415 『フューリアス級』の襲撃
アーサーとラプラスとサラが襲撃者の正体に驚いていると、その注目されているアリアは指輪を漆黒の剣に変えて右手に握り、ほとんど予備動作無く突っ込んで来た。
反応できたのはほんの僅かな予備動作と、それに反応できた直勘のおかげだった。
盾は無理だったがギリギリの所で『手甲盾剣』を篭手の状態に変化させて刃を受け止められたアーサーだったが、勢いまでは受け止め切れずに後方の壁に背中を強打するまで押し込まれた。
「かっ……ぐっ……! 何でこんな事をするんだよ……紬!!」
「……アリアだよ。アリア=N=イラストリアス。あたしの名前は紬なんかじゃない!」
声を荒げたアリアの剣を持つ手に力が込められ、振り抜かれるとアーサーの体も壁に擦られながら床に叩きつけられた。
しかし苦痛に喘いでいる暇は無い。彼女の剣技に対抗するために『鐵を打ち、扱い統べる者』でユーティリウムの黒刀を精製すると上を睨む。やはり想像通りアリアはすでにこちらに向かって来ていた。
鋭さを感じる独特の呼吸。何度か感じた事のある氣力。そして黒剣から光輝くオーラが放たれる。
「『天桜流』参ノ型―――『輝炎・落陽』!!」
「っ……!?」
これを単純に受け止めるのはマズいと本能が察知し、アーサーは倒れた姿勢のまま両足の裏で『ジェット』を発動させて強引に体を吹き飛ばして躱す。そのまま空中で体勢を整えて床に足を着けると、すでにアリアは下段に剣を構えて追撃の準備をしていた。
このまま防戦一方ではいずれやられるのは自明だった。その絶体絶命の状況でアーサーの思考ではなく本能がそれを呼び起こし、無意識にアギリと戦っていた時と同じ炎のように揺らめく赤いオーラを身に纏った。それはソラが最期に教えてくれた『炎龍王の赫鎧』と呼ばれる炎の鎧だ。
「―――『輝炎・昇陽』!!」
床を叩き割るほどの渾身の振り下ろしから、体を回転させて繋げた切り上げ。アーサーの体がその剣劇によって斬り裂かれたかと思われたが、まるで幻のようにアーサーの体が揺らめいて消えた。そして一瞬後にはアリアの後方で息を荒げている無傷のアーサーの姿があった。
(上手く行った……ソラが教えてくれた『焔桜流』……っ! でもこの負荷は何度も使えるものじゃないぞ!?)
アギリの時もそうだったが、『焔桜流』の剣技を使うとまるで自分の体を別の何かに動かされているような感覚を覚える。それはとても効率的で鋭い動きなのだが、その筋肉の動きや呼吸の仕方がアーサーには合っていないのだ。だから強制されたそれらの動きはかなり負担が大きい。
高速にして高威力の連撃を躱されたアリアだったが、彼女は何かに納得したように呟いた。
「……『焔桜流』陸ノ型『陽炎』だね。でも今の状況で使うならそれじゃないよ」
何故こちらの技を知っているのか疑問はあるが、今はそれよりもこちらに真っ直ぐ向かって来るアリアへの対処が優先だった。
「くっ……参ノ型―――『不知火』!!」
剣を持つ右腕を折り畳むようにして構え、狙いを定めると噴き出す炎と共に加速させて放つ高速の突き。けれどそれがアリアの肩口に突き刺さったかと思った直後、先程のアーサーと同じように体が揺らめいて消失した。そして次の瞬間、アーサーは背中を斬り裂かれた鋭い痛みに膝を着いて倒れた。
「『天桜流』陸ノ型『幻日・円舞』だよ。『陽炎』もこれと同じようにカウンターで反撃できるのに、どうしてただ回避するだけだったの?」
「っ……」
「『不知火』だって本来はもっと鋭く早いはずだよ。まるで心がここにない感じだね。そんな調子であたしに勝てると思ってるの?」
アリアの言うように、記憶にある『陽炎』にも『円舞』という繋げ技があった。陽炎のように揺らめく幻影を残して敵の攻撃を回避し、体をスピンさせながら相手の背後に逃れて後ろから斬り付ける回避と反撃の攻防一体の技。それが本来の形だ。さらに『不知火』の突きも最初から急所を外して狙っており、その弱腰のせいで本来の技のキレは全く無かった。
そして一番マズいのが、その全てをアリアに看破されているという事だ。アーサーとしては紬と瓜二つの彼女と本気で戦えないという理由もあっての事だったが、なんであれ全力で向かって来ている相手にそれがバレたのは非常にマズい。
さらに問題はそれだけではなかった。
(紬との『回路』が辿れないっ……!! 目の前のこいつは『ドッペルゲンガー』なのか!? でも紬は一体どこに……何があったんだ!?)
相手の居場所が分かるという性質上、アーサーは普段『回路』の存在を意識していない。こうして事件に巻き込まれれば仲間達の存在を意識するが、今回同行していない紬達などに関しては意識していなかった。だから今初めて紬の存在を意識して『回路』が切れている事を知った。何が起きているのか分からないが、自分の馬鹿さ加減に嫌気がさして来る。
「意識を散らし過ぎ。もっと集中した方が良いよ」
思考を巡らせている最中の、ほんの一瞬の油断。その隙をアリアは的確に付いて来た。
それは『天桜流』初ノ型『瞬身』。手数と速度を重視する彼女の剣術において、まず始めに会得できなければならない基礎である超高速の移動術。
直後、アーサーは自身に向かって振るわれるアリアの黒剣が幾重にもブレたように見えた。
「閃ノ型、七連―――『天桜烈華』」
同時に放たれる七つの斬撃に成す術もなく吹き飛ばされたアーサー。誰の目から見ても明らかな劣勢だが、そんな戦闘に助太刀できない理由がラプラスとサラにはあった。
それはアリアと共に現れたもう二人の事だ。身の丈以上の槍を構えるイリスと、扱い易い短剣を両手に構えたジュディ。アリアに遅れて彼女達も左右に分かれながらこちらに向かって来たのだ。
「サラさんは左を! 私は右を対処します!!」
「わかったわ!!」
コートの内側から拳銃を二丁取り出したラプラスはジュディに向かって発砲し、サラは『オルトリンデ』の力でイリスに向かって飛んだ。
ラプラスが放った銃弾は回り込むように移動してきたジュディの体に正確にヒットしたが、何故か彼女の体を突き抜けてダメージになっていなかった。そして足を止める事ができずに肉薄してきたジュディが振るった短剣を、ラプラスは拳銃で受け止めて鍔迫り合いになると至近で睨み合う。
「……なるほど。あなたの力は身体の『粒子化』ですね?」
『未来観測』の演算能力で看破した能力を囁くと、ジュディは目の前で驚いたように目を見開いた。そして彼女の方から後ろに退いて距離を取る。
「……こんなに早く看破するなんて何者?」
「それが取柄ですから。ちなみに弱点も分かっています。自身の体を微粒子の群れに変化させて操る『粒子化』は斬撃も銃撃も意味を成さない無敵に近い力ですが、その反面、表面積を増やす事になるので爆炎などの広範囲への攻撃には弱い特性があります」
そこまで告げると、ラプラスは右手の拳銃の弾倉を素早くコートの内側にある別のものへと入れ替えた。
「『爆裂弾』に入れ替えました。これで私に『粒子化』は効きません。投降して下さい」
「……確かにあなたの言った事に間違いは無いけど、わたしが弱点に対して何の対策もしてないと思った?」
その言葉の直後、目の前からジュディの体が忽然と消え失せた。消える前の言葉から、おそらく『粒子化』で完全に姿を消した上でこの部屋全体に散ったのだろう。確かに広範囲に広がれば多少の爆発は意味を成さず、ラプラスに攻撃する術は無い。さらに『粒子化』は体だけでなく、着用している衣服や武器も対象と出来るのが強みの一つだ。つまり今のラプラスは何時どこから攻撃されるか分からないという状況なのだ。
しかし、ラプラスは冷静だった。それは『粒子化』のもう一つの穴が彼女には分かっているからだった。
『粒子化』はどこから攻撃されるか分からない不可視の攻撃―――ではない。攻撃する為に必要な武器も体も細胞サイズでしか無い以上、それらはどれも決定打とはならないのだ。
つまり―――
(攻撃の瞬間は必ず実態化するという事です!!)
それは突然だった。まるで瞬間移動のようにラプラスの背後に現れたジュディは、すぐにラプラスに斬りかかる。
対してラプラスは動かなかった。動けなかったのではなく、動かなかったのだ。
そもそもラプラスには相手の手の内も弱点も分かっている状況で、先手を打たない理由はどこにもない。動かなかったのは既に必要な行動が終わっていたからだった。それを証明するように、どこからともなく飛んで来た弾丸がジュディの右の脇腹に食い込んで彼女の動きを完全に制した。横へ吹っ飛んで倒れ込み、脇腹を押さえて喘ぐような呼吸を繰り返す彼女の顔には疑問の色があった。
「どっ、して……!?」
「『反射弾』です。あらかじめあなたの右脇腹に突き刺さるように壁に反射させておいたんです。最初の銃弾が効かずに『粒子化』だと看破した時点で、この瞬間このタイミングで私の後方を通り過ぎるように」
「なっ……さい、しょから……!? 実弾、じゃ……?」
「私は常に非殺傷で使い勝手の良い『反射弾』を使っていますから。そこに未来を観測する力が合わされば造作もない事です」
「ッ……」
つまり最初から最後までラプラスの掌の上の戦闘だった、という事だ。『一二災の子供達』としての格の違いを見せつけるかのような圧勝だった。
しかし、ここまで順調な勝利を挙げているのは彼女だけだった。
ラプラスとは反対側へと飛んで行ったサラだったが、イリスとの戦いは五分だった。拳と槍という性質上、リーチはイリスの方が有利。しかし一撃の威力はサラの方が上という状況で、どちらも攻めあぐねている感じだ。
(くッ……ほんと何なのよこいつ!!)
しかし実際、サラは自身が明確に押されていると捉えていた。確かに状況は均衡しているように見えるが、サラは野生の直感でイリスの方に余裕を感じ取っていた。今まで決着をつけられるチャンスはあったのに見逃しているような感じだ。
それを感じ取った理由として、彼女の余裕を持った槍使いだ。殴りかかっても槍の先端を添えられるだけで軌道を逸らされるほど柔らかいのに、遠距離から魔力弾を放つとそれを打ち消すほど力強く振るわれる。清廉された柔と剛の使い分けだ。剛しか知らないサラとは次元が違う。
(だからって尻込みしてたら勝てないわ! 結局あたしにはこれしか無いのよ!!)
ごちゃごちゃ考えるのは止めてもう一度殴りかかる。と、イリスはこちらの本気の一撃を察したのか今までのように軽く叩くようではなく、その場でくるりと周りながら槍も円を描くように回し、遠心力を増した槍を右の拳に叩きつけて来た。
拳自体は無事だったが、その一撃で『オルトリンデ』の篭手が砕け散った。少なからずショックを受けたが、その隙が致命的だった。ここを勝機と定めたのか、イリスは鋭い突きを放って来たのだ。
先程までは躱せていたはずの攻撃を躱せず、サラは咄嗟に左手の篭手で受け止めた。すると槍の先端が籠手を破壊してさらに腕を貫通した。
「ぐッッッ!!!!!! づ~~~ァァァああああああああああああああっっっ!!!!!!」
凄まじい激痛に耐えながら、サラは右拳を握り締めて引き絞ると『廻纏』をまとってイリスに向かって放つ。
「なっ……!?」
思わぬ反撃にイリスの反応が遅れた。起死回生の『廻纏剛衝拳』はイリスの腹に直撃し、サラの左腕から槍が引き抜かれながら後方に吹き飛んで行く。しかしその一撃が闇雲だった事、そしてイリスが氣力を腹部に集中して守った事もあり大したダメージにはなっていない。その証拠に腹部は押さえているもののしっかりと立ってこちらを睨んでいた。
対してサラの方はダメージが深刻だった。両手の『オルトリンデ』の籠手は破壊され、左腕は槍で貫かれた影響で骨が砕かれ出血も止まらない。しかし彼女には不死鳥の回復能力があるので、左腕は治癒の炎に包まれてみるみるうちに回復していく。
そして、結果的に再び睨み合う膠着状態が生まれた。
ラプラス対ジュディ、サラ対イリスの戦いを横目に見ながら正面で何かの装置に背を預けて座り込んでいるアーサーを見下ろしながらアリアは言う。
「一勝一敗一引き分けって所かにゃー。その鎧に感謝した方が良いよ。それが無かったら今頃あなたの体は八等分にされてただろうから」
「……、」
七つの斬撃の内、一つは黒刀が粉々に砕ける代わりに防げたが他の六つはモロに食らってしまった。それでも五体満足でいられるのは、アリアの言う通り今も彼の体に纏っている『炎龍王の赫鎧』のおかげだろう。
しかしアーサーは立てなかった。体に力が入らず立つ事が出来ていなかったのだ。彼自身理解できているか分からないが、それは肉体的なダメージだけでなく精神的なものも作用しての事だった。
そんな情けないとも取れる姿にアリアは顔を背けてジュディに銃口を向けるラプラスの方を見る。
「あたし達の目的はリアス・アームストロングの身柄の確保。あなた達に用は無いから大人しくしててくれないかな?」
「……確かに今の状況はそちらが有利ですが、そんな要求がすんなり通るとでも? あなたの仲間の命は私が握っているんですよ?」
「こっちはその気になれば三人ともすぐに殺せるよ? なんなら試してみる?」
「……ハッタリですね」
「ハッタリなんかじゃ……」
「私が言っているのは、私達を殺すという点です。実際にその力があるという点は嘘ではないんでしょうが、あなたにするつもりはありません」
「……、」
その言葉にアリアは何も返さなかった。一転して余裕ぶった表情ではなく怖い顔でラプラスを睨みつけると、僅かに足が動かしたのをアーサーは見逃さなかった。どれだけ早く動こうとラプラスなら未来を観測して躱せるだろうが、それがもし連続となると体の方が追いつかず斬られてしまうだろう。
何もしなければラプラスがやられる。その意味だけを原動力にしてアーサーは今度こそ立ち上がった。
ただし、それは本当にだた立ち上がっただけだ。
「……酷い目だね」
攻撃動作を止めたアリアはもう一度アーサーの方に視線を向けるが、その目は怖いくらいに冷え切っていた。
「迷いと後悔と罪悪感でいっぱい。そんな風になるなら戦いなんて止めれば良いのに」
「……。」
その一方的な言葉にアーサーは口を開いて何かを言いかけたが、何も言わずに視線を下に落としただけだった。
「何も言い返さない、か……残念。やっぱりまだ追いついてないね」
そして彼女の意識は再びラプラスの方へと向けられる。もうこちらには興味を持っていないような行動だ。再度同じ構図になった事でアーサーはアリアの方に向かって一歩踏み出すが、その時彼の背後でこの場にいる誰もが想像していなかった事が起きた。
アリアの攻撃によってアーサーが打ちつけられたのは、リアスが作り上げたとある装置だった。トンネルの入口のように大きなアーチ状の装置で、それが衝撃で誤作動を起こしたのだ。
『世界間転移装置』。それは文字通り世界間の移動を可能とする装置で、『ノアシリーズ』が生まれた発端にもなったものだ。
そんなものが勝手に動き出して良い結果を出す訳がない。アーチから中心に向かって稲妻のようなものが集まって行くと、すぐに奥が見えない暗い穴から暗雲が絶えず湧き出してきてアーチに絡まり、暗雲のアーチに奥が見えない暗いトンネルが完成する。
その奥からまるで吹っ飛ばされたように誰かが飛び出して来た。
現れたのは例外無く別の『ユニバース』からの異邦人。
その、人物とは―――