43 本当の黒幕
アーサーの言葉を聞いて、アリシアは僅かに目を細めた。
そしてその熱に押されたのか、それとも最初からそのつもりだったのか、アリシアはドラゴンの詳細を語り出す。
「動き出したのは本物のドラゴンでも脳は死んでいました。基本はAI制御でセットアップには時間を要するはずです。それに今は防腐液を抜いている起動準備段階で、正確にはまだ動き出した訳ではありません。操作は管制室で行われているので、そこに行けば止められるはずです」
「管制室の場所は!?」
「……」
しかし、アリシアの言葉はそこで止まった。
渋っているという訳ではない、むしろ本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
「もしかして、場所は知らないのか……?」
「……いえ、管制室の場所は分かります。ですが、それを教えたくはありません」
アリシアの言葉は意味が分からなかった。ここで渋るという事に意味を見いだせない。
もしかしてアリシアはやっぱり『タウロス王国』側で、自分達は罠に嵌まったのではないかという考えが強まる。
しかし、続くアリシアの言葉は予想の外だった。
「私がここに来たのは、あなた達にこの国をどうにかして欲しい訳ではなく、あなた達を逃がしたかったからです。それに今の管制室周りは防衛システムのロボットだけではなく、ニック達と同じ『オンブラ』の面々も警備にあたっています。起動したドラゴンがこの国のみんなを傷つける訳ではありませんし、ここが妥協点です。あなた達は地上に戻って下さい。後の事はこっちでやります」
「……こっちでって、どうするつもりなんだ……?」
アリシアは儚げに笑うと懐からナイフを取り出して、
「私ならまだ怪しまれずに管制室の中まで入れます。そこには兄もいるはずですから、人質にするなりして止めさせます」
「なっ!? それはダメです! アリシア様が殺されてしまう。私達はあなたを救い出すためにここまで来たのに、それも全て無意味になってしまう!!」
「それにその方法じゃ今は止められても、すぐにまた同じ事が繰り返される。できるのは先延ばしだけで、ただの無駄死にだぞ!」
「でも何もやらないよりはマシです。私達のエゴで、何の罪も無い魔族を見殺しにする訳にはいきません」
「それだって他に方法があるでしょう!? あなたが命を懸ける事ではない!」
「魔族を助けなくちゃいけないのは俺も同じだけど、別に方法があるってのはニックと同意見だ。お前が犠牲にならない方法だってあるはずだ!」
「ですが時間がありません。ドラゴンの完全起動まであと一刻の猶予もないんです」
アーサーとニックが反論を重ねるが、頑なに意見を変えないアリシア。
そんな事をしているのが悪かった。
「っ!? アーサー!!」
最初にサラが気づき声を上げる、それでも反応が遅かった。今通って来た通路からいくつもの足音が響いて来た。
その音は瞬く間に大きくなり、逃げる暇はなかった。そもそも見た感じ通路は一本しかないので、どっちみち逃げられなかったのだが、何の対策を打つ時間もなかったのは痛かった。
入って来た人数は十数人。しかも今度はAIで動く単純なロボットではなく、それぞれが考えて動ける生身の人間だ。アリシアを含めても五人しかいないアーサー達にどうこうできる数の差ではなかった。
「やれやれ、こんな所にいたのか」
見る限りニックやレナートと同じような装備をしている集団の中に一人、明らかに場違いな恰好をしている男がいた。
無駄に派手な装飾が施された衣装を身に纏った男、さすがのアーサーでも一目で王族かそれに近しい人物だというのは分かる。
アーサーとサラは声を発した男に警戒心を強めるが、隣の三人の様子は違った。
ニックとレナートは信じられないといった風に、アリシアはそれを通り越して驚愕に満ちた表情をしていた。
「フレッド、兄様……!? どうしてこちらに!?」
「愚妹を迎えに来たんだ。魔力しか能の無いクズがわざわざ手を焼かせるな」
その物言いに、場違いにもアーサーは頭にきた。
「お前自分の妹にその言い方……ッ!!」
と。
一歩前に出た瞬間に十数の銃口が一斉にアーサーの方を向く。サラが慌ててアーサーの肩を掴んで引き留めなければ、間違いなく殺されていた。
「冷静になりなさい! ここで動いても何にもならないわよ!」
「わ、悪い……」
他人であっても妹を粗雑に扱う兄は許容できないらしい。サラに言われた事を反省するにはするが、腹立たしいのは変わらない。睨み殺さんばかりにアリシアの兄を見る。
(兄……って言ったか)
サラに止められて少し冷静さが戻って来た。先程の話と照らし合わせると、目の前の男は『タウロス王国』の現国王という事になる。
つまり。
「アンタがこのドラゴンを動かすために、アリシアとこの国の人達を使い捨てにしようとしてる暴君って事で良いんだな?」
「ちょっ、アーサー!?」
全然冷静になっていなかった。
サラに止められて間もないというのに、またすぐに一歩前に踏み出して銃口を向けられる。今回そんなアーサーの無謀を止めたのはサラではなくアリシアだった。
「怒ってくれるのは嬉しいですが、今は止めて下さい。フレッド兄様の周りにいるのは、ニックもかつては所属していた『オンブラ』の精鋭です。下手に暴れては命はありません。ここは私に任せて下さい」
そう言うと、今度はアリシアがアーサー達を背に庇うようにして一歩前に出る。その姿はまるで、動物の母親が自らの子供を守ろうとしているようだった。
「お兄様、お手を煩わせてしまってすいません。私は大人しく付いていきます。ですから、この方達を見逃して貰えませんか?」
「ふむ……」
フレッドは少し考える素振りを見せた。だが誰の目から見ても、圧倒的優位に立つフレッドがアリシアの要求を呑む必要が無いのは明白だった。邪魔なアーサー達を殺して無理矢理アリシアを連れて行った方が確実だからだ。
「良いだろう」
しかしフレッドはあっさりとアリシアの要求を呑んだ。それにアーサー達も驚いたが、一番驚いていたのはアリシアだった。
「良いのですか……?」
「ああ、お前が本当に大人しく付いて来るならな。彼らが騒がない限り危害は加えず、地上に帰す事を約束しよう。俺が一度言った事を覆さないのはよく知っているだろう?」
「……はい、ありがとうございます」
「分かったらさっさとこっちに来い」
言われた通りに付いて行こうとするアリシアを、今度は逆にアーサーが止める。
「おい、待てよ! お前だって分かってるだろ、付いて行ったら死ぬぞ!!」
「それでも何もしなければあなた達が死にます。大丈夫ですよ。お兄様自身が言った通り、大人しくしていれば殺されません。有言実行があの人の信条ですから」
「俺達の話じゃない、お前の話をしてるんだ!」
「私は最初から死ぬつもりでしたから問題ありませんよ。ドラゴンの動力を長年供給してきた大罪人が、のこのこ生き残ってる訳にはいきませんから」
「そんな事……ッ!!」
「話はそこまでにして貰おうか」
フレッドの声が、どこまでも無慈悲に鳴り響く。アーサーの説得が届く事なく、アリシアは再びフレッドの元へ行ってしまう。
そしてそのまま、フレッドと共に通って来た通路へと向かう。
その途中、アリシアは思い出したようにアーサー達の方を振り返った。その表情はこれから起きる事を全て受け入れているように、あるいは全てを諦めているようにとても儚げに微笑んでいた。
「ニック、レナート。言っておきますが、私は助けなんて望んでいませんでした。ここまでわざわざ無駄足ご苦労様でした」
「アリシア様……」
「それからアーサーさん、でしたよね。最後に一つ良いですか?」
「……なんだ?」
そして今生の別れのように、アリシアはその言葉を投げかける。
「あなたはこの国に来て、最初にどう思いましたか?」
「最初に……?」
アーサーは少し言い淀むが、アリシアの方は元々答えを聞こうとは思っていなかったようだった。
すぐに正面を向き直ると、再び歩き出す。
アーサーはその後ろ姿を、黙って見送る事しかできなかった。