425 PROMOTION_01
ラプラスが知覚したのは『次元爆弾』が爆発するまでの僅かな時間では説明できない距離を移動しており、さらにやや離れていたはずの仲間達とぎゅっと固められていて、炎のように揺らめくオーラを纏った少年の背中に守られている光景だった。さらにその少年が右手を前に出すと、そこから輝く円形の盾が展開されて爆発によるダメージを防ぎ切った。
相も変わらず滅茶苦茶で、だけど絶対に守ってくれると安心できる、他の誰よりも愛しい存在。そんな彼の帰還にラプラスは安堵と嬉しさを混ぜた笑みを自然と浮かべて声をかける。
「……お帰りなさい、アーサー」
「ああ……ただいま」
そして彼は―――アーサー・S・レンフィールドは振り返った。
迷いなんて一切無い、晴れた表情で彼は続けて言う。
「久しぶりだな、みんな」
そして、こんな状況だというのに平然とした様子のアーサーが次にやったのは、恋人であるラプラスとの再開の言葉を交わす事ではなかった。他の仲間と語らう訳でもなかった。ましてや目前の敵に殴りかかる事でもなかった。
静かに足を進めた彼は、仰向けに倒れているフューリーの傍らに膝を着いて胸に手を置いた。するとアーサーが纏う炎のようなオーラがフューリーにも広がり、苦痛に歪んでいるだけだった彼の顔が少し穏やかなものに変わった。
「フューリー。俺の声が分かるか?」
「ぁ……んだ? 痛みが、和らいだ……?」
「俺の氣力で苦痛を和らげた。多少の自然治癒力上昇効果もある……でも」
「……分かってる。俺は助からねえんだろ……?」
その言葉にアーサーは静かに頷いた。
自然治癒力を高めると言っても、あくまでそれは治癒魔術以下の力だ。自力で治せないような大怪我ではあまり意味が無い。できるのは今のように、多少の苦痛を和らげる事くらいだ。
「……あんたとの関係は因縁だけだ」
「はっ……今更、謝るつもりはねえからな……」
「ああ、分かってるしそれは望んでない。だから一つだけ。みんなを助けてくれてありがとう」
「……俺が助けたと思うか?」
「思うさ。見てなくても分かる。……あんたには借りができたな」
逡巡なくそう答えると、最初は驚きの表情を浮かべたフューリーだったがすぐに小さく笑った。
「……これから死ぬ人間に妙な事を。まあ、そう思ってくれたなら重畳だ。さっそく借りを返して貰うとするか」
「何を……」
「『ホロコーストボール』を、彼女を止めてくれ……」
いよいよ限界が近いのか、息も絶え絶えといった様子でフューリーはそう言った。
「アレは俺の過ちが生み出した産物だ。彼女の想いを踏みにじり、俺は自尊心を満たす為だけに改造した。何故彼女があれを造ったのか深く考えもせず、封印装置を大量殺戮兵器に変えてしまった……」
「待て。彼女ってのは……」
言いかけて、アーサーは自身の行動の軽率さを呪った。
フューリーはポケットから取り出した血がべっとりと付いた端末をアーサーに押し付けながら答える。
「リアスだ……リアス・アームストロング。世界を救う発明をする、なんて子供じみた事を本気で実現しようとしてたやつだった」
どこか遠くを見るように、フューリーの両目がブレた。
これが悪い兆候だとすぐに分かった。
「まだ働き始めたばかりの頃だった」
「おい、待て。思い出話はやめろ。俺の目を見ろ!」
「……あいつは当時から天才と称されていて、同時に腫れ物のように扱われていた。だがあいつはそれを気にした素振りもなく研究に没頭していて、俺は何故かそれが気に食わなかった。最初はからかうつもりで、あわよくば研究を盗めるかもしれないと思って近づいたんだ。だが仕事の話や全く関係無い話をしている内に、生まれも環境も性別も年齢も、何もかも似通った部分が無いのに意気投合するのに時間はかからなかった。今になって思えば俺もあいつも、普通とは少し違っていたんだ。だから互いにたった一人の友人となった。そして俺達の発明で世界をより良くできると信じていた。だが俺は勝手にあいつを強いやつだと思っていて、その内に抱えていた孤独に気付けなかった。そして彼女の才能に嫉妬した俺は『バアル』の『封印球』を『ホロコーストボール』に改造してしまった。結局、俺の人生は間違えてばかりで、世界なんかよりも支えるべきだった存在に気付くのが遅すぎて、何もかも手放してしまった……」
「やめろって言ってるのが聞こえないのか!? おい、現実を見ろ! 思い出に浸るんじゃない!! おいっ……!?」
彼の命の終わりが近いことは頭で理解してるの。それでも心が少しでも生きて欲しいと思ってしまったから、アーサーは胸倉を掴まんばかりに至近で叫ぶ。だが同時にそこで気付いてしまった。
いくら声をかけても、フューリーはそれっきり動かなくなった。
最後まで多くの後悔を抱き、救うべきだった友人を想い、彼は逝ってしまったのだ。アーサーもそれ以上は何も言わずに氣力で包む事を止め、開いたまま二度と瞬きをしない目蓋を静かに閉じた。
アーサーにはどうする事もできなかった。
ただ代わりに死んだ男から目を逸らし、立ち向かうべき敵を睨みつける。彼らもアーサーを睨みつけていた。
「アーサー・レンフィールド……お前、ヴェールヌイに追放されたはずじゃなかったのか!?」
「みんなのおかげで帰って来れたんだよ。あっちでも色々あったけど……やるべき事はちゃんと覚えてる」
バルトルトの疑問に答えると、すぐ隣の赤髪の青年カールも続けて叫ぶ。
「あれだけの『次元爆弾』からどうやって全員守ったんだ!?」
「戻って来た瞬間に状況を察して時を停めた。停止時間五秒の内にみんなを一ヵ所に集めて、動き出したと同時に盾を展開して守った。……種明かしはこれくらいで十分だろ。戦う前に一応警告しておくぞ。今すぐ武装を解除して投降しろ。そしたらぶっ飛ばさずに見逃してやる」
「―――舐めるのも大概にしやがれ!! テメェなんざ俺達にかかれば瞬殺できるんだよッ!!」
「そうかい。なら来いよ。それともこっちから行こうか?」
「来れるもんなら来てみろッ! こっちは一歩も動かずにお前を殺してやる!!」
リーダー格であるバルトルトの挑発混じりの叫び声に、しかしアーサーは苛立ちを見せる訳でもなく小さく笑って呟く。
「全く……この感じ、懐かしさすら感じるよ―――やっぱりここが俺の居場所だ」
その瞬間、アーサーの軸足を中心に風が渦を巻くように動いた―――直後、風と炎の力によって急加速したアーサーは四人の『ノアシリーズ』に肉薄していた。
それはアーサーが身に纏う『炎龍王の赫鎧』の氣力の炎と、強力な踏み込みで足の裏から回転のエネルギーを全身に回す『廻天』という技を合わせた『飛焔』という高速移動術だ。
一瞬で近づかれた四人の『ノアシリーズ』には動揺があったが、同時にその対応も速かった。今まで三角柱のように展開していた『無間』をアーサーとの間に四つ並べたのだ。
強度は単純にして四倍。しかしアーサーの顔に焦りの色は無い。ゆっくりと右の拳を引き絞った彼の目が青白い光を灯し、すぐに解き放たれた拳と『無間』が衝突する。
そして―――
「―――『天絶黒閃衝』!!」
ドッッッ!!!!!! と。
赫黒い稲妻のような閃光が弾けたかと思うと、四つの『無間』は抵抗もなく簡単に砕け散って四人の『ノアシリーズ』も衝撃で軽く吹っ飛ばされた。
宙に浮いた彼らは今度こそ驚愕で身が固まっていた。そんな隙をアーサーは見逃さない。
「ソラ―――『風月』」
呟くとアーサーの右手の中指にあるクリアブルーの指輪『エクシード』が刀へと姿を変えた。基本の短剣型ではなく、それは全体がクリアブルーだが鍔の無い抜き身の刀で、柄は包帯が巻かれているだけでそれが先から伸びて風に揺れている。
その特別な刀を構えると腰を落とし―――
「『焔桜流』閃ノ型・改―――九連、『焔桜烈華・散花』」
刹那、九つの斬撃が全方位に放たれ四人の『ノアシリーズ』を切り刻んで卒倒させた。とはいえバラバラに切り刻んだ訳ではないし、そもそも出血は一滴も無い。
ソラが遺した『エクシード』は、基本的にアーサー以外が掴もうとしても実体が無いようにすり抜けてしまう。物体は凄まじい切れ味で切断し、刀剣と鍔迫り合いもできるが、生物を斬った際には外傷を与えず魂や精神にダメージを与える。痛みを感じるし、それ相応に体力も削れる。しかし決して致命的な傷を与える事は無い優しい剣だ。
アーサーは四人が動かなくなったのを確認すると『風月』と呼んだ『エクシード』の形態を指輪に戻して仲間達と再び合流する。
「……アーサー。今の戦いぶりは一体……」
「待ってくれ。色々と説明したいのは山々なんだけど、まずは現状報告から頼む。みんなの様子からあんまり時間は経ってないのは察せるけど、俺が消えてた時間はどれくらいだ?」
そこでラプラスは感じていた違和感に答えを得た。
アーサーが消えていたのは、ほんの一、二時間くらいだ。だというのに傷が完治していて服装も変わっている。消える前は上下共に黒い服装だったが、今は上着の色が変わっていて黒い線が入ったフード付きの赤いジャケットを来ていた。それに今のアーサーは堂々としていて、先刻まで残っていたはずの迷いが一切無くなっていた。それがどこか大人びた印象を発している。もしかしたらフューリーの死を取り乱さずにきちんと受け止めていた事も一因かもしれない。
少なくとも今のアーサーは身近な人の死に動揺して停滞したり、誤った道を進み続けて自棄になるような事もない。人の死と想いをきちんと受け取って、しっかりと前を向いて真っ直ぐ歩けるように成長しているのを感じた。
とにかくラプラスから現状を話すと、アーサーは顎に手を当てて少し考え込んでから口を開く。
「一、二時間か……想像より時間が経ってなくて良かった」
「……アーサーはどれくらいあちらの『ユニバース』に?」
「一月って所だ。まさか別の『ユニバース』に飛ばされるとは思ってなかったけど、おかげで色々と得られた。今はとにかく『ホロコーストボール』を止めて来る」
「ちょっと待って。それならあたし達も……」
「いや、サラ。悪いけどここは俺一人でいく。ネムも気を失ってるみたいだし、そっちは他のみんなと合流してくれ。ラプラスは俺と通信を繋いだままにして、一緒に『ホロコーストボール』の弱点を探してくれ」
「ちょっと待て、アーサー。確かに今の君にとって僕達は足手まといかもしれないけど、あれ相手に一人はいくらなんでも無謀すぎる。せめて僕かサラを連れて行くべきだ」
現在、気を失っているネミリアを背負っている透夜の指摘は全員に共通しているものだったようで、彼と同じ視線がいくつもアーサーに注がれる。
しかしそんな状況でアーサーは針のむしろになるどころか、その視線を真っ直ぐ受け止めて言葉を返す。
「……すまない。透夜が言うように無謀なのは分かってる。でもみんなの力を軽んじてる訳でも、頼りにしてない訳でもない。ただ今回だけは俺一人でやらせて欲しいんだ。今は説明してる時間が無いんだけど……頼む」
意外な強気の姿勢にみんなが驚いていると、今まで発言していなかったジョーが溜め息を一つ挟んでから声を発した。
「任せてみて良いんじゃないか? どうやら無策という訳でもなさそうだ」
「ジョー……」
「まあ、俺が力を貸してどうこうなるレベルもとっくに超えているしな。それに吹っ切れているようだし心配も要らないんだろう?」
「ああ、必ず戻る」
いつも通りの根拠の無い断言。しかしそれが本当に戻って来た事の証明のようで、ラプラスは溜め息を溢してから諦めたように、
「……わかりました。私はサポートに徹します。ですが無事に帰って来て下さいね、アーサー」
「約束する。だから待っていてくれ」
小さな笑みを返してアーサーは踵を返した。
数歩離れると彼の体から濃い赤、朱色のオーラの他に白銀のオーラが生まれ、二つのオーラが重なり合いそれを身に纏っていく。
「『太極法』―――『炎龍王の三叉纏装』」
そして腰を低く落とすと全身のオーラの量が少なくなった。しかしそれは彼の力が弱まった訳じゃない。むしろその逆だ。
「―――『龍星の超神速』」
直後、床を蹴ったアーサーの体が目にも止まらぬ速さで外へ飛び出した。
それはまるで、色々なものから脱却したような姿だった。