-11 大空を翔ける者
最後に覚えているのは目蓋を貫く明滅した奇妙な光と、全身に絶え間なく浴びせられた覚えの無い不快感に近い衝撃だった。
意識を失い、目を覚ました時、アーサーは見知らぬ天井を見上げていた。布団に眠らされているようだった。体を起こして周囲を見回すと、故郷を思い出すような和風の家屋だった。畳の上に敷かれた布団の感触がどこか懐かしい。
ヴェールヌイが作り出した『次元門』に吸い込まれ、最後に手を伸ばしたラプラスを見てからの記憶が無い。すぐに『回路』に意識を向けてラプラスの存在を確認しようとするが、どういう訳かラプラス以外の全員も含めて誰の位置も分からない。繋がっているのは感じるが、それがどこにあるか分からない感覚。考えられる可能性として真っ先に浮かんだのは、ここが別の『ユニバース』という事。ヴェールヌイの『次元門』によって強制的に世界転移させられたのだろう。つまりこれから戻る方法を考えなくてはならないという、あまり良い状況ではない。
「起きたか」
声のした方を見ると、縁側に誰かが座っていた。今まで気配を感じなかったのは何故だろうか。
こちらに振り向いたのは三〇歳前後ほどの明るい茶髪の壮年の男だった。アーサーは彼を見て少し驚いた。なぜならその人物がなんとなく見覚えのある風貌だったからだ。
「俺の顔に何か付いてるか?」
「……あんたは、その……」
「お前は空に開いた穴から落ちてきたんだ。何があったか覚えてないのか?」
「いや……覚えてる、覚えてるけど……俺はあんたを知ってる気がする」
「奇遇だな。俺もなんとなく、お前を他人とは思えない。……ひょっとしてお前、別の『ユニバース』から来た『担ぎし者』じゃないか?」
「……ああ」
少しだけ驚いたが取り乱したりはしなかった。
何となく彼の正体に気付いて来たからだ。
「お前、名前は?」
「……アーサー・S・レンフィールド」
「スプリング……なるほど。そういう事か」
何かに納得するように呟くと、彼は続けてこう言う。
「俺はカケルだ。大空カケル。よろしくな、アーサー」
◇◇◇◇◇◇◇
『少し手合わせしよう』というカケルの提案に乗る形で、アーサーは彼と広い庭で向かい合っていた。アーサーは体を軽く動かして調子を確かめるが、カケルは立ったまま動いていない。だというのに隙が無いのが恐ろしかった。
「そっちから来て良いぞ。遠慮もいらない」
「……だろうな」
おそらく自分よりもカケルの方が強いというのは対峙した瞬間から分かっている。その上でアーサーは四肢に魔力を纏って構える。どうやら別の『ユニバース』でも魔力は継続して使えるようだ。全ての『ユニバース』がそうなのか、それとも偶々この『ユニバース』にも魔力が存在していたからなのか。理由は分からないが僥倖だった。
「……じゃあ、行くぞ」
「ああ、来い」
地面が爆ぜるほど強く踏み込んで突っ込み、アーサーは遠慮無くカケルに殴りかかる。しかし魔力を纏った拳をカケルは腕で軽々と受け止めた。入れ替えるように左足の回し蹴りを放つが、それも逆の手で防がれてしまい、カケルはその間に左の拳を引き絞っている。
反撃が来ると察したアーサーは腕を交差させるが、その上から構わず拳をぶつけられて後方に弾き飛ばされた。こちらの攻撃はそれぞれ片手で防がれたのに、向こうの攻撃は両手で受け止めたのに痺れるほど痛い。
「良い打ち込みだ。動きも良い。肉弾戦がメインの戦法って所か」
「……褒めて貰えて光栄だよ。あんたも相当だな」
「スタイルはお前と似たようなもんだ。氣力での肉体強化は大目に見てくれ」
とにかく単純な格闘戦では一矢報いる事すらできない。ここで戦い方とこの戦いの意義を考え直す必要が出てきた。
おそらく現状で出せる全力を尽くしても勝てはしないだろう。それに彼が想像通りの人物なら、勝敗以上に確かめたい事がある。
数秒の思考を終えたアーサーは、すぐさま引き絞った拳に紅蓮の炎を纏って突き出した。
「―――『紅蓮咆哮拳』!!」
「っ……その技は!?」
驚いた表情を浮かべたカケルだが、行動は冷静で迅速だった。開いた右手を突き出すと『紅蓮咆哮拳』に触れ、その瞬間炎が跡形もなく砕け散って消え去った。まるでアーサーが魔力を消去する時のようで、彼の右手にも似たような力があるのだとすぐに悟る。
しかし驚きよりも納得が勝った。だから硬直もせずに次の行動に移れた。
『炎龍王の赫鎧』を身に纏い、指輪を刀の形に変えてカケルに向かって突っ込む。
(この一撃で確かめる……!!)
「『焔桜流』壱ノ型―――『焔尾』!!」
手加減抜きの本気で斬りかかった。
直後、アーサーの目の前に答えが示される。
「―――『炎龍王の赫鎧』」
アーサーと全く同じその名前。
直後、彼の体から何者かの手が出てくるとアーサーが振り下ろした剣を掴んで止めて見せた。
「……全てに納得がいったよ」
僅かに笑みを浮かべてそう呟くカケルから、アーサーは後ろに跳んで距離を取った。
彼の背後には人型のオーラがあった。鎧を纏った竜人のようなそれは、カケルの体と重なっていくと彼の体と同化してアーサーと同じように朱色のオーラを身に纏う。……いいや、その圧はアーサーが纏う以上のものを放っている。
「どうしてお前が俺の前に現れたのか。お前が何者で、これから先どういう運命を辿っていくのか。そして俺に与えられた役割も……お前は俺を知ってたんだな?」
「……あるビジョンを見たんだ。意識を失った時に何度か、そこにはいつもあんたがいた。そして俺に力を貸してくれた」
「俺達は『担ぎし者』って縁があるから不思議じゃないな。……その刀、というか指輪か。お前が意識を失ってる時、それを身に付けてたんじゃないか?」
「……ああ、そうだ」
確かに言われてみればそうかもしれない。一度目はビジョンは『桜花絢爛』を発動していただけだが、それ以降はソラが『手甲盾剣』に同化している時に起きていたはずだ。
ソラも特殊だが別の『ユニバース』の存在だ。もしかすると彼と何かしら関係があったのかもしれない。
「ならこれも縁だ。ちょっとしたレッスンをつけてやる」
言葉の直後、カケルの足元が渦巻き状に砕けた。何か凄まじい力が彼の体に流れているのだけがアーサーに分かった事だった。そしてその動きに合わせるように、『炎龍王の赫鎧』の炎が回転しながらカケルの掌の上で球状にまとまっていく。
「炎を圧縮すると熱量が上がる。氣力を踏み込みの力で回転させながら全身を回して、その力で炎を掌の上でぎっちぎちに凝縮させて押し留める。そうする事で単純な炎弾よりも高威力を望める」
そして彼の掌の上の球体が完全な安定状態になった。まるで一つの恒星のような迫力と輝きだった。
「『紅蓮咆哮拳』は中・遠距離の相手に有効だ。だからこれは対を成す近・中距離向けの技だ」
そして、その掌をアーサーへと向けた。
「―――『紅蓮弾』」
アーサーは間違いなく警戒していた。どんな攻撃が来ても対処できると考えていた。
しかしその認識が甘かった。気付いた時には放たれてた炎弾が腹部に衝突し、それが破裂してアーサーの体は吹っ飛ばされていたのだ。
「大した痛みは無いだろ? そういう風に調整して撃ったからな」
確かに衝撃はあったがダメージはほとんど無い。すぐに起き上がれる程度の痛みだ。
「お前はまだ『炎龍王の赫鎧』を使い熟せてない。複数の『力』や『担ぎし者』の呪いもな」
「……待て。呪いを使いこなすって一体……」
「つまり何も知らないって事だよ。だから俺が教えてやる。どうせ元の『ユニバース』に戻れるまで時間がかかるだろうしな。お前が戻るまでの間に俺が確実に強くしてやる。まずは『LESSON1』だ。まずは全ての基盤になる『廻天』をマスターして貰う」
「……さっきのあれか? 足場から『力』が回転しながら昇って行ったように見えたけど」
「そうだ。大地を踏み締める力を氣力や魔力に乗せて、そこに回転の力を加えるんだ。それだけで普通の打撃が殺人級の威力になるし、使いこなせば空中を足場にして駆ける事もできる。身に付けておいて損はない」
そう言うとカケルは一度だけその場で『廻天』を発動させてみせた。やはり先程のように足元から氣力の渦が体を昇って行くのが分かる。どうやら見取り稽古をつけてくれたらしい。
まだ氣力というものを理解し切れていないアーサーは、試しに右足の裏に『炎龍王の赫鎧』の炎を集めて回転させる事を意識しながら踏み込んでみる。すると彼と同じように炎が軌跡を描きながらアーサーの体を周回するように回転して上がっていくが、それは膝の辺りで消えてしまった。何かが悪かったのか、彼のように回り続けなかったのだ。
「コツを掴めば簡単だが、意外と難しいだろ? とりあえず今日中に安定して腰の高さまで回せるようになれ。それが出来たら『焔桜流』の正しい体の動かし方と、『担ぎし者』の呪いに付随する力の制御のコツを教えてやる。そこまで終わったら飯の作り方を教えてやるよ」