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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:漸編 世界に仇なす者、世界を憂える者 Starved_Person_and_Inheritor.
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419 向き合うべき問題

 ヒビキ達が消えた後。アーサー達はフューリーの案内でリアスの仕事場に訪れたが、すでに彼女の姿はどこにも無かった。荒らされた様子は無かったので、騒ぎに乗じて逃げたか抵抗する間もなくヒビキに連れ去られたかのどちらかだろう。

 目的だったリアスと『ホロコーストボール』が消えた今、長居していても無意味なのでアーサー達はみんなの元へ戻って来ていた。道案内をさせていたフューリーは解放したので、出発した時と同じ四人だ。

 とりあえずアーサー達は渡した端末で『ホロコーストボール』の情報を見ていたラプラスに状況を説明した。


「そうでしたか……『オライオン級』。やはり強敵ですね」

「それでラプラス。『ホロコーストボール』について何か分かったか? 出来れば今の居場所も知りたい」

「正直に言うと、こちらの成果も芳しくありません。一通り目を通しましたが、これらの情報はほぼ視覚情報とそこからの考察の為、断片的すぎる上に詳細は勿論、『ノアシリーズ』についての記載がありません。肝心の部分は想像するしかない現状です。リザさんにも話を聞いてから答えを出したいので、もう少しだけ時間を下さい」

「ああ、頼む」


 情報の精査に関して、ラプラス以上の適任者はこの世界にいない。情報さえ揃えば『未来』の『一二災の子供達ディザスターチルドレン』としての演算力で何かしらの兆しを見い出せる。しかし今はその情報が乏しいのだ。

 色々な事に対して溜め息をつくと、それを見たラプラスが眉をひそめて心配そうに顔を覗いた。


「……本当に大丈夫ですか? 顔色が優れませんが……」

「平気だ。問題無い」

「心配なんです。事件に対処している時は毎回怒涛の日々ですが、今回はいつもとは色々と状況が違いますから」

「ちょっと疲れてるだけだ。それに今はそんな事を考えてる場合じゃない。早く『ホロコーストボール』を止めてリアスを救出しないと。それに『ノアシリーズ』を止めて、リザの問題も解決して、ネムを救う手立てを考えなくちゃいけない。やる事は山積みだ」

「ですが……」

「俺は少し部屋で休むよ。三人もそうしろ。ラプラス、『ホロコーストボール』とリアスの居場所が分かったら教えてくれ」


 ラプラスの言葉を止めてまくし立てるように言うと、アーサーは逃げるように部屋の外へ出て行ってしまった。

 明らかに話を逸らそうとしていたし、ラプラスの言葉を封じるような立ち回りだった。アーサーが理由もなくそんな事を、特にラプラスに対してするはずがないと分かっているサラは、答えを知っていそうな人物に目を向ける。


「ねえ、ジョー。さっき戦ってる時本当は何があったの? あたしは外にいたから見てなかったんだけど、明らかにアーサーの様子がおかしいわ」

「別に珍しい話じゃない。必死に戦ったが相手の方が強くて返り討ちにあっただけだ。こういう場合は対処法をしっかりと考えてから再戦に望むのがベスト……」

「ジョー」

「……そう睨むな。どうも彼は絶不調らしい。本来の実力は知らないが、あの様子なら五割も出せてたら良い方だ」


 ほぼ初対面のジョーがそう判断しているが、異論の声は誰からも出なかった。サラやラプラスだけでなく、透夜(とうや)から見ても今のアーサーの状態はそれほどに酷いのだ。

 もしも今のアーサーの調子を少しでも戻せる可能性があるとしたら。ラプラスは胸元のロケットを握りながら短い時間でも深く考え、付き合いの長いサラや透夜ではなくジョーに視線を向けた。


「……ジョーさん。あなたにこの世界のあなたがどんな人物で、アーサーとどう交流を持ったのか話しておきます。その上でアーサーと話をして貰えませんか?」

「……分かった。善処しよう」





    ◇◇◇◇◇◇◇





 アーサーは部屋で休むと言っていたが、ジョーが入室するとベッドに腰をかけたまま微動だにしていないアーサーの背中があった。明らかに心身共に休息を取っているようには見えない。


「さっきは集中できてなかったな。何があった?」

「……別に何も。あんたに話す事はない」


 アーサーの顔が見えるように移動して行くと、彼は握り締めていた青の石のペンダントを首にかけ直しながら無愛想に答えた。しかしジョーは怯まずすぐに言葉を返す。


「俺は君の手違いでこの世界に呼ばれたんだ。この世界の俺と君は友人だったようだし帰る為に最大限の協力はするが、君の問題で死ぬつもりはない。俺には本調子ではない理由を聞く権利がある」

「……、」


 痛い所を突かれたアーサーは、しばらく黙っていたがジョーの退かない態度にやがて観念したように口を開いた。


「……ソラの事だ。ヒビキの言葉を聞いた時に、頭の中がソラの事で一杯になった。それで集中できなかったんだ」

「だと思ったよ。だから賢い選択とは言えないと言ったんだ」

「……皮肉以外言えないのか?」

「茶化すな。お前は戦闘という死と隣合わせの状況で仲間の死に思考を乱されて死にかけたんだ。いい加減、問題を後回しにせず悲しめ。そうしないとお前は仲間の死に憑りつかれる。自分の感情と正面から向き合わないと感情に呑まれるぞ。今回のように」

「……悲しんでるのは認める。責任や後悔も感じてる。でも慰めなんていらないし、教訓だって聞きたくない。今は他にやるべき事がある、停滞してる暇は無いんだッ」

「いいや、お前は停滞しない為に間違った方向に進んでいるだけだ。その道の先にあるのは全員の死だぞ。つまりは破滅だ」

「……もう一人にしてくれ。今は誰とも話したくない」

「なら自分の気持ちと向き合え。きちんと仲間の死を悼んで悲しむんだ」

「あんたも見たろ? いつ『ホロコーストボール』と『ノアシリーズ』が動くかも分からないんだ。悲しんでる暇なんてない」

「良いから……つべこべ御託を並べていないで向き合え!!」

「無理なんだッ!!」


 互いに一歩も退かない言葉の応酬。ジョーが何を言っても聞かない様子にイライラして声を荒げると、アーサーはそれ以上に大きな声を張り上げた。そして何度か肩で呼吸をすると、少しだけ声のトーンを落として続ける。


「あんたに言われなくても分かってるんだ。でもソラの事は……今はまだ、向き合えない……っ」


 歯をぐっと食いしばって絞り出すように吐き出したその言葉は、ジョーが諦めずに追い詰めたからこそ聞けた本音だった。それはサラや透夜にはできない、というより彼以外には無理な役回りだった。

 あくまで『ドッペルゲンガー』で他人ではあるが、その容姿はアーサーに多大な影響を与えたジョセフ・グラッドストーンと同じものだ。それを無視する事が出来ない以上、彼の言動はどうあってもアーサーにとって影響が大きいのだ。それに特別親しくないからこそ、語れる本音というのもある。

 そんなアーサーの様子に満足したのか、彼を言葉だけで追い詰めたジョーは肩から力を抜いて、


「ふぅ……ようやく本音が出たな。どうやらお前は多くの人を喪って来たようだが、今回は今までと少し違うらしいな」

「……、」


 アーサーは押し黙り、俯いたままだった。それは彼の言葉を真実として受け入れているのと同義だった。


「俺は国に仕えて戦い、多くの任務をこなして来た。国同士の戦争も味わった。その間にどれだけの仲間を失ったか分かるか?」

「……数え切れないだろ」

「いいや、全て覚えているんだ。仲間の死は数えられるし、実際に数えていた。それが死んでいった同士にできるせめてもの敬意だと思ったからだ。俺が軍に入隊して辞めるまでの間に二八一四人が命を落とし、その内の四三七人の死に様をこの目で見た。全員と仲が良かった訳じゃないが、その一つ一つの死の重さは同じで何年経とうと変わらないし、背負い続けて来た」

「……ジョー。俺はただ……」

「聞け。別に信条に口を挟むつもりはないし、説教臭い事を言うつもりも無い。ただ俺が多くの死を背負って来れたのは、一人一人の死を悼んで向き合って来たからだ。こういう悲劇が多い道を冷静さを失わず、取り乱さずに進むにはそれが必要だと悟ったし、実際にそうして進んで来た。死んだ者を悼むのは、その者の冥福を祈る為だけにあるんじゃない。残された俺達の心を整理する為にも必要なんだ。重さが劇的に代わる訳じゃないが、心は少し軽くなる。これは経験則だ、アーサー。どんなに逃げようとしても悲しみからは逃げられない。死と向き合い、悼む事でしか残された者は前に進めないんだ。……君も本当は分かっているんだろう?」

「……、」


 やはりアーサーは何も言い返さなかった。ジョーの言葉を受け止めて咀嚼はしているが、それでも行動に移すとなるとまだ時間がかかる。特にこの手の話はどうしても時間がかかるものだ。

 そんな時、アーサーのマナフォンが鳴った。内容はラプラスから『ホロコーストボール』の現在位置が分かったとの事で、アーサーとジョーは話を切り上げて部屋の外へと出た。

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