02 村人Aの長所
それを確認して、アーサーは茂みから出てアレックスの元へ歩く。
「なんとか仕留められたな」
アーサーは剣を鞘に戻すアレックスの背中に声をかける。
「ギリギリだったけどな。おかげで疲れた。さっさと飯にしようぜ」
「それじゃ早速焼こうか。準備してくれよアレックス」
「……テメェも少しは働けや」
アレックスはうんざりしたように呟く。
「だって魔石を持ってるのはアレックスだろ? 薪になりそうな適当な木切れは集めとくから準備しといてくれ」
「へいへい、わかりましたよ。だからさっさと組み上げろ」
そしてアーサーは先刻よりも迅速に薪になるような適当な木切れを集め、てきぱきと組み上げていく。その間にアレックスはハネウサギの首を落としたり皮を剥いだりと、食材の下準備を進めていく。
「そういえば、ハネウサギってどの部位が一番美味しいんだっけ? 一応は鳥だし、やっぱりももとか胸とかかな?」
「事前情報が足りねえなあ。ハネウサギのもも肉は食えなくはねえが、筋肉がありすぎて固いからあんまし美味くねえんだよ。その代わり体の肉はやわらかくて美味いから、食うんなら胸か腹だな」
言って、アレックスは手元のハネウサギの脚を切り落とした。
「……なんか、そこまで切り落とすと元の形が分からないな。俺達が仕留めたのって本当にハネウサギだったのか??」
「テメェはたいして苦労してねえから実感がねえんだよ。苦労した俺が保証してやるから安心しろ」
口を動かしながらも、二人はそれぞれの役割を果たしていた。次第にアーサーが薪を組み終わった。
「こっちは終わった。火を点けるから魔石を入れてくれ」
「ん、ほらよ」
アーサーが声をかけると、アレックスは適当に小さな赤色の石を組み上げた薪の中に投げ入れた。
「んじゃとっとと点けてくれ。ここから先はお前の領分だ」
魔石とは特有の魔力を内包した石の事だ。石の色によって効果が違い、触れている人間が念じれば魔石内の魔力が反応してそれぞれの効果を発揮する。赤色の『火の魔石』なら石から火が出て、薄い黄色の『光の魔石』なら照明代わりになるなど、その多種多様な性質から人間の生活には切っても切り離せない存在となっている。
そしてほとんどの魔石は触れながら念じる事で効果を発揮するのだが、
「ほら、点けたぞ」
アーサーは一度も魔石に触れる事なく『火の魔石』の効果で着火した。
「相変わらず便利だな。その『魔石の遠隔起動』」
アレックスが感嘆の声を漏らす。
これが魔術を使えないアーサーの唯一他の誰にも真似できない特技。生まれつき魔力が欠片しかないアーサーに備わっていた無の魔術である『魔石の遠隔起動』。その名の通り常人とは違い、触れていなくてもそこにあると認識さえしていれば魔石を起動できる。これはたとえ分厚い鉄の扉に阻まれていようが一キロ先だろうが、アーサー自身が位置を把握していれば関係なく魔石を起動できるのだ。
ここまで言えば他の人には無い特異な才能だが、
「便利なものかよ」
アーサーはそう切り捨てた。
「そもそも炎を出せる魔術師なら魔石がなくても物を燃やせる。火や光、風みたいに普通に魔力適正を持っていて魔術の基礎ができれば、魔石で出来る事も体内魔力だけで大体できるんだよ。確かに魔石は人間の生活を支えているけど、魔力や体力をケチらなければそもそも魔石なんていらないんだ。だから魔石の遠隔起動なんて出来なくても何一つ不自由はないし、遠隔起動が出来たって得する事なんてほとんど無いよ」
「そういうのを聞くと、やっぱ魔力がある方が良いと思うのは現金なのかねえ」
アレックスはアーサーの話を聞きながらもハネウサギの調理を始める。まあ調理と言っても適当な棒で串刺しにして焚火の真ん中に突き刺しただけで味付けもなにもしてないのだが。
「まあ落ち込むな。魔力がなくたって普通に生きていく分には問題ねえんだからよ」
アレックスは落ち込んでいるであろうアーサーに慰めの言葉をかけたが、
「だがしかーし! 俺は遂にこの力をフルで使える方法を見つけたのだー!」
全然へこんでいなかった。むしろ喜々としていた。
「……色々台無しだぜこの野郎。俺の気遣いを返しやがれ」
そんなアレックスの呟きを無視して、アーサーは背中側に手を伸ばして腰の後ろに巻き付けているウエストバッグから一握り位の大きさの鼠色の固体を取り出した。
「なんだそれ……?」
「これはただ粘土だよ。まあ普通のより可燃性はかなり強いけど。この前街に行ったときに十キロくらい買っておいたんだ」
「なんでわざわざそんなもん……」
次にアーサーは先ほど薪の中に入れたのと同じ赤色の魔石を一つと、それよりも少し色の薄い朱色の魔石をいくつか取り出した。
「……おい」
「なに?」
「なに? じゃねえよ! テメェ『火の魔石』持ってんじゃねえか! なんでわざわざ俺に出させたんだよ!」
「だって勿体ないだろ。俺はそもそも別の用途で使うために持ってきた訳だし」
「この……っ!」
さらりと言ってのけるアーサーにわりと本気で殺意を覚えたアレックスだが、なんとか怒りを抑えこんだ。
「……で、なんだよその魔石は。見たことねえ色して……」
「この前新しく発見された魔石は知ってるか?」
アレックスの言葉を切って、逆にアーサーが質問をぶつける。
「……? いや、知らねえな」
突然の質問に驚いたアレックスだが、アーサーと違って幅広い知識を持っている訳ではないので見当も付かなかった。
アーサーは朱色の魔石を一つ取ると、アレックスに手渡して説明を始める。
「この魔石の存在自体は大分前から確認されてたんだ。でもかなり特殊な魔石で、起動しても何も起きなかったんだ。だからあらゆる分野の研究者達が血眼になってこの魔石の起動条件をずっと探してた」
「それで分かったのか?」
アーサーが持っている時点で答えは決まっていたようなものだが、一応アレックスは聞いてみた。しかし、予想とは反してアーサーは首を横に振った。
「いや、結局その研究者達は誰一人として起動条件を見つける事はできなかった。でもある日、平凡な鍛冶屋で魔石の起動条件が分かったんだ」
「鍛冶屋? なんでそんな所で……」
「ほら、鍛冶屋は『火の魔石』を使うだろ? そこに偶然この魔石が紛れてたんだ」
「……まさか」
ここでアレックスにもようやく魔石の起動条件が分かった。
「近くで魔石を発動する事。それがこの魔石の起動条件なのか……?」
「半分正解。正確には『火の魔石』の傍で、だ」
「そりゃ分かるはずねえわな」
「だろ? 本当に特殊な魔石なんだよ」
魔石の起動条件が分かって一件落着―――とはならない。もう一つ重要な問題が残っている。
「それで、この魔石はどんな効果なんだよ」
そんな当たり前の質問に、アーサーはにっこり笑って、
「爆発する」
「……今なんつった?」
一瞬言葉を失いかけながらも、聞き間違いであって欲しいという願いの込めたアレックスの問いに、
「だから爆発だよ爆発。鍛冶屋の人が『火の魔石』を使ったらこの魔石が爆発したんだ。幸いそんなに大きい爆発じゃなかったから大した怪我にならなかったみたいだけど、あんまりの起動条件に研究者達は脱力。効果も効果だからもの凄く安売りしてる。一応『炸裂の魔石』って言うらしいよ」
「ざっけんな! んな危険なもん人に握らせてんじゃねえ!!」
アレックスは思わず手にしていた『炸裂の魔石』をアーサーに投げつける。
「おま……っ! 人の物を投げるな! そもそも『火の魔石』の傍じゃなければ起動しないって説明したばっかりだろ!?」
「こういうのは理屈じゃなくて気分の問題なんだよ!」
しばらく掴み合ったり言い争ったりしたが、疲れて出てくると最終的には二人とも元の位置に腰を下ろした。
アレックスは息を整えながら、
「つまり、その魔石のネックは近くじゃないといけないって訳だ。近くで危険を犯してまで炸裂させようなんて物好きはいやしねえし、そんな回りくどい事をするなら爆裂系統の魔術師を雇うか爆弾でも使った方が早いしな」
「でも魔石の遠隔起動できる俺にはあつらえ向きって訳だ。価値も全魔石中最下位だし、ものすごく安価で手に入る」
「……で、お前はその特性を利用してオリジナルの爆弾を作ろうって魂胆か」
「そういう事。イメージとしては科学製品のプラスチック爆弾って所かな」
言って、アーサーは手元の粘土の中に、爆発が全方位に広がるようにまんべんなく色んな角度から『炸裂の魔石』を埋め込んでいく。
適当に出した『炸裂の魔石』を全て埋め込むと、最後に最も重要な『火の魔石』が中心にいくように強く押し込んだ。
「よし、完成だ!」
「ビジュアル的には粘土遊びをしてるガキにしか見えなかったな」
「うるさい」
アレックスに言い返しながら、アーサーは手の中の粘土の爆弾を思いっきり遠くに投げた。
「いきなり試すのか?」
「当たり前だろ。そのためにわざわざこんな森の中にまで持って来たんだ。それに安心しろよ。さすがにこの距離で死ぬ事はないから」
「いまいち信用できねえんだよなあ」
作ったアーサーはともかく、アレックスからしてみれば初めてみる品物だった。たとえ信用している相手が大丈夫だと言っても、生物的な本能から心底安心はできないのだ。
そんなアレックスの心境など露知らず、アーサーは何の確認もせずに粘土内の『火の魔石』を遠隔起動させる。当然、『炸裂の魔石』も連鎖的に起動する。
ゴッッッバァァァァァン!!!!!! と。
大きな炸裂と爆炎を辺りに撒き散らす。完全に手榴弾の威力を超えている衝撃だった。
「馬鹿野郎! やるならやるって言いやがれ! 心臓が止まるかと思ったわ!!」
キンキンと鋭い痛みが鼓膜を叩く。アレックスは苦痛に顔を歪めて叫んだが、そもそもアーサーには届いていない。それはアーサーも爆発に耳をやられたせいもあるだろうが、興奮でなにも耳に入らないのだ。その証拠にアーサーは歓喜の声を挙げていた。
「はっはー!! どうだ見たか! 名付けて『モルデュール』。これなら魔術が使えなくたって戦える!!」
次第に爆発に巻き上げられた土煙が晴れていくと、アレックスが先に異変に気付いた。
「……おい、やべえぞアーサー!!」
「なにが? 『モルデュール』は成功したし、何もやばくなんて……」
「爆心地だけじゃなくて周りを見ろ! あれ『炸裂の魔石』を入れすぎたんじゃねえのか!? 周りの木に火が燃え移ってるぞ!!」
アレックスに言われてようやくアーサーも気付く。『炸裂の魔石』を入れすぎた『モルデュール』の威力はアーサーの想像を超えていた。凄まじい爆発は燃やした木々を四方に吹き飛ばしてしまったのだ。その結果、火はどんどん広がっていき、早急に対処しなければ手遅れになるレベルだった。
「どうすんだよアーサー! 俺は水の魔術なんざ使えねえぞ!!」
そんな事分かってる、といつもなら返すような言葉を返せない程に状況は切羽詰まっていた。
アーサーは必死に頭を回す。
まず思い付いたのは火が燃え移る方向も燃やして大きな火災を防ぐ方法だった。しかしすぐに却下する。今は無風状態なうえに、もう一度『モルデュール』を使えばさらに火災が広がる可能性の方が高かったからだ。
ただ水がなければ消化できない状況で火災を止めるには、火が燃え移るルートを潰すのが一番手っ取り早いのも確かだった。
そしてアレックスの背中にぶら下がっている剣を見て、ようやく解決策を思い付く。
「……いや、お前ならできる」
「はあ!? お前何言って……っ」
訳が分からないといった様子のアレックスに対して、アーサーは冷静に切り出す。
「剣があるだろ。それで火が燃え移る前に周りの木を切り倒すんだ。そうすればこれ以上は燃え広がらない!」
「って、それは俺一人に後始末を任せてませんかねえアーサーさん!?」
「いいから早く! こうしてる間にも火はどんどん燃え移って行くぞ!!」
「……クソッたれ。後で覚えてやがれ!」
なんだかんだ言っても、早急に対応しなければならないのも事実だった。
アレックスはアーサーに言われた通りに木を切り倒していく。普通ならただの剣でそんな簡単に木は切れないのだが、アレックスは雷の魔力を剣に纏わせて切れ味を強化しているのだ。応用性ナンバーワンの適正は伊達ではない。
そしてアレックスが木を切り始めて数分後、ようやく全ての木を切り倒して火が燃え移るのを止める事ができた。対応が早かったために幸いにも被害は小さく済んだが……。
「……俺達、何のためにこんな事始めたんだっけ……」
「……それを言うな。余計空しくなる……」
二人の目の前には薪を失って燃え尽きた焚火があった。
その中央で木に刺さったまま黒焦げになっているものの正体を思い出しながら、二人はしばらく放心した。