402 残された時間
ねえ、アユム。
私の行動を止めようとしてるのが罪悪感からだってのは分かってるよ。でも本当は分かってるはず。そんなものじゃ『無限の世界』は救えない、私の『計画』が一番可能性が高いって。
この世界の事は好きだよ。元の世界なんかよりも、大切な人や思い出も沢山あるし。
でも、それが全ての『世界』を見捨てて良い理由にはならないと思った。私達が生きたあの場所を取り戻したいって、どうしようもなく思ってしまった。
こんなでも私はやっぱりヒーローだから。人間らしい心がなかったこんな私に、沢山の暖かいものをくれたみんなの為に、本当に数え切れない『無限の世界』の全生命の為にも必ずやり遂げる。
たとえ―――何を犠牲にしても。
ふふっ……そんな目で見なくても言いたい事は分かってるよ。犠牲になる彼らにもそれを選ぶ権利はあるって言いたいんだよね?
でもそれが分かってるから私は次の舞台を『ノアシリーズ』が蔓延る『バルゴ王国』にしたし、アユムも妨害せずにその流れに任せたんでしょ?
彼らにも『無限の世界』ってものを、身を以て知って貰う為に。
◇◇◇◇◇◇◇
ネミリアが倒れてすぐ、アーサーはアクアに連絡を飛ばした。そして彼女はすぐに医務室に運ばれ、事態を聞きつけたラプラスが現着すると自ら診察すると言い、『未来観測』の演算能力を使って適切な処置を施し、ネミリアはなんとか意識を取り戻した。
「本当に大丈夫か?」
「はい、傷口も塞がりましたし、ふらついたのも単なる体調不良です。最近休む暇が無かったので。ご心配をおかけしました」
「……少しでも変だと思ったら言って下さい。何かあってからじゃ遅いんですからね?」
「わかりました。ありがとうございます、ラプラスさん」
ぺこりとおじきをしたネミリアは、軽快な足取りで医務室を出て行った。
表面上は元通り。だが違う事をアーサーとネミリアは知っていた。だからネミリアの気配が完全に消えてから問い掛ける。
「それでラプラス。実際の所どうなんだ?」
「これを見て下さい」
しっかり白衣を身に纏い女医スタイルのラプラスはタブレット端末を操作してネミリアの検査結果を出した。ド素人のアーサーには見方が分からないので、ラプラスが簡潔に説明してくれる。
「全身の至る所の細胞が死滅しているんです。少しずつですが、確実に進行しています」
「……死ぬって事か?」
「……このままでは、いずれ」
助けられるチャンスが訪れた瞬間にネミリアの限界が来た。こんな日がいつか来るとは思っていたが、いくらなんでもタイミングが悪すぎる。
(……いや、むしろギリギリ間に合ったって考えた方が良いのか?)
幸い数日前とは違い、ヘルトから『ノアシリーズ』の情報を貰っている。『バルゴ王国』は未踏の地だが、今の身分で『ポラリス王国』に突撃してどこにあるのかも知らない薬を手に入れるよりは安全で確実だと信じたい。
「ネムに残された時間は?」
「正確な時間は出せません。単純に進行スピードだけを見れば一ヶ月は保つはずですが、突然脳や心臓、あるいは他の主要な臓器に広がる可能性だってあります。それは今、この瞬間でさえも。そうなれば一発でアウトです」
「未来で聞いた通りって訳か……治す手立てはないんだよな」
「やはりこの場では無理です。彼女の命を救うには『ポラリス王国』に潜入し、専用の薬を入手する必要があります。ですが……」
「未来のお前の言葉は覚えてるよ。『ネミリアを助けるな』。助けようとすれば、あの未来に辿り着くのは分かってる。……でも、だからって見捨てられない」
選択肢なんて初めから無かった。そもそも簡単に命を見捨てられるような人間ならこうはなっていない。ミオやネミリア、世界中にいる理不尽に虐げられている者達を見捨てて、今も『ディッパーズ』としてアレックス達と一緒にいたはずだ。
でもアーサーは選んだ。
仲間達や世界と離反しても、目の前の命を救う道を。
「ラプラス。お前の事は勿論大切で、あんな目には遭わせたくない。でもネムの事だって大切なんだ。今まで散々利用され続けてきたあいつが、このまま死ぬだけなんて嫌なんだ。……だから本当にごm
「謝らないで下さい。最初から分かっていましたから。むしろネムさんを本気で見捨てるつもりだったら、そっちの方が怒っていました。言っておきますが私にとっても大切な友人なんですよ?」
申し訳なさそうにするアーサーを気遣うその配慮に、アーサーは嬉しさと愛おしさを混ぜた笑みを浮かべて、
「……本当、お前は良いヤツ過ぎるよ」
「そこは良い女と言って抱きしめてキスくらいして欲しい所ですけど。頭を撫でる、でも可です」
そう言われたので、アーサーは手を伸ばしてラプラスの頭の上に置いた。そして触り心地の良いさらさらの髪を梳くように撫でる。
けれどリクエストしたラプラスは若干不服そうだった。
「そこで頭を撫でる方を選択する辺り、アーサーはやっぱりヘタレです。昨夜は情熱的に迫って来たのに……」
「まあ……今は状況が状況だからさ」
大切な仲間の死が明確に近づいてきていると突きつけられた直後にイチャイチャできるほど節操がないつもりもないし、自然にできるほどこの手の事に慣れていない。頭を撫でたりハグをするくらいなら良いが、昨夜みたいに情熱的にと言われると流石にきつい。
「……では、これからどう動きますか?」
「とりあえず『バルゴ王国』に行こう。『ノアシリーズ』について調べて、ネムを救う方法を見つけ出す。ラプラスだって体が万全じゃないのに悪いけど……」
「何を言ってるんですか。ネムさんの為なんですから当然です。それに無理をしている訳ではなく、ちょっと違和感がある程度で本当に辛くないですし、私としては幸福感の方が大きいですから。ですから頭を切り替えて問題に取り掛かりましょう。どちらにせよ、今日から動く予定でしたし」
「……そうだな」
ヘルトから貰った情報はすでにラプラスと共有してある。
今更説明はいらない。『バルゴ王国』は『ピスケス王国』の反対側にあるが、上空を『キングスウィング』のステルスモードを使って飛べば『ポラリス王国』を突っ切れるはずだ。迂回する訳ではないので、移動にそこまで時間はかからない。というかそもそも時間が無いのですぐに移動の準備を始める。
アーサーはネミリアに話をしに行き、ラプラスは『キングスウィング』の準備に向かう。
ネミリアには本当の目的を隠し、ヘルトからの仕事の依頼とだけ話して同行して貰う事に。そこまでは順調だったのだが、ネミリアがメアとリディとユリと一緒にいたので、なし崩し的に三人も一緒に同行して貰う事になったのは誤算だった。人手が多いのは助かるが、反面目立つというリスクもある。どちらの方が良いか分からなかったが、断ったら断ったでネミリアに詮索されそうなので同行して貰う以外に選択肢がなかった。
そして五人でラプラスの元に行くと、そこには透夜、サラ、ソラの三人の姿があった。どうやらアーサーがこそこそしている事に気付き、『キングスウィング』の発進準備をしていたラプラスの元に集まっていたらしい。
これで合計九人。流石に本当の目的を話さなくては動きづらいので、ネミリアにはラプラスを手伝うように頼んで自然に席を外して貰い、アーサーは残りの六人を集めて小さな声で話す。
「今回の目的はネムには隠してるけど、あいつを救う手立てを見つける事だ」
「……もしかして、未来のミオが言っていた事か?」
透夜の問い掛けにアーサーはしっかりと頷く。
「俺はネムを助ける事を選んだ。その上で、あの未来には絶対にしない。意図せず巻き込む形になったけど、みんなにも協力して欲しい。死にかけてるネムを救う為に『ノアシリーズ』からヒントを得るんだ」
「私にはなんの話かさっぱりなんだけど。それって重要な話なのよね?」
「世界の命運に関わる。二〇年後のミオの話だと、ネミリアがそれに関わってる。ラプラスが能力で弾き出した最大余命は一ヶ月。その間に何かが起きる。ネムを助けつつ、その破滅も止めなくちゃいけない」
そう言うとユリは額に手を置いてやれやれと呟いた。まあ一ヶ月以内に世界が終わると言われて平然としている方が異常なのかもしれないが。
「……アンタら、いつもこんな環境で生きてるの?」
「改めてそう言われると、段々と慣れて来てる自分が怖いな……」
「ま、ユリもじきに慣れるわよ。アーサーの傍じゃこれが日常だから」
透夜とサラの言葉にさらに頭をかかえているユリだが、拒否しない所をみると協力はしてくれるらしい。未来人で異星人でもある、ある意味ではこの話に最も関係のあるリディ。そして今の話に感情の起伏が見られないソラと、ネミリアを大切に思っているメアからは異論が出なかった。
あまり長話をしていても怪しまれるので、アーサー達も『キングスウィング』に乗り込む。
そして様々な思惑をかかえた『キングスウィング』は飛び立つ。次なる戦いの舞台、新天地『バルゴ王国』へ。