-03 二つ目の問題
そして移動し、日も暮れてすっかり遅くなった夜。
アリスに案内されてどこに連れて行かれるのかと思っていると、そこは高層ビルが立ち並ぶ大きな街だった。『ポラリス王国』に似ている進んだ科学があると想像できる街並みだ。多くの人々が行き交っていて、別の『ユニバース』だというのに不思議な気分になってきた。街頭ビジョンには寿命が延びるだとか、どんな病でも治るだとか、そんな嘘くさい薬品の触れ込みが流れている。
「あたしが捕まって『ブラッドプリズン』に入ったのは五年前。一週間前、故郷に戻ったらみんないなくなってた。最初はただ移動しただけだと思ってたけど、追跡するとここに辿り着いた」
「それで何があったんだ?」
「そこで終わり。この街にいる事は突き止めたけど、どこにいるのかが分からない。でも人間の街で行方不明なんて良い理由がある訳がない」
「分かった。じゃあまずはみんなの行方を探る所からだな」
「でも街中を回ったけど見つからなかった……何か良いアイディアは無い?」
「……一つだけアテがある。俺はこれまで非合法な研究をしてるヤツらと何度も戦ってきた。で、そういうヤツらにはほとんど何故か奇妙な共通点があるんだ」
「具体的に」
「地下だ。非合法な研究に手を出してて地上に痕跡が無いならそこにいる。ただ具体的な場所は分からないから、まずはそれを探す所からだ」
「どう探すの? せめて入口が分からないと探れないよ?」
「ちょっと考えがある。とりあえず人目が無い所に行こう」
そして人混みから外れ、ビルとビルの間の路地に移動する。適当な所で止まったアーサーは右手に魔力を集束させると、虎爪の形にして地面へと叩きつけた。外傷ではなく内部へ衝撃を浸透させる『象掌底砲』だ。その手応えで地面の向こう側の様子を雑に探る。
「これを街中で繰り返せば、どこかで広い空間に繋がるはず。それである程度の場所は絞れるはずだ」
「街中ね……大変そう」
「移動は頼んだ。それなら少し早くなる」
アーサーを連れて行くので光速手前の速度で街中を駆けて『象掌底砲』による探索を繰り返していく。衝撃の範囲はそこまで広くないので、かなりこまめに行っていたので全ての箇所が終わる頃には夕方になっていた。
「それで施設の場所は分かったの?」
「いや、俺が得られたのは下に空洞があるかどうかの手応えの情報だけだ。違いくらいは分かってもそこから精査できる力は無い」
「じゃあどうやって……」
「ちょっと待ってくれ。出来る人の力を借りる―――」
手にある情報から未来すら観測する演算能力。
その力の一端。『世界』を超えても、か細いながらも『回路』は繋がっている。居場所が分からなくても、その力は感じてる。
(借りるぞ―――『未来観測・逆流演算』)
この程度の事、未来を観測するよりも明らかに簡単な事だった。本家には到底及ばないが、ある程度の時間をかければ膨大な情報から一つの答えが頭に浮かぶ。
「―――見つけた。指示した場所に連れて行ってくれ」
「……なんで無言の数分で分かったのか意味不明だけど、他にアテも無いしとりあえず向かおうか」
ほとんど転移のように移動した場所は街の中心地だった。
周囲の視線が痛いが構わず地面に狙いを定める。
「アリス! 悪いけど出入口のロックを外せる方法が無い。入った瞬間バレるけど良いか!?」
「問題ない! 光速でみんなを探すからお願い!!」
「よし! 『灰熊天衝拳』!!」
魔力を集束させた拳を地面に叩きつけると、その衝撃にぶ厚い地面が砕け、二人は下へ落ちていく。
「行け、アリス!!」
「うん……!!」
傍らのアリスが光速で消えた。仲間を探しに行ったのだろう。無事に鉄製の通路に着地したアーサーはアリスが戻って来るのを待つ事にした。自分が開けた穴の上は騒々しい。まあ当然と言えば当然だが。
同時に肩すかしを食らった気がする。順調だったからといってこう思うのは悪いクセなのだろうが、自分の呪いのせいで思わざるを得ない。
潜入(?)がバレたはずなのに反応が無いのが怖い。アリスが消えてから時間が立ち過ぎているのも怖い。光速の彼女ならこんな施設のクリアリングはすぐに済むはずだ。そこから全員連れ出すとしても報告に戻って来ないのが気がかりだ。
何かがおかしい。心配し過ぎかもしれないが、引っ掛かって仕方が無い。
「……やっぱり俺もアリスの後w
「―――『爆撃』!!」
どこからか聞こえて来た叫び声に反応する間もなく、真下から重い衝撃が叩き込まれた。
(がッ……!? か、カケルさんと同じ『炎撃』!? いや、爆弾をぶつけられたみたいだ……!!)
打ち上げられながら即座に『阿修羅』を発動させて自動治癒を始めつつ、危なげなく地面に着地する。先程自分が起こした騒ぎのおかげで一般人がいないのが唯一の救いだ。
「頑丈な体だな。それに氣力以外の力。『ブラッドプリズン』壊滅に手を貸した『コード・ホルダー』の仲間。加減する理由は無いな」
「……相対評価が凄いな。いや、この場合は絶対評価か?」
「『爆撃》』!!」
こっちの言葉なんか興味ないように追撃して来る敵に、アーサーは『炎龍王の赫鎧』を発動させると右手を前に伸ばした。
「『豪炎撃』!!」
この攻撃に対しての対処法はいくつかあるが、今は修行の成果を試すのに丁度良いと感じた。アーサーの掌から放たれる直線状に進む炎が『爆撃』を相殺する。
(『爆撃』……たしかカケルさんの話だと炎系の基本技が『炎撃』、土系の基本技が『岩撃』で、これはその複合だったか? つまりそれなりの実力者って事だよな)
実際、複合でも基本技を相殺するのにアーサーは『炎撃』の一段上の『豪炎撃』を放っていた。今のアーサーの練度が低くカケルと同じ威力を発揮できないとはいえ、氣力の扱いでは明らかに向こうの方が上だ。
そして、それは当然向こうも分かっている。
「『轟爆撃』!!」
「くっ……『輝炎神撃』!!」
『爆撃』よりも大きい氣力の弾に対して、アーサーは『豪炎撃』のさらに上の技で再び相殺する。しかしもう次が無い。
「これでどうだ? 『轟爆神撃』!!」
「くそっ……『廻天』―――『紅蓮弾』!!」
そこで基本技による相殺は断念した。練習してもカケルのように射出する事は出来なかったので、相変わらずの力技で炎球を『轟爆神撃』に向かって投げる。目の前で起きる爆発から逃れる為に、先日教わったばかりの『瞬身術』と『炎龍王の赫鎧』を合わせた応用である『飛焔』を使って横に飛んだ―――直後、思いっきり壁にぶち当たった。
「いってて……ちょっとミスった。停止が上手く行かなかったな」
「何をぶつぶつと……『爆多連撃』!!」
「そっちはちょっとは緩めろよ! 『炎防壁』!!」
無数に飛んで来た小さな『爆撃』に対して、アーサーは目の前に炎で作られた壁を生み出した。あまり強い防壁ではないが、一つ一つが小さいので衝撃も少なくなんとか耐えられている。
「いい加減自己紹介くらいしたらどうだ!? こんな一方的に攻撃して来るだけとか礼儀って知らないのか!?」
「そいつは悪かったな。俺はガウロシア・イジディーイス。頂点捕食者だ!!」
「そうかよ。俺はアーサー・S・レンフィールド。お前はアリスの仲間を誘拐したヤツらの仲間って事で良いんだよな? だから容赦しないぞ!!」
『炎防壁』が砕け散る寸前、アーサーは走り出していた。その手には円盤が形成された『紅蓮弾』が用意されている。
「『太極法』―――『超新星紅蓮弾』!!」
一週間の鍛錬の結果だ。『太極法』はほぼ確実に発動できるようになっている。これは中でもずっと鍛錬を続けて辿り着いた、今のアーサーの最大の『太極法』。『紅蓮弾』と『颶風掌底』の合わせ技。完成仕立ての新技だが威力は申し分ない。三回しか使えない内一回目の『太極法』だが、これで決めるつもりで投げる。
しかしガウロシアは不敵な笑みを浮かべていた。
「盾を使えるのがお前だけだと思ったのか? 『爆防壁』」
地面からせり上がるように出現した盾。それにアーサーの攻撃が着弾した瞬間、爆発と共にアーサーの攻撃諸共吹き飛んだ。
(爆発反応装甲みたいなものか……!? 爆風の盾で吹き飛ばされた!!)
『太極法』はあと二回。
他の人よりも『回路』の繋がり強く、負担もそこまで大きくない『未来観測』の力は問題無く使えるが、『時間停止』や『無限魔力』の力は負担が大きい。特に魔力を引き出し続ける『最奥の希望をその身に宿して』の発動は困難だ。つまり今は『太極法』が最も威力が大きい力だ。その使い道が明暗を分ける。
「聞いていた話以上の腕前だな。報告が間違っていたのか、一週間で進歩したのか」
「……そろそろ教えてくれよ。どうしてアリスの仲間の吸血種を捕らえた? ここで何やってる? そもそも迎撃がお前一人ってどういう事だ? アリスはどうした!?」
「質問が多いな……」
直後に起きた彼の変化は信じられないものだった。
彼の体内、その内側から何かが這い出して来る。皮膚の上から肉のアーマーを纏うような歪な変化。しかしアーサーはそれを最近見た事がある。
「それは『ブラッドプリズン』のヒルコと同じ……」
「あんな自我を失う不完全なものと一緒にするな。これが完全版だ」
背中から突き出てきたのは血管ではなく肉の触手だった。肩甲骨と腰からそれぞれ計四本の触手が伸びると、その四本と両手の六つの先端に長い鋭利な刃が形成された。アーサーも『エクシード』を『風月』に変えて構える。
「……アリスを傷つけて、大勢の吸血種を使って……一体何人犠牲にしたんだ!?」
「さあな。動物実験に使った数など覚えてない」
「っ……この!!」
『飛焔』を使って殴りかかろうと『廻天』を発動させた直後、横合いから無人の車が飛んで来て吹っ飛ばされた。
予想外の一撃に驚くがダメージ自体はほとんど無い。すぐに体勢を立て直すと新たな乱入者の方を見る。
「お前は……!?」
「改めて自己紹介が必要か? ヨハン=N=モナークだ。世界は違うがケリをつけようぜ、アーサー・レンフィールド!!」
彼は金属を操る力を持っている『ノアシリーズ』だ。アーサーが『次元門』に吸い込まれてこの『ユニバース』に来た時、一緒に巻き込まれていたのだろう。
自身の体に付けている金属で浮いている彼はアーサーに向かって手を向ける。すると周囲の金属が彼の周りに集まり、バラバラに分解されて小さな棘のように成形され、元が何だったのか分からない金属の破片が雨のようにアーサーに向かって降りかかる。
咄嗟に『飛焔』で躱したが、この状況にますます混乱して来た。
「どうしてここでお前が出てくる!? 帰る方法を探してるか、ただ暴れてるだけの方がまだ納得できる! どうして非合法な研究の協力者になってるんだ!?」
「俺は元から別の『ユニバース』出身だ。好き勝手暴れられて優位に立てるならどこだって良い。俺はそういう人間だ。そしてお前がどういう人間かも知ってる」
その言葉の真意を確かめる前に、アーサーが開けた穴から金属板の上に倒れているアリスが現れた。そしてヨハンは彼女を人質にする訳でもなく、アーサーがいる方に向かって飛ばしてきたのだ。
宙に投げ飛ばされたアリスを慌てて抱きかかえて様子を見る。目立った外傷は無いが目は焦点が合っていないように虚ろで、ぶつぶつと何かをずっと呟いている。口元に耳を寄せて声を聞いたアーサーはゾッとした。
「あたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺したあたしが殺した」
「アリス……おい、しっかりしろ! おい!!」
「無駄だ」
再度金属の破片の雨をアーサーに向けながらヨハンは断言する。アーサーはアリスの事を抱え、マシンガンのような攻撃を避ける。
「そいつの心はもう壊れてる。お前じゃ救えねえよ」
「お前……アリスに何をした!?」
「何も。そいつはただ真実を見ただけだ」
「真実!? それは……っ」
「おっと。お前にそれを気にする暇はねえぞ」
それはヨハンの攻撃とは別方向。アーサーがそちらを見ると、今まで相手にしていたガウロシアが大きく口を開いていた。明らかに威力が増している『爆撃』だ。盾を出す暇もなかったので苦し紛れに右手に呪力と氣力を集中させて受け止めたが、当然そんなもので受け止め切れるはずもなくアーサーの体は吹っ飛ばされて抱えていたアリスも投げ出される。
「ぐっ……アリス……!!」
なんとか体を起こしてアリスの元へ向かおうとするが、その背中に無数の金属片が突き刺さる。
絶叫しそうになるのを歯を食いしばって必死に堪え、その力を足に込めて『飛焔』を使って駆けるとアリスの体を抱えて逃げる。
あまりにも劣勢だ。単純な一対二ならまだなんとかなるかもしれないが、アリスを庇いながらでは限界がある。とりあえずアーサーは『飛焔』を連続で使って戦場から離れると、適当な路地で一端アリスを下ろした。
「アリス……正気に戻ってくれ! アリス!!」
「っ……ぅ、ぁ……?」
少なからず反応があったので、両肩を掴んで大きく揺さぶってみる。するとようやく目に光が戻って来た。
「教えてくれ。何があったんだ?」
「……あたしが、殺した……」
「さっきからそれを繰り返してるけど一体……っ」
そこまで聞くとアリスは突然アーサーの胸倉を掴んで引き寄せた。
大粒の涙がボロボロと溢れる泣き顔を浮かべ、悲痛な表情で彼女は叫ぶ。
「あたしが捕まったせいで、みんなが死んだんだよッ!!」