423 落ちこぼれ
その男は逃げていた。
『ノアシリーズ』から。
『ホロコーストボール』から。
そして、責任から。
彼はフューリー。本名はフランシス・フューリー。最強にして原初の『魔装騎兵』である『バアル=アバドン』を封印する為にリアスが設計、製造した『ホロコーストボール』を兵器として転用した張本人。
(俺はいつから間違えた……?)
走りながらの自問。
答えは分かり切っている。
(どうしてこうなったんだ……!?)
こちらもすでに答えは出ている。ただ単に彼には受け止める勇気が無いだけだ。
間違えたのは、友と袂を別った時。
こうなったのは、流れに抗おうとしなかったから。
全て身から出た錆で自己責任。利用された側面があるとはいえ擁護はできない。
(……俺は、どうすれば良かったんだ……)
彼は足を止めた。
ここも安全とは言えないが、危険が傍にあるともいえない中間地点。あと少し進めば安全地帯で命は助かる。そして再び後悔と低迷の毎日が待っている。その事実が脳裏を過り、フューリーはまるで自分の人生のような中途半端な位置で足が止まったまま動かなくなってしまった。
しばらく立ち尽くしているとポケットの中で端末が震える。取り出して確認すると、そこには登録してあったがずっと着信も発信もしていなかった番号が表示されていた。少し迷った後、彼は出る事にして耳に当てる。
『久しぶりだネ、F・F』
「……リアス。まだ登録してあったとはな」
『そりゃネ。とりあえずお互いに生きていて良かったけド、早速本題に入るヨ。君も出会った「ディッパーズ」はアーサー・レンフィールドを取り戻す為に私の家に向かっタ。でも「ノアシリーズ」もそれが分かってるから刺客を送ってル』
「……何が言いたい?」
『責任の所在だヨ』
ぴく、とフューリーの手が震えた。
見えていないので伝わるはずがないのだが、何となく動揺を悟られたと思った。
『確かに「ノアシリーズ」が生まれテ、今こうなっているのは全部私の責任だヨ。でも「ホロコーストボール」が暴れてる原因の発端は君ダ。ここで「ノアシリーズ」が使ってるなら私のせいだって言うのは無しだヨ? アレは「ノアシリーズ」が使っていなくても誰かが封印を解こうとしたシ、兵器化された時点で遅かれ早かれこうなる事は決まってタ。私達は共に始めた者。だから私達で終わらせるべきだヨ』
「……命懸けの仕事か」
『一度決めれば生きて帰れないかもネ。でも少なくとも私は生きたまま腐っていくよりずっとマシだと思うヨ』
まるでこちらの心情など全てお見通しのような台詞回し。いや、実際にリアスにはお見通しなのだろう。思えば彼女は昔からそうだった。
『天才』と一言で片付けるのは簡単で、フューリーが羨むほど多くのものを持っていたが、同時に別の『ユニバース』に繋がりを求めてしまうほど孤独だった。誰もが持っているよなものを持っていなかった。だから他者の心情を性格に読み取る技術は、彼女なりに他者と繋がろうとした結果なのだろう。
『私は「ホロコーストボール」と「ノアシリーズ」を止める為に全力を尽くス。だから君は「ディッパーズ」を手助けしテ。それが責任を取る事に繋がるはずだかラ』
「随分と一方的なんだな。俺は断って逃げる事もできるんだぞ? 責任なんか知った事じゃない」
『でも君はやるヨ。いくら誤魔化そうとしても私には分かル。なにせ数少ない友人だからネ』
フューリーは歯噛みする。
昔から彼女のこういう所が苦手だった。でも同時に無駄な会話を挟まなくて良いので好ましくもあった。だから友人として在れたのだろう。
「……なあ。もしもあの時、俺がお前の前から消えていなかったとしたら、世界はこんな風になっていなかったと思うか?」
『……さあネ。私は自分が天才だと自覚しているけド、別に未来が見れる訳じゃなイ。可能性の話なんて無駄ダ。どんな過ちや目論見があったにせヨ、世界はこうなってしまっタ。なら愚かだとしても私達は技術屋としテ、この世界をどう生きて行くかについて議論するべきじゃないかナ? 反省は良いけど「もしも」の話に意味なんてないヨ』
勝手に嫉妬して、勝手に消えて、友を裏切った。
多くの悪事に手を染めて来た。間接的にとはいえ、奪った命は数え切れない。でも自分の人生で一番の過ちは彼女の傍から離れた事だろう。その選択のせいで、自分達は間違った道を進み続けて世界に危機をもたらしてしまったのだから。
『忘れないデ。君の答えは過去の失敗から導き出されるものじゃなイ。全てはこれからの行動に懸かってるんだヨ』
またもや見透かすように告げてリアスは通話を切った。再び孤立したフューリーは中間地点で迷う。
前に逃げるか、後ろへ戻るか。
自分の命を取るか、それとも責任を取るか。
道は二つに一つ。
さあ、どうする?
◇◇◇◇◇◇◇
ラプラス、サラ、ジョーの三人は『バルゴ王国』を走っていた。目的地は先刻訪れたばかりのリアスの研究室だ。変装もせず外を走っているが、突如出現した『ホロコーストボール』が動いて街を破壊している為、混乱に乗じて気付かれずに移動できていた。
「大丈夫ラプラス? 体がふらついてるけど……」
「……平気です。それより急ぎましょう。『世界間転移装置』を使ってアーサーを連れ戻すんです」
あの後すぐに『世界観測』を使ってアーサーを連れ戻す方法を模索した彼女が導き出したのは、ジョーをこの世界に連れて来た『世界間転移装置』を使う方法だった。
しかし単に装置を使うだけではアーサーは連れ戻せない。だがその最後のファクターは空中を鎖でスイングしながらこちらに近づいて来る少年と共に訪れた。すぐ傍で地上に降りて来るとそのまま走ってラプラスの隣に並ぶ。
「お待たせ。連絡通りネミリアを連れて来たぞ」
「待ってました、透夜さん。ネムさんも」
ちなみにネミリアは透夜の背中に鎖で巻き付かれて担がれていた。ちなみに顔色が凄く悪いが、それは例の体調不良ではなく度重なるスイングによって酔っただけだ。今降ろしても走れそうにないので、透夜が背負ったまま移動を続ける。
「ところで透夜。引っ越しの方は終わったの?」
「こっちは問題なく終わったよ。アレが動き始めてどうしようかって話をしてた時に連絡が来て、僕ら以外は待機して貰ってる」
「それで状況は聞きましたが、わたしは何をすれば良いんですか?」
「『共鳴』の力が必要です」
今はただ動いているだけの『ホロコーストボール』だが、いつ本格的に兵器も総動員して破壊を撒き散らすか分からないので時間は無い。だから走りながらラプラスは『世界観測』から導き出した方法を話していく。
「まずは念の為確認です。ネムさんがジョーさんを初めて見た時に『ブレている』と表現していましたが、それは抽象的な意味合いではなく本当にその通りだったんですよね?」
「……はい。そうですが……それが関係するんですか?」
「ネムさんは『共鳴』の力は『振動』という形でアウトプットできています。これはネムさんが思っている以上に応用が利くんです。例えばジョーさんが『ブレている』と感じたのは『固有振動数』の違いを感じ取ったからです」
その単語を出すとみんなの顔に疑問が浮かんだのをラプラスは見逃さなかった。そこで少し噛み砕いて話す事にする。
「ざっくり言うと『固有振動数』は全ての物体が持っているもので、自由振動した際に現れる固有の周波数の事です。そして判断材料は少ないですが、おそらく『ユニバース』毎に物体が持つ『固有振動数』も異なっていると考えられます。ネムさんはそれを『共鳴』の力で鋭敏に感じ取れるんです」
「……それがレンさんを連れ戻す事に繋がるんですか?」
「アーサーが吸い込まれる直前、『次元門』の奥に見えた『固有振動数』は『世界観測』で精査したので記憶しています。それを私が魔力に変換してネムさんに伝えるので、同じ振動数の『振動波』を『世界間転移装置』で生み出す『次元門』にぶつけて下さい。それでアーサーが飛ばされた『ユニバース』に繋げられるはずです」
意外と簡単な方法で安堵が広がるが、それを言っているラプラスだけは緊張した面持ちのままだった。
実際問題、『ユニバース』関連の話は謎が多い。知り得る限りの知識を動員してこの方法を導き出して、上手く行く確信もあるが不安もあった。しかし今言っても余計に不安を広げるだけなので、それはラプラスの胸の中にだけ留める。
それからすぐにリアスの隠れ家の跡地に着くと、地下に降りてラプラスが『世界間転移装置』の準備を始め、ネミリアは装置の前で待機する。すでに魔力で振動数は伝えているので、あとは装置を起動するだけの段階だ。
「ハッ! まさか本当にいやがるとはな」
吹き飛んだ天井の先に彼らは立っていた。四人の少年。名乗らなくてもこの状況なら『ノアシリーズ』に間違いは無い。
サラと透夜とジョーの三人が反応して臨戦態勢に入り、サラは直接殴りかかり、透夜は『天鎖繋縛』から鎖を飛ばし、ジョーは『魔導銃』から冷気を放った。
しかし彼らは今までの『ノアシリーズ』には無い動きを見せた。これまでも複数の『ノアシリーズ』が現れる事はあったが、その誰もが一人で戦いに来ていた。だが今回は完璧な連携が取れており、手を頭上に掲げた黒髪の青年を中心に他の三人が三方向に立って前に両手を伸ばす。すると四人の『無間』が三角柱のように展開され全方位を覆う防壁となって三人の攻撃を防いだ。
そして今度は彼らの番だった。『無間』の中に一〇センチ四方の透明な箱がいくつも現れる。中は灯籠のように炎が揺らめいており、それが丸ごと全て消えるとサラ達の傍だけではなく、ラプラス達や『世界間転移装置』の傍にも現れた。
(複数対象への転移!? 距離か大きさの制限……いえ、今考えるべきはそこではなく意図。この箱の力は一体―――『未来観測』!!)
必要な情報は眼前に揃っている。限りなく真実に近い未来を観測する演算能力で、彼らの意図をすぐに看破した。
そして同時に、彼女は全員への防御の指示を飛ばした。
◇◇◇◇◇◇◇
『ヘルゴラント部隊』と呼ばれる四人一組の彼らは、『ノアシリーズ』において落ちこぼれに位置している。その理由は『ドレッドノート級』以降が持つ特異な能力が欠陥だらけだからだ。
バルトルト=N=ヘルゴラント。
黒髪の青年は、自身の周囲の一〇センチ四方以内の大きさの物体を目視できる場所に転移させる事ができる。ただし他の物体に干渉するように転移はできない。
カール=N=オストフリースラント。
赤髪の青年は、対象を次元の壁で圧縮する事ができる。ただし長時間は展開できず圧殺するには至らない。
プルーノ=N=テューリゲン。
青髪の青年は、次元のエネルギーを燃料に爆裂する炎球を生み出せる。ただし安定化できるのは自身の側だけで、少しでも離れると即座に爆裂してしまう。
ドミニク=N=オルデンブルク。
黄色い髪の青年は、物体を次元の狭間に収納前の状態を保存した状態で収納できる。ただし収納できるのは片手で持てる重さと大きさに限る。
全員が全員、欠陥を抱えた能力。一人では『シークレット・ディッパーズ』の誰にも太刀打ちできないだろうが、四人の力を合わせる事で全方位の『無間』をも超える強力な能力となる。
あらかじめプルーノが生み出した爆裂球をカールが次元の壁で立方体に押し込め、それをドミニクが次元の狭間に収納し、必要な時に外に出すと爆裂する前にバルトルトが転移で対象の傍に飛ばす。
言ってしまえば攻撃手段はそれだけだが、彼らは安全地帯から目視できる位置に延々と爆弾を送り込めるのだ。
高威力で一方的に攻撃できるその連携で、『ヘルゴラント部隊』は落ちこぼれから最強の殲滅部隊へと昇華した。そして弱者故に、彼らには慢心も油断もない。