404 結末に向けて
「……つまり、六花さんはいくつもの『無限の世界』を移動できる特異体質で、行く先々で人助けをしていると?」
「ま、立場上全部に介入する訳じゃねえけど、ざっくり言うとそうだな」
「そんな事が有り得るのか?」
「オレが数多の世界を渡って気づいた事の一つ。この世に不可能は無い、それは身に染みてる」
彼女の話が真実かどうかは置いておくとしても、その言葉には確かな重みがあった。アーサーがユリの方へちらりと視線を向けると、それに気付いた彼女は小首を傾げる。アーサーが考えていたのは彼女達にとっての母親の事だ。
(まあ、アイネも別の『ユニバース』から急に移動して来た訳だしな。理解できなくても有り得る話なんだろう)
結局この世界はそんなもので、そう納得するしかない。
それに六花の言葉ではないが、彼女と戦っている時に殺意や害意は感じなかった。話の正否はともかく、悪いやつではないのだろう。つまりはアーサーも拳で会話できる脳筋という訳だ。
「子供の頃は寝て起きる度に別の世界に移動してて大変だったが今じゃ慣れたもんだ。色々あってこの六本の神刀を手に入れて、剣技を磨いて、移動した先でトラブルに巻き込まれた人達の力になる生き方を選んだ。今じゃ一応、一緒に活動する仲間もいるしな。悪い人生じゃあない」
「……アンタはどうしてその生き方を?」
「ん? そりゃ……どの世界でも命の重さは同じだからな。それにオレも色々大変だったが、言い換えればどんなに悲惨な状況でも別の世界に行けば他人事って感じで、だから一つの世界で足掻いてるヤツらが眩しく見えたっつーか……あとはまあ、こんな体質じゃ戦うか飯食うくらいしか楽しみがねえしな。だったらせめて人を救う側になろうって思った感じだ。そっちの方が飯も美味えしな」
「そっか……」
このさっぱりした感じをアーサーは好ましく思い、そして決別した親友の事を思い出した。彼もこんな風に美味い飯が好きだった。そして今はそんな楽しみすら後回しにして、世界を矢面に立って守っている。
他でもない。アーサーの選択が彼をそうさせた。
「……それで、結局アーサーをここへ呼び出した理由は何ですか?」
感傷に浸るアーサーを横眼で確認しつつ、ラプラスは本題へと入る。
その問いかけに六花はすぐに答えた。
「ん? あー……キャラルってヤツに頼まれたんだ。金髪赤軍服って言った方が分かりやすいか? アーサー・レンフィールド、つまりお前に『仙術』を教えてくれって。今のお前じゃ『ノアシリーズ』は止められないからって言ってたぞ?」
「『ノアシリーズ』!? やっぱり実在するのか!?」
「えっ? いや……オレは知らねえけど、キャラルってのはそう言ってたぜ?」
まさかここでその単語を聞く事になるとは思っていなかった。横道に逸れるかとも思ったが、キャラルという少女が導く先にネミリアを救うヒントがあるかもしれない。その期待が持てる。
それに根拠は一つだけではない。『仙術』の事やその力は知っていたが、自分がその力を使おうとは思わなかった。あの最悪の未来で戦ったランチャーは、今使っている『珂流』だけでなく『仙術』も使っていると言っていた。つまり未来の自分は『仙術』を会得していたのだ。だから使えるようにならなければ未来と同じにはならないという考えだった。
「……アーサー」
隣でラプラスが不安そうな顔をしてこちらを見ていた。
言いたい事は分かっている。それに最初から答えは決まっているのだ。
「……折角の申し出だけど、『仙術』の指南を受けるつもりはないんだ」
「そっか……まあ、オレは手助けするだけだ。最初から無理強いするつもりはねえよ」
「すまない……」
手助けを断るのは気が引けるが、これも最悪の未来を避ける為だ。一から説明している時間も無いので、まずは赤軍服のキャラルを探す所から始める為に倉庫から出る事にする。
「でも気が変わったら来い。どうせオレは仲間が来るまでしばらくこの『ユニバース』に足止めだしな」
最後に背中に突き刺さる六花の言葉。
それを頭の隅に留めておこうとだけ思った。
◇◇◇◇◇◇◇
アーサー達とは別に動いている他の二チーム。透夜とサラ、そしてソラ達の方は雑談しながら『バルゴ王国』を散策していた。目的は分かっているが、いきなり広大な国の中から『ノアシリーズ』という単語だけを頼りにネミリアを助ける手立てを見つけるのは流石に困難だ。気負い過ぎないように心掛けつつ、地道に不穏な動きを探すしか無い。
「そういえば透夜って、メアと良い感じなの?」
長い銀髪をポニーテールにしてまとめ、以前セラから貰った『E.I.Y.S.』に繋がる眼鏡をかけたサラは、途中で買ったクレープをかじりながら唐突に問い掛けた。
サングラスをかけた透夜は同じようにクレープを食べようとして開いた口を閉じずに、眉をひそませて怪訝な顔をサラに向ける。
「……いきなりなんだ?」
「だって仲が良いじゃない。『キャンサー帝国』でもメアが見た事ないくらい取り乱してたって結祈が言ってたし」
「あの時は……ほら、僕が死にかかってたからで変な意図は無いだろ」
「どうかしらね。あのメアが取り乱すってよほどの事だと思うけど?」
「……、」
まあ、メアとは目標が同じという共通点があるので少しは親しいと言えるかもしれないがそれだけだ。確かに透夜から見てもメアは美人で気が合って魅力的な女性だが、実の妹を殺そうとした自分に色恋沙汰に現を抜かす資格があるとは思えない。
「それよりもサラはどうなんだ?」
「へっ? あたし!?」
自分に話題が向く事は予想外だったのか、途端に顔を真っ赤にして動揺する。人に話を振っておいて、自分がされたらこの動揺っぷりは何なのだろうか? 耐性が無いならそもそも話をしないで貰いたいものだが。まあ透夜的には仕返しするチャンスなので話を止めはしないが。
「好きなんだろ、アーサーの事」
「そ、そりゃ……まあ。でもあたし達は複雑なのよ。アーサーは色々と抱え込んでるし、関係を進めるつもりは無いわ。っていうか、あたしなんかよりソラはどうなの?」
「私ですか?」
飛び火のように突然話を振られたソラだが、彼女はサラとは違って全く動じていなかった。長い白髪まとめてキャスケットの中に納めているソラの見た目は三人の中で一番小柄だが、精神的に一番大人なのは彼女かもしれないと透夜はふと感じた。
「回路も繋いでるし、やっぱりアーサー?」
「いえ、違います。確かに似ていますが、私には別に想い人がいるので」
「え? それって……」
「色々あって死にました。きっともう、ずっと昔に」
妙な言い回しだが、サラは自分の失言を悔いていてそれに気付かなかった。しかしソラの方は何とも思っていないのか、サラに優しい笑みを向けて続ける。
「良いんです。私という存在も変わってしまいましたが、彼の意志は私の中に残っていますから。アーサーさんなら継いでくれると信じていますし」
「……そこまで想っていたのね」
「ええ、好きでした。大好きでした。彼は私の全てで……だから私は、今もこの世界で抗っているんだと思います」
それはきっと、恋と言うにはあまりにも大きくて、愛と呼ぶには歪んでいる想いだ。遺された者が愛した人の為に命を投げ出すような真似をする。それをソラの知る彼は許さないと知っていながらの行動だったからだ。
だからこれは恋でも愛でもなく、使命という言葉が一番適切だろう。
その成就の為なら、他の全てを投げうつ覚悟がある。それを今の仲間達には悟らせないように、ソラは自身の内側だけでふつふつと煮え滾らせていた。
◇◇◇◇◇◇◇
ネミリアとメアとリディの三人も『バルゴ王国』を散策していたが、その目的は他の二チームとは少し違った。『ノアシリーズ』について調べるというよりは、その動向を知られないようにネミリアの注意を引いておくのが一番の仕事だ。
(……といっても、特別何かをやる必要もないんだよね……)
いつもは三つ編みにして束ねている赤髪を全て下ろしているメアは、前を歩くネミリアとリディを見ながら気の抜けた感じで思う。どうやらネミリアとリディは気が合うようで、先程からずっと雑談を交わしながら楽しそうに歩いている。
こんな平和がずっと続けば良いのにと思いながら、そんな事はないだろうと経験則が告げているのを感じる。
(『ノアシリーズ』かあ……造られた時の記憶はあんまりないんだけど、私とネミリアちゃんもそうなのかな……?)
メアの一番古い記憶でも『ポラリス王国』で『暗部』として活動するようになっていたし、ネミリアも任務の度に記憶を消されていた。
今回ネミリアを救う事もそうだが、その辺りについても何か分かれば良いな、と心に留めておくような感覚でふと思った。
そしてもう一つ思うのが、この『バルゴ王国』という場所についてメアは良くない思い出があるという事だ。彼女がこの国を訪れるのは初めてではなく、まだ『暗部』として活動していた時に暗殺任務で訪れていた。彼女が生きている事からも明らかなように、その任務は何の問題もなく成功して対象を殺した。
だからこそ問題だった。そのせいで今、当時は感じなかった罪悪感をいつもより強く感じている。もし彼女の血縁者に会う事になったらと思うと心の奥が震えた。
(……でもアーサーくん、王族と関わる機会が多いからなぁ……)
そんな風に思って、前を歩く二人には悟られないようにメアは静かに溜め息をついた。