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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:漸編 世界に仇なす者、世界を憂える者 Starved_Person_and_Inheritor.
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408 それは悠久継がれた“誓い”

『……こんな父親を許してくれ、■■■』


 誰かを見上げてる自分に気付き、これは現実ではないとすぐに悟った。前もそうだったが、ソラが『手甲盾剣(トリアイナ・ギア)』と融合している時に意識を失うと、この記憶に無い光景を見るような気がする。


『お前には全てを背負わせる。父さんとは違い、生まれついての「担ぎし者」になったお前は普通の人生を歩めない。許してくれとは言わない……だが、ヤツを倒せるのはお前だけだ。もし倒せなければ……次に勝てる可能性を持った「担ぎし者」が現れるまで全ての世界はヤツの思いのままだ』


 何の話なのか全てを理解する事はできない。『ヤツ』というのが誰かも分からないし、今の自分の体は赤子になっているのか、自分を抱えながら話している者の顔は陽光に被っているせいで影になっていてよく分からない。


『お前を愛している……しかしヤツを倒さない限り平和は無い。父さんもやれるだけの事はするが、おそらく勝てないだろう……だが意志はお前に遺していく。「無限の世界」インフィニット・ユニバースに存在する全ての「担ぎし者」の意志を……心を、祈りをヤツへと届けてくれ』


 彼が誰なのか分からない。

 でも一つだけ、分かる事もあった。

 自分とは違う、この本来の記憶の持ち主である『担ぎし者』も戦って来たと。赤子の頃に言われた記憶なんてなくても、きっと多くの仲間達と共に大勢の人の命と心を救う為に。いつもハッピーエンドで終わる訳じゃない闘争に身を投じ、きっと果てまで辿り着いたのだろうと。



『これは「担ぎし者(俺達)」の―――“誓い”なんだ』






    ◇◇◇◇◇◇◇





 瞬間、意識が現実に戻って来る。

 どこまでも意識がクリアに広がる。

 おそらく意識を失っていたのは数秒程度。今はソラの治癒魔術のおかげで体も自由に動かせる。左手の盾を杖のようにして、なんとか上体を起こす。


『っ……戻りましたね、アーサーさん! 待って下さい、もう少しで完全に傷口が……』

「……“誓い”なんだ……」

『え……?』


 漏れた声に、ソラは疑問符を浮かべる。

 意味が分からなくて当然だろう。しかしアーサーは構わず、顔を上げると真っ直ぐアギリを睨む。その双眸は僅か先の『未来』を見通すべく青白い光を纏っていた。

 そして『鐵を打ち、(ウェポンズスミス)扱い統べる者(・カルンウェナン)』で右手に刃を落としたユーティリウム製の漆黒の刀を精製すると、足場を蹴ってアギリに突っ込む。


『あ、アーサーさん!? 待って下さい、一直線に飛び込むのは危険です!!』


 ソラの警告は最もな事だろう。この場はアギリが完全に支配しており、どこに全次元切断の斬撃を『配置』しているか分からない。

 けれど彼の足に迷いはなかった。愚直に真っ直ぐ進むのではなく、明らかに何かを躱すように体を動かしているのが奇妙だった。まるで知らないはずの全次元切断の斬撃の位置を分かっているような挙動だ。

 アーサーの突然の変化にソラは驚いていたが、それ以上に驚いていたのはアギリだった。明らかに動揺しながら縦横無尽に短刀を振り、自分の前に全次元切断の斬撃の壁を作る。しかしアーサーは焦った様子も見せず、足場を強く蹴ると時計回りに錐揉み回転しながら宙に跳ぶ。そこはアギリが斬撃を『配置』していない空間で、彼は最後の手段としてアーサーとの間に『無間(むげん)』を展開する。

 今回、ネミリア=Nの捕獲の命を受けて襲撃に来た四人の『ノアシリーズ』の中でアギリが一番強い。それは能力的な話だけではなく『無間』の強さに関してもだ。だからこそ、ただの斬撃は簡単に防げるという自信があった。

 けれどアーサーも止まらない。右腕から『紅蓮の焔』が噴き出すと、それが全身に広がって揺らめく赤いオーラを身に纏った。そのオーラは漆黒の刀に流れていき、ただの刀が炎刀と化す。そして体を捻ると錐揉み状の回転から縦回転に変わり、そのままアーサーは落ちて来る。



『焔桜流』(えんおうりゅう)壱ノ型―――『焔尾(えんび)』!!」



 何度も回転した勢いと体重を全て刀に込め、稲妻のように落ちて来たアーサーは渾身の力で振り下ろす。それは『無間』を紙のようにいとも容易く斬り裂き、アギリの頭に刀身を打ち込むと彼の体はドームの天井に叩きつけられて一瞬で意識を失った。

 この結末に一番驚いていたのはソラだった。それはアーサーがアギリを圧倒したから―――ではない。


(今の剣技は……まごうことなき『焔桜流』!? ですがその使い手はたった一人で、しかもこの『世界』(ユニバース)には存在しないはずなのに……)


 ソラは目を疑った。

 けれど否定しても変わらない事実に、一つの確信と勝機を得る。


(予感はありました……けれどやはり、間違いありません。彼こそが……アーサーさんこそがあなたの意志を継ぐ『担ぎし者』です!! ……見ていますか? あなたの存在しないこの世界で、私はやっと可能性を持つ者に出会いましたよ!!)


 それは言葉に出来ない歓喜の気持ちで、ソラにしてはかなり珍しい激情だった。

 しかしアーサーにはソラの内側にある想いに気付く余地はなく、ただこの状況を打破する為にとある方向に手を伸ばして叫ぶ。


「サラァ―――!!」


 その声は遠く離れたサラに通信機越しに伝わった。アーサーの『カルンウェナン』の力がサラに流れ込み、右手がに白い光に包まれて鋭い爪を持つ巨大な手になる。


「『断魔絶爪(だんまぜっそう)』―――アンリミテッドバーストォ!!」


 サラはアーサーと力を合わせた最大の攻撃に『オルトリンデ』の『単発強化(バースト)』を全弾つぎ込んだ。もはやなりふり構っていない攻撃は、マルタの何重にも重ねた『無間』を引き裂いて彼女の体に叩き込まれた。

 おそらく生身の防御力はほとんど無かったのだろう。あれだけ厄介だったマルタは一撃で昏倒し、自由を得たサラは今度こそドームの中に飛んで行く。そして大量の鉄骨の落下を防ぎながら振り子運動を続けている透夜(とうや)の背中をタイミング良く押して天井の方に押し飛ばす。


「背中押してあげるから、あんたもさっさと決めて来なさい!!」

「ああ……!!」


 サラの手助けによりドームの天井の上に戻った透夜はその勢いを止めず、大量の鉄骨に繋がったままの鎖を思いっきり振るった。まるで投石器のように透夜を支点として鎖から解き放たれた大量の鉄骨が雨のようにキリルに向かって飛んで行く。

 凄まじい膂力を誇るキリルは防ぎ切る自信があるようだったが、通常『ノアシリーズ』の『無間』は一度に一ヵ所しか防げず、それはキリルにも適応される。つまり彼には襲い掛かる鉄骨の雨を全て防ぐ手段が無かった。最初の数本は『無間』や拳で防いだり弾いたりしていたが、その後から来る鉄骨は防げず弾き飛ばされ、鮮血を撒き散らしながらドームの天井を転がり落ちて行った。

 それを横目で確認しつつ、透夜は再び腕輪から鎖を伸ばすと一度は離した鉄骨の一本を掴み、体を回転させて勢いをつけるとメアがいる方に向かって飛ばした。それは綺麗にメアが戦うイワンに向かって行き、すぐに雷撃で弾かれるが一瞬だけ注意を逸らせた。


「ありがとっ、透夜くん!!」


 メアにはその一瞬があれば十分だし、その一瞬の隙こそを望んでいた。

 右腕を強く握り締めると、イワンの周囲で髪の毛ほどの長さのワイヤーが蠢いて絡み合いながら彼の体をグルグル巻きに拘束した。

 今までメアが移動し続けていたのは全てこの為だった。走りながら極細のワイヤーを右腕から出して切り離し、気付かれぬようにワイヤーの結界を作っていたのだ。ここまで行くとイワンの能力ではどうにもできないし、『無間』を用いても意味を成さない。


「気付くのが遅れたね。私は糸状の物を操れるし右手からワイヤーを生み出せるけど、どっちも太さに関して制約は緩いんだよね。勿論、糸状と呼べないくらい太すぎると対象外になるけど、逆に細い分には限界が無い。そして細くて強度に問題があっても、糸は束ねればその強度を増していく。……まあ、つまりこれでチェックメイトだよ」


 そう告げても拘束から逃れようと身動ぎするイワンを黙らせる為にも、彼を拘束するワイヤーを細かく振動させて糸鋸のように皮膚を斬り裂いていく。しかしメアが彼の命を奪うよりも前に鎖でスイングして来た透夜は腕輪から射出した鎖でイワンをさらに拘束し、勢いを殺さずメアの体をかっさらうように抱くとドームの中に落ちていく。


「ちょっ、透夜くん!? あいつの無力化がまだできてないよ!?」

「上にはアーサーとサラがいるし、『封力』の力でヤツは完全な生身だから問題ない! それより僕の鎖を操って鉄骨を補強してくれ!! ラプラス達が引き延ばしてくれてるけど、倒壊までもう時間が無い!!」

「っ……分かった。任せて!!」


 そして透夜とメアは体を密着させたまま魔力の波長を合わせ、透夜が展開した魔法陣から排出した大量の鎖をメアが操り、それを鉄骨に巻きつけて補強していく。これも時間稼ぎでしかないが、ひとまず市民が避難する時間くらいは稼げるはずだ。

 ひとまず窮地を脱した彼らはステージ横に集合する事にした。透夜とメアはそのまま鎖を伸ばして降りて来て、アーサーとサラは吹き飛んで行ったキリル以外の三人と一緒に『幾重にも重ねた(ワンヤードステップ)小さな一歩(・カルンウェナン)』で転移して降りて来た。

 なんとか無事に再開できたが、一人だけ付いて行けていない者がいた。


「えっと……レンくん達だよね? これ、どういう状況……?」


 窮地を救われたという事は理解していたが、ユウナの頭の中には疑問がいっぱいだった。流石に誤魔化しきれないと判断したアーサーは、少し気まずさを感じながら自分達の身元を明かす事にした。


「黙ってて悪かった。俺達は『シークレット・ディッパーズ』。つまり世界中から追われてるお尋ね者だ」

「ぁ……でも、みんなを助けて……」


 ユウナが困惑するのも無理はない。アーサー達がお尋ね者になった経緯は一般には伏せられている。『アーサー・レンフィールドとその一派は「協定」に違反して犯罪者のネミリアを助けた』というのが、世間で認知されている一般常識だ。『未来決定装(MIO)置』の事など知られたら困る事は全て極秘事項で、ミオの存在も含めて世間には知られていない。

 だから悪評しか知らない者からしたら、突然犯罪者が人助けをしたようにしか映らない。それはとても奇妙で恐怖を感じるだろう。


「……そやつらの行動は常人には計れんからな。ユウナ、そなたの困惑も無理はない」


 横から声を挟んだのは、彼らがここに来る原因ともなったエリザエス・オルコット=バルゴだった。しかし服の所々が切れていたり汚れていたりしていて顔色も悪い。分かれていた数時間の間に何かあったのか、戦闘を終えたアーサー達よりも疲弊した様子だった。

 しかし彼女は疲れた様子は極力見せようとせず、透夜の『天鎖繋縛(てんさけいばく)』の鎖によって拘束されている『ノアシリーズ』の三人を一瞥してから言う。


「……ユウナを守ってくれた事、感謝するぞ」

「いや……こいつらの目的はユウナじゃなかった。意図してた訳じゃないけどすまない。呼び寄せたのは俺達だ」

「どちらにせよ同じ事だ。余はすでに反旗を翻した。遅かれ早かれユウナが狙われていた事を考えれば、そなたらがいてくれた時で良かった」


 実際、彼らの狙いはネミリアだった。ユウナは利用できそうだから殺されかけただけなのだが、やはりエリザベスにはユウナが命を狙われる明確な理由が分かっているようだった。その理由が人質という事に引け目を感じているのだろう。

 それに今は、どちらが悪いか話し合っている暇は無かった。『ノアシリーズ』は四人がそれぞれ力を合わせたから勝てたのであって、単独での撃破はかなり難しかった。それに狙いがネミリアと分かった以上、早急に対応策を考える必要がある。

 アーサーはエリザベスに近づくと、ネミリアに聞かれないように小声で囁く。


「(……リザ。悪いけど教えて貰いたい事が山ほどある)」

「(……ああ、余も同じだ。ここまで巻き込んだ以上、話しておくべき事がある)」


 小声で話したアーサーの意図を察したのか、エリザベスも小声でそう返して来た。そしてすぐに踵を返すとアーサーから離れて普通の声量で言う。


「とにかく場所を変えよう。付いて来い」

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