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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:漸編 世界に仇なす者、世界を憂える者 Starved_Person_and_Inheritor.
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410 急変していく事態

 アーサーとラプラス、そしてソラはあらかじめ教えて貰っていたエリザベスの部屋に向かっていた。そして扉の前に辿り着き、ノックをすると声が返って来たのですぐに中に入る。すると身なりを整えて白を基調としたドレスに身を包んだ王女としての彼女がそこにいた。


「来たか……やはり一人ではなかったな」

「それはお互い様じゃないか?」


 エリザベスの傍らには当然のようにルイーゼがいる。まあ、アーサーの隣にも普通にラプラスとソラがいるし、最初から一対一で話そうとは約束していなかったので、お互い連れがいる事には触れない方が良いだろう。


「にしても、仮にも一国の王が着飾っているのにリアクション無しなのはどうなのだ? それなりに見栄えの良いドレスを選んだつもりだが……」

「アーサーは王女の知り合いが多いですからね。アリシアさんやアクアさんは勿論、そもそも『ディッパーズ』にはシルフィーさんやセラさんがいますから。……ああ、ダイアナさんもいましたね。今回でリザさんも加わりましたし」

「……一般人とは言い難いとはいえ、王女の知り合いが片手に納まらないとはな。それなら余の格好に何のリアクションが無くても納得だな」


 言葉は批判的だが、彼女の様子を見るにそこまで気にしているような様子ではなかった。そもそも王女なのに昼間から酒場で市民と酒を飲んでいるような破天荒ぶりだ。むしろ特別扱いしていない事に安堵しているようにも見えた。


「折角だ。夜風に当たりながら話をするとしよう。堅苦しいのは好まん」


 そう言って移動するエリザエスにルイーゼはすぐ後に続き、アーサー達もテラスの方に移動して一番縁まで行くとエリザエスの横に並ぶ。彼女の視線はずっと遠くを見ていた。


「流石にこの高さでは一望とまではいかぬが良い景色だろう?」

「そうだな……ここはどんな国なんだ?」


 いきなり本題に入るのではなく、なんとなく雑談を持ちかけてみた。するとエリザエスはふっと笑って答える。


「余は良い国だと思っておる。『人間領(ゾディアック)』随一のテーマパークもあって娯楽国とも呼ばれておるが、他にも良い所は沢山ある。旅行者も多い影響で活気に満ちておるしな」


『バルゴパーク』なんて平凡な名前のテーマパークは、その名前に似合わず『人間領』で大人気のテーマパークだ。園内は科学と魔術の双方によるアトラクションがいくつもあり、一二宮の動物たちを模したキャラクターも人気の理由の一つだろう。さらにユウナのようなアーティストがライブをする会場にもなっているので、アトラクションに興味の無い集客も行っている。ここからデビューした者も少なくないし、実はユウナも初ライブはそこだった。


「今回のごたごたが片付いたら案内しよう。なんなら王女権限で貸し切りにしても良い」

「それは魅力的な提案だな。……リザはこの国が大好きなんだな」

「ああ、そうだな。余はこの国を愛しておる。……だからこそ行動を起こした」


 後半は強い意志が込められた言葉だった。

 だからこそ、アーサーはやはり訊ねなければならない。


「……聞かせてくれ。この国に何があった?」


 それを知らなければ前に進めない。もう『ノアシリーズ』を探し出して、ネミリアを救う手立てを見つけるというだけの話ではない。あんな強大な力を持つ者達の徒党が暴れているなら、見て見ぬフリなどできる訳がないのだ。

 エリザエスはアーサーの言葉を聞いて、遠くの景色を眺めたまま答える。


「余は表向きの王だ。『一二宮会議』や『協定』の調印式みたいな行事に出るのは余だが、『バルゴ王国』の政には関わっていない。今でも父上が実権を握っている。それも『ノアシリーズ』に半分支配される形でな。つまり傀儡政権だ」

「……なら『ノアシリーズ』の目的は?」

「余も全てを知っている訳ではない。だがそなたの仲間を狙った理由は見当がつく」

「ほんとか!?」


 ライブ会場への襲撃がユウナ目当てではなくネミリアが狙いだった事は移動中に伝えている。ヘルトからの情報でネミリアが『ノアシリーズ』というのは分かっているが、それと狙われる理由は繋がらなかったのだ。

 前のめりに次の言葉を待っていると、今度こそ目を合わせて来たエリザベスから飛んで来たのは意外な問い掛けだった。


「あやつの名を言ってみろ。フルネームだ」

「へ? えっと……ネミリア=Nだけど、それがどうしたんだ?」

「やはり知らぬようだな。その名は間違いではないが全てではない。『ノアシリーズ』ならばNの後に名が続くのは分かっておるだろう?」


 アギリ=N=ガングート。

 キリル=N=ペトロパブロフスク。

 マルタ=N=ポルタワ。

 イワン=N=セヴァスト―ポリ。

 そして、メアリー=N=ラインラント。

 確かに『N』を名に持つ者達はみんな、その後にも名が続いている。切れているのはネミリアだけ。つまりそこには意図的に隠された何かがあるという事だろう。そしてその真実がエリザエスの口から告げられる。


「あやつの名はネミリア=(ノア)=オライオン。『オライオン級』と呼ばれる、最も強大な力を持つ『ノアシリーズ』の一人だ」

「最も強大……?」

「余も全てを知っている訳ではないが、『ノアシリーズ』を打倒する為に多くの事を調べた。そして『ノアシリーズ』には三つのクラスがある事を知った。始まりの『フューリアス級』、汎用型の『ドレッドノート級』、そして完成された『オライオン級』だ。とはいえ『フューリアス級』は三人、『オライオン級』は四人しかおらぬから、『ノアシリーズ』のほぼ全ては『ドレッドノート級』という事になるな」

「……ネムも四人の中の一人なのか?」

「ああ、そうだ。一人でも味方で良かったな?」


 からかうように笑って言うエリザエス。それはアーサー達に言っているというよりは、自分に言い聞かせているように聞こえた。


「余の目的はこの国を父上の手から解放する事。その為に『ノアシリーズ』を打倒する事だ。だが向こうは手段を選ばず、余にはユウナのような弱所が多い。だからそなたらが現れた時、これは好機だと思った。今まで多くの国を変えて来たそなたらの力があれば『バルゴ王国』も変われるのではないか……とな」

「……リザの父親は、その……」

「『キャンサー帝国』や『レオ帝国』などと懇意、つまりは非人道的な行為にも手を出しているという事だ。最初は国ではなく個人から始まったものだが、『ノアシリーズ』からしてそうだしな。……余も含めて矮小で、頑固で、どうしようもなく愚かな一族だよ、オルコット=バルゴというのは」


 再び全ては見えない街の方に視線を向け、自嘲するように笑って言うエリザエスの姿を見てアーサーは何となく分かった。

 彼女はアンソニー・ウォード=キャンサーが言っていた王の器ではない。アーサーが好ましく思う平凡でごく普通に他者を思いやれる善人の部類の人間だと。


「……尊敬するよ」


 だから気付いた時には、口からそう漏れていた。


「あんたは一人でずっと国と戦って来たんだろ? 俺は国と戦う大変さを少しは理解できるつもりだけど、それをたった一人でユウナを守りながらずっとやって来たんだろ? ずっと頑張って来たんだな。本当に心から尊敬する」


 孤軍奮闘、という言葉が浮かんだ。エリザエスはアーサーのように仲間がいる訳でもない状況で、ユウナという弱みを握られ、それでも現状を何とかしようと慎重に動き、出来る限り多くの情報をピースとして集めて来たのだろう。そして『シークレット・ディッパーズ』という最後のピースを手に入れ、ついに行動を起こした。おそらく、これが最初で最後のチャンスと位置付けて。その覚悟を知るとアーサーは意識せずとも心に熱が灯って行くのを感じた。

 そんなアーサーの言葉に最初は驚いていたエリザエスだが、すぐにふっと表情を柔らかくして呟く。


「……アリシアがそなたを気に入る理由が分かった」


 立場や境遇から他者を信用していないエリザエスだが、アリシアとは以前から機会があれば話していた。アリシアは兄、エリザエスは両親と互いに家族に苦労している境遇が似ていたからだろう。

 だからこそ、『一二宮会議』の場で久々に見たアリシアの姿に驚いた。『タウロス王国』で起きた事件の顛末は知っていたが、あんなに堂々と意見を述べているアリシアの姿をエリザベスは初めて見た。そして同時に、少し羨ましいとも思ってしまった。


「そなたは不思議な男だ。もしかしたら馬鹿で無礼なだけかもしれんが、そなたは誰が相手でも態度を変えんのだろう? だから肩ひじを張らずに接する事ができる。それは一般の者達と立場が違う者達からすれば特別なものだ。余は人を頼るのが苦手だが……きっと、アリシアもこんな気持ちだったのだろう」


 何かに納得して、エリザベスは一度目を閉じた。

 そして覚悟を決めて、その目を開くとアーサーの目を射抜くように真っ直ぐ見据えて言う。


「頼む、アーサー……()達を助けてくれ」


『余』ではなく『私』と言ったエリザベス。それは王としての言葉ではなく、エリザベスという一人の人間の言葉だと告げているようだった。

 アーサーは今回の事件の全容を把握していない。ほんの一部の情報を持っているだけで、紛いなりにも一度は脅迫までして来たエリザベスを信用するに足る根拠はどこにもない。いざ行動を起こした途端、背中を刺される可能性だってゼロとは言い切れない。隣に立つラプラスからは、それを警戒した方が良いと告げている目線が痛いほど突き刺さって来る。

 それでもアーサーは迷いなく、彼女の視線を真っ向から受け止めていつものように答えた。


「任せてくれ。俺達が必ず『ノアシリーズ』を止める。だからあんたは父親と決着をつけろ。多分、そこだけはあんたが向き合わなくちゃいけないと思うから」

「分かっておる。余もそこまで任せっきりになるつもりはない。父上と決着をつける為に、出来る事なら何でもするつもりだ。そなたらへの協力も惜しまんからな」

「ああ、心強いよ」


 そう言ってアーサーが手を差し出すと、エリザベスは躊躇なく握って来た。協定違反の世界的大犯罪者と、実の親から実権を奪おうという叛逆者。それぞれの目的の為、同盟が結成された瞬間だった。

 そして二人は手を離し、そこでアーサーは彼女との話に少し引っ掛かりを覚えた。エリザベスの話では父親の事は出てきたが、母親の話が一切出てきていない。思い返すと偶然ではなく意図的に徹底されているように感じた。少しでも情報を得る為に踏み込むべきか、それとも配慮して避けるべきか考えていると、今までエリザベスの傍でじっとしていたルイーゼが目の前で素早く動いた。


「……エリザベス様、失礼します」


 一言謝罪の言葉を口にしてから、エリザベスの膝の裏と背中に手を回すとお姫様抱っこで彼女の体を抱えて部屋の方に飛んだ。

 唐突な行動の意味にアーサー達が気付いたのは、少し遅れてからだった。


「ッ……マスター、上です!!」


 その正体はラプラスの警告によって上を見るよりも前に、目の前に落ちて来て明らかになった。

 テラスのすぐ傍。アーサー達の傍に落ちてきたのは巨大な人型の機械人形。それはアーサーにとっても馴染みのあるものだ。


「なっ……『魔装騎兵(まそうきへい)』か!?」


 それは単騎で壊滅的な破壊を生み出せる最強の兵器で、今までアーサー達は苦しめられたり、あるいは助けられたりして来た。

 けれど今は間違いなく苦しめられる方だろう。なにせ突然現れた『魔装騎兵』から搭乗者の声が発せられる事はなく、代わりに拳を引き絞って構えているのだから。


「くっ……来い、ソラ!!」


 とにかく躱さなければならないと判断したアーサーは、ソラを『手甲盾剣(トリアイナ・ギア)』に同化させてラプラスの肩に手を置いた。


(とにかく『幾重にも重ねた(ワンヤードステップ)小さな一歩(・カルンウェナン)』で回避を……っ、何だ? 転移できない!? ―――くそッ!!)


 どういう訳か分からないが転移を発動できない。突然の事態に一瞬だけ驚いたが、それから次手までの動きは迅速だった。まずはラプラスの肩に置いていた手で彼女の体を思いっきり押し飛ばし、『魔装騎兵』の拳の射程から逃がして叫ぶ。


「みんなを呼んでくれ!!」


 簡潔に指示を飛ばしたアーサーは今度こそ『魔装騎兵』の拳と正面から向き合う。まずは『手甲盾剣』の盾を展開し、さらにその内側に手を当てて『妄・穢れる事プロテクションロータスなき蓮の盾(・カルンウェナン)』を発動させる。

 直後、『魔装騎兵』の拳が『妄・穢れる事なき蓮の盾』をいとも容易く破壊し、最終防衛ラインである『手甲盾剣』の盾に打ち付けられた。するとアーサーの体は大砲の弾のように凄まじい速度で後方に吹っ飛ばされる。

 上下の感覚も分からない状態で空を飛んでいくアーサーは地面への接触のダメージを抑える為に『愚かなるその身に祈(シャスティフォル)りを宿して(・フォース)』を発動させ、四肢の魔力を全身に纏う防御技『蜜穴熊装甲(ラーテル・アーマー)』で身を守る。

 そしてアーサーの体が地面に接触するとボールのように弾み、何度も地面に打ちつけられてようやく停止した。かなりの距離を飛ばされたらしく、ここは既に街の中だった。辺りは突然飛んで来たアーサーを訝しんでいる者達の姿が見える。

 しかし痛みに悶絶している暇は無い。すでに飛んで来た方から『魔装騎兵』が近づいてきているのを目視できる。生身では流石に対抗できないので、アーサーは天に向かってこちらも同じ兵器を呼び出す為に叫ぶ。


「来い―――『マルコシアス=ゼヴメレク』!!」


 敵が『魔装騎兵』なら、こちらも同じ『魔装騎兵』で対抗するしかない。

 アーサーが叫んだのは『魔装騎兵』を呼ぶ為のキーワード。それはどこにいようと転移を用いてやって来る―――はずだった。


(……『マルコシアス』が来ない!? なんで、どうして……!?)

『転移を阻害する結界です!! 勝ち目がありません! 今すぐ逃げて下さい!!』

「っ……俺一人で逃げるなんて論外だ! みんなを守る為にも戦わないと!!」


 けれど『魔装騎兵』に対抗できる力など今のアーサーには一つしか無かった。その力、『最奥の希望をそ(インフィニティ)の身に宿(・フォース)して』を発動させると右の拳に『無限』の魔力を集めて跳んだ。そしてこちらに追いついて来た『魔装騎兵』と拳をぶつける。威力事態はほぼ互角だが、肝心の体の大きさに違いがあり過ぎた。生まれた衝撃が両者に襲い掛かるが、その影響はアーサーの方に大きく現れて再び後方に吹き飛ばされる。全身に纏った『無限』の魔力のおかげで地面に叩きつけられるダメージは無いが、今の一合は劣勢を決定づけるには十分だった。


(もっとだ……もっと威力を! 『ロード』の一撃なら『魔装騎兵』に通用するはz……!?)


 ズウゥゥゥン!! と。

 それは正に、絶望的とも行って良い追い打ちだった。

 アーサーの背後に大きな何かが落ちて来る。それは二機目の『魔装騎兵』で、アーサーは途端に二機によって挟まれる事になる。しかもそれだけでは終わらなかった。その後も上空から多種多様な形状とカラーリングの『魔装騎兵』が次々と降りて来る。その数はざっと見ただけでも二〇近くはあった。


『アーサー・レンフィールド』


 その中の一機。最初に襲撃して来た『魔装騎兵』から声が発せられた。


『俺達「ノアシリーズ」が動けばお前が介入して来る事は想定済みだ。絶望的な状況を乗り切る厄介な特性もな。だからここで確実にお前を殺す』


 その宣言の直後、数多の『魔装騎兵』が一斉に襲い掛かって来た。流石に反撃できる訳もないので、アーサーは『無限』の魔力を足に集中させて高速で移動する。ここまで来たらラプラスがみんなを呼んで助けに来てくれる事に期待して、それまでは時間稼ぎの為に回避し続けるしかない。そういう判断だったが、すぐに自分の認識の甘さを確認させられた。

『魔装騎兵』は殴る、蹴るなど『マルコシアス』のように肉弾戦だけに特化したものもあれば、『シメイス』のように特殊な武器を所持しているもの、『バルバトス』のように単騎で多くを相手取る武装を持っているものもいる。

 それらと似たように拳や刀剣や実弾、魔力の砲撃などが巨大な体躯から繰り出されるのだ。ある程度は避けられるが、それでも避け切れない攻撃をなんとか『無限』の魔力で防いでダメージを最小限に抑える作業が続く。さらに追い打ちをかけるのは搭乗者である『ノアシリーズ』の能力だ。おそらく不可視の壁を出現させられる能力者がどこかにいる。先程から回避していると偶に壁に当たり、そのせいで躱しきれない攻撃がいくつもあった。


「ぐッ……ソラ! この中に転移阻害の結界を張ってるヤツがいるか分かるか!?」

『……感知はできています! けれどこの猛攻ではどこにいるか、正確な位置までは探れません!!』

「いや、いるのが確かならそれで良い!!」


 今まで回避を続けながら、アーサーはその違和感に気付いていた。

 おそらく全身全霊で自分を殺しに来ている『ノアシリーズ』と『魔装騎兵』。その中でたった一機、明らかに攻撃に積極性がないものがいる。それはつまり存在している事が重要であり、万が一にでも破壊されたら困るという保守的な考えだろう。

 攻撃のチャンスは一度しかない。もししくじれば二度と奇襲はできない。だからアーサーは回避行動を続けながらも右手に『無限』の魔力を集束させ、それを一気に解き放つ。


「喰らえ―――『古代蛇王投擲槍』ティタノボア・ロードジャベリンッッッ!!!!!!」


 アーサーの右手から解き放たれた『無限』の魔力を秘めた槍が、いつものように屈折しながら加速するのではなく、一直線に突き進みながら加速を繰り返していく。向こうも窮地のアーサーから反撃があるとは思っていなかったのだろう。回避しようとした時には手遅れで、アーサーの攻撃は『魔装騎兵』の首の根元を貫いてその動きを完全に止めた。

 だが、反撃はそこまでだった。

 まず一つ、『最奥の希望をその身に宿して』の発動限界が訪れた事。二つ目は狙いの『魔装騎兵』は破壊できたが、搭乗者の『ノアシリーズ』は無力化できずに転移阻害の結界を解除できなかった事。その二つが合わさり、アーサーは打つ手を失ってしまった。


『……流石、と言っておこう。悪足掻きとはいえ生身で「魔装騎兵」を破壊するとは思っていなかった。だがもう終わりだ。貴様の力も尽きたようだし、もう終わりにしよう』

「はぁ、はぁ……ったく、人気者は辛いな……」


 取り繕うような冗談を交え、一度は『最奥の希望をその身に宿して』から来る疲労で片膝を着いていたアーサーは力を込めて立ち上がった。

 反撃は失敗した。ラプラス達は間に合わない。

 けれど、アーサーの心はまだ折れていない。


「……絶対に諦めない……」


 疲労が圧し掛かる体に鞭を打ち、四肢に自然魔力を纏う『愚かなるその身に祈(シャスティフォル)りを宿して(・フォース)』を発動させようとすると、それよりも一瞬早く『手甲盾剣』と同化していたはずのソラがアーサーを庇うように前に出てきた。


「……そうですね。()()()()はどんな状況でも諦めませんよね。……ですがあなたをここで失う訳にはいかないので、今は私が戦います」

「ソラ……? お前、何を……」


 アーサーが彼女に持つ印象は補助系の魔術が得意な少女だ。周囲一帯を凍り付かせる技も使えるが、やはり治癒や能力の底上げの魔術が印象的だ。

 しかし今の彼女の様子は明らかにいつもと違う。その身からは魔力とは違う凄まじいオーラが立ち昇っており、透き通るような白髪は黄金の輝きを発している。

 そして容姿の変化はダテでは無かった。巨大な槍を携えた『魔装騎兵』がソラに向かってそれを突き出すが、対してソラは開いた片手を前にかざして静かな声で唱える。


「『聖光煌く円卓の盾(ラウンド・グローリー)』―――」


 ソラの掌から広がる光の盾は、彼女の手の何倍もの大きさを誇る槍を接触した瞬間にいとも容易く跳ね返した。さらに続けてその手を銃の形にすると、正面にいる複数の『魔装騎兵』に向かって告げる。


「私は確定する―――『■■■■■■■』グラン・ロンゴミニアド


 名前こそアーサーが扱う技と似通ったものだが、その威力は全く違った。というよりアーサーには何が起きたのか分からなかった。

 ソラは指先を向けて唱えただけ。それだけで彼女の正面にいた『魔装騎兵』は跡形もなく消し飛んだ。凄まじい破壊も、撒き散らされる被害もなかった。まるで最初からそこにいなかったかのように、忽然とその姿を消してしまったのだ。

 しかしそれでも残る『魔装騎兵』の数は膨大だ。続けて人差し指を天に向かって突き付けると、アーサーから標的を変えて襲い掛かって来る『魔装騎兵』には目もくれず、坦々とした様子でさらに告げる。


「私の前では全てが停まる―――『世界が終わりを告げたグラン・ワールドクロック後』」


 今度は対象を消し飛ばすような攻撃ではなく、襲い掛かる『魔装騎兵』の動きを全てを停めたのだ。さらにそれは彼らだけではなく周囲にまで広がって行き、ソラとアーサー以外の全てが停まる。


「これは……時間停止?」

「……いいえ」


 この現象に覚えがあったアーサーは呟くが、金色のオーラが収まっていつもの様子に戻ったソラはアーサーの方に体を向けて否定する。


「世界の時間ではなく、この『ユニバース』自体を停止させました。これは『時間』の『一二災の子供達ディザスターチルドレン』であるクロノさんですら知覚できません。それが出来るのは私とあなただけです」

「ソラ……お前は、一体……」


 最初から『ディッパーズ』や『ラウンドナイツ』の誰とも違う目的を持っていたのは知っていた。

 父が遺した武器に同化してフォローしてくれる。彼女とはある意味、ラプラス以上に近い距離にいた。けれど話そうとしない事に踏み込む事はしなかったし、彼女の過去については何も知らない。

 でも流石に分かる。彼女が今まで隠していた本当の力を使ったという事は、本当の姿を見せる事にしたという事だろう。


「あまり時間はありませんが、少し話をしましょう。私とあなたの……『滅びたユニバース』と『担ぎし者』の対話を」


 儚げな笑みを浮かべて彼女はそう言った。

 それはとても綺麗で、同時にすぐにでも消えてしまいそうだった。

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