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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:紬編 『担ぎし者』として Road_to_"DESPAIR"
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-10 宿命

 日が暮れた頃になんとか言われた肯定が終わり、その日のレッスンは終了となった。とりあえず今はカケルから慣れない料理を教わりつつ夕食を済ませて皿洗いをしていた。完全に雑用である。

 ラプラス達が救出に来るまでどれくらいかかるか分からないが、カケルの話では次元間では時間の双方向への移動が可能だという。つまりはラプラス達がいる『ユニバース』の数時間が、今いる『ユニバース』では数日になる可能性があり、カケルが言うにはアーサーのいた『ユニバース』で数時間で戻す方法を確立できるなら、今いる『ユニバース』では一ヶ月ほどかかるとの事だった。『何故分かるのか』という問いに対しては『分かるから』と簡潔に返され、そういう能力か経験があると受け取るしかなかった。

 片付けを終わらせると居間にカケルの姿がなく、縁側を見ると一人で瓶の酒を飲んでいた。


「お前も飲むか?」

「……いや、遠慮するよ」


 視線を感じたのか、背中を向けたままの問い掛けにそう返してアーサーはカケルの隣に移動して人一人分の間を空けて座った。顔を上げると雲一つ無い夜空が広がっていた。たとえ世界が違っていても、この景色だけは綺麗だと思った。そして同時にみんなの事を考えてしまう。特に最後の瞬間、手を伸ばした彼女の事を。


「大切な人の事でも思い出してるのか?」

「……あんた、読心術の使い手なのか?」

「いいや、ただお前が分かりやすいだけだ」


 視線は夜空を見上げたままだ。それでいて気配だけで感じ取っているというのなら流石に怖い。あるいはそんなに分かりやすく態度に出ていたのだろうか。


「名前は何ていうんだ?」

「……ラプラス」

「『担ぎし者』の呪いは知ってるな? それでも関係を持つくらいに好きなのか?」

「ああ、そうだ。もうあいつ無しじゃ考えられないくらい、大好きだ」

「なら今を大事にしろ。どうあれ俺達の幸せな時間は長続きしないからな」

「……あんたにも大切な人がいたのか?」

「勿論いた」


 きっと彼はそれを経験して来たのだろう。大切な誰かと一緒に過ごし、そして抗った末に失った。やがてアーサーが辿る事になるかもしれない道で、だからこその重みがあった。


「教えてくれないか? あんたが一体、どういう道のりを歩いて来たのか」

「……そうだな。話しておくべきか」


 そう言うと物憂げな表情になり、瓶を煽って酒を喉の奥に流し込んだ。

 空っぽになった瓶を横に置くと、カケルはゆっくりと息を吐いてから話し始める。


「もう随分と前になるな。大地(だいち)(めぐみ)美衣子(みいこ)……いつも幼馴染四人でつるんでた。裏山に集まって星を見るのが習慣で大切な時間だった。でもある日、学校帰りに四枚のチケットを拾ったんだ。それが全ての始まりだった」


 その口調は懐かしむように、そして楽しそうでいてどこか悲しそうな複雑なものだった。


「拾ったチケットは『銀河鉄道』ってやつのものだった。まあ実際には偶然拾った訳じゃなくて、未来の俺達が過去の自分達の始まりを作る為に送ったものだったんだけどな。まあ何はともあれ、俺達はその日に『運命』ってのに巻き込まれた。本当に来た『銀河鉄道』に乗って、俺達はナビロボットのナビに星間旅行に連れて行って貰う事になったんだが、問題が起きて機械だらけの星に不時着して戦う事になった。当時はまだ一〇にもならないガキで、でも死ぬ気で戦ってなんとか生き延びた。……そして、その時は記憶を失って思い出したのは数年後だったけど、あの最初の冒険で俺は『秘密の部屋』の奥で彼女と会ったんだ」


 文脈なんて読まなくても、彼の横顔を見ただけでアーサーには分かった。

 きっとその彼女が彼にとっての大切な人なのだろう。


「ルミナ・スプリング。それが俺の妻の名前だ」

「スプリング……だから俺の名前を聞いた時に妙な反応をしたのか」

「ああ……因果だよな」


 きっと……いや間違いなく彼女と過ごした時間は幸せなものだったのだろう。

 だからこそアーサーは聞きたくないと思いつつ、同時に自分は聞かなくてはならないと自分を鼓舞して口を開く。


「……何があったんだ?」

「全て失った」


 嫌な答えを真っ直ぐ平坦な口調で彼は告げた。

 そもそも見れば分かる事だった。今の彼はどう見ても孤独なのだ。


「二番目に訪れた星で不思議な本を手に入れて、そこから俺達は『氣石』っていう氣力を別の力にする不思議な石を手に入れた。その時は守る力が出来たと思ったけど、当時自覚してなかった『担ぎし者』の呪いってやつのせいで戦いが激化していったんだ。……お前にも覚えがあるんじゃないか?」


 確かに彼の言う事に思い当たる節があった。

 戦いのレベルが明らかに変わったのは右手の力を手に入れてからだ。


『どうあれ貴様は力を手に入れた。そして大きな力には同等の力が引き寄せられる。戦いの規模が変わるぞ。今までのような一人でも何とかできたガキの喧嘩レベルは卒業だ。これまでと同じように何とかなると思うな。仲間を集めろ、かつてのローグ達のようにな』


 かつてクロノは『スコーピオン帝国』での別れ際にそう言っていた。

 その通りだったと今では思う。直後に国一つが浮かぶ事件が起きて死にかけ、戻ってからは過去の世界に行ったり、みんなで束になってようやく勝てたヨグ=ソトースと戦ったり、そして今では異なる世界を行き来するようになった。今では体一つで戦っていたのが酷く遠くに感じられる。


「クラスメイトの(あらし)(あい)。『地底世界(アガルタ)』のリーナ、『海底世界(アトランティス)』のお姫様のソフィ―ア。同じ『担ぎし者』だった佑斗(ゆうと)。そしてエナ、十香(とおか)風音(かざね)琴音(ことね)、ルミナ……他にも沢山……本当に多くの人達と出会い、関わり、時には別れも経験して、それでもあの『世界』(ユニバース)で生きて来たんだ」

「……、」


 何故かは分からない。

 でもアーサーは思わず泣きそうになった。

 それは話を聞いて自分が戦い始めた理由を思い出したからか、それとも自分がこれから辿る未来を想像してしまったからか。

 確実に言えるのは、今自分が抱いている感情は今まで抱いて来たどの感情とも違うという事だけだった。


「最後の戦いで俺は『あいつ』と戦った。『担ぎし者』として、全ての因縁にケリを着けるために。……でも最後の瞬間に俺は選んでしまった。今更悔いは無いけど、その結果みんなを失って、お前達にも迷惑をかける事になった」

「……選んだって」

「詳細は話せない。でも一つだけ言えるのは、『担ぎし者(俺達)』の道のりはその時の選択をする為にあると言っても過言じゃないって事だ。だから俺の答えは言えない。お前はお前の歩んだ道で、いつか『暁』に辿り着いた時に答えを出さなくちゃいけない」

「……『暁』ってのは?」

「『「無限の世界」インフィニット・ユニバースの暁』だ。あらゆる世界、あらゆる時間軸の創まりの地。辿り着けるかどうかはお前ら次第だが……おそらくお前は辿り着く。だから頭の隅に置いておけ」


 そんな壮大なものに、今初めて別の『ユニバース』の存在を実感したばかりの自分が辿り着けるのかは疑問だった。

 けれどカケルは何かを感じたのだろう。アーサーを見る目には信頼や慈愛などが含まれた温かさがあった。


「ところでお前はいくつ『力』を使えるんだ? 氣力は当然として、他に何か使えるか?」

「魔力と呪力が使えるけど……ちなみにメインは魔力だ」

「三つ使えるならオーケーだ。ちなみに二つ以上の『力』を合わせて使った事はあるか?」

「……ああ、何度かある。特に二つ合わせるのはよくやってる。ただ三つ合わせた時は赤黒い稲妻が弾けたり、何も起きなかったり、妙な事が起きた」

「なるほど、大体分かった。俺は氣力と魔力と霊力がメインの『力』で、今から使うのは氣力と魔力だ。よく見ておけ」


 両手の掌を上に向けて前に出したカケルは、それぞれの手に魔力と氣力を纏った。そして左右の掌を合掌するように合わせると、二つの『力』が溶けあうように一つになっていった。開いた掌の間には魔力とも氣力とも少し違う未知のエネルギーで形作らせた『力』の球体があった。


「これが二つ以上の『力』を掛け合わせる『太極法(インヤン)』。お前が今までやって来たのはおそらく単純に同時に技を発動させて合わせただけの足し算だ。でも二つの『力』を練り合わせて技を放つ事で、掛け算のように威力は数倍に増す。練り合わせる比率は1:1で最大効率だ。この比率は大体でも練り合わせるコツさえ掴めば発動できるから試しにやってみろ」


 相変わらず突然の無茶ぶりだが、いい加減慣れて来たのかアーサーは特に文句も言わず見よう見まねで同じようにやってみる。氣力だけの出力は出来ないので魔力と呪力を使ってやると、一応球体はできたが、それはカケルが作ったものとは明らかに『力』の感じが違った。


「どうやら今までも無意識に練り合わせはしてたみたいだが、今のは足し算だ。練り合わせ方にまだムラが多い。肝はやっぱり回転だ。二つの力が渦を巻きながら少しずつ合わさって大きくなっていくのをイメージしながらやってみろ」

「練り合わせる……回転」


 意識をアドバイスに集中させてもう一度、右手に魔力、左手に呪力を纏わせて掌を合わせる。

 二つの異なる『力』を一つにしていく。言うのは簡単だが、それはアーサーが今までやっていた合わせるだけの作業とはレベルが違う。無意識に合成できていたのは本当にマグレだったのだろう。

 今回は上手く行ったが、カケルのようにスムーズに行かず一〇秒以上かかってしまった。障害がなく完璧に集中できる状態でこれでは、実戦では使い物にならない。


「とりあえず出来たな。あとは回数をこなしていくしかないが、この『太極法』は自覚が無いが体への負担が大きい。使えば使うほど体が慣れて使える回数は増えるが、おそらく今のお前が使えるのは一日に三回って所だ。四回目を使おうとすれば発動せずに最悪意識を失う。これは気合や根性じゃどうしようもない。練習するコツは合成間際で止める事だ。それで回数制限なくできる。間際で止めるのも最初は大変だろうから、慣れるまではこれを使え」


 そう言って取り出したのは白い布だった。それはどこにでもあるような何の変哲もない布で、何に使うのか首を傾げるとすぐに説明してくれる。


「これは『太極法』で練った力を吸収してくれる特殊な布だ。持ちながら鍛錬すれば、意識しなくても生成直前で吸収してくれる」

「……便利なものがあるんだな。なんか都合が良すぎる気もするけど」

「そりゃ俺がさっきパパっと作ったからな。一点ものだ」


 そんなこともできるのか、と呆れ半分の目線を向けるがカケルは特に気にした風もなく布を渡して来る。試しに一度やってみると、本当に途中ですっと力を抜かれて行く感覚があった。


「『力』を吸えば吸うほど布地は黒くなる。まあ、真っ黒になる頃にはほぼ完璧に練れるようになってるはずだ。一月後までには真っ黒にしろ」


 そう言って、カケルはアーサーの肩に手を置いた。


「とにかく今日はもう遅い。色々あって疲れただろうしゆっくり休め。明日からは修行と並行しつつ仕事もして貰わなくちゃいけないからな」

「仕事って……何をすれば良いんだ?」

「明日になれば分かる。それから同時に『LESSON4』だ。今日やった修行と並行しつつ『太極法』をマスターしろ。三つ合わせるものに関しては、これをマスターしてからのレクチャーだな」


 その言葉の直後、アーサーは視界がぐわんと歪むのを感じた。唐突に睡魔が襲って来たような感覚だ。


「これだけ覚えておけ。俺を信じろ。そして目の前のやるべき事をやれ。烽火を上げるんだ」


 アーサーが覚えていたのはそこまでだった。

 抗えない睡魔に誘われるように、あっさりと意識を手放した。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 翌日、アーサーは薄暗い部屋の硬い床の上で目を覚ました。

 昨晩の記憶はしっかりとある。しかしあの家とこの場の空気がイコールで繋がらない。体を起こして周囲の様子を確認すると、アーサーは驚きのあまり目を大きく見開いた。

 四方がレンガ調の壁で、一面だけ鉄格子になっている。いわゆる牢屋というやつだ。


「冗談だろ……どこだよここ!?」


 起きた時に全く別の場所に移動している経験は何度かあるので驚きは無いが、流石に見知らぬ『ユニバース』でこの状況は動揺が走った。

 すぐに立ち上がって鉄格子に近寄った。見える光景は何階建てもあるこの建物の壁が牢屋で埋め尽くされて、中央にテーブルが置かれた広場があるという簡素なものだけだった。次に自分の状態を確かめるが、服装はそのままだが首には重みを感じた。どうやら首輪をされているらしい。手を確認するとソラの指輪と『手甲盾剣(トリアイナ・ギア)』のブレスレットが無かったが、指輪の位置を感知するとここではない遠くにあった。投獄される際に没収されないよう二つともカケルが回収してくれたと信じたい所だ。


「起きたか、2649番」


 低い声がした通路の奥から現れたのは、黒い制服を着て左目に黒い眼帯を付け、両方の腰に剣を二本ずつ差した五~六〇代の長髪の男と、砂色の制服を着た若い男だった。

 彼らはアーサーの目の前で足を止めた。若い方はともかく眼帯の男からは嫌な凄みを感じた。その鋭い眼力だけで人を睨み殺せそうなほどだ。


「さて。あの男から検体提供となると警戒せざるを得ないが、お前は何故ここにいるか分かるか?」

「知る訳ないだろ! 何かの手違いだ。今すぐここから出せ!!」


 訳が分からない事を話されて意味が分からず激昂すると、彼は後ろにいる男に視線を向けた。そして砂色の制服を来た男が頷くと、長髪の男はアーサーの方に向き直る。そして腕時計に触れるとアーサーは首から全身に鋭い痛みが走るのを感じた。ロクに体を動かせず悶絶していると、眼帯の男の体の近くに炎球が生まれてアーサーに向かって来ると防御できない彼の体を吹き飛ばした。


「その首輪はお前の氣力を抑え、こうして懲罰にも使える。無理に外そうとすれば爆発するからお勧めはしない。ここでは私が上で、お前が下だ。早めに立場を理解しろ。それが長生きするコツだ」


 げほげほと咳き込んで息を整えたアーサーは、こちらを見下す男を睨みつけた。まるで虫けらを見るような冷たい目付きだ。おそらく今殴りかかっても勝率は薄いだろうし、それにここで目覚めた理由も分かっていない。いずれ脱獄するにしても状況を理解する方が重要だと判断し、彼は今知るべき一番重要な問いを飛ばす。


「……ここは一体、どこなんだ……?」

「『ブラッドプリズン』。咎人の血で出来た城、そしてお前の墓場だ。2649番」


 舞台(せかい)は変わった。けれど『担ぎし者』に安寧は許されない。

 その宿命(ルール)は、どこにいても変わらないらしい。

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