389 ヒーローへの第一歩
倒れた透夜のすぐ近く、スノーと戦っている結祈達だが劣勢を強いられていた。
そもそも素の身体能力に差がある中で戦えていたのは、魔力による強化があったのが大きかった。それを封じられてしまえば、その身体能力の差がモロに出てしまう。
「まだやるのか? 魔力無しなら私の必勝だ」
「あいにくだけど、そんな理由で諦める人はここにはいないよ!!」
スノーの刀を双剣で受け止める結祈だが、それだけで全身に衝撃が響いて疲労が凄まじい。それでも力を振り絞ってスノーの刀を弾く。全ての力を使っているので隙だらけになるが、それを補うように今度はフィリアがスノーに飛び込んで双銃剣を刀に叩きつける。
「一人じゃないしね。交代で戦えばわたし達に限界はないよ!!」
「私とお前らとじゃ、根本的に身体能力が違うんだよ!!」
「だったらその差はあたしが埋めるわ!!」
叫び声と共に割り込んで来たのは『オルトリンデ』を装着したサラだ。始めに食らった一太刀を不死鳥の力で回復した後、戦闘には参加せず魔力が使えなくなる時の為に『オルトリンデ』への魔力供給に全神経を注いでいた甲斐があった。魔力ではなくパワードスーツによる強化なので、魔力が使えなくてもスノーと同程度の膂力を保てているのだ。
フィリアがスノーの刀を抑えている内に腹へとパンチを放つ―――が、その前にスノーは刀に力を込めて押し込み、フィリアに支えられる形で跳躍すると躱して遠くに着地する。
その瞬間を狙いすましていたかのようにリディとカヴァスが短剣と爪で攻撃を加えるが、またも攻撃の先読みで二人の攻撃を躱す。
「手を緩めないでッ!!」
指示を出しながら結祈はスノーに突っ込み、リディとカヴァスが攻撃されるのを防ぐ。
あとはこれの繰り返し。おそらくまともに戦えるのはサラだけだが、攻撃を先読みされる以上は致命傷を与えられない。だから出来るのはクラークとアイリスが魔力行使を取り戻す事を信じて時間を稼ぐしかない。
だけど何かの拍子に簡単に崩れてしまいそうなほど脆い均衡は、ほんの僅かなミスで一気に瓦解する。
そのミスを起こしたのは結祈だった。運動量的には負担が一番大きかったから当然の結果だろう。ほんの一瞬、足がもつれただけで均衡が終わる。その一瞬を見逃さず、スノーは結祈に向かって渾身の力で刀を振るう。
(やっ……ば)
躱そうにも防ごうにも時間が足りない。
致命傷は避けられない。そう覚悟した結祈だったが、彼女の身に刃が食い込む寸前にそれを止める何かが割り込んだ。それは漆黒の蠢くもので、スノーの全身に巻き付いて動きを封じていた。
(これは影……? それに魔力を感じない……魔術じゃない別の力!?)
一体、どこから割り込んで来た力なのか。その答えはスノーの足元、彼女自身の影にあった。そこに普通なら存在するはずのない影が、どこからか伸びて来ていたのだ。それを辿って視線を動かすと、そこには先程斬られて致命傷を負っていたはずの透夜が立っていた。
「メア。傍に居てくれてありがとう。おかげで助かった」
「透夜、くん……?」
「大丈夫だよ。みんなを助けよう。アーサー達みたいなヒーローになれるように」
透夜は普通に言葉を発していた。どういう訳か斬りつけられた傷も塞がっている。理由はこの場にいる誰にも分からないが、一つの事実として彼は致死率一〇〇パーセントの『獣人血清』に完璧に適合したのだ。アンソニー・ウォード=キャンサーのように自我を呑まれる事もなく、あらゆる能力が向上したこと以外は全て音無透夜のままで存在していた。
彼がスノーの方に近づいて行くと、それに合わせて影の拘束が強まって行く。
「無駄だ、その影は僕に近づいた分だけ強くなる。あの距離で破れなかったんだ、君じゃ絶対に破れない」
体をよじって脱出しようとしているスノーにそう言いつつも、透夜は彼女の前まで来ると自分から影の拘束を解いた。その行動にはスノーだけではなく、周りにいた仲間達も驚いていた。
反撃があれば躱せない位置関係。だけど透夜は冷静だった。
「スノー……僕らは『シークレット・ディッパーズ』だ。ここに囚われてる獣人達を助けに来た。それが戦う理由だ。君がどうして刀を振るうのか教えてくれないか?」
「……ここしか無いからだ」
透夜の敵意の無さを感じたのか、それとも肩透かしを食らったからなのか、以外にもスノーは話し合いに応じた。
「ユリやシオンは夢を見てるようだが、こんな異形の姿の私達が外で生きて行けると思うのか? 同じ人間同士でもいがみ合っているお前達に、私達獣人が受け入れられるか? 言っておくが、私と同じ考えのやつはここに大勢いるぞ」
「僕らは受け入れる」
「お前達が外の世界じゃ犯罪者なのは知ってる。意味なんか無い」
「だったらここで生き続けるのか? 君のように力があれば、ある程度は優遇されるのかもしれない。でも力の無いみんなは? 殺されて『獣人血清』の為の実験台になるか、体を売って恥辱を噛み締めるか、そんな人生しか与えられていないのに?」
「……仕方ないだろ。他にどうしろって言うんだ……」
「分からない……でも方法を考えるよ。僕らと一緒に、最善の方法を模索しよう。きっと良い方法が見つかるはずだ」
手を伸ばした透夜には相変わらず敵意が無い。それは超人的な感覚を持つスノーにも分かっている。
しばしの間を置いて、確かな迷いを見せるスノーの手が少し動いたが、あと少しで透夜の手を取るというタイミングで再び魔力行使が戻り、ハッとしたスノーは『万里跳躍』を足元に作ってその場に落ちるように消えて行った。
スノーが消えて行った足元を見つめながら、透夜は取られなかった手をゆっくりと下ろした。彼女の動作には確かな迷いが見られた。完全な説得は無理だったが、少しでもこちらの考えを伝えられただけ良しとする。
そして、透夜はみんなの方を振り返って曖昧な笑みを浮かべる。
「ごめん、失敗した」
「う、うん。それは仕方ないけど……透夜のそれ、一体何なの? 未来で感じたのと似てるけど……」
「あー……これね」
結祈の指摘通り、透夜が使っていた影は未来で異星人が使っていたのと同じ呪術だ。昨晩、アーサーから教えられた時は使うつもりは無かったが、魔力を使えない状況でみんなを守る為に手を出した。
ぶっちゃけ透夜はみんなになら教えても良いと思っていたのだが、それはアーサーから止められていたので何とか誤魔化そうとする。
「えっと……アーサーに聞いてくれ」
「……もしかして口止めされてる?」
流石はアーサーの理解者であった。よくもまあ、彼女に隠し事をしようとしたものだと透夜は呆れてしまう。
とりあえず脅威も去ったので、獣人達を逃がしていたアイネ達の方を見る。すると向こうも丁度終わった所で、こちら側に残っているのはアイネ、ユリ、アリウムの三人だけだった。こちらの様子も見ていたユリは少し大きな声で、
「こっちは終わったわよ!」
「ああ、僕らも行く!」
透夜も大きく声を上げて応じ、みんなと一緒にアイネの『万里跳躍』の中に入ろうとした。
けれど動き出そうとしたその瞬間、透夜に新たに備え付けられた動物的直感が危険を知らせて来た。
彼が呪術を得る代償に払ったのは『獣人血清』による恩恵だった。それによりクラークのような獣人以上の身体能力や回復能力は失っているが、すでに完全に透夜に適合したある程度の身体能力、五感の鋭さ、代謝速度などは失われていなかった。それは透夜自身も意図していなかったギフトで、動物的直感もその中の一つだ。
彼が感知したのは、『万里跳躍』の穴の向こう側からの攻撃だった。警告する暇もなく、無数の回転する骨の棒がこちら側に襲い掛かって来た。
「っ―――『夜叉神影』!!」
透夜が体得した呪術の名を叫ぶと、彼の影が無数の鞭のように流動しながら飛び出して骨の棒を弾いて軌道を逸らした。
けれど全ての攻撃を防げた訳ではない。特にポータルの傍にいたアイネは肩を貫かれ、細かく飛び出た骨が返しになっているせいで引き抜けず強引にポータルの向こう側に引きづり込まれて行く。
「くっ……!!」
それを近くで見ていたユリは後を追うようにポータルの中に飛び込んでいき、アリウムも少し迷ってからその後に付いて行く形でポータルが閉じるギリギリの所で飛び込んで行った。
その攻撃の主が誰なのか、透夜達には分からない。ただ獣人達と分断された上に、向こう側に明確な敵がいるという状況は絶対にマズい。
それを共通の認識として理解し、透夜は自身の周りに無数の魔法陣を展開すると大量の鎖を絡み合わせながら頭上の斜め上へと突き出した。
「―――『天地覆う連環の鎖』!!」
それは先刻、天井を貫けなかった技。
けれど今回は違う。一度も勢いを落とす事もなく、六〇メートル先の地上まで貫いて大穴を開けたのだ。そして鎖を道のように残して叫ぶ。
「鎖を登ってくれ! みんなを助けに行かないと!!」
そして全員が一様に必死の表情で地上を目指し、鎖の足場を駆け上がって行く。
その必死さは、獣人を助けたいという想いが『シークレット・ディッパーズ』の共通した想いという事を表していた。