表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:紬編 『担ぎし者』として Road_to_"DESPAIR"
509/578

-06 師

 流星のようにその男は降って来た。

 大空カケル。アーサーがここで騒動を起こすに至った発端にして、おそらくこの状況を待っていたであろう人物。


「烽火を上げたな。ぶっ壊しに来たぞ」

「……来るのは分かってたけど早すぎないか?」

「『廻天(かいてん)』を使った『瞬身術』だ。これも後でコツを教えてやる」


 適当にそう言うとカケルは周囲をざっと見渡した。

 そして改めてアーサーの方を向く。


「何も伝えてなかったのに大戦果だな。あと少しでここを壊滅させられそうな感じだ」

「……そもそもなんでこんな回りくどい事をしたんだ? あんたなら単独でここを壊滅させるなんて簡単そうだけど」

「全ては『LESSON』の為だ。お前は若い時の俺によく似てるから、ここの現状を知ればきっとキレると確信してた。怒りと対になる何かの感情の狭間にこそ真の集中力が在り、その集中の先で『太極法(インヤン)』をマスターできると思った。そして想定通り、さっきの砲撃で『太極法』の本質を掴んだはずだ。まだ鍛錬は必要だが、これからは高精度で練り合わせるようになる」

「……。」


 開いた口が塞がらない、という表現をガツンとぶつけられたような気分だった。

 しかしそれはアーサーだけの気持ちではなかった。あれほどの実力を持つヴァンクロフトが今までよりも数段警戒心を上げた構えでカケルを睨んでいる。


「やはりお前の差し金だったか……『コード・ホルダー』!!」

「『コード・ホルダー』……?」

「あー……気にするな。この『ユニバース』の流儀みたいなもんだ。目立つヤツには二つ名が付けられる。後でお前のも考えてやるよ」

「ホントに要らないお世話だ……」


 アーサーの返答に小さく笑うと、カケルの足元に風が渦巻いて姿が消えた。先程言っていた『廻天』による『瞬身術』だろう。彼が移動した先は、アーサーの手から弾かれて床に突き刺さっている『エクシード』の元だった。


「あ……待ったカケルさん! 『エクシード』は多分、あんたじゃ掴めな……!?」


 その柄を握ろうとするカケルを制止させようと声を出した。アーサーも最初、掴もうとしてすり抜けた。手にした瞬間に感じた事だが、あれを掴めるのは『エクシード』に認められた者だけだ。あの時掴めなかったのはソラを失ったショックで間違った方向に進んでいたからで、掴めるようになったのはジョー達が正しい道を示してくれたからだ。

 ソラと接点があったからアーサーはともかく、存在すら知らないであろうカケルに掴めるとは思えない。

 しかしそれはアーサーの杞憂だった。カケルは当然のように『エクシード』を掴んで構えたのだ。しかもアーサーが想像した刀の形がすぐに鍔もなく包帯で全体が巻かれた真っ直ぐな刀身に変化し、その包帯が切っ先の方から柄になる部分だけ残して解けるとクリアブルーの刀身が現れた。ほとんど見た目は変わらないのに、まるでそれこそが在るべき姿だと言っているような神々しさがある。


「……久しぶりだな、風音(かざね)


 離れているはずなのに、今にも泣き出しそうなカケルの小さな言葉が聞こえて来た。

 しかし直後、『炎龍王の赫鎧』ヴァーミリオン・フレイムを発動させたカケルはヒルコに狙いを定めると瞬く間に懐に移動していた。


「小手調べだ。一〇〇連―――『焔桜烈華(えんおうれっか)』」


 アーサーの限界の九連を嘲笑うかのような、およそ一一倍の斬撃がヒルコの体を斬り刻む。一撃一撃の威力もアーサー以上なのに、それが一〇〇連。しかしヒルコは絶命する事もなくカケルに対して反撃しようとした。


「瞬きせずに見てろ、アーサー。これはお前が使うべきものだ」

「っ……?」

「『焔桜流』奥義―――『焔桜神楽(えんおうかぐら)』」


 カケルには攻撃が効かなかった事への拘泥も、迫り来る化物への恐怖もなかった。


『龍星瀑布』(りゅうせいばくふ)

陽炎・円舞(かげろう・えんぶ)』。

修羅咲刄(しゅらざき)』。

『龍桜閃華』(りゅうおうせんか)

焔尾(えんび)』。

『旭日昇龍・きょくじつしょうりゅう・逆巻焔』(さかまきほむら)

『赫灼紅炎』(かくしゃくこうえん)

不知火(しらぬい)()韋駄天(いだてん)』。


 八つの型を流れるように繋げる様は、まるで決められた手順を辿る舞いのような動作だった。記憶で見ただけとは違うし、それぞれの型を見せて貰ったものとも違う。圧倒的なまでの完成形というのを肌で感じた。

 ヒルコに成す術はなかった。だから攻撃を防ぐのを諦め、ダメージ覚悟でカケルに飛び掛かる。だがやはり、カケルの表情に変化は無かった。


「『崩拳(ほうけん)』」


 握り締めた拳に氣力を集めた打撃。しかしその威力が凄まじい。アーサーの放つ『ロード』の技と遜色が無い。殴り飛ばされたヒルコは打ち返されたボールのように吹っ飛んで行く。

 さらに追撃の為に、カケルは開いた手をヒルコに向ける。


「『炎撃(フレア)』」


 それは単純な、氣力の炎を掌から飛ばすだけの基本的な技だ。

 氣力を使えて、炎に変換する技術があれば、一番最初に使えるようになる基本中の基本。威力や射程だって炎系の技なら一番無い。

 そんな技がヒルコの体を包み込んで細胞を焼き、絶叫が周囲に響き渡る。さらにカケルの攻撃はそれで終わらなかった。


「『豪炎撃(フレイガ)』」


 今度は直線的な光線のような炎が掌から放たれた。それが全身が燃えているヒルコの体を吹き飛ばし―――


「『輝炎撃(ウルフレア)』」


 ―――カケルが纏う『炎龍王の赫鎧』から炎球が生み出され周囲に漂い、その炎球と掌から先刻と同じ『豪炎撃』が放たれてヒルコを追撃する。

 それはあまりにも一方的な戦闘だった。彼一人だけが別次元の存在のようで、アーサーもアリスもヴァンクロフトも何もできずに見ている事しかできなかった。

 もはや虫の息のヒルコだったが、まるで最後の力を振り絞るようにけたたましい雄叫びを上げると、先程と同じように大量の血管を周囲に伸ばす―――が、それらが再び誰かに突き刺さる前に目にも止まらぬ速さで縦横無尽に駆けたカケルによって血管はバラバラに斬り裂かれた。

 そして再びカケルの姿が視認できる速度になると、彼の体はヒルコの頭上で掌を向けている姿勢で―――


「―――『輝炎神撃(テオフレア)』!!」


 カケルの掌から『炎撃』の何倍もある凄まじい熱量の炎が放たれ、ヒルコの体を飲み込んで焼いて行く。しかしまだ命も意識もあるようで、カケルを睨みつけると口を大きく開いてそこに最後のエネルギーを集めて放った。

 死を覚悟した者の全力の一撃の威力は凄まじい。しかしカケルの対処法は開いた右手を前に突き出すだけだった。たったそれだけで全身全霊の一撃は右手に触れた瞬間消し飛んでしまった。


「悪いな。伝わるか分からないけど一応言っとく。これが『世界座標の(コード=ゼロ)鍵』。()()()()()()()姿()()()()()()


 唖然としているのか口を開いたまま微動だにしないヒルコを見下ろしつつ、カケルは『エクシード』を床に突き刺すと空いた左手を虚空を掴むように軽く握った。するとそこから濃い赤色の炎の剣が生まれた。


「こいつが『世界改変の(コード=ワン)鍵』。()()()()()姿()()()()()()()()()。まあ有体に言えば純粋な破壊だよ」


 そんな破壊の力を宿す左手を頭上に掲げ、今にも振り下ろさんとする体勢でヒルコを見下ろして言う。


「お前の事は救えない。元に戻す手立ては無いし、そもそもお前は望んで多くの人を傷つけてそうなった。悪いが救いようがない」


 そして躊躇なく左手を振り下ろし、ヒルコの存在そのものをこの世から滅却した。

 やはり彼は無表情だった。やるべき事をやっただけという印象だ。


「……さて」


 小さく呟いた彼の視線は、当然のようにヴァンクロフトの方に向けられる。


「ヴァンクロフト。ここの現状はすでに当局に伝えてる。大人しく投降すれば命までは取らないがどうする?」

「貴様に立ち向かうほどの愚行は無い……が、簡単に退けるほど潔くもない」


 あれだけの戦いを見てなお、ヴァンクロフトは両手の剣を構えてカケルを睨みつけていた。勝ち目なんてないだろうに、一矢報いるつもりなのだろうか。


「アーサー」


 しかし数秒後の結末を待っていたアーサーに、カケルから予想外のアクションがあった。なんと彼は『エクシード』をアーサーに向かって投げたのだ。慌てて受け取ったアーサーだが、それ以上の衝撃が直後にカケルの口から発せられる。


「『LESSON2』の成果をみせてみろ。使って良いのは『焔桜流』だけだ。お前がヴァンクロフトを倒せなきゃ、俺はここを潰さない。当局も止める。全てはお前次第だ」

「は……? なっ……!?」


 あまりに突然の台詞に驚愕していると、すぐさまヴァンクロフトが斬りかかって来た。寸での所で『エクシード』で受け止めたが、彼にはもう一本剣がある。振るわれたそれを体を捻ってなんとか躱し、蹴りを放って強引にヴァンクロフトと距離を開ける。


「おい、カケルさん!! ここを潰さなきゃ大勢死ぬんだぞ!? こんな事してる場合かよ!!」

「いいや。どのみちお前がここで勝たなきゃ、今回は良くても別の場面で全てを失う。今ここで、お前がヴァンクロフトの剣技を超えろ。それしか道は無い」

「っ……」


 もはや何を言っても無駄のようだった。それどころか加勢に入ろうとしていたアリスの前に移動し、その動きを止めてしまう始末だ。


「くっ……あなた、味方じゃないの!?」

「勿論味方だが加勢は無しだ。アーサーだけでやらなきゃ意味がない」

「ふざッ……」

「大丈夫だ。アリス」


 無謀にもカケルに攻撃しようとしていたアリスを制するように言い、アーサーは深く呼吸をしてヴァンクロフトを見た。

 カケルは自分達が似ていると言った。ならここにいる人達を見捨てるような真似を本当にするとは思えないし、この博打にしか思えない行動にも意味があるはずだ。

 ただ、今できる全力を以て勝てば良い。それで全て解決だ。


「伍ノ型―――『修羅咲刄(しゅらざき)』!!」


 凄まじい速度で駆け、踏み込みと同時に全体重を乗せて刀を叩きつける突進技。まずはそれでヴァンクロフトと距離を詰める所から始めた。

 振り抜く刀がブレる。

 伍ノ型と並行して発動させた閃ノ型『焔桜烈華』。それにより斬撃が九つに増えて叩きつけられ、ヴァンクロフトの双剣が砕け散った。

 アーサーはさらに体を回転させて弐ノ型『旭日昇龍・きょくじつしょうりゅう・逆巻焔』(さかまきほむら)で炎の渦を纏った刀身を下段から振り上げる。対してヴァンクロフトは新たな剣を引き抜き、両手で握ると上段から振り下ろた。

 互いの刃が衝突し、二人は至近で睨み合いながら鍔迫り合う。


(ここで押し切れッ!! 伍と閃の型を無理矢理繋げたせいで呼吸を挟む隙が無かった! 筋肉が強張って痙攣してるッ……ここで押し切らなきゃ反撃されてやられる!!)


 それは予感ではなく確信。

 数秒後にアーサーは耐え切れず息を吸うだろう。しかしその瞬間をヴァンクロフトは見逃さない。確実にこちらの息の根を止めに来る。つまりここがアーサーの踏ん張りどころだ。ヴァンクロフトを剣技で超えるには突っ切るしかない。

 アーサーは踏み込んでいる左足で『廻天』を発動させて、その勢いを以てヴァンクロフトの剣を弾き切った―――と思われたが、実際には弾く前にヴァンクロフトは自ら剣を手放していた。そして両手でそれぞれ最後の一本の剣の柄に手をかけ、『エクシード』を振り上げて無防備なアーサーの胴体を居合抜きで左右から切り裂く―――が、そこに手応えが無かった。

 陸ノ型『陽炎(かげろう)』。それにより揺らめく残像を斬ったヴァンクロフトの背後にアーサーは逃れていた。しかしその技をヴァンクロフトはすでに見ている。すぐに何が起きたのか判断した彼は即座に背後を振り返りながら剣を振るった。


「……ッ!?」


 だが直後、彼は目を疑った。

 背後に確かに気配があったアーサーの姿がそこに無かったのだ。

 それはほんの刹那前にアーサーが取った行動。『陽炎』によってヴァンクロフトの背後に逃れた彼は、呼吸を訴えかけて来る本能に抗い即座に『廻天』を発動させてヴァンクロフトの頭上に跳躍していたのだ。そして『エクシード』を両手で握り締めて振り下ろそうとしたタイミングで、アーサーの行方を察知したヴァンクロフトと目が合った。反応がこのままでは一手足りない。振り下ろした刃は双剣で防がれ、次の反撃でアーサーはやられてしまう。

 しかし、アーサーにとってここまでは詰め将棋だ。

 攻撃しても剣を破壊するのが関の山だという事も、すでに見せている『陽炎』の回避先がバレる事も、頭上へ躱した程度ではすぐに気付かれるという事も。そもそもアーサーの剣をヴァンクロフトが警戒する必要はないのだ。全ての型は彼に通じず、完璧に防ぐ事ができるのだから。

 だからアーサーにはこの場を用意する必要があった。防げない攻撃を回避ではなく防御させる為に、隙の無いヴァンクロフトに隙を作る必要が。


(ここだ―――『滅炎龍王の(ヴァーミリオン・F)漆黒赫鎧』(・クラッドカース)!!)


 アーサーが振り下ろす『エクシード』に黒炎が混ざっていき、その一刀がヴァンクロフトに襲い掛かる。

 明確にヴァンクロフトの顔色が変わった。そして頭上で剣を交差させて防御の姿勢を取ったまま、今一度接触する直前に彼の口から言葉が放たれる。


「見事……」


 直後だった。

 アーサーが振り下ろした『エクシード』が双剣を焼き斬り、ヴァンクロフトの体を縦に斬り裂いた。

 両者は同時に地面に転がり、アーサーがようやっとの決着に肺一杯に空気を吸い込むと、心臓が絶え間なく鼓動を繰り返して痛みを訴えかけて来る。そもそも剣術の才能が無いのだ。いくら体に合っているとはいえ、今の練度では無様でもこれが限界だった。

 やがて全身の筋肉が強張り、視界が狭窄してくる。軽い酸素欠乏症だ。カケルやアリスとこれからの話をしたいのに、少し休まないと移動すら出来なさそうだった。

 なんとか視線だけ二人の方に移して、アーサーは狭くなった視界で確かに捉えた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ