424 因縁が繋ぐ道
ラプラスが叫んで警告したが、それはあまりにも遅すぎた。すぐにバルトルトが転移させた大量の『次元爆弾』が爆発し、部屋全体が爆炎に巻き込まれてしまったのだ。
一瞬早く気づいていたラプラスは近くにいたネミリアに飛びついて安全地帯に場所を移しており、透夜は自分と近くにいたジョーの周りの地面から円形に隙間なく鎖を伸ばし、殴りかかっていたサラもその中に入れた。雑だが円柱状の壁だ。
ラプラスとネミリアは完全に回避し、透夜達も直撃は免れた。
しかしダメージは大きかった。彼らが負った傷もそうだが、最も大きいダメージは『世界間転移装置』に現れていた。端的に言えば爆破の影響で稼働できないほど致命的に破壊されてしまったのだ。
「そんな……これではアーサーを連れ戻す事が……っ」
これにはほぼ無傷のラプラスも絶句し、アーサーを取り戻すという目的達成が困難になった事に絶望していた。無論、時間をかけて装置を復元すればアーサーをこの『ユニバース』に戻す事はできるだろうが、それでは遅すぎるのだ。
『ノアシリーズ』や『ホロコーストボール』を止めるにはアーサーの存在が不可欠だ。それは力だとか『シークレット・ディッパーズ』のリーダーだからとか、そういった理由からだけではない。明確な理由を言語化するのはラプラスでも難しいが、彼の存在が不可欠という事だけは漠然とだが断言できるのだ。それが不可能になったという事は、目の前で『希望』が打ち砕かれたに等しい。
「……レンさんを、連れ戻せない……?」
その場にへたり込んで呆然と呟くネミリアの顔に絶望が満ちる。
ラプラスにとってアーサーは言うまでも無く掛け替えのない存在だが、ネミリアにとっても彼の存在は無くてはならないものになっている。記憶を消されている彼女にとってはアーサーは、期間の少ない人生の中で何度も交流し、助けたり助けられたりを繰り返しているそこにいて当たり前の存在だ。
それが、いない。
言葉以上にネミリアの中には不安と絶望が渦巻いていた。
「っ……ネムさん、しっかりして下さい!」
「ぁ……ラプラス、さん……?」
「まだアーサーを連れ戻せないと決まった訳ではありません!! 今は立って下さい!!」
ラプラスは腕を引っ張るが、ネミリアの体は動くつもりがないのか重くて動かせない。そうこうしている間にも新たな『次元爆弾』が複数転移されてきた。移動して安全地帯に逃げようにも、ネミリアが動かないのではそれも叶わない。
「透夜、あっちがヤバいわ! さっきの爆弾が大量に……!!」
「こっちだって十分ヤバい!!」
ラプラス達の方から遅れ、サラ達の方にも新たな『次元爆弾』が頭上から振って来る形で現れて対処に追われる。そのせいで助けに向かえない。透夜は自分達の周りの『次元爆弾』を鎖で弾きながら、影だけラプラスとネミリアの方に伸ばして守ろうとする。
しかし直感で分かる。ラプラスも健闘しているが、影の援護は間に合わないと。
だが同時に別の動きがあった。爆発が起きる寸前、ラプラスとネミリアの前に人影が現れたのだ。
直後だった。
ゴバッッッ!!!!!! という爆発が再び起こった。
しっかりと対処していたサラ達とは違い、ラプラス一人で対処していた二人は爆発に飲み込まれて致命傷を負うはずだった。
だが実際にはそうなっていない。二人は無傷とはいかないまでも、ほとんどダメージを負っていなかったのだ。それは寸前で現れた人影が、二人の前で壁になるように体を挟み込んでいたからだった。
「あ、あなたは……!?」
ネミリアを覆うように抱いて守っていたラプラスは、腕を開いて壁になっているその人物を知っていた。
アーサーにフューリーと呼ばれていた、自分達を助ける義理なんて何も無い、むしろ恨まれている方がしっくり来る男だった。
「……どうしてこんな事を? あなたはアーサーと因縁があったはずでは……」
「……お前らの、為じゃねえ……」
答えた直後に口から大量の血を吐き出したフューリーの体はがくんと崩れて仰向けに倒れた。そしてすぐに大きな血溜まりができ、ラプラスからはよく見えないが、彼の背中には巨大なスプーンで抉られたような取り返しのつかない大怪我がある事がすぐに分かった。
(この出血量では……もう)
それは能力を使わなくても自明な事だった。ここには治癒魔術を使える者はいないし、仮に使えたとしても命を繋ぐ事はできないだろう。それほどの重傷だった。
さらにフューリーが庇ってくれた事で繋いだ命だったが、それも僅かな時間だった。無慈悲にも新たな『次元爆弾』がラプラス達の周囲に転移されてきたのだ。すでに時間も手立ても無い。しかしラプラスはフューリーの事を気に掛けつつも、あの『確定された未来』で生きていた事実から自分の命を楽観視している部分があった。あるいはここで死ねば、あの最悪な未来を覆す事に繋がるのではないかとも。
覚悟を決めてネミリアに自分が覆い被さって守ろうとしたその時だった。
「―――やれやれ、この『宿主』は本当に世話が焼ける」
瞬間、ネミリアの体から得体の知れない波動が弾けた。
それはラプラスをもってしても本当に理解の外側だった。その波動は放射状に広がっていき、触れた傍から『次元爆弾』を全て塵にして消滅させたのだ。
それを発生させたのは味方のネミリアで、凄まじい力がこの状況では頼りになる―――そう単純に捉えられたら良かったのだが、ラプラスは緊張した面持ちで友人を見る。
「あなたは……誰ですか?」
口調が違う。所作が違う。纏っている雰囲気が違う。
その容姿も声色もネミリアなのに、彼女の目に映るあらゆる情報が彼女はネミリアではないと告げている。
「流石だな『未来』。もう看破したか」
答えはあっさりと返って来た。
決してネミリアがしないような笑みを溢して『彼女』は続ける。
「まあ安心しろ。ネミリア=N=オライオンじゃない事は確かだが、別に乗っ取ろうという訳じゃない。ただここで死なれるのは望まないだけだ」
「あなたは一体……?」
ラプラスの問い掛けに『彼女』は答えない。代わりに真横に手を伸ばすと掌から何も無い空間に向けて『振動波』を放ち、そこにヒビキやヴェールヌイが出していたモノと同質の『次元門』を生み出した。
「この『宿主』の潜在能力を少し開いた。お前が言った通り『共鳴』と『振動』の力によって開いた『次元門』だ。今代の『担ぎし者』が飛ばされた『ユニバース』に繋げてある。無事ならすぐに戻って来るだろう」
「っ!? ……それは、ありがとうございます」
「礼は良い。それよりさっさと『宿主』を治せ。私が破綻を抑えておける限界も近いからな」
「ッ……」
不吉な言葉を残して『彼女』の気配は消え、元のネミリアに戻った。意識を失っている彼女の体を抱き留め、ラプラスは残された『次元門』に目を向ける。しかしそこにアーサーが戻って来る気配はない。近くにいないのか、それとも向こう側で何かトラブルが起きているのか。どちらにせよこちらからは判断できない。
「ラプラス!! アーサーは戻って来た!?」
『次元爆弾』が一斉に消し飛ばされた隙にサラ達はラプラスの方に向かって来ており合流できた。全員が一ヵ所に集まった事で対処しやすい状態になったが、やはり攻勢に出なければジリ貧だ。しかし肝心のその攻勢に出る事が難しいというジレンマが立ち塞がる。
今のメンバーで最大の攻撃力を持っているのはサラだ。しかし『オルトリンデ』が破壊されている為『単発強化』は使えない。素の状態のパンチでは『ノアシリーズ』の『無間』は破れないだろう。つまりこちらには事実上、攻撃する手段が皆無という事だ。
「わざわざまとまるなんざ早死にしてえようだな。望み通り、すぐに殺してやるよ」
何度目かになるバルトルトの『次元爆弾』の転移。消耗戦で対処する事はできるが、それでは遠くない内にやられるのは自明。その状況にラプラスは歯噛みしつつ、唯一この場に存在する逃げ道に目を向ける。
「っ……仕方ありません。危険はありますが、一度『次元門』に入って逃げましょう!! 運が良ければアーサーと合流……ッ」
できるかもしれない、と。
そう続けようとしたその時だった。
まさにその『次元門』の奥から、炎に包まれた何かが勢いよく飛び出して来た。