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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一八章 たとえ間違いだらけだったとしても The_Multiverse_Door_Was_Opened.
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394 弾ける究極の閃光

『だーかーら、剣の振り方はそうじゃないって何度言ったら分かるんだ?』

『お前の教え方が悪いだけだろうが、この飲んだくれ!!』

『ああん? お前の物覚えが悪いだけだ、こんの馬鹿弟子!!』

『その酒瓶捨ててから言え!!』


 気付いた時には目の前で長い銀髪に上半身はビキニの上からファスナー全開のパーカーを羽織っている派手な服装の女と、自分に少し似た少年が怒鳴り合っていた。

 アーサー・レンフィールドは知っている。経験則で知っている。これは単なる夢であり、自分が介入できるものではないと。


『ずっと徒手空拳で戦って来たのは分かってるが、それにしても剣の才能がないんだよ、お前。基礎くらいは身に着けられたみたいだが、本格的に剣術を使いたいなら私みたいに我流の型を身に着けた方が良いな。自分に合った決まった動きを体に覚え込ませれば多少は映えるだろ』


 担ぐように持っている木刀で肩を叩きながら言う女性に、少年の方は食い下がるように意見する。


『……俺は剣術なら何でも良いって訳じゃなくて、アンタの連撃に重きを置いた剣術を使いたいから修行を頼んだんだけど……』

『甘えるな。「天桜流」(てんおうりゅう)は男に筋力で勝てない私が戦いを繰り返しながら作った実践的な型だ。そもそも私にしか使えないんだよ。型を教えるのは良いが、お前が使いこなす為にはお前自身で新しく作り直す必要がある。まあ「天桜流」の肝は回転と連撃だ。連撃は体に染み込ませるとして、あとはお前の「廻天(かいてん)」を応用すりゃ形にはなるだろ。つー訳で、今日は一つくらい型を完成させてみろ』

『出たよ無茶ぶり……』


 言葉こそ否定的だったが、少年の方はその後も真面目に修行に取り組み、女性と時々口喧嘩をしながらも剣術を形にしていく。この光景を見始めた時は日が高かったのに、一つの型を完成させた時には日が暮れていた。


(なんでだろう……)


 夢というには現実的すぎるが、絶対に経験した事はないし見た事のない場面だ。

 だというのに―――


(……妙に懐かしい感じがするのは)


 ―――それは泣きたくなるほど、素敵な光景だった。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 それはいつものように唐突で、失っていた意識を取り戻した。

 全て覚えている。意識を失っていた時の事も、その前の事も全て。

 顔に水滴が落ちる感触があって目を開くと、そこに一人の少女の顔が映り込んだ。


「……ったく、やっと起きたわね……」

「ユリ……?」


 こちらを覗き込む彼女は、頭から血を流していて体もボロボロだった。それが自分を庇ったせいで負った傷なのは想像に難くない。


「どうして俺を……」

「……借りっぱなしは、趣味じゃないだけよ……」


 強がっているが声音は弱々しかった。それにボロボロなのはユリだけではない。軽く辺りを見回すだけでも、大勢の獣人や仲間達が倒れている。


「……やっぱり、私は人間が嫌いよ」


 アーサーが倒れたからこうなった。だから恨み言を受ける義務が彼にはあるし、ユリにはそれを言う資格がある。

 だけど、恨み言とは違う続く言葉があった。


「……でも、お願いアーサー。もしアンタにそれが出来るなら、みんなを助けて……っ」


 囁くような、けれど泣きたくなるほどの悲痛な願い。人間嫌いのユリが人間であるアーサーに助けを求めているのだ。

 名前を呼ばれて少しは認められたと思っていたが、それでも葛藤があっただろう。それに報いる方法をアーサーは一つしか知らなかった。上体を起こしてユリと目線を合わせる。


「ああ……約束する」


 力強い言葉を意識して答えると、ユリは安心したのか微笑を浮かべて意識を失った。倒れて来る彼女の体を抱き留めて、アーサーは左手の籠手に意識を向ける。


「……ソラ、いるか?」

『……ごめんなさい。どうやらアーサーさんの意識が途切れると、私は何もできなくなってしまうようで……』

「そうだったのか……今からでもみんなの治癒を頼めるか?」

『っ……はい!』


 気合の入った声で返事をしたソラは『手甲盾剣』(トリアイナ・ギア)から離れ、人型になると戦場全体に魔力を広げて全員の遠隔治癒を始めた。何気なくやっているが、元から遠隔に機能させられるネミリアの『共鳴』とは違って掌で触れられる距離で作用する治癒だ。それを遠隔に作用させるだけではなく、戦場全体を覆ってしかも一人一人に作用する力が落ちてもいないのだ。伊達に一人一人が規格外の力を持つ『ラウンドナイツ』のメンバーではない。

 そしてアーサーも自分自身の責務を果たす為に、これでもかというくらい右の拳を握り締めて駆け出した。ありったけの魔力を込めた一撃でもクピディタースは倒せなかった。だから使えるものを全て使う。


(今出せる全てを出しきれ……っ! 魔力も、『紅蓮の焔』も、呪力も、全て!!)


 魔力と『紅蓮の焔』を合わせるのには慣れている。けれど呪力を別の『力』と、ましてや三つの『力』を合わせるのは初めての事で手こずった。

 こちらに気づいたクピディタースは避けずに受けるつもりのようで、ただ開いた右手を前に伸ばしているだけだ。その甲斐もあって何とか衝突の刹那前には呪力を掛け合わせて拳を叩き込めた。

 それはただ、がむしゃらに三つの『力』を合わせただけの拳。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 接触時に赫黒い稲妻のような閃光が弾けたかと思うと、次の瞬間にはクピディタースにダメージを与えていた。

 おそらくクピディタースよりもアーサーの方が困惑していた。その瞬間、頭の中で弾けた思考は断片的だった。

『約束』『ダメージ』『有効』『力』『殺せる』。


(―――いける!!)


 気付いた時には追撃を加える為にもう一度同じ行動を試みていた。どういう訳か今の攻撃で負ったダメージを回復していない。それを好機と捉え、もう一度三つの『力』を右拳に集める。一度やった事で先程よりもスムーズにできた。

 しかし今度も想定外の事が起きた。三つの『力』を合わせて攻撃する前に、右拳に集めた『力』が弾けて消えてしまったのだ。結果的に素の拳で殴りかかるという無様な結果に終わってしまう。


(なんだ、これ……あれは単なる偶然? それとも何か条件があるのか!?)


 考えている時間は無かった。無防備なアーサーに対し、クピディタースは無事な左手で殴りかかって来る。素の拳でも当たれば『カルンウェナン』による魔力の掌握ができるが、今のクピディタースの動きをそれで止められるとは思えない。必死に殴りかかる軌道から回避の為に体を捻るが、その程度では殺人圏内からは逃れられない。

 だが寸前、拳を振りかぶったクピディタースは横から飛んで来た風の魔力弾の衝撃で吹き飛んでいった。


「『風爆(ふうばく)』……まったく、きみには驚かされてばかりだ」

「ヘルト……!? お前、大丈夫なのか!?」

「きみの仲間に治療されたからね。それに頑丈さがぼくの売りだ」


 首に手を当ててコキリと音を鳴らしている彼は口調こそ強気だが、その体はアーサーと同じくらいボロボロだ。治療を受けたといってもすぐに動けるようになる程度の応急処置だ。その内には回復し切れていない傷と疲労が蓄積されている。

 だが二人は互いにそこには触れずにただ敵を見据える。


「やつの右腕を吹き飛ばした技は?」

「偶々だ。自力じゃ出せないから策には組み込めない」

「なら取れる方法はもう多くない。というかぼくは一つしか思い付かない」


 ヘルトとの話はそこまでだった。単なる風で吹き飛ばされたクピディタースへ警戒心を強めると、彼はアーサーが吹き飛ばした右腕を再生させていた。しかしその速度は遅く、今までのような変異も無かった。

 クピディタースは忌々しげにアーサーを睨んだが、それも一瞬の事ですぐに別の方向を向いた。


「……どうやらお前達の攻撃ではこれ以上成長できないらしい。やはり『獣人血清』が必要だ」


 そう呟くと、少し身を屈めたクピディタースはその方向に大ジャンプして行った。

 どこに向かって行ったのか、アーサーとヘルトには分からない。その答えを知っているのはアーサー達と同じようにクピディタースに立ち向かって倒され、丁度今復帰したクラークだった。彼は同じく復帰した透夜(とうや)に肩を借りて立ちながら声を出す。


「マズい……あの方向、シオンが危ない! 彼女は『獣人血清』を持ってるんだ!!」

「なっ……あいつ、血清を感知できるのか!?」

「そういう風に変異したんだろうね。そしてさっきの言葉から目的は自身の強化か……場所はどこだ? 今からぼくが追う」

「ううん、あたし一人で行くよ」


 ヘルトの提案に待ったをかけたのは、額や腕などから血を流す満身創痍の(つむぎ)だった。けれど動けている分、他の者達よりも幾分かマシなのか。けれどアーサーの記憶では立ち上がれないほど疲弊していた彼女が動いている事に違和感しかなかった。


「紬!? お前、動いて平気なのか!?」

「うん。アーくんが言ってたやつをネミリアちゃんに頼んでやって貰ったからね。体感的には元気だし、あたしは『ディッパーズ』で一番早く動ける。今からシオンの所に戻って、ギリギリまで引き付けてから戻って来るよ。そしたら少しは策を練れる時間が出来るでしょ?」

「でもお前、無理したら体が……」

「悪いけど、これは提案じゃなくて確定事項だから。誰にもあたしは止められないし、それに他に良い方法は無いでしょ? って訳であとはよろしく!」


 一方的に告げて紬はその場から消えた。言いたい事は沢山あったが、強制的にこの手を選ばされた。

 紬は覚悟を決めたのだ。限界を誤魔化している自分の体では、この仕事が最後に出来る事だと判断した。ならば託された側として、アーサー達も覚悟を決めなければならない。

 クピディタースを倒す。

 与えられた時間でその答えを見つけるのだ。

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