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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:紬編 『担ぎし者』として Road_to_"DESPAIR"
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-08 これが仕事

 懲罰房というだけあって、ここの作りは牢屋とは比べ物にならないほど堅牢だった。狭いうえに外に繋がるのは窓くらいで、当然そこも鉄格子があるし何より外まで一メートルは壁の厚みがある。『力』を封じていれば脱獄は不可能に近いだろう。半分望んで来た訳だが、あまり得るものは無さそうだった。


「おーい、アリスー。大丈夫かー?」


 ここに連れて来られた時に隣の牢屋に入れられたのは見ていたので声をかけてみるが、当然のように応答が無い。その後もめげずに声をかけ続けていると、向こうの方が根負けしたのか大きな溜め息が返って来た。


「煩い……何度も名前を呼ばないで」

「やっと応答したか。で、そっちは大丈夫か?」

「部屋の構造はどこも同じ。それより自分の心配をしたら? あんな目立つ所で呪術を使ったせいで実験棟送りなんだから。あなた、明日で死ぬよ?」

「もしそうなったら脱出するよ。っていうかアリスもその力を使えば脱出は容易なんじゃないか?」

「やってないと思った? そんなの何度も試して失敗してる」


 溜め息交じりに彼女は続ける。


「そもそも首輪が外せないから脱獄なんて夢のまた夢だし、あなたは勝てると思ってるみたいだけどヴァンクロフトは強すぎる。全てを見通すあの目をかいくぐる事はできない。それにあなたはここの副署長を知らないでしょ?」

「……そいつも強いのか?」

「ある意味、ヴァンクロフト以上の化物だよ。この『ブラッドプリズン』の最高傑作だね」


 その言い回しにアーサーは違和感を覚えた。まるで人間というよりは兵器を差しているような、そんな意図的な言い回しに思えたのだ。


「ここで一体何が起きてる?」

「人体実験、薬物実験、何でもやってる。あたしも色々された……別にどうでも良い事だけど」

「本当にどうでも良いと思ってるならそうは言わない」

「……あなたに何が分かるの?」

「分かるよ。未来では友人だ」

「それさっきも言ってたけど、どこか頭でも打ったの?」

「本当だ。こことは別の『ユニバー(世界)ス』、時間軸から昨日来た。そこではあんたは穂鷹(ほだか)(つむぎ)って名乗ってた。でもこんな過去があるなんて話は聞いた事がなかった。だから知りたいんだ、アリスの事を。出会うのがどれだけ先になるかも分からないけど、まったく年を取ってるようにも見えないし。教えて欲しいんだ」

「……つまんない話だよ」

「アリスの話ならつまらなくないよ」


 また溜め息が聞こえて来た。

 今度は呆れの色が濃いような気がした。


「……老いてない理由だけどね、それはあたしが人間じゃなくて吸血種だから。その最後の生き残り」

「吸血種……? それって吸血鬼みたいなものか? 日の光に弱いけど不死身ってやつ」

「世間じゃそう思われてたね。でも実際は人間との違いは寿命が長いって事と、他人の血を栄養源に出来るって事、それから治癒能力は無いけど血液は呪力で生成できるって事くらいだよ。あとは人間が氣力を使ってるけど、あたし達は呪力を使ってたって事かな。呪術もそこで習った。代償を支払い、それに見合った力を得られる」


 アーサー達の『ユニバース』では呪術は異星人の力だったが、この『ユニバース』では吸血種という種族特有の力なのだろう。それにしても同じ呪術という名前でも体得方法や使用方法が異なる可能性もあったのに、同じというのは単なる偶然なのだろうか。


「あなたも呪術を使ってたね。何を代償にしたの?」

「……自ら呪術を体得する可能性。その代わりに『阿修羅(あしゅら)』は状況に応じて進化する力を持ってる」

「なるほどね……任意の可能性の代わりに不確かな可能性か。釣り合いが取れてるね」

「アリスは何を代償にしたんだ?」

「……、」


 話の流れで同じ質問を返しただけなのに、アリスの声が止まった。

 何か続けて言葉を放とうとしたが、アーサーは止めた。なんとなく壁の向こう側で彼女は言うか言わないかで迷っているだけのように思えたのだ。

 やがて、どれだけの時間そうしていただろうか。

 彼女の囁くような小さな声が聞こえて来た。


「……卵巣」


 その小さな声は、アーサーの脳髄に直接響くように不自然なほどよく聞こえて来た。そして一度話始めたからか、今度はすぐに次の言葉が続く。


「ここの人達が交配実験をしようとしたから卵巣を捨てた。呪術はそのついでに身に付けただけ。……その後も女の尊厳なんて一ミリも考えてない色々な事をされたけど、呪術の代償は戻らない。だから向こうも諦めて、今はあたしの細胞からクローンを作ろうとしてるよ」

「……。」

「無言、か……あなた、甘いって言われない? 同情しなくてもあたし自身は気にしてないよ。卵巣は人にとって大事な器官だから代償にした呪術は強力だし。……どうせ何百年生きたって、今更子供を産みたいなんて思う日は来ないしね」


 あまりにも悲し過ぎる話だ。

 自分が知っている紬とはやはり違う。何があってこうなったのか、そして何があって紬のようになったのか。あるいは何も変わっておらず紬が偽っているだけなのか。隠し事があるのは知っていたが、本当に何も知らなかったのだと痛感する。


「……俺には大切に思う人が沢山いる。両手の数じゃとても収まりきらなくて、そんなみんなと世界を守る為にいつも戦ってる。戦い続けて来た」

「……だから? 何が言いたいの?」

「アリスもその一人って事が言いたいんだ。誤解が無いように言っておくけど、穂鷹紬じゃなくてアリス・ノアをだ。だから……これからは、アリスが背負ってるものを俺にも背負わせてくれ」

「……、」


 またアリスの方から声が無くなり、会話を切り上げて眠ってしまったのかと思った所でようやく声があった。


「……もう寝たら? 明日は地獄だよ」

「あ、ちょっと待ってくれ。寝る前にその事で一つ提案があるんだ」

「提案? 嫌な予感しかないけど……」


 やっぱり勘が良いな、と思ったのは隠してずっと考えていた話を告げた。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 翌朝、突如窓が塞がれたアーサーとアリスの懲罰房にガスが噴出された。毒ガスではなく実験棟への移動をスムーズにする為の睡眠ガスだ。首輪では呪力を封じられない二人に対して行われる特別措置で、アリスは何度もこうして意識を奪われてから移動させられていたらしい。

 ぞろぞろとアーサーの懲罰房に砂色の制服を来た男達が入って来る。彼らはアーサーを連れ出しに来たのだ。


「……なあ、一つ聞きたいんだけど」


 突然の声に男達が体をびくつかせて驚く。それもそのはずだろう。その声は確実に眠っているはずのアーサーから放たれたのだから。


「あんたらは望んでここで働いてるのか? それとも嫌々か? 後者なら言ってくれ。加減はしてやる」


 立ち上がったアーサーの体には赤黒いアメーバ状の痣があった。彼は『阿修羅』の成長する力で、薬物への耐性を獲得していたのだ。

 アーサーが動き出した事に動揺しているのか返答は無かった。わざわざ待ってやる必要もないので、アーサーは手を前に出して男達の方に向ける。


「『鬼炎万丈・陰華きえんばんじょう・いんか』」


 掌から噴き出した黒炎が男達を包み込むと、彼らは胸を抑えながら倒れてしまった。

 新たな呪術『鬼炎万丈』(きえんばんじょう)。それは単純に炎を操るだけでなく、物理的に対象を燃やす明るいオレンジ色の炎『陽華(ようか)』と、対象の精神にダメージを与える黒炎『陰華(いんか)』の二通りがある。今回使ったのは後者で、これならば外傷を負わせる事なく無力化できるのだ。


「さて、と……」


 男達を無力化した所でアーサーは首輪を掴み、『珂流(かりゅう)』で魔力を流すと簡単に握り潰して破壊した。そして適当に投げ捨てて倒れている看守の一人から鍵の束を拝借して外に出るとすぐ隣の懲罰房に向かい、同じように『陰華』の黒炎で男達を蹴散らすとアリスの首輪を『珂流』で破壊した。それから眠っているアリスに『炎龍王の赫鎧』ヴァーミリオン・フレイムの炎を纏わせて肩を揺する。しばらく名前を呼びながらそうしていると、ようやくアリスは目を開けた。


「っ……上手く行ったみたいだね」

「とりあえずはな。首輪も外しておいた。ここからは手早く動こう」

「……まさか本当に外せるとはね。まあここまで来たらやるよ」


 今度は二人揃って倒れている男達を跨いで懲罰房から出る。

 彼らを見下ろしながらアリスはまたもや溜め息交じりに言う。


「……随分と出際が良いみたいだけど、あなたは元の『ユニバース』でいつもこんな事やってるの?」

「日常茶飯だな。でもこれが仕事だ」


 当たり前のように返答すると、アリスはより一層大きな溜め息をついて、


「……もしあなたが言っている事が本当なら、未来のあたしは苦労しそうだね」

「それに関しては今の内に謝っておくよ」


 雑談を交えつつ、二人は真っ直ぐ通路を進んで行く。

 ここの全てをぶっ壊す。それが昨夜、二人が交わした共通の目的だった。まずは自分達以外の者達が閉じ込められている懲罰房の鍵を壊してみんなを解放していく。とはいえ誰も彼も全員気を失っており、連れて行く訳にもいかないのでとりあえず後が楽になるように鍵を壊すだけだ。何故懲罰房なのにこんなに人がいるのか疑問だったが、アリス曰く実験棟に行ったものはここに閉じ込められる事も少なくないとの事だった。


「にしても、素手で錠を破壊ってあなたも大概化物だよね」

「あはは……まあ、コツがあるんだ」


 ここで魔力の話を始めると長くなるので、適当に誤魔化して最後の懲罰房の鍵を破壊する。どうせ気を失っているだろうとは思ったが一応中を確認する。すると今回は少し違う所があった。アーサーは中へ入り、そこで寄り添い合うように倒れている銀髪とプラチナブロンドの髪の二人の少女に近づいて様子を見る。一応、息があったのでほっと胸を撫でおろす。


「こんな子供まで……」

「ここじゃ別に珍しくないよ。まだ息があるのは珍しいけど」

「……、」


 こんなのが珍しくないなんて、この場所は本当に腐っている。今まで何度か感じた事がある『匂い』と同じだ。

 アーサーは少女達に触れて『炎龍王の赫鎧』のオーラを流す。すると二人の寝顔が穏やかなものになり、やがて少しだけ瞼を上げるとアーサーと目があった。そして銀髪の少女の方が震える唇をゆっくりと動かす。


「……かみ、さま……?」

「ごめんな。俺はアーサー・レンフィールド。普通の人間だ。でもあと少しだけ待っててくれ―――」


 そうしてアーサーは口にする。

 この場にいる四人にとって、あるいは別の世界、別の場所で一つの運命を決定付けるようなその一言を。


「―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その短い会話だけで少女は再び気を失ってしまった。この子の方が傷が多く、何か出来る事はないかと自分の服のポケットをまさぐっていると、『バルゴ王国』に入った時に購入した黒いリボンがあった。普通のものより太くて大きめなので手ぬぐい代わりになるかと思い、ほとんど意味は無いかもしれないが腕の傷口に巻き付ける。やっぱり意味が無さそうだが、この子にその場で出来るのはそれだけだ。後はこの後の行動で何かをもたらすしか無い。

 アーサーは改めて力が漲る体を動かしてゆっくりと立ち上がる。


「やる気が増した?」

「ああ……手筈通りに頼む。俺も動く」


 ここで紬と二手に分かれ、アーサーは監獄棟に向かって走り出した。

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