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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一八章 たとえ間違いだらけだったとしても The_Multiverse_Door_Was_Opened.
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399 交差する思惑

『ディッパーズ』が撤収し、ほぼ無人となった施設跡。その中を部外者が我が物顔で歩いていた。

 クラークとの対決の末、大怪我を負って倒れていたゲイリーはその気配に目を覚ます。


「これが『パルウム』……生命活動は停止してるけど、検体としては十分ね。純粋な『獣人血清』じゃなくて一度人体に適合したものだから、転用にもかなり使えそう」


 それは白衣を身に纏った研究者のような女性だった。ドロドロに溶けた生物の残骸を手に取って、何かの容器に入れている。


「あなたは……?」

「ただの『復讐者』(アヴェンジャー)。進化したアンソニー・ウォード=キャンサーの破片の回収が目的。それからついでにあなた宛てのメッセージも預かってる」


 ゲイリーの方には目も向けず、ポケットから端末を取り出すと少し操作してゲイリーの方に投げた。地面で弾みながらゲイリーの傍まで来た端末から女性の声が流れて来る。


『はじめまして、ゲイリー・シンプソン』


 どこかから通話しているのだろう。

 顔も見えず、信用さえできない相手は、満身創痍のゲイリーにこんな話をもちかける。


『端的に言いましょう。全人類が平和を享受できる世界の為に、あなたも取引に応じて下さい』





    ◇◇◇◇◇◇◇





 新たにユリという新顔も迎えた『ディッパーズ』はヘルト達や『ナイトメア』と別れ、『ピスケス王国』に戻って来ていた。

 全員、すぐにお風呂に入ったり傷が深い者は治療に専念したりで大変だった。ちなみにユリのお風呂上がりはげんなりしていた。どうやらみんなと一緒に入って耳や尻尾を散々弄られたらしい。何だか余計に人間への恐怖心を埋め込んだような気がしなくもないが、そこは女性同士のスキンシップという事で慣れて行って欲しいものである。

 そんなこんなで夕食時。アーサーはアクアに頼んで食事をトレーに乗せて貰い、食堂ではないい別の場所へ向かっていた。そして部屋の前に着くとドアをノックする。中から返事が聞こえて来たので、アーサーは中に入った。


「スゥ、具合はどうだ?」


 中に入るとベッドで上半身だけ起こしたスゥがいた。彼女はこちらの姿を見ると表情を柔らかくして、


「大丈夫だよ。ネミリアさんとソラさんがすぐに治療魔術をかけてくれたから、しばらく安静にしてれば治るって。アクアには凄い心配されちゃったけど……」

「ああ……それでアクアには睨まれたよ」


 スゥは今回の事件でかなりのダメージを負っており、怪我自体は治癒魔術で治っていたが蓄積した疲労までは消えていなかった。そこで心配したアクアがすぐに休ませようとし、お風呂に入ってからこの部屋に直行させられていた。食事を運ぶとアーサーから言い出さなかったら、アクアに魔術の一撃くらい打ち込まれていたかもしれない。


「アクアは過保護すぎだよ……」

「それだけ心配してるって事だ。勿論、俺達も」


 ベッド脇のテーブルにトレーを置く。スゥのメニューは野菜たっぷり栄養満点のシチューとパンだ。同じトレーに置かれた棒状の固形物はアーサーの夕飯なので手に取る。


「それは何?」

「カロリーチャージ。アクアがこれしか用意してくれなかったけど結構好きなんだ」

「……それ、少し食べてみても良い?」

「気になるのか?」

「うん」


 そう言うとスゥは小さく口を開けた。どうやらアーサーの手で食べさせて欲しいという事らしい。病人は甘えん坊になるあの現象だろうか?

 アーサーとしても断る理由は特に無いので、包装を解いてからスゥの口元に持っていく。彼女は一口かじって咀嚼すると、若干表情を曇らせた。


「……これ、あんまり味しない……」

「本当はチョコとかバターとか色々味があるんだけど、無味って事はアクアの怒りが表されてるな……」

「だとしてもレン君の好物って変わってるね……」


 アーサーの偏食ぶりに何かを考え始めたスゥは、やがて何かを決意して顔を上げる。


「よし、決めた。いつか私がレン君の胃袋を掴んでみせるよ。私の料理が好物って言わせてみせる」


 その言葉にアーサーは嬉しさと同時に痛みを感じた。そもそもその話をする為に来たのだが、やはりしなければならないという思いが強まる。


「……スゥ。俺、お前に話さなくちゃいけない事が……」

「ラプラスさんとの事だよね」


 話そうとした事を先に言い当てられて驚いていると、スゥは柔らかい笑みを浮かべて、


「知ってるよ。見てれば分かるから」

「そっか……なら改めてになるけど、俺はラプラスと付き合う事にした」

「うん……何となくだけど、レン君が最初に選ぶとしたらラプラスさんだって思ってた。やっと一歩踏み出せた事、おめでとう……って言っても良いんだね」


 スゥが探るように伺うのは、アーサーの『担ぎし者』の呪いを知っているからだろう。その点に関して、アーサーは曖昧な笑みを浮かべて、


「……ラプラスの事を手放したくなくて、俺の運命に巻き込んだ。ラプラスはそう望んでいたし、俺も心のどこかじゃそう望んでた。でも……完全には割り切れない。だから……」

「私の事は巻き込めない……?」


 アーサーが言い淀んでいると、スゥがその先を言ってくれ、素直に頷く。

 自分を想ってくれる女の子に対して酷い答えで、しかも相手に言わせている事に不甲斐なさを覚えて、だというのにスゥはやはり慈愛に満ちた笑みを浮かべて言う。


「今はそれで良いよ。……でもいつか、私の事も巻き込んでくれると嬉しいかな」

「……もしも。もしも今は戦い続けてる俺が、この拳を握らなくて済むようになったら……その時はお前に気持ちを伝える。そう約束する」


 それは一般的に考えて酷い答えなのだろう。気持ちを知っていて保留にしているのだから当然だ。

 だけど当事者二人にとってはこれが正解。他の誰になんと言われようと納得できる。

 だからどこまでも優しくて、こちらを思いやってくれる尊敬できる少女に、アーサーなりに精一杯伝えられる事を伝えた。


「うん。待ってる」


 やはりスゥは笑顔でそう答えた。

 その笑顔に、胸の奥に嫌な痛みと嫌ではない痛みが同時に走ったのを感じた。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「さて、透夜くん。どうしてこうなってるかは分かるよね?」


 夕食が終わるなりメアに呼び止められた透夜(とうや)は、彼女に言われるまま付いて行くとワイヤーで体を縛られ、部屋の中央で座らされた。メアの顔には笑みが浮かべられているものの隠せていない怒りの色があった。


「さっぱり分からないんだけど……」

「とりあえず、スノーに斬られそうになった時に庇ってくれたのはありがと。その上でどうして私なんかを庇ったの?」

「どうしてって……守りたかったから?」


 あの時の事は正直、体が動いたからという以外に答えが無い。

 アーサーに感化されている自覚はある。ミオを殺して救おうとした自分に対して、ミオを生かして救おうとしたアーサー。結果的にアーサーのやり方がミオを救う事になった。

 だから憧れた。もし同じように生きられたら、どんなに良いかと思った。

 そして気が付けばこうなっていた。誰かを守りたいと思い、体を動かせるヒーローに。


「上手く言葉にできないけど、メアなら分かるだろ? 僕も君もアーサーに憧れた。たとえ不完全で、理想論ばっかりの甘い正義だとしても、それでも誰かを助けられるヒーローになりたいって」

「確かにね。でもみんなはヒーローだけど私は違う。今まで何人も殺して来たよ。それも自分の意志なんて持たず、言われるがまま何も考えずに」

「でもそれは……」

「仕方ない? 透夜くんはそう言うだろうけど、そんな風に擁護しないで。大勢を殺した事は誤魔化せない。レンくんに憧れる気持ちは私にもあるけど、今更あんな風にはなれないって分かってるし、誰かに命懸けで庇って貰う価値も無い。今でも殺して来た日の夢を見る、殺して来た人達の怨嗟の声が聞こえて来る。……だから透夜くんは私とは違う善人だよ。そんな私なんかの為に命を無駄に捨てないで」

「断る」


 言いたい事を一方的に告げるメアに対して、透夜は短く答えながら全身に力を込める。拘束が厳重ではなかった事、ナノテクのユーティリウムは強度が落ちる事、そして『獣人血清』の置き土産とも言える強化された肉体。それらの理由からワイヤーは簡単に千切る事ができた。

 そして真正面から対等な位置でメアと向き合う。


「何度でも助けるよ。たとえ君に拒まれようと、嫌われようと、関係無く助け続ける。僕はそう決めてここにいるんだ。もうミオだけが理由じゃない」

「……無意味だよ」

「いや、意味ならあるよ」


 自虐的に吐き捨てるメアの冷たい右手を包み込むように掴んで、透夜は続ける。


「確かに殺人を犯して来た罪は消せないのかもしれない。でも君の手は誰かを救える。過去を悔いて、誰かを助けたいと思える優しい心を持っている。だったら償えない罪は無いよ」

「……本当、透夜くんはレンくんに似て来たね。元から似てたっていうのもあるんだろうけど」


 共に最初の原動力には妹が関わっている者同士だ。それに『シークレット・ディッパーズ』では唯一の男同士。影響を受けるなというのが無理な話だろう。

 右の義椀には触覚もあるので、機械の右手に触れる透夜の手からは温かさを感じる。それはまるで温かいものに包み込まれるようで、彼の優しさや心遣いを表しているようだった。

 メアは他の誰にも感じる事の無い感情を透夜に抱いている事を自覚して、それを心地良いと感じている事も分かっていて、その上で意図的に手を抜いて心地良い温もりから離れた。


「……だったら、もう死ぬような真似は止めてね」

「まあ、善処はするよ」

「その答えもレンくんっぽいね」


 そう言われた透夜は流石に苦笑いを浮かべた。いくら憧れているといっても、参考にしたくない部分だってあるのだ。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 夕食を食べながらアーサーと話をし、二人きりだが楽しい食事が終わるとアーサーはトレーを持って出て行った。早く休ませた方が良いという配慮だろう。優しい彼らしいが、本音を言えばもっと話していたかった。おやすみ、と挨拶をして彼が部屋を出て行くと、途端に寂しさが込み上げて来る。

 嘘はつかなかった。ラプラスが最初に選ばれるのは何となく分かっていたし、いつかきっと自分の事を見てくれるとも思う。

 それでも少しだけ、胸に痛みが走るのを覚えた。

 今まで恋なんてした事がない人生で、もしかしたらアーサーへの感情は感謝や依存なのではないかと思った事もある。だけどこの胸の痛みは、やはりどうしようもないくらい彼の事が好きだという証だった。


 その時だった。

 コンコン、とスゥの意識を引き戻すようなノックの音がドアの外で鳴った。アーサーが戻って来たのかと一瞬だけ思ったが、入室の許可を取る声は彼のものではなかった。

 ドアを開けて入って来たのはラプラスだった。彼女は黙ったままベッドの方に近づいて来ると、先程までアーサーが座っていた椅子に腰をかける。そして何故か、座ったまま何かを考え込むようにずっと動かなかった。


「えっと……もしかして、レン君に話があった?」

「……いいえ、話があるのはスゥさんにです」


 沈黙に堪えきれずにスゥが声をかけると、ラプラスはやっと口を開いた。

 そして何かを決意したような強い眼差しでスゥの双眸を射抜くように見据えると、淀みの無い口調で告げる。


「文字通り、一生のお願いがあります。やがて来る可能性のある、最悪の『未来』に備える為に」

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