48 規格外が一人
「つまりこれから『オンブラ』が殺しに来るって事か?」
「俺のツレの話じゃそういう事だ。『オンブラ』ってのに関しちゃ、お前らの方が詳しいだろ?」
アレックスはマナフォンで聞いた話を他のみんなにも伝えていた。
ミランダは少し難しそうな顔をして、
「『オンブラ』はあたしやマルコのやつが一年前まで所属してた部隊だ。お姫様が消えた時に抜けた」
「説得は出来ねえか?」
「出来ないだろうな」
アレックスの望みを、ミランダは即座に否定した。
「『オンブラ』の命は王族に使われるものだ。フレッドのヤツがあたしらの殺しを命じていたら、何を言っても止まらないな」
「チッ、まあ期待はしてなかったが……さすがに景気悪いな」
アレックスは施設内を見渡す。
こちらの陣営ではレナートのようにシステムに直接アクセスする事はできないので、カプセルの開放は一つずつ手動で行われている。それなりの時間を掛けてはいるが、四人では総数の一割も開放できていない。しかもカプセルを開けたとしても、中に入っている人は昏睡状態になっており、協力を求めるどころか自力での脱出すらもできない。
「それでどうしますか? 開放は一割にも満てませんし、『オンブラ』を止める手立てもありません。そもそもお姫様はここにいないんですし、この人達を開放する理由はないんじゃないんですか?」
マルコの言葉にアレックスと結祈は驚いた顔をするが、ミランダは平然としていた。
「いいや、さっき通信が来た。ニックはお姫様を救出してこっちに向かってるらしい」
「だったら尚更ここに用はないんじゃないんですか?」
「まあそうなんだが……」
ミランダはここでようやく気まずそうな顔をすると、
「ニックのヤツがこいつらを手伝えと言っていた。命令だから拒否権は無い」
「ッ!? ……なぜですか? 目的を果たした今、こいつらを手伝う理由なんて……」
「そっちのお仲間がお姫様の救出に尽力したらしい。それに今もフレッドとドラゴンとかいうのを止めようとしてるらしい。恩くらいは返せって事なんだろ」
「ですが……ッ!!」
「命令だ、マルコ。二度言わせるな」
「……っ、……分かりました」
マルコが渋々といった感じで返事をしたのとほぼ同時だった。外の通路から慌ただしい足音がいくつも聞こえて来る。
「おい、来たみたいだぞ。どうする? 『オンブラ』に弱点はあるか?」
「親衛部隊にそんなのがあってたまるか。得手不得手はあるが、この人数じゃいちいち確認してる暇もない。一番狭い入口で迎え撃つしかない!!」
「あ、ちょっと待って」
すぐにでも迎撃準備を始めようとしたミランダ達を、ずっと黙って聞いていた結祈が止めた。
「あれはワタシ一人で相手をするから、みんなは開放作業を続けてて良いよ」
「「「……はい?」」」
何言ってんだこいつ、という三つの目線が結祈を刺す。
しかしそんなものを意にも介していないようで、軽い足取りで『オンブラ』が迫ってきている扉へと歩いていく。
「いやいや、何人いるか知らねえが、さすがに一人じゃ無理だろ」
「うーん、多分大丈夫だよ? 銃弾は簡単に躱せるからワタシには効かないし、狭い通路に人が集中してるなら逆に一人の方が動きやすいし」
そう言うとどこに隠し持っていたのか、両袖から柄から刀身まで真っ黒な短剣が落ちてきて、それを両手に持つ。
「……マジで任せて良いのか?」
「大丈夫だよ。多分あの人達、根本的な意味でアーサーよりもずっと弱いから」
その言葉の真意はミランダとマルコには通じていなかったが、アレックスには何となく伝わっていた。
「じゃあ任せた。俺達は作業続けんぞ!」
「言われなくても分かってる。一応レナートのヤツも来るみたいだから、あいつが来るまでの辛抱だ。今の内にこいつらをどうやって地上まで運ぶかも考えておけよ」
方針を決めると動きはスムーズになる。
しかしアレックスには一つ、先程の会話で気になる事が一つあった。
「そういやさっきドラゴンを止めようとしてるとか言ってたが、うちのツレが何やってるか分かるか?」
「詳しい事はあたしにも分からないが……その言葉通りだ。五〇メートルあるドラゴンをどうにかして止めようとしてるらしい」
「……マジで何やってんだ、あいつ」
それを聞くと、飽きてきている目の前の作業が天国に思えてくるから不思議だ。誰だって、好き好んで自分の命を無謀に懸けようとは思わないものだ。
(まあこっちもなんとかするが、死ぬんじゃねえぞ、アーサー)
◇◇◇◇◇◇◇
結祈は通路に出ると、すでに『魔族堕ち』としての本領を発揮するために瞳の色を深紅色にして『オンブラ』の襲来に備えていた。
(……数は約二〇。右の通路からゆっくり迫って来てる。そして全員が機関銃を装備、か……)
そこまでを魔力感知で確認すると、結祈は静かに魔力を練り始める。
(アレックスの『纏雷』……あれを借りようかな)
軽い調子でそう決めると、すぐに実行に移す。
通常、基礎魔術であれ習得にはそれなりの鍛錬と時間を要する。しかし『魔族堕ち』としての本領を発揮した結祈はそんな定石を簡単に覆し、アレックスと同じように雷を体中に纏った。
「ん……これ、思ったよりキツイかも……」
アレックスの『纏雷』は、雷で筋肉を刺激して強制的に身体能力を上げている基礎の魔術だ。ただしアレックスのそれは与えている刺激が基礎のものよりも強く、得られる恩恵も増大しているが、それに伴う痛みも酷くなっている。今まで幾度となく使って来たアレックスは慣れている痛みだが、初めて使った結祈には新鮮な痛みだった。
(まあ、これくらいの痛みなら動けるかな)
そんな風にゆっくりしていると、慌ただしい足音と共に『オンブラ』の姿が視界に入る。彼らも結祈の存在に気付くと、降伏勧告もせずすぐに手に持っている機関銃の銃口を一斉に結祈に向ける。
けれど結祈は『オンブラ』達の行動を無視して、手を何度か握ったり開いたりして体の調子を確認すると、アレックスですら踏み込んでいない『纏雷』の次の段階をイメージする。
「一斉射撃!!」
その間に『オンブラ』は一人の号令の下、雨のような銃弾を発射する。
しかし、その段階になっても結祈はまったく焦らず、むしろ新しい魔術の発動へと意識を傾けていく。
『纏雷』は雷を全身に纏って身体能力を上げている。
そこで結祈は考えた。それならば、脳の代わりに末梢神経へとあらかじめ次の動きを設定した電気を流し込めば、身体強化と相まって次の行動への移行速度を不可視の領域に持っていけるのではないかと。
つまり。
攻撃されたら躱して瞬時に反撃せよ、と。
「『偽・纏雷=瞬時反撃』」
偽物どころか『固有魔術』にまで達しているであろうその魔術を結祈が使った瞬間、狭い通路で『オンブラ』は彼女の姿を見失った。
躱せるはずのない銃弾の嵐の中を、黄色い閃光が走っているのだけは辛うじて捉えていた。
結祈は自分ですら自覚していない挙動で全ての銃弾を躱し、『オンブラ』との距離を縮めていたのだ。そして結祈が両手に持つ二振りの真っ黒な短剣は伝導性にも優れているユーティリウム製だ。つまり彼女が体から発している電気も先端までしっかりと伝わっており、雷の剣と化した短剣で『オンブラ』を武器と防具ごと斬り裂いていく。
結祈の攻撃はあくまで無意識の反撃なので、むしろ攻撃しなかった方が無事で済んだかもしれない。
けれど、黄色い閃光と化した結祈が約二〇人の『オンブラ』が集まる地帯を抜けると、そこには無事に立っている者は一人としていなかった。