-01 虚式の力
ヨハン=N=モナーク
今も元の『ユニバース』でも『ノアシリーズ』最強の『オライオン級』の一人として立ち塞がり、余裕を持って構えているその男。
「一応、見事と言っておこうか。さて、金属の雨をその身に受けてみるか?」
『太極法』はもう使えない。アーサーの体力は限界に近く、氣力を一気に使い切ったアリスも動けないほど疲弊していた。
「さあ、逃げろよアーサー・レンフィールド。そんな女見捨てて逃げちまえ。どうせお前の『ユニバース』じゃないんだ。何が起きたって知った事じゃねえだろ?」
「……、」
アーサーは静かにアリスの前に出る。
いつもと同じように。ただ目の前で守りたいと想う誰かを守る為に。
「守って何の得がある?」
「それでも守る。損得勘定なんか知った事か。何があっても彼女を守る、とっくの昔に……いや、ずっと未来で決めたんだ」
「なら精一杯抗って死ね」
ヨハンが手を前に出すと文字通り金属の雨が降って来る。
手を前に出して『妄・穢れる事なき蓮の盾』を発動しようとしたその瞬間だった。
「―――『燈王輝炎豪撃』!!」
アーサー達の後方。そこに蛇のような巨大な体躯の炎の龍が現れた。それがこちらに向かって飛んでくると全身から炎の鱗が分離し、それらも凄まじい速度で飛んで行くとヨハンが操っている金属と相殺しあっていく。まるで全てに追尾機能が付いたクラスター爆弾だ。残された頭部は本命であるヨハンにぶつかり、『無間』と僅かにせめぎ合った後に突き破って彼の体を炎に飲み込んだ。
「まったく、何も告げずに事件に首を突っ込む所も俺と同じだな。我ながら厄介な性質だ」
瞬きのように一瞬で現れたのはカケルだった。すでに『炎龍王の赫鎧』を纏っている臨戦態勢だ。アリスを庇っているアーサーの前に現れ、吹き飛んで行ったヨハンの方を見ている。今の攻撃でもヨハンは倒れておらず、すぐに立ち上がって来た。
「タフだな。『燈王』を食らってあれだけのダメージか」
「『無間』だ。攻撃との間に空間を挟んで攻撃が届かなくなるって感じの、まあ俺もよく分かってない防御法だ」
「何となく分かった。それに対処可能だ」
相も変わらず安心感を与えてくれる頼りになる背中だ。
いつか自分もこうなれるのかと、そんな考えが脳裏を過る。
「二人ともよく見ておけ。『LESSON6』だ」
そう言ったカケルは、こちらを睨んでいるヨハンに構わず言葉を続ける。
「これから見せるのは『太極法』の究極系だ。二人にすでに教えたものは二つの『力』を練り合わせて相乗効果を生み出す、言ってしまえば順式の『太極法』だ。でもこれは氣力、魔力、霊力……俺の場合はこの三つの『力』を練り合わせた虚式の『太極虚法』―――」
直後、カケルは攻撃に転じようとしていたヨハンの懐に一瞬で移動していた。
そして何の力も纏っていない拳を振るうと『無間』に衝突し―――
「―――『天絶黒閃衝』」
その瞬間に、赫い輪郭を持つ黒い稲妻が弾けて『無間』を打ち破り、何が起きたのか理解していないヨハンを殴り飛ばしていた。
(あれは……前にアンソニーに放って、もう一度やろうとしたら失敗した……)
覚えのある技に呆然としていると、消えた時と同じようにカケルが傍に戻って来た。
「これが三つの『力』を完全な1:1:1の割合で練り合わせ、その中心の小数点の彼方の『1』を出力する絶技。世界がその出力を許してくれるのは刹那しかないが、この技はあらゆる法則をぶち破る。世界で最も硬い壁だろうと、どれだけ強力な『力』で障壁を張ろうと、その全てを薄氷のように破れる。完璧に会得するのは困難だけど、使いこなせれば強力な武器になる」
強力だとは感じていたが、あれ以降一度も成功しなかったので諦めかけていた技。その正しい手順を知った事に、アーサーは誤魔化しようのない高揚感を感じていた。
「そして―――」
言いながらカケルは胸の前で合掌した。するとカケルの全身から不規則に小さな赫黒い稲妻がスパークし、その頻度と稲妻の強さが段々と大きくなっていく。それは突然の攻撃に驚いているヨハンが立ち直って来るまで続き、彼が立ち上がったと同時に掌を離した。すると全身でさらに強く赫黒い稲妻が不規則にスパークする。
「これが『覇力』だ。『黄金螺旋』で『太極虚法』を練り合わせる事で、出力した分の『力』を刹那の時間制限なく使えるようになる御業だ。覇力を纏っていれば攻撃の全てに『天絶黒閃衝』と同じ効果が与えられる」
全ての攻撃が必殺。それは最強の矛であると同時に、どんな攻撃も破れる最強の盾にもなる。長時間全く同じ比率で『力』を練り合わせなくてはならない為、難易度は通常の『太極虚法』よりも遥かに跳ね上がっているだろうが、使いこなせれば最強の手札になるはずだ。
「ふざけるな!! 俺は『ノアシリーズ』きっての『無間』の使い手だぞ!? それをぽっと出のクソ野郎に破られたなんざ笑い話にもならねえ!! 『ヴァプラ=メカニクス』!!」
激昂するヨハンが叫ぶと、彼の頭上に開いた『次元門』から鋼色の『魔装騎兵』が現れた。そしてヨハンが光に包まれて中に入ると、動き出した『ヴァプラ=メカニクス』によって能力が底上げされているのだろう。砂塵のように細かく加工した金属を大量に操り、それを竜巻のように渦巻かせて三人の方に放出した。高密度、高回転の細かい金属の砂塵。もし一度でも飲み込まれれば、方向感覚を取り戻す間もなく全身を切り刻まれて絶命するだろう。防ぐには全方位を守れる強力な障壁を張るか、砂塵のような金属の破片の全てを消し飛ばすしかない。
「カケルさん! あれは『魔装騎兵』って言って、単騎でドラゴンを殺す事を想定されて作られたものだ!!」
「ヴァプラ……なるほど。悪魔の名を冠した兵器って訳か。俺相手にそれはどうにも皮肉だな」
目の前に迫るそれに対し、落ち着き払ったカケルは赫黒い雷がスパークする開いた右手を前に出して唱える。
「―――『覇王豪炎撃』」
それは『燈王』と同じ蛇のような体躯の巨大な炎の龍だった。しかしそれよりも遥かに強力で、巨大な顎を開ける様はまるで意志を持っているようで、真っ直ぐヴァプラを目指していく。
赫黒い稲妻を全身からスパークする炎の龍は金属の竜巻に正面からぶつかり、その全てを喰い尽して突き進んでいく。そしてその延長線上にいるヨハンも大口に飲み込んだ。
防御不能の覇力を込めた一撃。爆炎が晴れた後に残されたヨハンは虫の息だった。意識を保っていたのは彼の大きな自尊心と意地のおかげだろう。ボロボロの手を上に向け、弱々しく握り締める。すると街全体が大きく揺れて軋む。彼は最後の力を振り絞って街全体の鉄筋を破壊しにかかっているのだ。
「やれやれ。悪足掻きだな」
再び彼が掌を合わせると、その背後に巨大な炎のドラゴンが現れた。しかしそれは単なる技ではなく、一つの確かな命を感じた。
「ヴェルター。久しぶりだが、ちょっと力を貸してくれ」
『やっとか。退屈しのぎには丁度良い』
そのドラゴンが低い声で唸ると、辺り一帯が不思議な炎に包まれた。温かさは感じるが熱さは感じない。その炎が街の全てを包み込み、軋んだ鉄骨を支えるだけではなく熱を使って修復していく。
「……カケルさん。そのドラゴンは……」
「ああ、まだ紹介してなかったな。炎龍のヴェルターだ。昔は犬猿の仲だったが今は仲良しで、『炎龍王の赫鎧』もこいつの炎で作り上げたんだ」
『紹介なんざしなくて良い。どうせ慣れ合うつもりはねえ』
「ツンデレなんだ。仲良くしてやってくれ」
『ツンデレじゃねえわ!! 相変わらず馬鹿にしてるな、オマエ!?』
人と龍。種族こそ違うが、彼はとても親しげに友人関係を築いているようだった。
そしてヨハンにも限界が来た。掲げていた手がパタンと落ち、金属を軋ませていた力は無くなり、あとはカケルが補強し直すのを待つだけとなった。
相変わらずの手際で、一切の淀みなく、全てを救って見せた。
「さて。事態は掴んでる。まずはアリスの仲間を埋葬しよう。それから―――!?」
言葉の途中だった。アーサーもアリスも何も感じていなかったのに、カケルは今まで見た事もない驚きようで弾かれたように視線を動かした。
その視線の先をつられるように見ると、そこに影のように全身が黒い人型の『何か』が現れた。服どころか顔のパーツもないただ人の形をしたもの。存在感も現実味も何も無い。
瞬きはしていなかった。それなのにいつからそれが現れたのか知覚できなかった。まるで今、この瞬間現れたようでもあり、同時にずっとここにいたような気さえしてくる。これまで多くの強敵と相対し、その力の大きさに震える事はあった。だからこそ、今の不自然なほど何も感じないのは初めての経験で途惑いが隠せなかった。
「……か、かけ……」
「喋るな、動くな、できれば息もするな」
ピシャリとこちらの動きを封じる言葉には今まで感じた事のない凄みがあった。アーサーは感じないが、あの『何か』はそれだけの力を持つ者なのだろう。
【……やあ、久しぶりだね。大空カケル】