして黒い人影の前で踏み込み、右の拳を突き出しながら小数点の彼方の『力』を出力する。


「『太極虚法(インヤン)』―――『天絶黒閃衝』クリティカル・スマッシュ!!」


 前みたいな偶然ではない、自らの意志で繰り出した『虚式の太極法』の一撃は胸の中心を穿ち、黒い人影を後ろに殴り飛ばした。だが倒れる事はなく少し後退するに留まり、攻撃を食らった胸をさすりながら嬉しそうに言う。


【『虚式の太極法』か……!! 素晴らしいね、この短期間で狙って放てるようになるとは。これは少々君の評価を改めないと】

(クソッたれ……覇力の攻撃が効いてない時点で分かってはいた事だけど、折角打てた『虚式の太極法』でも全然相手にならないのか……!!)


 一日で四回目の『太極法』を使えた事がそもそも奇蹟だ。どう足掻いても次は無い。それでもカケルのように最後まで戦い切る為に拳を握って構える。


【全てが未熟で未だ発展途上。でも将来性はあるね。ここは大空カケルと君の可能性に免じて見逃そう】


 しかし向かって来るかと思った黒い人影は、どうやらこれ以上戦うつもりはないようだった。


【また会える事に期待しているよ。可能性を秘めし(アーサー・S・)『担ぎし者』よ(レンフィールド)

「……っ」


 待て、なんて言葉も吐き出せなかった。彼が退く事で命拾いする事に疑いの余地が無かったからだ。

 黒い人影が現れた時と同じように忽然と消えると、今まで圧し掛かっていた重圧が消えたのを感じた。それからすぐにカケルの元に駆け寄る。


「カケルさん、すぐに病院に連れて行く!! この『ユニバース』にもあるよな!?」

「いや、良い……天使の回復力でも痛みを消すので精一杯だ。病院なんかじゃどうにもならない。それよりもアーサー、死ぬまでに時間が出来たのは僥倖だ。やるべき事と話がある」


 アリスの方も見ていたので、アーサーもそちらを見ると察した彼女もこちらに来る。そして二人が自分の左右に腰を下ろしたのを確認すると、カケルはゆっくりと話し始める。


「俺はあいつを殺さなかった……だから、方針を変えたんだ。やがて大選別が始まる。無意味に終わるかもしれないが『ディスペア』に備えろ。……そして、お前もヤツの元に辿り着いて選択しろ。歴代の『担ぎし者』の中で辿り着けたのは俺だけだが、お前もきっと辿り着ける。『何か』自身もそれを期待してるんだろう」

「『何か』?」

「あいつの仮の呼称だ。ダァトってのは偽名だった訳だしな」


 アリスの疑問にさらりと答えると、ポケットから一つの瓶を取り出してアーサーの方に差し出した。


「それからアーサー、これを」

「……これは?」

「『癒しの聖水』と呼ばれるもので、全身の細胞にエネルギーを与えて、どんな傷も病も癒せる。流れた血や欠損した部位までは戻せないが、これならお前の仲間を救えるかもしれない。上手く使え」


 カケルと出会った初日、今の自分の状況は伝えていた。勿論ネミリアの事も伝えていたのだが、まさか解決策まで用意してくれているとは思ってもいなかった。


「待ってくれ。それを自分に使えば助かるんじゃ……?」

「無理だ。これは理も概念も超えた、文字通り『この世界のモノではない力』で受けた傷だ。この『無限の世界』インフィニット・ユニバースの法則じゃ絶対に治せない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 改めて突き付けられる事実に心がずきりと痛んだ。しかしカケルは残り僅かな命でやるべき事をやる事しか頭に無いのか、次に右手を少し上げる。


「この手を握れば俺の力の一部を譲渡できる。でもそれは同時に『担ぎし者』の呪いも強める事になる。もしお前がそれを重荷に感じてるなら……」


 有無を言わさずアーサーはその手を取った。

 そこには一切の迷いも無かった。


「今度は俺が担ぐよ。あんたの意志は俺が継ぐ。『ディスペア』ってのを踏破して、『あいつ』は俺が必ず倒す。そして『無限の世界』の全てを救う。約束するよ」

「あたしも」


 アーサーに続くように、アリスもその手を取った。


「あたしも一緒に担ぐ。未来でアーサーくんと戦って行く為に。それからアーサーくんとカケルさんがいなくなったこの『ユニバース』を守る為に。今度は震えて泣くだけじゃなくて、立ち向かって勝てるように」

「そうか……安心したよ」


 優しく微笑んだカケルは、まずアーサーの方に視線を向ける。


「アーサー、俺はお前を信じる。お前こそが俺の次の『希望』だと」

「ああ……任せてくれ」

「そしてアリス。忘れるな。お前は一人じゃない。たとえ一時離れる事になっても、お前達の間には特別な縁がある。その縁がきっとお前を導く……だから、別れを悲しまなくて良い。また会おうと笑えば良いんだ。……俺が言っている意味が、今のお前なら分かるだろ?」

「うん……わかるよ、カケルさん。カケルさんを信じてる。アーサーくんを信じてる。信じて、託して、繋いで……それが仲間って事なんだよね? 離れていても、別れてしまっても、その想いだけは絶対に色褪せない。それが『希望』なんだって、今ならわかるよ」


 笑いながら泣いて、アリスはそう答えた。『ブラッドプリズン』を出てから僅かな時間だが、カケルやアーサーとの関りが確実に彼女の事を変えていた。彼女は二人の顔を交互に見て続ける。


「二人のおかげであたしはやっと人間(何者か)になれた。やるべき事を見つけられた。だから後は全部任せて」

「ああ……最後の仲間が、お前達で良かった……」


 満足気にそう呟くと、カケルは二人の方は見ずに空を見上げて息を吐いた。

 いつの間にか夜明けが訪れていた。僅かな陽光が世界を温かく照らしている。


「……俺がここで死ぬ事は気にするな。なるべくしてなった、俺の選択の結果だ。悔いは無い。元々行くべきだった場所に戻るだけだ。そう……これでようやく、みんなの所に行ける。行けるんだ……」


 カケルの瞳が揺らいだ。どこか遠くを見ている、まるでここにはいないような、今まで何度か見た事がある喪失の前触れだ。

 アーサーには何もできない。アリスにも何もできない。出来るのはただ、師の最後を看取る事だけだ。

 自分の無力さが嫌になる。どれだけ力を付けても全てを守れる訳ではなくて、どうしようもなく掌から零れ落ちてしまう命がある現実に涙が溢れて止まらない。


「……感謝するよ」


 囁くような小さな声で、本当にここにいるのかも分からない弱々しい息づかいで、それでも彼は満足気な様子で最期にこう言う。


「これまでの出会いと……全てに」


 それが幾度となく戦い続け、世界の凄惨さを嫌というほど見続け、傷つけて傷つけられてを繰り返し、多くの出会いと別れを経験し、幾度となく理不尽と向き合ってきた男の、今際の際の最期の言葉だった。

 その直後、全身に傷口から呪いが広がり、瞬く間にその体は塵となって宙に舞って消えて行ってしまった。慈悲も何もない、完全なる消滅だ。

 しかし、その体は世界に残せずとも、その意志は次に託された。

 だから託された彼らは、信じて託してくれた者の為に進まなくてはならない。

 この死をしっかりと受け止め、気が済むまで悲しんだら、もう一度真っ直ぐ道を歩き始めなくてはならないのだ。

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