428 段落
あの後。
『ホロコーストボール』が撒き散らした破壊について今のアーサー達にできる事は何も無いので、後ろ髪を引かれながらも一旦退く事にした。
アーサーは動けないリアスを背負い、みんなが移動した新たな拠点に移動する。エリザベスが用意していた場所は意外というか何と言うか、件の『バルゴパーク』の地下だった。なかなか広い空間のようで、食堂や医務室なども完備されていて普通に生活する分には一切の問題が無さそうだった。
簡単な手当てしかしていないリアスを医務室の『医療用カプセル』に入れて自動で治療が開始されるのを見届けると、アーサーはその足で地上へと向かった。普段は来場客で賑わっているであろうテーマパークも、こんな遅い時間とあっては人気を感じられず、いつも賑わっているからこその静寂に不気味さがあった。
あらかじめ決めておいた待ち合わせのカフェに行くと、すでにアーサー以外は揃っていた。
「やっと来たわね、アーサー」
「悪い、待たせた」
一早くこちらに気付いたサラに軽く手を挙げて言葉を返す。他に人気の無いテラスの席にはサラとラプラス、そしてネミリアとジョーの姿があった。アーサーも同じテーブルの席に着き、ネミリアとジョーの方に視線を向ける。
「……ここまで来て聞くのもなんだけど、本当に装置無しで上手く行くのか?」
これからやろうとしている事はつまり、ネミリアの力でジョーを元の『ユニバース』に戻そうという事だった。それが目的の一つでもあったし、ジョーは善意でここまで付き合ってくれたが、そもそも彼にはこの『ユニバース』に長居するべき理由も道理も無いのだ。方法が見つかったのだから帰るのは必然の事だった。
「問題はありません。レンさんを戻した時の事は覚えていませんが、どうやったのかは不思議と分かっています。必ずジョーさんの『ユニバース』に繋げます」
アーサーもその話はラプラスから通信越しで簡単に説明されただけだが、決して無視できるような内容ではない。しかし同時に答えを出す事ができないのも事実だった。
言葉に迷っている内にネミリアは実際に見せようとしてくれたのか、立ち上がると虚空に手を伸ばして振動波を出した。するとヴェールヌイが操る『アガレス=セカンド』と同じような『次元門』が出現する。それがジョーが本来生きている『ユニバース』に繋がっているのだろう。
「……さて、退場の時間だな。戻ったら馴染みのバーで一杯やってベッドに沈みたい気分だな。また別の事件に巻き込まれなければ良いが」
席を立ちながら皮肉を言うジョーに、アーサーは軽く笑って同じように立ちながら言葉を返す。
「アンタには迷惑かけたからな。俺が言えた事じゃ無いけど、戻ったら少しはのんびりしてくれ」
「お前もそうしろ」
「いやー……それはちょっと厳しいかもな」
「まあ、お前の取り巻く環境は色々と複雑みたいだからな。……本当にあいつとそっくりだ」
それは前に言っていた人物の事だろう。深く聞こうか考えて、アーサーは止めておく事にした。ほとんど直感で何となく感じただけだが、不思議とそうするのが正解だと思ったのだ。
二人の会話に少し間が開くと、ジョーはアーサーから視線を切ってラプラスの方を見る。
「こっちの世界の俺の話を聞けたのは貴重な経験だった。それに慣れない『ユニバース』で肩身の狭い思いをしないように配慮してくれた事にも感謝している」
「……その件に関しては申し訳ないと思っていたんですが。確かになるべくアーサーと行動が共になるようにしましたが、そのせいでずっと戦い続けて貰う事になってしまいましたし」
「そもそも言い出したのは俺だしな。色々ありがとう」
「それはこちらこそです。出会いは偶然の産物でしたが、ジョーさんがいなければアーサーはこんなに早く立ち直れませんでした。本当にありがとうございました」
「どうだろうな。彼は人の縁に恵まれている。俺じゃなくても他の誰かが支えたはずだ。最後は君がおいしい所を持っていったようだしな」
「ですが私はアーサーにとってソラさんと同じ立場ですから。ジョーさんのような外側からの言葉が無ければ、アーサーはもっと長く苦しんでいたと思います。だから感謝しています。別の『ユニバース』から来たのがあなたで良かったです」
「そう言って貰えるのは光栄だ。俺もこの世界に来れて良かった。ある意味では良い息抜きになったからな」
そしてラプラスと軽く握手をすると、今度はサラの方に体を向ける。
「さて、お前には俺の『ドッペルゲンガー』が迷惑をかけたらしいからな。代わりに償いをしたかったんだが、チャラになったか?」
「元々そんなに迷惑をかけられたって訳じゃないわ。それにアーサーの事じゃ世話になったし、むしろ借りが出来た気分ね」
「そうか……やっぱりお前は縁に恵まれているな」
「……そうだな」
ジョーの言葉にアーサーは素直に同意した。縁に恵まれているのは常々自覚しているので、感謝以外の気持ちは無い。
そしていよいよジョーの足が『次元門』に向く。アーサーも彼に付いて行くと、他の三人は遠慮するように少しだけ距離を取る。
あと一歩で『次元門』の中へ入るという所でジョーは足を止めた。
「アーサー。帰る前にお前にも言っておきたい事がある」
「……この流れだと教訓って所か?」
「まあ、そんな所だ。この世界の俺に何があったのか、君の彼女に話は全て聞いたし断片的な映像も見せて貰った。それに君の仲間達にも君の話を聞いた。そして復讐に憑りつかれていた俺がどうして改心し、お前と行動を共にして最期にあの選択をしたのか理由が分かった」
意外な話にアーサーは少し驚いた。目を見開く彼の様子を確認しつつ、ジョーはその続きを話し始める。
「お前は誰だろうと態度を変えずに接する。王様だろうと悪党だろうと、大人だろうと子供だろうと変わらずにな。それはお前が誰であれ相手に敬意を持って接するからだ。例え自分達を売った人物だろうと事情を汲んで労る。だからこれからはその気持ちのほんの一部でも良いから自分に向けろ。周りの死の全ての責任がお前にある訳じゃない。今は立ち直れているようだが、あまり自分を責めすぎるな」
ジョーの言葉はきっと、これから先で身近な誰かを失った時の為のものなのだろう。この死と隣り合わせの人生で、誰も失いたくないと思っているが、きっとまた誰かを失う時が必ず来ると言われているようだった。ジョーはその時の為の心構えを教えてくれているのだろう。
とはいえ、それは性分みたいなものだ。自分を責めるなと言われてすぐに実戦するのは難しい。しかしアーサーは自分を心配してくれる彼をこれ以上心配させないように、柔らかい笑みを浮かべて応える。
「善処するよ……それからありがとう、ジョー。俺を死に向き合わせてくれて」
「いつでも手助けするさ。今はもう、俺もお前の友人だからな」
「ならあんたの『ユニバース』がピンチの時は呼んでくれ。今回助けられた分、必ず力になる」
「どう連絡を取るか知らないがな。もしそんな時があれば頼むとしよう」
叶える事も困難な約束をしているのは互いに分かっていた。
それでもアーサーとジョーは信じて疑っていないように笑顔で握手を交わし、アーサーは一歩離れる。
「また会おう」
「ああ。会えたらな」
そしてジョーは意地の悪い笑みを残し、最後の一歩を踏み出して元居た『ユニバース』に戻って行った。
少しだけ寂しさを覚えつつ、気を取り直してもう一つの用事を果たす為にネミリアの方を見る。
「ところでネム。戻って来た時に気を失ってたけど、体の方は大丈夫か?」
「……、」
「ネム……?」
「アーサー」
俯いたまま返答のないネミリアの様子が気になると、すぐ横のラプラスが声を発した。
「その事でネムさんから話があるんです」
「話って……」
「教えて欲しいんです」
ネミリアの方に視線を戻すと真っ直ぐぶつかった。
何と言うのか、何となく予想できてしまった。
「自分の体の事です。本当は何となく気づいていて……ですが怖くて目を背け続けていました。でも今は知りたいんです! わたしはもう、これ以上皆さんに迷惑をかけたくないんです!!」
「私は伝えるべきだと思います。ネムさんも覚悟を決めていますし、知る権利があるはずです」
アーサーは浅く溜め息を溢した。
なんだか責められている気になって来るが、実はこの話に関してはすでに迷いは無い。というかむしろこちらから振ろうと思っていた話だ。
「……実はその話もするつもりだったんだ。覚悟はできてるんだな」
「正直な所、今更どんな話をされても驚きません。どうせ、世界はわたしを苦しめる為だけにあるんですから」
淡々と当たり前のように語るネミリアには、いっそ達観したような雰囲気さえ感じた。
誰も何も言えない。今ここで言葉だけで否定しても、彼女が自分の人生から得た答えに対しては、何の意味もないように思えたからだ。
「……分かった。実は向こうで過ごした一ヶ月で良い方法も見つけたんだ。みんなには明日話すつもりだけど、その前に頭を整理したいから聞いてくれるか? 少し長くなるかもしれないけど」
アーサーからただならぬ気配を感じたのだろう。ラプラスとネミリア、それにサラも再び席に座り、アーサーも座ると頭を整理しながら話し始める。
「……俺にとって一ヶ月前。ヴェールヌイにあの『ユニバース』に飛ばされて、ある人と出会ったんだ―――」
◇◇◇◇◇◇◇
アーサーの話が終わり、彼はラプラスに頼んで寝室に案内して貰った。窓もなくベッドと机で部屋がほとんど埋まっているような、本当に休む為だけの部屋だ。しかし洋館の広い部屋よりも、こういう必要最低限の狭い部屋の方が落ち着くのが不思議だ。
「ありがとう、ラプラス。なんか久しぶりの我が家って感じだ。この部屋を見るのは初めてなのに変だけど」
「気持ちは分かります。皆さんもすでに休んでいますが、アーサーの帰りを待っていたんですよ?」
「……悪いとは思ってる。でもみんなに会ったらあの話をしないといけないし、やっぱり事前にラプラスに聞いて貰って整理したかったんだ」
「確かに壮絶な話でしたしね。それにすっかり夜も更けましたし」
実際、アーサーの話はかなり長かった。要点をまとめればここまでにはならなかったが、記憶を思い起こしながら色々と寄り道して話したせいだ。だがその甲斐もあって、明日他のみんなに話す時はもっと上手くまとめられるだろう。
二人は部屋の中に入り、アーサーは椅子に座ってラプラスはベッドに腰を下ろした。
「とりあえず休める時に休まないとですね。アーサーが立ち直れたのは喜ばしい事ですが、問題はほとんど解決していません。これからどうしますか?」
「……その事で一つ決めた事があるんだ。『ノアシリーズ』は強い。俺もこの一ヶ月で少しは強くなったけど、あいつらを止めるにはもっと力が必要だ」
いきなりそんな力を得られる都合の良い話なんて本来なら無い。
けれどアーサーとラプラスには覚えがあった。この国に来てすぐの事、ある提案を断ったはずだ。
「……やるんですね」
「リスクは分かってる。でも他に道は無い。六花の所に戻って『仙術』を学ばせて貰う」
「……まあ、分かっていた事ですしね。あの未来へ向けて順調に進行中、という事ですか」
未来の自分は仙術を使っていたという。だから身に付ける事を避けていたが、このままではどっちみちヴェールヌイに滅ぼされてしまう。そうなれば本末転倒だ。
避けようと思っているのにどんどん未来の通りに進んでいる事が歯痒いが、今はとにかく『ノアシリーズ』を止めなければ世界は終わりだ。仙術の事は割り切って、別のどこかで回避するしかない。
「心配ばかりかけて悪いな」
「いえ、アーサーがそういう人だというのは分かっていますから。問題ありません」
「返す言葉が無いのが辛いな……」
相変わらず尻に敷かれっぱなしだが、こんなやり取りも一ヶ月ぶりとなると懐かしさを感じるから不思議だ。この『ユニバース』に戻って来てすぐに『ノアシリーズ』と戦った時も思ったが、やはりみんながいるこの場所が自分の居場所だと再確認する。
「……それはそうと、なんですが……」
そこでラプラスは視線を落とした。
ベッドシーツを手でなぞりながら、頬を紅潮させて言う。
「……今夜はこのまま一緒に寝ませんか?」
上目遣いにそう訊ねて来る彼女にアーサーは心臓が大きく跳ねるのを感じた。
彼女が何を望んでいるのかは分かっているし、アーサーだってそれを望んでいる。
断るという選択肢は最後まで残っていた。
「……良いね」
だけどアーサーは受け入れた。一ヶ月ぶりに会う彼女のそんな仕草を見て自制できるほど、アーサーの理性は超人離れしていなかった。
こんな時に不謹慎だろうという気持ちはあった。
けれど少しだけ。今日だけは、と。
言い訳をして、アーサーはベッドの方に足を進めた。
ありがとうございます。
この一九章はかなり長くなりそうなので、初の試みとして前・中・後編の三部構成で進めていきます。そして前編は今回で終わり、次回から中編が始まります。
前編では『起こり』として、前章から本格的に関わって来た『ユニバース』の話を絡めつつ、『ノアシリーズ』の力と目的を明かし、また初の『ディッパーズ』からの犠牲者という問題にどう向き合っていくのか、というのがメインでした。
その中で問題の解決はほぼしておらず、依然として山積みです。ネミリアの体の件、エリザベスが抱える問題、『ノアシリーズ』の野望の阻止など。この辺りは後編にて解決していく予定です。
ちなみに今回初登場のジョー・グラッドストーンは二つの『ユニバース』を渡り歩いた貴重な人物、とだけ言っておきます。
次回からの中編では、別の『ユニバース』でアーサーが過ごした一ヶ月についての話です。前編の最後に披露したアーサーの新たな力についてもここで説明していきます。前編よりはずっと短くなり、一三話ほどの予定です。
いつもは章の最後にだけ入れるあとがきの後の話も、今回は前・中・後のそれぞれで入れて行きます。
という訳で、この下からスタートです。
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『次元門』を通って元の『ユニバース』へと戻ったジョーは、宣言していたように馴染みのバーで酒を飲み、自宅へ戻り泥のように眠った。そして翌日何事もなかったかのように『いつもの場所』へ顔を出した。
毎日のように顔を合わせている『彼』は先に来ており、ジョーの姿を見ると大きく目を見開いて驚いた。
「相変わらず早いな。ちゃんと寝ているのか?」
そんな事にも構わず、これもいつも通りの挨拶を飛ばすと『彼』の様子が驚きを通り越して呆れに変わった。
「まったく……ジョー。ここ数日どこに行ってたんだ?」
「心配したか?」
「まあ、君は優秀だし友人だからな」
素直じゃない『彼』の返答に妙な懐かしさを覚えつつジョーは肩を竦めた。向こうの『ユニバース』が悪かった訳じゃないが、やはりここが自分の居場所だと再確認できた。
「なに、ちょっと神秘的な旅行に言っていただけだ。お前によく似た友人が出来た」
「俺によく似た? ……さてはそいつ、ロクな人生送ってないだろ」
「言えてるな。彼も多くのものを背負って戦っていた。そういう部分も含めて君と似ていたんだよ……オリバー」
オリバー、と。
そう呼ばれた『彼』はその言葉を受けて、会った事もないその誰かの事を不憫に思い深い溜息をついた。
同じく、過酷な運命を担いでいる者として。