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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:漸編 世界に仇なす者、世界を憂える者 Starved_Person_and_Inheritor.
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418 『オライオン級』の力

 アーサーの真後ろで、同じように地面を蹴って正面の敵に突っ込んだのはサラだ。『オルトリンデ』はイリスとの戦いで壊されたので、『廻纏(かいてん)』とホワイトライガーの力を纏った状態で右の拳を突き出す。

 真っ直ぐで単調な一撃は『無間(むげん)』によって防がれるが、それはサラも分かっていた。だから直後に床を横に蹴って素早く背後に回ると、目にも止まらぬ速さで交互に拳を突き出し続けて連撃を叩き込む。

『無間』はあくまで任意で操作しているというのは前の戦いでサラは気付いていた。だから敵が見切れないほどの攻撃を連続で叩き込めば穴を突けるか、仮に全方位を防御できるとしても長時間はもたないはずだ。ほぼ直感の策だが、この手の直感は頼りになるとサラは知っている。


「無駄ですよ」


 しかし激しい攻撃の隙間に青年の静かな声が聞こえて来た。そしてサラは見えない何かに弾かれて後方へと勢いよく吹っ飛び、壁を突き抜けて整備基地の外まで飛ばされた。

 あれだけ殴ったのに一撃も通らなかった事に疑問が浮かぶ。その疑問の答えは、サラが吹き飛ばされた穴から出て来た青年の口から語られる。


「目にも止まらぬ速さの攻撃で任意発動の『無間』の隙間を狙う。悪くない案ですが残念でしたね。私の『無間』は『ノアシリーズ』で唯一のオート設定です」

「っ……」

「そもそも自分で戦うとか面倒ですし嫌いなんですよ。だから貴様の相手は彼らにお願いします」


 彼ら、と聞いてようやくサラは自身が囲まれている事に気付いた。だがおかしい。彼らにはまるで統一感がないのだ。

 男女は関係なく、武器の有無や服装も違う。おそらくこの施設の人々だろうが、兵士や整備員だけでなく、スーツ姿の者や清掃員の姿も見える。というかそもそも体の部位が揃っていない者も多く、顔には生気が見えない。明らかに死体が動いているとか思えない。


「な、何よこいつら……」

「私の従僕ですよ。泥臭い戦いは性に合わないのでね。貴様が雑兵にやられる様をゆるりと見物させて貰います」

「このッ……舐めるんじゃないわよ!!」


 怒声を上げて再び突っ込んだサラだが、彼に拳を突き出す前に超スピードで接近してきた作業員の男が鉄パイプを振るって来た。咄嗟にそれを片腕で受け止めたが、予想外の威力に押し込まれて弾き飛ばされてしまう。


(こいつら、一体一体が雑魚じゃない!? 死体を操ってるだけじゃないの!?)


 じんじんと疼く痛みに腕を押さえながら不死鳥の回復の炎で癒していると、何故そのような力を持っているのか答えが飛んでくる。


「言っておきますが、私の『死せる従僕共(リビングデッド)』は生者が無意識にかけているリミッターが外れています。さらに『次元』のエネルギーで身体の活性化も施してあるので、仮に見た目が子供でも大の大人を圧倒する膂力があるのでご注意を」

「くっ……最悪ね」

「貴様にとっては多勢に無勢ですからね。最悪な状況でしょう」

「そっちじゃないわよ」


 確かに状況も悪いが、それ以上に最悪だと思う事があった。

 彼の能力は死体を操ること。それはつまり、能力を使う為に多くの人を殺したという事だ。少なくともこの基地にいた人々は、知っていたかは知らないが『ノアシリーズ』に協力していたはずだ。サラの主観から言えば、決して善人とは言えない。でも彼らの中にだって矜持があり、望まない中で生活の為に尽力していた者達もいたはずだ。

 そんな人達を、単なる兵力として使い捨てる。雑兵と言い捨てる。そんな所業をサラは決して許容する事ができない。


「人の尊厳を踏みにじる事しかできないくせに、それを振りかざして得意気にしてるあんたの性根が最悪だって言ってるのよ。ほんと胸糞悪いわ」

「……まったく、言いたい放題ですね。それに『あんた』などと呼んでは欲しくないですね。私はヤーヴィス=N=コンカラー。貴様を殺す男の名です。覚えて逝きなさい、野蛮人」

「そのお高く止まった鼻っ面に拳をぶち込んでやるわ! 覚悟しなさい!!」





    ◇◇◇◇◇◇◇





 成り行きでここまで来てしまったジョー。そんな彼の事を一言で表すならお人好し、というのが一番適切だろう。本来生きている『ユニバース』では、犯罪者として追われながら正義の為に行動している。それは今のアーサー達と同じようで、『ドッペルゲンガー』のデスストーカーとも似通っている部分だろう。


「やれやれ……どの世界、いつの時代も戦いか……」


 溜め息交じりにぼやきながら、ジョーはリアスの部屋から拝借した特殊な銃の引き金を引く。すると凄まじい冷気が銃口から放たれて相手に向かって行くが、彼が手を前にかざすと近くの鉄板が動いて壁のように立ち塞がって冷気を防いだ。ジョーはすぐにトリガーの傍のスイッチを切り替えて引き金を引くと、今度は一転して火炎放射器のように炎が噴き出した。

 これがこの銃の特性。冷気と炎の両方を放てる世界で唯一の『魔導銃』だ。

 しかしそれも『ノアシリーズ』には効かない。それも『オライオン級』となれば『無間』で容易に防げるし、今の相手に関してはそれ以外の対処法も持っている。特殊な力を持たないジョーにとっては相性が悪すぎた。


「おい。その程度の力で俺に挑むなんざ舐め過ぎじゃねえか?」

「別に舐めている訳じゃない。ただ俺は他に手段を持ちえないだけだ」

「なら前言撤回だ。心底同情するぜ、弱者君」


 そう言って両手で何かを持ち上げるように虚空でジェスチャーを行うと、周囲のあらゆる金属が宙に浮かび上がってジョーの周りを取り囲む。


「俺はヨハン=N=モナーク。せめて覚えて逝きな!!」





    ◇◇◇◇◇◇◇





 他の三か所で激突が始まった時、リーゼロッテは無数の稲妻を透夜に向けて放った。すでに触れれば爆発する稲妻というタネは割れているので、透夜は『天鎖繋縛(てんさけいばく)』を発動させると腕輪から放った大量の鎖で稲妻を全て受け止めた。

 続けて鎖をリーゼロッテ本人に向けるが、今度は逆に稲妻で吹き飛ばされてしまう。だが透夜はその間に『夜叉御影(やしゃみかげ)』で地を這うように影を伸ばしていた。しかし一瞬早く気付いたリーゼロッテは現れた時と同じように稲妻を迸らせる翼を展開して宙に飛んで躱した。そして彼女は笑みを浮かべる。


「へぇ……中々やるわね。あんた、名前は?」

音無(おとなし)透夜(とうや)だ」

「あたしはリーゼロッテ=N=サンダラーよ。ちょっとは楽しませてよね!!」


 激昂と共に右手を天にかざすと、凄まじいエネルギーを放つ雷光が発生する。それは膨張して彼女の体の大きさを上回る巨大な雷光の弾になる。おそらく集束魔力に近い、自身の力を集中させた一撃。しかし不安定な技なのか漏れ出た力が『爆裂の稲妻(エクスブリッツ)』として周囲に破壊をもたらしている。それは爆裂する稲妻の雨のようだった。


「―――『爆裂の流星』エクスプロード・メテオ!!」


 そしてリーゼロッテが手を下ろすと、巨大な雷光の弾が透夜に向かって落下してくる。これが『爆裂の稲妻』と同じ力を持っているとするなら、触れた瞬間に爆発するはずだ。防ぐにはなるべく遠くで接触し、かつその爆風からも身を守らなければならない。


「っ―――」


 今度は透夜が手を天にかざすと、彼の周囲に大量の鎖が生まれて渦を巻きながら巨大なドリルのような形を作っていく。さらに重ねるように大量の影が纏わりついていき、すぐに漆黒の龍の形を成して上空の『爆裂の流星』に向かって行く。


「―――『天地覆う連環の鎖・影ヴリトラ・シャドウスケイル鱗』!!」


 天から落ちる眩い光を放つ光球と、血の底から這い上がるような闇を纏った龍が二人の中央でぶつかる。そして白と黒が入り乱れて弾ける凄まじい爆発が起こり、透夜とリーゼロッテをも飲み込んだ。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「ったく、どこもかしこも好き勝手やってるなあ。久々の全力戦闘ではしゃいでんだろうな。そう思うだろ、アーサー・レンフィールド?」

「っ……」


 ヒビキが余裕の表情で見下ろすのは、ボロボロの体で片膝を着いているアーサーだった。

 歯噛みした彼は右手に『無限』の魔力を集めながら駆け出すと、微動だにしないヒビキに向かってその拳を突き出す。


「『珂流(かりゅう)』―――『古代熊王天衝拳』アルクトテリウム・ロードスマッシュッッッ!!!!!!」


 アーサーが放てる打撃技の中でも最大の威力を持つ技。しかしそれはヒビキには当たらず、その眼前で『無間』によって防がれてしまう。

 しかし、アーサーがここまで追い込まれたのはこの後だ。敵の攻撃を防げるだけならダメージは負わない。

『無間』の壁の向こう側で、笑みを浮かべるヒビキは前に手を出して呟く。


「『天弾(てんだん)』」


 瞬間、アーサーの体は真後ろに向かって吹き飛ばされた。

 それは『無間』の応用。自身と攻撃との間に幾重にも次元を挟み込む事で、敵の攻撃が自分に届くのを防ぐ防御技。基本一度に一ヵ所、かつ個人差はあるが大きすぎる威力の攻撃は防げないといった欠点はあるが、『ノアシリーズ』に標準装備の有能な力だ。

 だがヒビキの『無間』はさらに自由だ。一気に膨張させて対象を吹き飛ばす『天弾』、逆に収縮させて対象を引き寄せる『天引(てんいん)』という技もある。これらが非常に厄介なのだ。


「俺は失敗前提の実験で偶々成功した初期ロットだ。『フューリアス級』と同じで、『ドレッドノート級』から与えられた『ノアシリーズ』の固有能力は持ってねえ。そんな俺がどうして『ノアシリーズ』筆頭か分かるか?」


 吹き飛ばされた先でアーサーが膝を着いて顔を上げると、ヒビキは両手を開いて高らかに言葉を続ける。


「ただ単純に俺が強えからだ」


 その宣言の直後、アーサーと同じように彼の隣に背後からもう一人吹き飛ばされてきた。


「ジョー!? 大丈夫か!?」

「……勿論だとも。君の調子は……聞く必要ないな。最悪みたいだ」


 前には無敵の『無間』を扱うヒビキ、背後には金属を自由に操るヨハン。ちらりと視線を周囲に向ければ、サラと透夜も死力を尽くして戦っている。しかし『ノアシリーズ』の『オライオン級』は強力で、状況としてはあまり芳しくない。


「にしても、まさか『無間』すら破れねえとはな。弱者の過大評価か? ここまで弱いとは思わなかった」

「おいおい、無茶言ってやるなよ。お前のオリジナルの『無間』は俺達のコピーとは比べ物にならないほど強いんだからな」


 アーサーとジョーを挟んで会話をする二人に注意しながら、アーサーは静かに右手に魔力を集束させていく。するとそれに気付いたヒビキがアーサーを見下ろしながら嫌な笑みを浮かべる。


「どうやら差し向けた『魔装騎兵』の軍団を退けたのはマグレらしいな。ホント、どうやってあの量を破壊したんだ?」

「っ……」

「もしそれが全力ならお前には何も守れねえよ、アーサー・レンフィールド。目の前の悲劇に首を突っ込み続けて神経が麻痺してるのかもしれねえが、お前には守れなかった命と尊厳が沢山だ」

「ッ……」


 畳み掛ける台詞にアーサーが集束させていた右手の魔力が弾けて霧散した。その様子に動揺したのは傍で見ていたジョーだ。


「おい、どうした!? しっかりしろ、アーサー!!」

「もう遅えよ―――『天弾』」


 今度はアーサーとジョーの二人に衝撃が襲い掛かり、抗う事もできずに吹き飛んで行く。

 呆気ないが、それが戦いの終わりだった。ヒビキとヨハンだけでなく、まだ戦闘中だったリーゼロッテとヤ―ヴィスの方にも『次元門(ゲート)』が現れ、その中に四人は消えて行った。

 アーサーとジョーは惨敗。サラと透夜もなんとか戦えていただけだ。『ノアシリーズ』筆頭と最強の『オライオン級』。彼らに大敗を喫したのは、誰の目にも明らかだった。

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