表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:漸編 世界に仇なす者、世界を憂える者 Starved_Person_and_Inheritor.
476/578

403 六刀使いのストレンジャー

『キングスウィング』は『バルゴ王国』の郊外に着陸し、そこからは徒歩で移動した。ちなみにリディとユリ以外はお尋ね者で、しかもそのユリも獣耳など容姿を見られるとマズいので、各々パーカーのフードや帽子、眼鏡などで変装済みだ。

 アーサーとラプラスとユリ。

 サラと透夜とソラ。

 ネミリアとメアとリディ。

 この三チームに分かれて『バルゴ王国』内に入って行く。この組分けの理由としては、人間社会になれていないユリをアーサーとラプラスが案内する体で、ネミリアを仲の良いメアやリディと組ませて遠ざける意図があった。サラと透夜の実力なら有事の際にも何とかできるだろうし、ソラは呼べば飛んでくるので、情報収集をしやすくする為にも三チームにした。こうなるとサラ達を連れて来たのは僥倖だったかもしれない。


「それで、そもそも『ノアシリーズ』って何なの?」


 ニットキャップを被って獣耳を隠しているユリからの問い掛けに、いつもの白ではなく黒いコートに眼鏡をかけたラプラスが答える。

『バルゴ王国』の雰囲気は都会的で、高いビルが立ち並んでいる『ポラリス王国』に近い様相だ。流石は娯楽が多い国だと言われているだけあり、その分だけ人通りも多い。みんな揃って帽子や眼鏡だけの雑な変装だが、この人混みに紛れればそう簡単にはバレないだろう。木を隠すなら森の中、というやつだ。


「『ノアシリーズ』とは『箱舟』のノアの『魔神石』からエネルギーを注入された者達の総称です。その影響で各々が魔法にも似た能力を使う事が懸念されていますね」

「なんか曖昧な表現ね」

「そもそもヘルトから貰った情報しかない訳だけど、あいつも本当に存在してるかは分からないって感じだったからな。実態は直接見ないと分からない」


 首をぐるりと囲うネックウォーマーのような少し襟の高い黒い上着に身を包み、以前サラから貰ったサングラスをかけたアーサーはそんな事を言ってはいるが、存在していると確信している。

 安寧のない『担ぎし者』の自分が関わっている事、そしてネミリアやメアのように名前に『N』を持っている者達の実在。それらが『ノアシリーズ』の存在を裏付けているように思えてならないのだ。


(とは言っても情報は無いに等しい。『ノアシリーズ』っていうんだから何人かいるんだろうけど、一国の中から数人ってなると針山から針を探すようなものだ。まずは手掛かりから探さないと……)


 情報収集なら得意なメアがいるし、ある程度の情報が集まればラプラスが答えを導き出せる。少し時間はかかるだろうが、何とかネミリアの限界が来るまでには『ノアシリーズ』に辿り着けるだろう。

 そう思考しながら人混みを歩いていると、不意に正面から歩いて来る少女に目を奪われた。輝く金髪をショートカットにした、色白で胸の薄い少女。無表情で感情は読み取れず、透き通るような青の瞳はこちらの心を全て見透かしているようだった。

 一目で分かる美少女。だが目を引く理由はそれだけではなかった。

 真っ赤な色彩のキャスケット型の帽子に、同色のショートパンツと所々に黒いラインの入った特殊な軍服ベースの衣装に、膝の上まである黒いブーツを履いていた。

 全身真っ赤なコーディネーションという独特さの時点で警戒心が鐘を鳴らしているが、問題は来ている服が軍服仕様という事だった。その事に警戒する自分がどうしようもないほど犯罪者になっているのだと思い、辟易とした気分になってくる。

 緊張のせいで呼吸が浅くなっていると、左からラプラスが袖を引いて正面を向いたまま小声で話しかけてきた。


「(挙動不審すぎです。少し落ち着いて下さい)」

「(……ああ)」


 ラプラスに言われて落ち着きを取り戻すために大きく息を吸う。幸い向こうはこちらを注視している様子はない。このまま何事も無くすれ違うはずだった。

 だが金髪の美少女はアーサーとすれ違いざま、いきなり手を掴んで来たのだ。


「……っ!?」


 咄嗟に払い除けようとする衝動を、理性を総動員してギリギリせき止めた。今ここで少女の手を払い除けてしまえば、それこそ自分がやましい事をしていると白状するようなものだからだ。

 何が目的なのか、少女の方に視線を向けると彼女もこちらを見ていた。そしてブルーアイズを僅かに揺らしながら小さく口を開く。


「……けて……」


 それだけ呟いて、少女はあっさりとアーサーの手を離して何事もなかったかのように歩いて行った。群衆の中に消えていく少女の後ろ姿を眺めながら、アーサーは握られていた左手の中を見る。


「……一体、なんだったんでしょう……?」

「……二人共、ついて来てくれ」


 ラプラスが漏らした疑問の言葉に返答する代わりに手を握り、引っ張る形で近くにあった雑貨屋の中に入る。二人共突然の行動に疑問を浮かべていたが、アーサーは何も言わずにきょろきょろと雑貨屋の中を見回し、棚にあった普通のものより太くて大きい黒色のリボンを手に取った。両端が金色で太い事もあり、おそらく包装用というより身に付けてオシャレをする為のものだろう。アーサーはそれを購入すると雑貨屋の外に出て改めて歩き出す。


「……あの、アーサー? そろそろ教えてくれませんか?」


 アーサー自身が使うとは思えない買い物に首を傾げて、ラプラスは改めて真意を問い質す。するとアーサーは購入したばかりのリボンはポケットに仕舞い、代わりに一枚の紙を取り出した。


「雑貨屋に入ったのは、万が一あの子に監視が付いてたら俺がすぐに不審な行動をしたら怪しまれると思ったからだ」

「ん? ただすれ違った訳じゃないの?」

「それが違うみたいだ、ユリ。理由は分からないけど、すれ違い様にこれを渡された」


 左手には少女が握らせて来た小さな紙切れがあり、アルファベットと数字の羅列が書いてあった。アーサーには何を差しているのか分からなかったが、ラプラスはそれを見て目を細める。


「これは……座標というか、位置を示していますね。この国のある場所を示しています」

「場所……ここに来いって事か」

「どうしますか? 行くなら念のため全員で向かいますか?」


 ラプラスの提案にアーサーは僅かに逡巡してから、


「……いや、流石に目立ち過ぎるし罠だとマズい。サラに連絡だけしてこのまま三人で行こう。ただ何かあればすぐに逃げられる準備だけしておいてくれ」

「了解です」

「わかったわ」


 アーサーの言葉にラプラスとユリは頷き、そのまま三人で指定された場所に向かう。十中八九罠だとは思うが、赤軍服の少女の言葉がどうにも引っ掛かる。

『たすけて』と。か細い声だが確かにそう言っていたのが分かった。何やら事情を抱えているようだし、このタイミングで接触して来た事に何らかの意味を感じてしまう。もしかして、ひょっとしたら、これが『ノアシリーズ』に繋がるのではないか、と。

 色々と思う事があるが、どうあれ今は判断材料が少ない。ネミリアの命の時間がどれだけ残されているか分からない以上、時短の為にも今は罠だとしても飛び込んでみるしかない。

 しばらく歩くと街の中心部から離れ、普段はあまり使われていないのか人気の無い場所にやって来た。同じ倉庫が並ぶ区画で、指定された座標はその中の一つだった。

 ラプラスはユリに抱えて貰って隣の倉庫の屋根に移動し、コートの内側に仕込んだバラバラの部品を素早く組み上げると立派なライフルになり、スコープ越しに指定された倉庫を窓から監視する。

 ラプラスとユリが監視に回っているので、アーサーは安心して倉庫の中へと入って行ける。念の為『手甲盾剣(トリアイナ・ギア)』の盾を展開して中に入ると、倉庫の奥には隠れようともせず無造作に散乱されたドラム缶に座っている誰かがいた。


「遅かったな」

「……あんたは?」


 警戒心を強めながら注意深く観察する。褐色の肌に前髪のワンポイントだけ血のように赤い、長い銀髪の少女。左目には黒い眼帯がかけられていて見えないが、もう片方の右目がこちらを睨みつけている。全体的にラフな軽装で脅威には思えないが、彼女の腰には特殊なベルトに左右三本ずつ計六本の刀が吊るされていて、そこから尋常じゃない気配がするため油断はできない。


「オレは神道(しんどう)六花(りっか)。お前がアーサー・レンフィールドって事で良いんだよな?」

「そうだって言ったら?」


 その問いかけに対する返答はシンプルだった。左右の鞘の一番上からそれぞれ一本ずつ刀を引き抜くと腰を低くして構える。右手の刀からは赤、左手の刀からは青いオーラが溢れていた。


「そっちも武器を構えてるみたいだし良いよな? いざ尋常に……勝負!!」

「ちょっ……待てって!!」


 こちらの制止を求める声には耳も貸さず、六花は右手に持つ刀で斬りかかって来る。アーサーは左手の盾でそれを受け止めるが、右からも振るわれる刀は防げない。咄嗟に『鐵を打ち、(ウェポンズスミス)扱い統べる者(・カルンウェナン)』でユーティリウム製の刀を逆手に握る形で創造して受け止める。しかし防いだはずなのに左側からは熱気、右側からは冷気が迫るのを感じる。


「っ……いきなり斬りかかって来るなよ! こっちは話をしに来たんだ!!」

「それはキャラルが望んだ事だから知らねえよ! オレからしたら、千の言葉を交わすよりも一回の立ち合いの方が相手を知れる!!」


 どうやら拳と拳をぶつけ合えば会話ができると思っている脳筋らしい。それに立ち合いと言っている辺り、命を獲り合うような事にはならないだろう。こういう手合いは説得よりも望み通りぶっ飛ばす方が早いと経験則で知っているので、アーサーは思考を戦闘へと切り替えて『愚かなるその身に祈(シャスティフォル)りを宿して(・フォース)』を発動させると高速で足を蹴り上げる。しかしそれよりも早く六花は後ろに飛び退いており、下がりながら左手の刀を振り上げるように振るった。すると地面が凍り付きながらアーサーの方に迫って来る。

 咄嗟に右手で受け止めようとして、瞬時に何かマズい気配を感じたアーサーは横に大きく飛んで躱した。今の攻撃からは魔力とも呪力とも違う別の力を感じたのだ。まるで自分の右手に宿る焔と同じような感じで、『魔力掌握』(マナフォース・ワン)では掌握できないと悟った。

 どこかで感じた事のある力の正体にはすぐに思い当たった。


(こいつ……紬と同じ『仙術』使いか!?)


 その間にも六花は動いており、左手に持っていた刀を仕舞うと別の鞘から刀を抜き放っていた。今度は稲妻が迸る刀を握っている。


「やっぱり六本とも全部『魔剣』か!!」

「『魔剣』じゃなくて『神刀(しんとう)』だけどな。まあ、あんまり違いはねえけっ……ど!」


 不意に六花が左手に握る刀を振るうと何かを斬った。それは隣の倉庫の屋根からラプラスが放った援護射撃だ。しかし亜音速のそれを六花は平然と斬り落としたのだ。


「隠れるには近すぎだ。魔力感知ならともかく、氣力感知なら簡単に気付ける」


 六本の『神刀』をスイッチして戦う二刀流の剣士。それも銃弾を正確に切り落とせる技量となれば脅威だ。太刀筋は戦闘勘で察知できても、それを躱せる速度がない。そもそもアーサーは魔力を使う相手とは相性が良いが、刀剣を使う相手とは相性が悪いのだ。

 悪足掻きに『最奥の希望をそ(インフィニティ)の身に宿(・フォース)して』を発動させて全身に鎧のように纏うと、先程銃弾が突き抜けた窓からラプラスを抱えたユリが飛び込んで来た。飛び散るガラスの破片と共に着地すると、ラプラスはすぐに二丁の拳銃を取り出して容赦なく六花に向かって連続で発砲する。しかし六花は乱発される銃弾を全て斬り落としていく。そして弾幕が一瞬止まった時を狙って二本の刀をラプラス達の方へ弧を描くように投げると、右側の真ん中、左側の一番上の刀の柄を逆手に持って腰を低く落とす。ラプラスがマガジンの交換を行い発砲すると、今度は斬り落とすのではなく瞬きもしない間にラプラスとユリの背後に移動していた。


「二刀流、居合―――『御神渡り(おみわたり)』」


 きんっ、という刀を鞘に収めた音が響いた。

 その直後、ラプラスが持っていた二丁の拳銃が粉々に砕け、さらに六花が移動する前にいた場所から今いる場所までが直線に凍り付き、ラプラスとユリの体を拘束する。

未来観測(ラプラス)』と獣人の第六感を上回る速度。さらに全てが計算通りと言うように、先程投げた刀をキャッチすると、右手の刀は左肩、左手の刀は右肩に交差するように担ぎ、アーサーの方に体を向けて地面を蹴る。


「二刀流―――『火雷神』(ほのいかづちのかみ)!!」

「くっ……!?」


 交差した二刀を振るいながら雷炎を撒き散らす突進技。アーサーは『手甲盾剣』の盾でそれを受け止めたが、それは単純に運が良かっただけだ。

 戦闘勘で危機を察して構えた盾で斬撃を受け止め、雷炎や攻撃の衝撃は『最奥の希望をその身に宿して』の膨大な魔力で受け切った。それが無ければ今頃意識を完全に絶たれている。

 さらに最悪なのは、六花の攻撃はそれで終わりではないという事だった。左手の刀を鞘に戻すと両手で右手に持っていた刀を握って肩に担ぐ。すると全身から尋常じゃないオーラを放ち、担いだ刀から炎が吹き荒れる。

 今までよりも高威力の攻撃が来るとすぐにアーサーは察した。『火雷神』で体勢が崩れている今、まともな防御の姿勢は取れない。他の手段でなんとかこの窮地を乗り切る必要がある。


(『妄・穢れる事プロテクションロータスなき蓮の盾(・カルンウェナン)』で防げるか!? いいや、防戦に回れば次の一刀で今度こそやられる! こっちからも攻勢に出るんだ!!)


 そう決意したアーサーが右手を硬く握り締めると、そこから『紅蓮の炎』が吹き荒れる。そして振り返りながら拳を突き出すと同時に、六花も強く地面を蹴っていた。


「一刀流―――『煉獄(れんごく)』!!」

「―――『紅蓮咆哮拳』クリムゾン・ディザイア!!」


 突っ込みながら袈裟斬りで振るわれる炎の一閃が、アーサーの拳から放たれる紅蓮の極光とぶつかる。

 二つの炎がぶつかり合い、倉庫を半壊させる爆炎が撒き散らされてアーサーの体は後方へ吹き飛んで行く。そして六花もそれは同様だった。しかし次の行動を警戒してすぐに上体を起き上がらせるアーサーに対して、六花は大の字で寝転がりながら大声で笑っていた。


「あっはっは! はぁー……お前も『氣力』を使えたんだな。ちょっとは楽しめたぜ」

「楽しめたって……こっちは命懸けだったんだぞ?」

「まあ、魔力使いと氣力使いが戦ったらそうなるだろうな。この『ユニバース』は何度目かになるが、やっぱ仙術使いの方が強えみてえだし」

「何度目か? ちょっと待て、お前一体……」


 アーサーが問い掛けると六花は指をパチンと鳴らした。するとラプラスとユリを拘束していた氷が砕け散って二人が自由を取り戻す。二人は体を震わせていたが、怪我はないようで一安心だ。

 それを確認して改めて視線を戻したアーサーに六花はにやりと笑みを浮かべて、


「さっきも言っただろ? オレは六花。『無限の世界』インフィニット・ユニバースを渡り歩く『異邦人』(ストレンジャー)だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ