405 歌姫と暴君
六花と別れたアーサー達は、先程キャラルと遭遇した通りに戻って来ていた。それなりに時間が経っているので、おそらくここにはいないだろう。けれど手がかりがそれしかない以上、とにかく探してみるしかない。
「ん? あれ、なにかしら?」
どうしようかと頭を捻っていると、ユリが見つめる先に人だかりが出来ていた。アーサーも意識を向けると何やら音楽が聞こえて来る。ユリも興味津々だったので、アーサー達もそちらの方に引き寄せられるように近づいて行く。
人混みをかきわけて一番前に出ると、ピンクのパーカーのフードを深く被った少女がギターを使って音を奏でて歌っていた。
「ストリートミュージシャンですか……」
「みたいだな……でも、凄い……」
アーサーは別に音楽が好きという訳でもないし、進んで聞く訳でもないから感受性もド素人だろう。音符すら読めないし流行りも知らない。だけど彼女の歌は聞いた瞬間に引き込まれる魅力があった。
それは獣人のユリも同じようだった。見れば被っている帽子が小刻みに動いている。おそらく今のユリの帽子の中では獣耳が絶えず動いているのだろう。どうやら彼女の歌がお気に召したらしい。
短く感じる数分の曲が終わると集まったギャラリーから拍手が沸き上がる。それはアーサー達も例外ではなかった。特にユリは感動していたのか、全てのギャラリーが散って行っても拍手を続けていた。悪目立ちしても構わないというよりは、感動のあまり周りが見えていないといった感じだ。
それで認知されない訳がなかった。ギターを仕舞い終わった少女は笑みを浮かべるとこちらに近づいて来る。
「聞いてくれてありがとう」
「凄い歌だったわ。今までもいくらか聞いて来たけど、なんていうか全然違くてぐわーってなるっていうか、とにかく感動したわ」
「そこまで言われると何だか照れちゃうな……」
その言葉通り頬を染めた少女はフードを取った。その内からは赤みがかったショートカットの少女の顔があらわになる。そしてこちらの様子を確かめるようにこう問い掛けて来る。
「ワタシを知ってる……?」
「ん? いや、知らないけど……」
「なら良いや……ワタシはユウナ。ユウナ・リースロンド。あなた達は?」
「私はユリよ。こっちは……」
「俺はレン」
「私はリンです」
ユリ以外はお尋ね者なので、当然のように偽名だ。アーサーは使い古したレン、ラプラスは急遽考えた末にアーサーに引っ張られた形でリンと名乗った。
「三人はこの辺りじゃ見かけないけど、もしかして観光客?」
「あー……まあ、そんな感じだ。実は人を探してるんだけど、ユウナはこの辺りで赤軍服の子を見なかったか?」
「赤軍服? ワタシは見てないけど……人探しならアテがあるけど案内しよっか?」
「良いのか?」
「勿論。ファンは大切にしないとだしね。付いて来て」
彼女の背中を追いかけて歩き出すと、ユリはすぐにユウナの隣にならんだ。人間嫌いの彼女だが、『シークレット・ディッパーズ』のみんなとの交流で少しは慣れて来たのか。それとも嫌悪よりもユウナの音楽への興味が勝ったのか。どちらにしても良い傾向だと思った。
「ユウナはどうしてあそこで歌ってたの?」
「うーん……初心を忘れない為かな? それに昔から好きなんだよね、ストリートの空気」
「そんなに良いの? 私は詳しくないし全然知らないんだけど、歌ってステージって所で歌うものじゃないの?」
「だね……でもストリートがワタシの原点だから。ユリちゃんも興味があるならやってみたら良いよ。きっと気に入るから」
「……ま、考えてみるわ」
そんな風に会話も交えつつ、アーサー達が案内されたのは酒場だった。昼間だというのに賑わっており、酔った勢いに任せて大勢が騒いでいる。
その中でユウナが近づいて行ったのは、中央のテーブルで周りのコールに応えてジョッキを仰いでいる金髪の女性だった。なみなみに注がれたビールを一気に喉奥へと流し込み、空になったそれをテーブルに叩きつけると歓声が沸き起こる。それに応えるように手を振っている彼女には酔っている様子は見られず、物凄い酒豪という事だけは分かる。
「……ちょっとリザ。リーザってば!」
「む? ……おお、ユウナか!」
ユウナに呼ばれてリザと呼ばれた彼女はこちらに意識を向けた。深く帽子を被った金髪碧眼の少女で、その長い髪はシニヨンヘアでまとめられている。どこかで見た事があるような気がするが、顔がよく見えないので思い至らない。
「今日は酒場に来るって聞いてたけど、羽目を外し過ぎじゃない? この後も仕事があるんでしょ?」
「いやー、話だけのつもりが断り切れなくてな。そっちは連れが一緒か? 珍しいな」
「人探しをしてるんだって。なんだか困ってるみたいで、リザの力で探してくれない?」
「出来なくはないだろうが……む?」
何かを言いかけたリザとアーサーの目が合った。一瞬だけ目を細めて睨まれた気もするが、それも本当に一瞬の事でユウナの方に視線を戻した。
「では外へ出るか。どのみち、そろそろ戻る所だったからな」
「ありがとう、リザ」
「礼など要らん。それよりユウナは会場に向かえ。本番前のルーティーンも良いが、これ以上は間に合わなくなるぞ?」
「わっ、確かにヤバいかも。ごめん、後は頼める?」
「良いから行け」
「じゃあごめんみんな! また今度、ゆっくり話そうね!」
リザに促されて時計を確認したユウナは急に慌てだし、すぐに出口の方に向かって行く。どうやら用事があるのにわざわざ付き合ってくれたらしい。
お礼をいう間もなく酒場から飛び出していくユウナの背中を見送ると、いつの間にか傍まで迫っていたリザがすれ違い様に小声で呟く。
「では外で話を聞こうか……アーサー・レンフィールド」
「っ……!?」
正体が看破された事に驚いて後退すると、リザは意味深な笑みを浮かべて首をくいっと動かして付いて来いと示唆してくる。アーサーはラプラスとユリを顔を見合ってから、その後に付いて行く。
酒場を出て人気の無い路地裏に入って行き、奥の方に来るとようやく足を止めた。腕組をして尊大に構えている相手がこちらの正体を知っているとなると警戒心が強まる。
「さて、噂に名高いアーサー・レンフィールド。せっかくこうして会えたんだ。一体どうしてお尋ね者になったか教えて貰おうかな?」
「……捕まえるんじゃないのか?」
「答えによるな。詳細は知っているが、それは色眼鏡を通したものだ。本人の口から聞いてみたい。だから答えよ」
応えなければ即座に捕まえると言われているようなものだった。例え逃げ切れるとしても、ここで存在が露見すれば今後の動きを大分制限されてしまう。制限時間がある以上、そういった事態は避けたいので応じるしかなかった。
「……人助けだよ。世界から見放された女の子を助けたらこうなった」
「善行の末か。不憫だな」
「でも後悔は無い。少なくともその子は生きてるし、少なからず笑ってくれてるから」
「なるほど……馬鹿だな。だが悪くない、むしろ良い」
割と適当に答えたつもりだが、リザは勝手に納得して良い印象を持ったようだった。からからと笑ってさらに続ける。
「合格だ。正直、他の国のヤツらにそなたらの身柄を引き渡そうとも思ったが考えが変わった。余がそなたらの存在を隠す代わりに、その力をこの国の為に貸して貰うぞ。アーサー・レンフィールド」
「な、にを……あんた、まさか……!?」
尊大な言動。一人の人間を広大な国の中から探せる伝手。そして国の為という言葉。
その答えに辿り着いたのは、奇妙にもそういった立場にいる知り合いが多いからだろう。そして答え合わせのように、リザは深く被っていた帽子を取り去った。そしてようやくあらわになる顔を見て確信した。彼女は帽子を投げ捨て、両手を腰に当てて胸を逸らしながら改めて名乗る。
「余が『バルゴ王国』の王である、エリザベス・オルコット=バルゴだ。喝采してくれて良いぞ?」
どどーん、と効果音を付ければピッタリなその様だったが、ラプラスはすぐに額に手を当てて頭を振った。
「考え得る限り最悪の相手ですね……まさか王女に存在が露見するとは」
「考えを変えれば良いのではないか? 余の伝手を使えば探し人は簡単に見つけられるだろう。ただしそなたらが余の提案を飲めばの話だがな」
「即座に捕まえないので、そうだとは思ってはいましたが……提案の内容にもよりますね。あいにくですが、私達には時間がありません。理解できないかもしれませんが、世界の終わりが迫っているんです」
「確かに余には理解できぬであろうな。だからこうするとしよう。存在をバラされたくなければ余に従え!」
「本当に最悪です……」
もはや抵抗を諦めて落胆するラプラスの肩に同意するように手を置いて労を労う。結局の所、正体がバレた時点で選択肢は無いのだ。むしろすぐに捕まえに来る相手ではなく、利用されるという形でも見返りがあるだけマシなのかもしれない。
「とりあえずラプラスが言った通り、そっちの提案を聞かせてくれ。話はそれからだ」
こちらが折れる形でそう言うとリザ……いや、エリザベスは不敵な笑みを浮かべて答える。
「良かろう。といっても難しい話ではない。そなたらには護衛を頼みたいのだ。今夜行われる『YU-NA』のライブのな」
「『YU-NA』? あれ、どっかで聞いた事があるような……?」
「最近、巷で大人気のアーティストですね。なんでもその歌声は天使のようで、別名『歌姫』と呼ばれているとか」
「ああ、そういえば前に透夜がそんなこと言ってたな。でも護衛って……正直、もっと危険な事をやらされると思ってた」
「余にとっては大切な事だ」
そこだけは彼女の生の声な気がした。人を脅していう事を聞かせる感じではなく、心の底からの声が漏れた印象だ。
「あらかじめ言ってしまうが『YU-NA』の正体は今し方別れたユウナだ」
「へぇ……そうだったのか。確かにあの歌声なら納得だけど」
ここに『YU-NA』の生粋のファンである透夜なんかがいたら反応は違っただろうが、残念ながらアーサー達は『YU-NA』と会う前にユウナと会っているので大した驚きがなかった。
なかなかのカミングアウトに全く驚かない様子にエリザベスは少し意外そうな顔を浮かべたが、すぐに真面目な顔に戻って話を続ける。
「ユウナは余にとって無二の親友だ。だから手助けしたいが、ユウナは余が王女としての権威を使うのを嫌う。余を普通の友人として接してくれる所は好きだが、ユウナに何かがあるのは耐え難い。そこでユウナの友人になったそなたらに頼みたい。今晩のライブが終わるまでユウナを守ってくれ」
「まだ友人って言えるほど付き合いもないけど……」
「『YU-NA』を知らなかった辺り、純粋にストリートでの歌に聞き惚れたのだろう? それはユウナの琴線だ。でなければ警戒心の強いあやつが余に紹介したりしない。そなたらに何か感じるものがあったのだろう」
ユウナの事を語る時のエリザベスは、スゥの事を語る時のアクアに少し似ているような気がした。そして自分の事ではあるが、今し方自分達を脅した相手が友人に似ているというだけですでに心を許しかけているのが怖い。
「……それで、俺達は誰からユウナを守れば良い?」
「全員だ。ライブ会場に集まる全員に注意しろ。誰がいつ凶行に走るかは分からん。ユウナの人気は『バルゴ王国』を超えて知れ渡っているからな」
「つまり何千人って人から守らなきゃいけないのか?」
「何万だ。ユウナの人気を舐めるなよ?」
得意気に言っているが、アーサーからしたら対象者が一〇倍に膨れ上がったようなものだ。若干顔を引きつらせているアーサーの傍で、純粋な眼差しのままユリが声を出す。
「ちなみに、そのライブって私達も見て良いの?」
「……、」
「な、なによ。だってユウナのライブって気になるじゃない」
滅茶苦茶能天気な言葉にジト目を向けると、ユリは少し赤面させながら言う。まあユウナの歌が良いのはアーサーとしても完全に同意だし、それに獣人のユリが人に興味を持ってくれたのは純粋に嬉しい。
「まあ、ユリの言いたい事も分かるけど今回は護衛だしのんびり見てる訳にはいかないな。とにかく透夜達も呼ぼう。今夜ならもう時間が無い……って、また時間の問題だよ。ホント退屈しないな、この世界は」
「……ですね」
溜め息交じりの皮肉にラプラスも溜め息と共に同意する。
『バルゴ王国』に来てから寄り道と回り道の繰り返しな気がするが、一応追っている路線からは外れていない。この護衛を成功させればキャラルの居場所を探して貰え、彼女を見つけ出せば『ノアシリーズ』に辿り着ける。そして彼らからネミリアを救う手立てを見出す。だから順調だと自分に言い聞かせて、思考はユウナの護衛にシフトしていく。