413 『ノアシリーズ』の産みの親
『バルゴ王国』に来て三日目の朝が来た。明確なタイムリミットが分からないというのに、二日目はほとんど寝るだけで終わってしまった。ただ貴重な情報は手に入れたので、それを元に二日目を取り戻す勢いで動かなければならない。
話し合いの結果、ルイーゼが示した情報源の元へはアーサー、ラプラス、サラ、の三人で向かう事になった。罠の可能性や『ノアシリーズ』と戦闘になる可能性を考慮して戦闘力が高めのメンバーだ。その間、残りの透夜、ネミリア、リディ、ユリ、エリザベス、ユウナの六人は保留していた捕らえた『ノアシリーズ』の尋問と拠点の移動を担当する事になった。とは言っても尋問は透夜一人で行い、エリザベスが立ち会うだけだ。必然的に他の四人が移動の準備をする事になる。流石に襲撃された場所に長居するのは危険という判断だった。
「ところで、そなたは尋問の経験はあるのか?」
捕らえた『ノアシリーズ』を拘束している地下室に向かう階段を降りていると、前を歩くエリザベスから透夜に問い掛けられた。
「無いけどそれがどうしたんだ?」
「なら覚悟しろ。尋問というのは方法にもよるが、やる側にも負担を強いる。真っ当な神経を持っていれば誰でもな」
「ああ、それなら心配ないよ」
軽い調子で答えた透夜だが、その言葉の真意は他者を傷つける事を何とも思わないから大丈夫という訳ではなく、必ず情報を得られると確信している方法があるからだった。
「まあ見ててよ。すぐに情報を吐かせるから」
自信満々に応える透夜を訝し気に見ていたエリザベスだが、とりあえず案内は継続した。捕らえたといっても地下室は人を閉じ込めるような牢獄の作りにはなっていないので、単純に鍵をかけた部屋に閉じ込めているだけだ。
単純に監禁している状態で強力な『ノアシリーズ』を閉じ込めておける理由は、扉の鍵を開けた先にいる彼らの状態にあった。
アギリ=N=ガングート、マルタ=N=ポルタワ、イワン=N=セヴァスト―ポリ。キリル=N=ペトロパブロフスク以外の捕らえた三人の片腕には漆黒の鎖が何重にも巻かれていた。それは透夜の『天鎖繋縛』の鎖で、その五つの力の一つ『封力』によって『力』の行使を封じられているのだ。本体の腕輪から離れているし、透夜も睡眠などで意識を保っていられないので鎖自体の強度は低いが、それでも何も無い地下で簡単に破壊できるほどやわでは無い。
三人は鍵を開けて中に入った瞬間に襲い掛かって来るが、それよりも早く透夜は腕輪から三つの鎖を出すと『撃鉄』の能力で三人を弾いて返り討ちにする。さらにそのまま鎖を相手の体に巻き付けて動きを完全に封じ込めた。
「じゃあ質問に答えて貰うぞ。お前達『ノアシリーズ』の目的は何だ?」
「……誰がお前らなんか、にっ!?」
反抗的な態度を取っていたアギリだが、その言葉の途中で苦悶の表情を浮かべた。それは鎖の拘束が強まった事によるものだが、別に透夜が意図してやったものではない。
「『天鎖繋縛』の力の一つ『真実』だ。この鎖に縛られた者に虚偽や隠し事は許されない。真実のみを語ってもらう」
これこそが透夜が得意気だった理由。確かに虚偽や隠し事を許さないのであれば、これほど尋問に向いた人材もいないだろう。彼らも苦痛に耐えて抗っているが、そう長くはもたないだろう。
この時点で、すでに結果は決まっているようなものだった。
◇◇◇◇◇◇◇
拠点となっている洋館で尋問が行われている間、アーサーとラプラスとサラの三人はルイーゼから渡された情報の座標を訪れていた……のだが、どうにもおかしかった。『ノアシリーズ』を造った者と聞いて大きな研究所や警備が厳重な施設を想像していたのだが、そこは何の変哲もないありふれた街外れの民家だった。
「……疑う訳じゃないんだけど、座標の位置はここで合ってるか?」
「ラプラスと『E.I.Y.S.』でダブルチェックしてるのよ? 有り得ないわ。情報が嘘だったんじゃないの?」
「ルイーゼさんが嘘をついていないとしても、与えられていた情報が虚偽だった可能性はありますね。どちらかというと罠の可能性を考慮していましたが、最悪の結果にならなかっただけ徒労だとしてもマシですね」
昨夜『世界観測』の力で数多の未来の可能性を観測した彼女の事だ。こういったケースも観ていたのだろう。しかしアーサーはどうしてもこの結果に納得ができなかった。
「……サラ。あの家をもう少し調べてくれないか? どうしても気になる」
「まあ、そんなに手間じゃないし良いわよ。ちょっと待って」
快く引き受けたサラはポケットから眼鏡を取り出すとすぐにかけてフレームを二回ほど叩いた。そしてすぐに大きく目を見開く。
「……流石に驚きね。アーサーの直感通り、ただの家なんかじゃないわ。地下に大きな空間があるわ」
「では罠の可能性を考慮しつつ行ってみますか」
「ドアは電子ロックだからあたしに任せて」
そう言って『オルトリンデ』を身に纏ったサラによって電子ロックはすぐに外された。そして三人は互いの顔を見合うと中に入る。内装もごく普通の一軒家だったが人気は全く無い。
「サラ。下にはどう降りる?」
「階段の裏に回って。そこにエレベーターがあるわ。あたしが動かせるはず」
当然のように普通の壁にカモフラージュされている上にロックされていたが、そこの問題もサラと『E.I.Y.S.』によって解決し、壁が左右に開くと綺麗なエレベーターが現れた。三人が乗り込むとドアが閉まり、下に向かって降りていく。
「なんか、あんたとは地下に降りてばっかりね」
「高所恐怖症は大丈夫なのか?」
「今はお姉ちゃんがくれた『オルトリンデ』のおかげで飛べるからそこまでじゃないわ。むしろ今は地下にあんまり良い思い出が無いのが問題ね」
『タウロス王国』ではドラゴン関係の騒ぎに、ヨグ=ソトースに襲われた事もあった。『キャンサー帝国』でも地下で色々あったし、アーサーはさらに『ポラリス王国』の地下で『インヴィジョンズ』から逃げた事も追加される。たしかに良い思い出はあまり無い。
そんな話をしているとエレベーターが停止して扉が開いた。どうやら下に着いたらしい。上のごく平凡な民家とは違い、こちらはハイテクな大きな部屋といった印象だ。アーサーには用途も分からない機械が沢山置かれている。少し『スコーピオン帝国』を思い出した。
「向こうの部屋に熱反応を感知したわ」
「何人だ?」
「えっと……一人よ」
つまりそこに目的の人物がいるという事だろう。すぐに向かおうとするアーサーとサラだが、ラプラスはそちらよりも手近なパソコンに注目していた。
「少し待って下さい。パソコンを覗いてみませんか?」
「覗けるのか?」
「セラさんがプログラムした最高のAIである『E.I.Y.S.』と、あらゆる未来を観測できる私がいれば覗けないコンピューターなどほとんどありません。といっても今回は私だけで十分みたいですが。まあ見てて下さい」
そう言ってからすぐだった。パソコンに向き合ったラプラスは高速で色々なウィンドウを開いては読んでいるとは思えない速度で流していく。そして一分ほどその作業を続けると唐突にラプラスの手が止まった。
「どうした?」
「……『ノアシリーズ』製造に関する資料はありました。ですがネムさんに関しての情報がないんです」
「消去されてるのか?」
「どんなに後ろめたい研究でも、全ての証拠を消せる訳ではありません。ましてや『造り出された天才児』のような人の命を造り出すものならなおさらなはず」
「……アテが外れたか」
『ノアシリーズ』に関する資料が見つかったなら完全な無駄骨ではなかったし、奥にいる人物に話も聞いていないから真相は分からない。けれどネミリアを救う手立てが見つかる事を期待していただけに、その落胆は隠せなかった。
「ですが気になる内容を見つけました。次元間移動に関するいくつかの資料と、『W.A.N.D.』長官がまだヘルト・ハイラントではなかった頃に『箱舟』の『魔神石』が貸し出されている履歴です。そして資料の随所に『ユニバース』という単語があります」
「次元間移動に『ユニバース』……それってアイネが言ってた『無限の世界』の事だよな? でもそれが何か関係があるのか?」
まだ事の深刻さに気づいていないアーサーは首を傾げているが、すでに答えに辿り着いているラプラスは重い口調で告げる。
「……これは仮説ですが、『ノアシリーズ』には二種類存在するのかもしれません。一つは『造り出された天才児』を使ったケース。そしてもう一つは別の『ユニバース』から連れて来られたケースです」
流石にそう言われれば事の重大さに気付いてしまった。何となく別の『ユニバース』というのを知覚しているアーサーだけでなく、そういった知識のないサラですら驚きの表情を浮かべている。
「まさかネムや他の『ノアシリーズ』も、他の『ユニバース』から連れて来られたっていうのか……?」
「あくまで仮説に過ぎませんが、さしずめ『ドッペルゲンガー』といった所ですね。『無限の世界』には文字通り無限の可能性が秘められています。近い世界線なら同一人物がいても不思議ではないでしょう。とはいえこの世界のネミリア・ニーデルマイヤーと、別の世界のネミリア=N=オライオンには性格や人柄にかなりの違いがあるようですが」
それはそうだろう。性格などがDNAで決まっているという説もあるが、アーサーは人の性格は環境で決まると思っている。
生まれついての悪などいない。ただ運が悪かっただけ。
エレインは全てが満たされている人には他者の痛みを理解する事はできないと言っていた。誰かの助けになりたいと思えるのは、苦しい思いをしてきた人にしか生まれない感情なのだと。
アーサーは周りにいた大切な人達が血の繋がらない相手だったから、誰でも親しくなった者に感情移入しやすくなった。だから誰でも助けようとしてしまう。家族を理不尽に殺されたから、理不尽や人の命を奪う行為が許せない。だからアーサーはこうなったと自分で思う。そして同時にこうでなかった自分というのも想像できた。かつて過去の世界で戦った未来の自分のように、全く別の人生を歩んで他人を理不尽の底に堕としているような、そんな無限の可能性の一つも。
「でも、どうしてわざわざそんな事を……」
「その答えはそんなに難しくないヨ。あくまで順応性の違いだかラ」
唐突に割り込んで来たそのクセのある声に、三人は弾けたように振り返る。どうやら別部屋にいた人物が気付かぬ内にこちらに来ていたらしい。
ノースリーブのシャツにショートパンツを履いた小柄な少女だった。亜麻色の髪をツインテールにまとめていて、眼鏡の奥の目の下には特徴的なそばかすがあった。
そんな彼女はすんすんと何かを嗅ぐような動作を見せる。
「三人共インスピレーションを刺激する良い匂いしてるネ。折角だし便利な武器を作ろっカ? その鎧をアップグレードしても良いけド」
「お姉ちゃんから貰った『オルトリンデ』は弄らせないわ。っていうかあんた誰?」
「リアス・アームストロング。そっちはアーサー・レンフィールドとサラ・テトラーゼ=スコーピオン。そして「未来」の「魔神石」を持つ「一二災の子供達」のラプラスだネ」
「……俺達の存在に気付いてたのか?」
「侵入された上に部分的とはいえハッキングされたらそりゃ気付くヨ。でも君達には接触したかったかラ、そっちから来てくれたのは好都合だネ。それに私達は互いに助けになれると思うヨ?」
「……アンタが俺達を騙してないっていう保障は?」
『そんなの無いヨ。でも君達に選択肢はないでショ?』
「……、」
どうやらこちらの素性だけでなく、今の状況についても大方掴んでいるようだった。ルイーゼは話を聞く分には大丈夫という風に言っていたが、流石のアーサーも半信半疑だった。なにせ目の前にいるのは『ノアシリーズ』を作ったとされる人物だ。とはいえそれもルイーゼの言葉だけしか情報が無いので、まず確かめるとしたらそこからだった。
「……アンタが『ノアシリーズ』を生み出したヤツって事で間違いないか?」
「まあネ。それを知ってここに来たって事ハ、私に色々と聞きたい事があって来たのかナ?」
「話が早くて助かるよ」
「それに答えるかどうかは保障できないけどネ?」
どうやら彼女が『ノアシリーズ』の産みの親という事で間違いはないらしい。アーサーは警戒心を強めてリアスの言動に注視するが、そんな彼女はふっと肩の力を抜いて冗談交じりに言う。
「なんてネ。色々と知りたそうだし質問に答えるヨ。まずは信用を得る為の対価って事でネ」
「なら聞きたい。順応性の違いってのはどういう意味だ?」
「それは元から教えるつもりだったヨ。ただ『ノアシリーズ』の生い立ちから話す事になるシ、少し長い話になるけど良いかナ?」
「構わない」
アーサーが即答すると、リアスは近くにあった椅子に座ってアーサー達にも座るように促した。それに応じて三人も適当な椅子に腰を下ろすとリアスから問い掛けが飛んで来た。
「まず君達は『箱舟計画』って知ってるかナ?」