-05 研鑽
あの後。
ほんの少し意識を失う感じだったのだが、瞬きするような意識の喪失の後、気付いたらカケルの家に戻って来ていた。最初に腕に繋がった管が目がいき、どうやら輸血をされているようだったが体調に問題がなかったので体を起こして引き抜く。次に周囲を確認すると、まるで『ブラッドプリズン』に送り込まれる前夜の焼き映しのように縁側で酒を飲むカケルの姿が目に入った。
「起きたか。悪いな。随分と疲れてたみたいだから、無理をしないように強制的に眠って貰ったんだ。疲れは取れてるだろ?」
言われてみれば疲労感は全くと言って良いほど無かった。とりあえず疑問点が多すぎるので、布団から出たアーサーはカケルの隣に移動して腰を下ろした。
「輸血されてたって事は、もしかして結構ヤバい状態だった?」
「そういう訳じゃない。血は流してたけど問題ない程度だったし、輸血は贈り物みたいなものだ」
妙な言い回しが気になったが、特に聞き返したりはしなかった。というよりあまり自分に頓着の無いアーサーは、それ以上に気になっていることがあった。
「……あの後、どうなったんだ?」
「当局が介入。『ブラッドプリズン』は解体。俺はここに帰って来た。他に疑問は?」
「……意識を失う前、カケルさんの腹部を何かが貫いてなかったか?」
「見間違いじゃないか? 見ての通り、俺はピンピンしてる。そもそも多少の怪我なら天使の力で自動治癒するから問題無い」
「天使?」
「両親から受け継いだ力だ。俺の母さんは悪魔を身に宿した天使と人間のハーフで、父さんは人間と龍のハーフだったんだ。俺には人間と龍と天使と悪魔の四つの血が流れてる」
「……あれ? まさかあの輸血されてた血、カケルさんのだったって訳じゃないよな?」
「いや? そのまさかだ。言っただろ、贈り物だって」
「……俺、よく死ななかったな」
「まあ俺の血は常人には毒だけど、お前は『担ぎし者』だし大丈夫なのは知ってたからな」
「マジか……そもそも血液一つ取っても複雑すぎる」
「だから俺は生まれついての『担ぎし者』なんだ。もっとも自覚したのはお前くらいの頃だが」
自虐的な笑みを浮かべて彼は手元の酒を煽った。
アーサーは自分もきっと生まれついての『担ぎし者』だとすぐに悟った。だから妹と母親は死んだ。このクソッたれな呪いのせいで。望んでもいなかった運命のせいで。
カケルもきっと同じだったのだろう。多くの喪失を経験し、多くの出会いを経験し、呪いを知って葛藤したはずだ。
「……この運命を辛いと思った事はないのか?」
「その問いに答える為に一つ質問を返しても良いか?」
意外な返しに頷いて返すと、カケルは浅く息を吐いてからこう問い掛けて来た。
「仲間に名前を呼ばれる時どう思う? 頼られた時どう感じる? 重荷に感じたり、辛いと感じる事は無かったか?」
「無いな」
逡巡なく返答したアーサーはさらに続けて、
「誇りに思うよ。みんなが俺を頼ってくれて、俺がその期待に応えられるなら、それ以上の事はないと思う。……だから俺は今も戦えてるんだと思う。多くの人の命や心を守りたいと思ってはいるけど、独りだったらとっくの昔に挫けてたし、それ以前に死んでたって断言できる。俺がみんなを守ってるんじゃない。みんなに俺が守られてるんだ。だからみんなが俺を頼ってくれて、何かを守る事ができるなら……それ以上の幸せはないよ」
「やっぱり似てるな……そういう事だ」
アーサー自身の答えが彼の答え。思った以上に似た者同士で、こういう内面的な問い掛けはあまり意味がないのかもしれない。
問い掛けるなら別の事が良いだろう。
「ソラ……『エクシード』の事、風音って呼んでたよな? もしかして、あんたは『滅びたユニバース』の生き残りなのか?」
「生き残り、か……まあそうだな」
「……何があったんだ?」
「『ディスペア』だ。ヤツにとっては予行演習程度だったんだろうけど、それで俺達の『ユニバース』は消滅した。俺だけはこの『ユニバース』に飛ばされて生き残ったけど……それで全て失った」
カケルは縁側から腰を上げると庭の方にゆっくりと歩いて行った。そして星を仰ぐように見る。
「……彼女はまだ戦っていたんだな。世界を超えて、不甲斐ない俺を叱りに来たのかもな」
「……ソラは最期まで戦ってた。あんたの事を想ってたよ」
「だろうな。自慢の相棒だよ」
なんとなくアーサーも立ち上がり、靴を履いてカケルの隣に並んだ。
「……アリスは?」
「故郷を見て来るって言ってた。その後、戻って来るとも言ってたな。なんでも強くして欲しいんだと。勘だけどお前とのマンツーマンは今日で終わりだ」
「よく当たるんだろ? あんたの勘」
「ああ、お前と同じようにな」
ほう、と息を吐いたアーサーは手を前に出した。そこにある指輪に意識を向け、一振りの刀へと姿を変える。それは今までのようなただの刀じゃなく、カケルが顕現させたものと同じ柄に包帯が巻かれたものだ。
「……その刀の銘は『風月』だ。風音が姿を変えたもので、俺が一番一緒に戦った人だ」
「そうか……。なあカケルさん、手合わせしてくれないか? そもそも不眠症なんだ。あれだけ寝たら十分だし、マンツーマンは今日が最後なんだろ?」
「ああ……それも悪くないな」
アーサーのように手を前に伸ばすと、右の中指にはめている漆黒の指輪が一振りの剣に変化した。細い両刃の剣で、斬る事と突く事の両方ができそうな剣だ。
「『漆黒赫鎧』も使って良い。全力で打ってこい」
「ああ! 『焔桜流』奥義―――『焔桜神楽』!!」
炎を纏った二人が庭先でぶつかり合う。
まるでチャンバラを楽しむように、しかしどこまでも真剣で熾烈に、その鍛錬は一晩中続いた。
◇◇◇◇◇◇◇
「……あなた、何やってるの?」
一晩明けて疲労から縁側に寝転がっていると上から声が降って来た。目元に当てていたタオルをズラすと、怪訝な表情でこちらを覗き込むアリスの顔があった。
「アリス。故郷の方は良かったのか?」
「……まあね。それよりカケルさんは? 修行をつけて貰える約束なんだけど」
「ああ、来たか」
部屋の奥から現れたのは、アーサーとは違ってピンピンしているカケルだった。
「早速始めよう。アーサーはまだ休んでても良いぞ」
「いや、十分休んだよ。それに俺はいつまでここにいられるか分からないし、時間は無駄にしたくない」
多少の疲労感はあるが、今は少しでも強くなる事を優先したかった。
『ノアシリーズ』。彼らの野望を止める為にも、この猶予とも取れる時間は大切に使うべきだ。
「まずはアリス。これを持て」
「わかった」
庭先でアリスと並んで立つと、正面に立つカケルは昨晩も使っていた漆黒の剣をアリスに渡した。彼女は手にした剣に魅入られるように光を吸収するような刃を凝視していた。
「『逢魔の剣』っていう剣だ。お前にやる」
「えっ……良いの?」
「ああ。この剣は俺が師匠から託して貰った剣だ。今度は俺がお前に託す。アーサーはもう自前のがあるし、それも俺のを託した感じだしな」
「……あり、がとう……」
アリスは複雑な笑みを浮かべつつ、慣れない様子で感謝の言葉を述べた。これまで感謝を告げられるような相手がいなかったのか、告げる機会が無かったのか、どちらにせよ悲しいと思ってしまった。
「……なに?」
「いや……なんでもない。ただ未来で再開した時に沢山話をしたいなって」
「それも未だに謎なんだけど、頭がイカレてるって訳じゃないんだよね?」
「『無限の世界』については今晩教えよう。とりあえず今日の動きだが、とりあえずアーサーは俺の手を掴め」
「ん? ああ……」
言われるがままカケルの手を掴むと、彼は『廻天』を発動させた。しかしいつもとは少し違う。黄金の風が逆巻き止まる事なく全身を巡っている。
「『LESSON5』だ。『廻天・黄金螺旋』。技に乗せて放つか逆の『黄金螺旋』を発動させるまで終わらない『廻天』だ。次はこれをマスターして貰う」
「……分かった」
「さらに並行してこれまでの『LESSON』の復習もだ。それからヴァンクロフトを倒した時の『漆黒赫鎧』を合わせた剣は良かったぞ。あれなら『焔桜流』から独自の派生の型を作れるかもな。そしてアリスにはアーサーと同じ『LESSON1』の『廻天』から習得して貰うが、『焔桜流』に関しては『炎龍王の赫鎧』前提の剣技だから無理だ。だからその前身の『天桜流』を教える」
「『天桜流』……?」
「師匠が教えてくれた剣技だ。男に腕力で劣る師匠が、速度と連撃に重きを置いて作った女性向きのものだから、お前にはそっちの方が合ってる」
さくっと方針を決めるとカケルはその手に氣力で剣を生み出した。そして切っ先をアリスに向けて構える。
「アーサー。お前は『廻天』と『太極法』を練習しておけ。アリスは俺を殺す気で来い。型は見せてやるから真似てみろ。細かい修正はその後だ」
「……わかった」
アリスは息を呑み、授かった剣を強く握り締めた。
全力で戦っても勝ち目が無いと本能が告げて来る。しかし同時にそうでなければ意味が無いとも感じていた。
新たに芽生えた一つの目的を叶える為に。