414 破滅へと向かう道
『バルゴ王国』上空。そこにステルス機能で姿を消したジェット機があった。それは自動操縦で明確な目的地を目指しており、その中には三人の少女が乗っていた。
「……本当に良いのか?」
「……何が?」
身の丈以上ある槍を抱えるようにして壁に背を預けて座っているイリスの静かな問い掛けに、背もたれを倒してただの椅子と化している副操縦席に座っているアリアは視線を変えずに聞き返した。
「今回の仕事の事だ。リアス・アームストロングの誘拐なんて乗り気じゃないんだろ?」
「……そりゃ、ね。彼女をヒビキに接触させるのは色々とマズいけど、やらなきゃヒビキからの信用を失っちゃうからね。今の状況なら従った方が良い」
「まあ現状ならヤツが目的を達成する前に、私達の方が目的を達成できるだろうからな」
ここにいる三人プラス暗躍している三人。それが彼女達なりにヒビキの野望を止める為に動いている人員だ。
計画も勝算もある。が、失敗の可能性だって当然孕んでいる綱渡りだ。今回の仕事の正否がこちらにもたらす影響は大きくないかもしれないが、無駄な警戒を持たれないに越したことはない。
「二人共。そろそろ目的地上空だよ」
アリアの隣、操縦席に座ってモニターを見ていたジュディがそう言うとアリアとイリスもモニターを覗く。
「生体反応が四つあるな。どういう事だ?」
「そこまではわたしにだって分からないよ。でも変だよね。情報では一人って聞いてたのに」
「……、」
不思議そうにしているイリスとジュディの傍で、アリアだけはすっと目を細めた。そして機械ではない自分の力で地下の四人の存在を感知すると予感が確信に変わる。
(……先回りされちゃったか。ちょっと面倒な事になりそうだね……)
それでも止まる訳にはいかなかった。すでに引き返す道などない。たとえ誰と戦う事になったとしても、必ず成し遂げると決めたのだから。
◇◇◇◇◇◇◇
『箱舟計画』。
唐突なリアスの問い掛けにアーサーとサラは疑問符を浮かべていたが、ラプラスだけは神妙な面持ちで答える。
「……それなら私が知っています。確か数年前に提唱された計画ですよね?」
「そうだヨ。でもあれを知ってるなんて流石だネ。まあ知ってるなら説明よろしク」
対照的に軽い調子のリアスにラプラスは溜め息をついて、それから話について来れてないアーサーとサラの方を見て説明を始める。
「『箱舟計画』とは、もしもこの世界に何らかの危機が迫り、それに対処できず世界の終焉が決定付けられてしまった場合、生き残った者達を別の『ユニバース』に移住させようという計画でした」
「それって、『無限の世界』の存在は既知だったって事か?」
「直接干渉する術はありませんでしたが、五〇〇年前に異世界からの異邦人の存在が確認されていましたから。存在するのは間違い無いと考えられていました」
「その提唱者が私なんだけどネ」
説明を任せていたリアスが空気をぶっ壊すように言葉を挟むと、ラプラスから引き継ぐような形で言葉を続ける。
「問題解決の鍵は『箱舟』の『魔神石』にあると確信してたシ、別の『ユニバース』への扉を開くのはそれなりに大変だったけど不可能じゃなかっタ。……でもそれが過ちだっタ。当時の私は自意識過剰で不可能な事なんて何も無いと考えていテ、自分の行いがもたらす結果を考えていなかっタ」
「……、」
なんとなく空気の重い沈黙が流れる。
その時リアスから感じたのは覚えのある酷い後悔だった。こちらから声をかけるべきだろうが、何て言おうか少し悩んだ。
何があったんだ、と聞こうとして思い留まる。そして改めて別の質問を投げかける事にした。
「……アンタはどうして『箱舟計画』なんてものを始めたんだ?」
何が起きてこうなったのかではなく、もっと根本の動機について訊ねた。するとリアスはより一層表情を曇らせて答える。
「……私は自分で言うのも天才でネ。大体の事は自分で解決できたし熟せて来タ。でもだからこそ誰もいなかっタ。ずっと独りだっタ。でも別の『ユニバース』に私と同じような天才……それこそ自分の『ドッペルゲンガー』とでも会えれバ、少しは孤独を感じなくて済むかなって思ってネ。そして皮肉な事ニ、私にはそれを実現するだけの力があっタ」
「……計画の顛末までは知りませんでしたが、まさか成功していたとは思っていませんでした」
「でも成功させるべきじゃなかっタ」
強い語気で断じる彼女からは、先程までは感じられなかった凄みを感じた。
「今は『ノアシリーズ』と呼ばれている彼らは最初、専用に調整が施された『造り出された天才児』に『箱舟』の『魔神石』の力を注入して強力な兵士を作る事を目的とされていタ。でも『魔神石』に耐えられるような存在は中々作れなくてネ。そこで目を付けられたのが『箱舟』の力で別の『ユニバース』から連れて来られた者達だっタ。『箱舟』の力を用いて連れて来られたからなのか正確な理由は不明だけド、彼らは『箱舟』の力への順応性がとても高くテ、『ノアシリーズ』を作る上では最も適した存在だっタ。……だから利用されタ」
そこで間を作るように一度だけ、ほうと大きく息を吐くと、リアスはまるで懺悔のようにアーサー達に向かって続きを語る。
「『箱舟計画』を進めてた私は別の『ユニバース』へのゲートを開く実験を行った時、誤って三人の異邦人をこの『ユニバース』に連れて来てしまっタ。今は『フューリアス級』と呼ばれてる三人。イリス=N=フューリアス。ジュディ=N=グローリアス。そしてアリア=N=イラストリアス。彼女達には本当に済まない事をしたと思ってル。だから私は『箱舟計画』を凍結した」
「それで始まりの『フューリアス級』か……でもあんたが凍結しても、異邦人を『ノアシリーズ』にする計画は続いてたんだよな?」
「……そうだネ。努力はしたけど情報を全て消す事はできなかっタ。この国は研究を続けて『ドレッドノート級』と『オライオン級』っていう『ノアシリーズ』を生み出シ、さらに『魔装騎兵』にも手を出しタ。おそらく今の『人間領』で最大の戦力を持っていル。そこまでなら対処のしようがあったけド、主権が『バルゴ王国』から『ノアシリーズ』に奪われたせいで最悪のシナリオが進行してル」
最悪のシナリオと聞いて、アーサーが思い付いたのは大量の『魔装騎兵』による軍団の設立だった。一機だけでも破壊的な戦力を持っているのに、それを軍団として設立されたら手が付けられない状況になってしまう。
それはアーサーが思い付けた最悪。しかしリアスが語る最悪のシナリオはその想像の遥か上を行く。
「ヒビキ=N=デカブリスト。『フューリアス』でも『ドレッドノート』でも『オライオン』でもなイ、全く異質な『エクストラ・ノア』にして現『ノアシリーズ』筆頭。彼の台頭で『ノアシリーズ』は支配される側からする側へと変容しタ。そして彼が求めているのは『原初の魔装騎兵バアル』。それが彼の手に落ちれバ、この『ユニバース』以外の『無限の世界』に存在するこの惑星が全て破壊されてしまウ」
「『バアル』……!? まさか、そんなの有り得ません!!」
アーサーとサラが言葉を失う程とんでもない規模の話だったが、ラプラスが一番反応したのは『バアル』という言葉だった。彼女にしては珍しく酷く取り乱しており、食って掛かるようにリアスに向かって声を荒げて叫ぶ。
「あれは五〇〇年前に破壊されたはずです! それは間違いありません!!」
「確かに破壊はしたんだろうネ。でも『魔装騎兵』にはある程度の自己修復機能が備わっているシ、今の世界のレベルなら補修や改修は簡単だヨ。ユーティリウムは輸入できるシ、アダマンタイトは『魔族領』に直接取りに行ってたシ」
「「っ……」」
アーサーとサラはその行為に覚えがあった。まだ『ディッパーズ』を結成する前、『魔族領』に入った時に遭遇した『ホロコーストボール』絡みの事件で、アダマンタイトの発掘現場跡地があったはずだ。そして『ホロコーストボール』の出自はここ『バルゴ王国』だった。今までの点と点が線で繋がる嫌な感触が背筋に走る。
「……だとしても、あれを復活させるなんて正気じゃありません。その存在と脅威は『英雄譚』でも語られているはずです! それを分かっていて復活させたと言うんですか!?」
「そこまで知ってるなら分かってるでショ? 『バアル』の力は純粋な破壊。それはこの惑星を一撃で破壊する事ができるほど強力なものだヨ。そこに『アガレス=セカンド』の別の『ユニバース』に次元を繋げる能力が合わされバ……君ならこれ以上は言わなくても何が起きるか想像できるよネ?」
すでに彼女はこの衝撃を咀嚼し終わったのか、冷静な口調で坦々と事実を告げていく。その調子で言葉の続きを促すように放たれた疑問に、ラプラスは冷静さを取り戻して静かな口調で答える。
「……あらゆる『無限の世界』に次元の扉を繋げた状態で『バアル』の力を使えば、その力は全ての次元に波及するはずです。そうなれば確かに『無限の世界』に存在する数多のこの惑星を破壊する事も容易なはずです。引き起こされるのは何兆人……いえ、もはや数え切れない命に対する大虐殺です」
それはもはや想像すらできない規模の話だ。無限に存在する世界全てに対する攻撃。話を聞いても夢物語にしか思えない内容。しかもこの世界は無事なままの、おそらく他の世界の誰もに知られない大虐殺。言葉にすれば単純だが、少し考えると頭痛がして来るような内容だ。
「……そのヒビキってのはどうしてそんな事をする訳? まだ非合法な実験を目の当たりにして、この世界が憎くて破壊したいって言うなら理解はできるわ。でもどうしてこの世界以外なの?」
「それは『ノアシリーズ』のほとんどが別の『ユニバース』からの異邦人だからだろうネ。ヒビキは『バアル』の力でこの世界を支配するつもりでいるけド、それだけだと他の『ユニバース』からの脅威は拭えなイ。でも全ての『ユニバース』を排除した上でこの世界を支配すれバ、ここから先の無限の可能性が生み出す世界は全てヒビキが支配した世界がベースになル。彼はそれを狙ってるんだヨ」
「……なんか頭痛くなって来たわ……」
サラの気持ちはアーサーにも痛い程分かる。今回はこれまでのどの事件とも規模が違い過ぎる。今までだって世界への脅威はあったが、それはあくまでこの世界一つの問題だった。それだけでも十分に非常事態だったが、今回はそれが無限に存在する世界に対してだ。さらにヒビキは冗談抜きで世界を支配する気でいるらしい。使い古された言い方をするなら世界征服というやつだ。どう考えたってまともじゃない。
「……阻止する術はあるんだろ? だからあんたは俺達と接触するつもりだった。違うか?」
「流石に冴えてるネ。勿論、止める術は用意してル」
一縷の希望をかけて問い掛けると、リアスはこちらが望んでいた答えを言ってくれた。そして椅子から腰を上げて移動すると近くのパネルを操作する。するとアーサー達の近くの床が開き、そこから鉢に植えられた紫色の葉を生やす植物が乗せられた台がせり上がって来た。
「この葉は私が生成した『紫毒』と呼ばれる『魔装騎兵』用の毒だヨ。この葉から抽出した毒素を君達が所持している『獣人血清』を合わせて『バアル』に打ち込めば魔力回路をズタズタに破壊できル。もし搭乗者がいれば生体リンクの影響で道連れになっちゃうかラ、君達的には打つなら搭乗者が乗っていない時をお勧めするヨ」
「……当然のように『獣人血清』について知ってるんだな」
「そりゃ勿論。『キャンサー帝国』は隠してたつもりだろうけド、君達が介入した騒ぎは隠しきれるものじゃなかったしネ」
「……、」
獣人の所在についても把握しているのか聞いておきたかったが、彼女が相手では逆にこちらが情報を奪われるような懸念があったので、藪蛇をつつくような真似は止めておいた。
「まあ話は分かったけど……そもそも機械に毒を打ち込めるのか?」
「それは心配ないはずです。『バアル』は『魔装騎兵』の中でも異端で、生きた生物の血肉が使われているんです。巨大な人造人間をイメージしていただければ良いかと」
「聞かれる前に説明しておくト、生物としての『魔装騎兵』は絶大な力を誇ったらしいけド、その反面同調できる搭乗者に限りがあったんだっテ。生物型は『バアル』と『アガレス』だけデ、それ以降が完全な機械型になったのは戦闘力よりも汎用性を重視したからだろうネ」
「リアスさんの説明通りです。ですから毒物を体内に注入する事は可能なはずです」
「つまり方法に問題は無い訳だな。ヒビキの目論見が達成されるまでの猶予は?」
「正確な事は言えないネ。ただ彼らの手中に『バアル』はあるけど、肝心の搭乗者がまだいないはずだヨ。彼らはその存在を覚醒した『ノアシリーズ』……『キャプテン』として定めてるけド、未だに『オライオン級』ですら同調に成功してないからネ。まだ少し猶予はあるはずだヨ」
「なるほど……ネムさんが狙われた理由が分かりましたね。おそらくネムさんが現存する『ノアシリーズ』の中では最後の可能性なんでしょう。……守る理由が増えましたね」
「……ああ、そうだな」
ラプラスの最後の言葉には何か強い意志が込められているのをアーサーは感じ取った。それが分かったのは、おそらく同じ事を考えていたからだろう。
あの破滅を迎えた未来から戻って来て、ずっと疑問に思っていた事があった。
ネミリアを助けようとするほど世界が破滅に向かって行く。その情報に間違いは無いのだろうが、どうやってネミリアが世界を終わらせるのかが謎だった。でもその答えが惑星を破壊できる力を持つ『バアル』なら納得だ。
つまりこの時点で、アーサー達の目的が改めて定まった。
まずは継続してネミリアを救う方法を見つけ出す事。そして彼女を狙う『ノアシリーズ』から守り抜く事。
「ネム……? それってもしかしテ、ネミリア=N=オライオンの事かイ?」
「知っているんですか? さっき覗いた時、情報は何も無かったんですが……」
「彼女は『ノアシリーズ』でも特別だからネ。唯一この国じゃなくテ、『ポラリス王国』で製造された個体だヨ」
「なっ……!?」
それを聞いたアーサーが思ったのは、結局そこに戻るのか、という感情だった。
最初は『ポラリス王国』にネミリアを救う手段があると思ったが、すぐにヘルトからの要請で寄り道する暇もなく『キャンサー帝国』に赴く事になり、そこでヘルトから『ノアシリーズ』の情報を受け取って『バルゴ王国』に答えがあると思って来た。しかしネミリアを救えるかもしれない情報は『ポラリス王国』にあるというのだから、とんだ回り道だ。
とはいえ、流石に今の状況ですぐに『ポラリス王国』に行く気は無い。エリザベスとの約束もあるし、何より今は世界の破滅がかかっている。見捨てる訳にはいかない。
「彼女は『製造型ノアシリーズ』の最高傑作にして、一番初めの『オライオン級』がネミリア=N=オライオン。彼女が生まれた事デ、『ノアシリーズ』は『ドレッドノート級』から一つ上の段階に上がっタ」
「……ネムを生み出したのは―――」
一体誰なんだ? と聞こうとしたと同時に盛大な爆発と共に天井が吹き飛んだ。
反射的に『妄・穢れる事なき蓮の盾』を展開した事で飛んで来た瓦礫の直撃は免れたが、本当の脅威はその後にやって来た。
天井……あるいは地面と呼んだ方が良いのか。ともかくそこに開いた穴から似たような装いの三人の少女が降りて来る。
身の丈以上の槍を持つ灰色のボブヘアの少女とベリーショートの金髪碧眼の少女。そしてアーサーが最も目を引かれたのは、ピンク色の長髪の少女だった。彼女の紫紺の瞳と目が合うと、アーサーは驚愕と共に信じられないといった風にこう呟く。
「……紬?」