426 約束
朱と白銀のオーラを纏ったアーサーは凄まじい速度で『バルゴ王国』を駆けていた。足が地面に着地する度に『飛焔』で加速を繰り返しているが、それだけが超スピードの理由ではない。
『炎龍王の三叉纏装』。
それは『炎龍王の赫鎧』にソラの『付与』の力を交えた状態。厳密に言えば『攻撃力上昇』『防御力上昇』『移動力上昇』の三つの特性で極端に強化する技だ。今は『移動力上昇』の特性で性能を大きく伸ばしている。一つに特化すれば他の性能が下がるデメリットはあるが、それ以上に性能が上がる方にアーサーは目を向けている。
『ホロコーストボール』の近くまで来るとアーサーは動きを止めた。『魔族領』から因縁のある兵器。製造した本人が死した今でも破壊を振り撒いている。見たところ『魔族領』の時のような本格的な破壊行動はしていないようだが、辺りは少し動いただけなのに多くの建物が倒壊しており、避難が始まるまでに出た犠牲者の数は計り知れない。それなのにほとんど動いていないのが、まるで何かを待っているようで不気味だった。
そんな宿敵を睨みつけながら、アーサーはポケットから血で汚れた端末を取り出した。数コール待つと応答があったので、すぐに声を出す。
「リアス。俺が誰だか分かるか?」
『……アーサー・レンフィールド。無事に戻って来れたようで何よりだヨ。でも君がその端末を持ってるって事はF・F……フューリーは逝ったんだネ』
「あんたを止めろと頼まれた。一体、何をするつもりだ?」
『……別に大した事じゃないヨ。過去の清算、って所かナ』
嫌な予感しかしなかった。
血まみれのマナフォンが少し軋むほど、手に力が入るのを感じた。
『具体的に言えば自壊プロセスを実行すル。成功率は一割以下って事で敬遠してたけド、こうなったら仕方ないからネ』
「……そんな事してリスクは無いのか?」
『とりあえず私の居場所はバレるかナ。私自身の価値がヴェールヌイにとってどれくらいのものか測りかねるけド、まあ「バアル」を破壊しようとしてる訳だし殺されるだろうネ』
「ッ……だったらそんなの意味なんかない! 馬鹿な真似は止せ!!」
『……後の事は頼んだよ』
こちらの声を無視して、リアスは一方的に通話を切った。アーサーはすぐにかけ直すが予想通り出る事は無い。その事に歯噛みしていると目の前で動きがあった。懸念していた『ホロコーストボール』の活動が始まったのだ。
その内側から、一発の砲弾がアーサーに向かって放たれた。そして空中で分解すると無数の破片が雨のように降り注いでくる。かつて『魔族領』でも見た『キラーレイン』だ。
突然の攻撃だったがアーサーは反応し、右手を前に出すと叫ぶ。
「―――『聖光煌く円卓の盾』!!」
それはソラが使った防御の技だった。同じようにアーサーの掌から円形の光の盾が広がり、それが『キラーレイン』をいとも容易く受け切った。
しかしアーサーがそちらに対処している間に『ホロコーストボール』は本格的に動き出していた。それも今し方攻撃したアーサーを無視して、別の方向に転がって街を破壊していく。確信に近い嫌な予感がして氣力による感知を集中すると、その進行方向にリアスを感知した。
「クソッ……!!」
幸いまだ『三叉纏装』の速度強化は解いていない。すぐに地面を蹴って高速移動を始めると後を追う。だが一瞬早く、『ホロコーストボール』は移動しながら再び砲弾を射出した。その方向にリアスがいる事は分かっていたので、アーサーは追走よりも砲弾の排除を優先して動く。しかし僅かに間に合わず、砲弾が分解した破片がとある建物に今にも降り注ごうとしている。
その瞬間、アーサーの体から溢れた氣力の炎が右の掌に集まって行くと、『廻天』の力の流れによって螺旋を描きながら球状にまとまっていく。簡単に言えば炎を無理矢理ぎっちぎちに圧縮した弾だ。それはまるで小さな太陽のようで、今は綺麗な球状を保っているが同時にいつ暴発するか分からない不安定な爆弾のような技でもある。しかしアーサーはその新たな技に賭けた。
「『紅蓮弾』―――間に合えェェェええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
腹の底から祈るように叫び、思いっきり腕を振るってその球体を投げた。それが『キラーレイン』の破片の一つと接触すると、圧縮されていたエネルギーが一気に解き放たれるように爆発した。それで撃ち出された『キラーレイン』は吹き飛ばせたが、全てを防げた訳ではない。『紅蓮弾』が接触する前に数発、その下の建物に突き刺さっていたのだ。アーサーは歯噛みしながら飛び込むように建物の中に入り、リアスを感知した部屋の中へ踏み込んだ。
そこに入った瞬間から血の匂いがした。
破壊され尽くした部屋の中央で仰向けに倒れていた彼女には、あるべきものが足りていなかった。右腕は肩口から、左腕は肘から先が千切れていて存在していなかったのだ。唯一の良い情報は、砲弾の破片が高温だった事で傷口が焼かれ、すぐに失血死しなかった事くらいか。
「……やあ。死にぞこないに何か用かナ……?」
どうやら冗談を言える元気くらいはあるらしい。あるいは口以外は動かせないからこその行動だったのかもしれない。アーサーはすぐに傍に駆け寄って状態を確かめながら叫ぶ。
「いいや、あんたの命は俺が助ける! 絶対に死なせない!!」
「……そうカ。それは残念ダ」
心の底から落胆しているようなリアスの台詞に、アーサーは頭に血が昇ったのを感じた。
とにかく応急処置の為にフューリーに施した時と同じように『炎龍王の赫鎧』のオーラをリアスに纏わせる。
「……どうしてこんな事をしたんだ」
今回は彼よりも傷が浅いからか、自然治癒力を高めるだけですでに傷口は塞がり始める。とりあえず安全圏まで回復させる事ができたからか、アーサーは治療を続けながら自分でも驚くほど低く出た言葉に続けて激昂する。
「言ったはずだろ!? あんたの行動に意味なんてなかった!! 時間稼ぎにすらなってないし、打破の基点になる訳でもなかった!! そもそも成功率は低いって事も分かってたんだろ!? すでに落下した人間に命綱を投げた所で意味なんてないのに、あんたはそんな風にわざわざ死地に飛び込んだ!! どうして命を捨てるような真似をしたんだ!? そこまで死にたかったのか!?」
「……F・Fにも似たような事を言われたヨ」
アーサーの言葉を受け止め、弱々しくリアスは笑った。
そしてフューリーの最後の時のように、ここではないどこか遠くを見るような目になった。
「……技術で世界をより良くしたかっタ。私がしてきた事を考えたら笑っちゃうような馬鹿げた話だと思うかもしれないけド、私は本当の本当に心の底からそう思っていたんだヨ。……でモ、なんでかナ? 偶に全部どうでも良くなる衝動がふっと湧き上がる時があるんダ」
それはきっと、リアスにしか理解できない苦悩だったのだろう。あるいは独りきりで坦々と製造に励んでいた彼女なりの無意識な防衛本能だったのかもしれない。
「自慢でも誇張でもなく私は天才だと自覚していル。君も少なからず理解できるだろうけド、他人と違う人間は孤独ダ。でも才能がある者にはそれを行使する義務があると思っていテ、だから最初は独りでやるつもりだっタ。……でも生まれて初めて友人ができテ、彼に裏切られテ、初めて寂しいって思うようになっタ。『箱舟計画』なんてものを提唱するくらい自棄になっテ……その時も全部どうでも良くなっタ。今もF・Fが死んデ、正直責任を取るって気持ちよりもどうでも良いって気持ちの方が大きイ」
何かを失った時、あるいは自分が孤独だと感じた時にその衝動が沸き起こる事を、果たしてリアス自身は気付いているのだろうか?
それは人とは違う天才の衝動ではない。ただただどこにでもいるような少女の心の揺らぎだと。あるいはそれを教えてくれる者がいなかったから、ここまで拗れきってしまったのかもしれない。
「作り出すのが仕事なのに全部どうでも良くなる瞬間がある矛盾を抱えていテ……もしかしたら私は技術者に向いてなかったのかもしれなイ。……ああ、私の人生、無駄な事ばっかりだったナ……」
どこで間違ってしまったのかなんて、十数年しか生きていないアーサーにだって分からない。その答えが出るのは自分が死んだ後の遠い未来なのかもしれない。
でもきっと、少なくともリアス・アームストロングは間違ってはいなかったんじゃないかと、歪な人生に翻弄されてきた者達を見続けてきた少年は思った。
ただ才能があっただけ。
ただ理解者がいなかっただけ。
ただ大切な人がいて、それを失っただけ。
彼女は頭が良くて、自分の力を分かっていて、だからこそ進むべき道を早くに見出した。そこに目的だけで信念が無いと気づいていなかったから歪んでしまっただけ。
なりたいものと向いているものが、必ずしも一致するとは限らない。少なからず誰もが持っているその葛藤を彼女は理解しておらず、誰にも相談できなかった不幸が重なってしまった。
たったそれだけだ。
アーサーが見聞きしたリアス・アームストロングはそんな人物だ。
断じて命を奪われるような謂われはないし、その人生が無駄だったと悲観する必要も無い。
「……約束しろ」
「……?」
「あんたがやって来た事は無駄な事じゃなかったって、俺が証明してやる!! だからあんたも死なないって約束しろ!!」
「……したラ、どうなるって言うのかナ……?」
「俺も約束してやる。どんな手を使っても『ホロコーストボール』を破壊して、『ノアシリーズ』も止めてやるって!!」
その言葉にリアスの両目が大きく見開かれた。アーサーはそんな眼差しを受け止めて立ち上がる。
今回は逃げたり活動不能に追い込む事では終われない。今度こそ確実に破壊するという覚悟を決める。
幸いリアスの傷口は塞がっている。位置に配慮して戦えばここに残して行っても大丈夫だろう。とはいえすぐに適切な処置を施さなければ感染症などの懸念もあるし、そもそも『ホロコーストボール』は長く放置するほど破壊を撒き散らす。どうあれ短期決着が望ましい。
アーサーは『キラーレイン』が開けた穴から外へ飛び出すと、遠くで止まっている『ホロコーストボール』を見据える。まるでアーサーが出てくるのを待っているように停止している姿に、呼吸が浅くなるのを感じた。
アーサーは青い石のペンダントを握り締めて息を整えると通信機に手を伸ばす。
「……ラプラス、確認だ。『ホロコーストボール』の装甲はアダマンタイト、生半可な攻撃じゃ傷一つ付かない。武装は撃ち出した砲弾が空中分解して降り注ぐ『キラーレイン』。それから正体不明の謎の爆薬だな?」
『ええ、ですがその爆薬の正体は依然として謎です。ただ候補として挙げられるのが―――』
「ガスだな。無味無臭で、単体では無害な特殊ガス。それも僅かな火種で大爆発を起こす燃焼速度を持ってる。それなら魔力感知や五感でも感知できない説明がつく」
『つまり炎系の技は使えないという事です。あのオーラがどういう性質なのかは分かりませんが、もし普通の炎と同じ特性を持っているなら、纏ったままの状態で飛び込めば即座に爆破してしまいます』
「そこは対策を考えてるから大丈夫だと思う。問題はアダマンタイトの装甲の方だけど、もし仮説が正しいなら―――」
『ガスの噴出口、または着火する機構があるはずです。特に前者は確実に内部へと繋がっている弱所です』
「やっぱりそこが狙い目だな」
『ホロコーストボール』の対処法について考える時間はかなりあったので、弱点となりうる部分も見つけていた。しかしラプラスと確認し合うだけで安心感が違う。これが正しい手段だと自信が持てる。
『……アーサー』
「ん? どうした?」
『いえ……その、別の「ユニバース」で過ごした一月、その間に何があったのか今は聞きません。ただ成長したのを感じます。それは単純な力の増大だけでなく、人の死と想いを受け取って前を見れる強さも得たんですよね? それが理由の全てとは思いませんが、今のアーサーには不思議なほど前以上に何とかしてくれるという雰囲気があります。だからジョーさんも一人で行く事に賛同したんでしょう』
「えっと……ごめん。話の趣旨がいまいち掴めないんだけど……」
『アーサーなら今抱えている全ての問題を解決してくれると信じていると伝えたかったんです。ですがその為にはあらゆる手段を講じる必要があって、アーサーはきっと身を捧げてどれだけ傷ついたとしても進み続けると思うんです』
「……お見通しだな」
『当然です。そして私や他の皆さんも「シークレット・ディッパーズ」の仲間として共に戦います。たとえどんな過酷な戦いだとしても、今やネムさんだけじゃなく多くの人命と世界を守る為に。……これも当然なんですよね?』
「……、」
ラプラスが何を言いたいのか、ここまで聞いてもいまいち掴めなかった。
決意表明にしては違和感がある。電話越しで声しか聞こえないとしても、その震えで感情を読み取れるくらいの関係性は築いている。何かを心配しているのだろうと思ったアーサーはラプラスが抱いているその心配を取り除こうと言葉を探していると、その前に彼女が言葉を紡ぐ。
『……だから』
と。
今にも泣き出しそうな不安げな声で、
『だからこれは仲間としてではなく、恋人としてのお願いです。失敗しても、負けてしまっても構いません。……ただ無事に帰って来て下さい』
これが貴重な時間を使ってでも伝えたかった本音。知らない他人や世界ではなく、ただ一人を想っているからこその言葉。
自分なんかには勿体ないその想いに、アーサーはぐっと胸の中が熱くなるのを感じた。
「……ああ、約束する。必ず帰るよ」
ラプラスとの通信をはそれで終えて、アーサーは改めて『ホロコーストボール』を睨みつける。
かなりの力技だが突発的な爆発への対策はある。とにかく距離があっても一方的に攻撃されるだけなので、維持していた『龍星の超神速』の超スピードで駆け出した。