行間三:選んだ道
アレックス・ウィンターソンは足音を立てないように慎重に地下へと降りて来た。雷速になれば一瞬だが、薄暗く発光でバレてしまう為、このような手を取った。
地下に降りて来た事で、改めて魔力感知ではなく熱感知を行う。反応は一つ。どうやら漏らしたのは一人だけだったらしい。それならばと幾分か周囲への警戒心を一人の方へと流して急ぐ。音響感知で疑似的な地図を作り、端の部屋の床下に絨毯で隠された梯子を下って行く。
開けた場所に出た時、アレックスは天井付近にいた。エレベーターどころか階段を配置することすら憚れるほど隠したかったのか。そもそも大人数が移動することを想定していないのだろう。
中央の柱以外は何もない、深さは上の階層数フロア分はあるだろう。最も最初からこの施設に比べれば上のビルなど隠れ蓑くらいの役割しかないのだろうが。
円状のフロアの壁際にはトンネルのような巨大な配管が設置されており、そのすぐ傍に一人の男が端末を操作していた。
それが敵。そう判断するとアレックスは梯子から手を離して蹴った。そして落ちながら背中から剣を引き抜くと、刃を覆うナノテクを体の方へ流して行き『ヴァルトラウテ』を纏うとすぐさま飛んで行く。
「動くな。指一本でも動かしたら撃つ。まずテメェは誰だ?」
不用意には近づかず、滞空したまま左手を銃の形状に変化させて背中に向ける。
白衣のような白いコートで体の線が隠れていて判断がつかなかったが、大人しく振り返ったのは男だった。隈が酷く猫背気味で線も細い、およそ健康的の対極にいるような男。大きな魔力も感じず、たとえ真正面から戦っても問題無く制圧できる気がした。
けれど彼のその目がアレックスの動きを止めていた。安易に踏み込めば死が待っていると、冷たくも燃えるような異質な瞳の奥の火に尻込みしてしまった。
くすり、と男は嗤う。
まるでアレックスの心の内を覗き込むように。
「名前……ですか。私はスピアヘッド・シティスラッガー。この世界に安定と持続をもたらす者です」
「安定と持続? 何言ってやがる。それにタキオンエネルギーがどう関係してる」
「これは半分おつかいのようなものなんですが……まあ、私も興味ありましたし。人々の未来の為とでも言っておきましょうか」
「……解せねえな。それが時を超えるタキオンエネルギーと何の関係がある?」
「そこまで話す義理はありません。名を名乗ったのも、少なからずあなたに敬意があったからですよ、アレックス・ウィンターソン。アーサー・レンフィールドやヘルト・ハイラントとは違う本物の凡人。ただの努力で、多くのものを犠牲に世界を守ろうとしている」
「……何が言いてえんだよ」
「いえ。ただ人間らしいな、と」
小さな笑みと共に瞳を閉じたその一瞬。そこを見逃さず『雷光纏壮』を発動したアレックスは雷速でスピアヘッド・シティスラッガーに向かって斬りかかる。躊躇なく確実に刃を通したはずだが、空を斬ったように手応えが無かった。
驚愕している暇は無い。最初から効かないと分かっていたように、スピアヘッドはアレックスのいる正面に手を伸ばして来ていた。何の変哲もないごく普通の手だが、確実に意味のある行動に血の気の引く感覚を覚えたアレックスはその直観に従って一瞬で距離を取った。
それから改めてよく注視する。すると男の後ろにもう一人いるのが分かった。何故今まで気付かなかったのか、そもそも熱源感知に何故引っ掛からなかったのか。とりあえず今し方現れた方向で考え、すでに逃亡の手段を確保していると仮定する。
(転移系の力の持ち主か? だとしたら攻撃が効かなかったのは、ダイアナ・ローゼンバウム=サジタリウスみてえに攻撃の軌道に転移系の穴を用意されたからか?)
攻撃は当たらず、すでに逃げる算段がついている相手。どう確保するべきか思案していると、唐突に部屋全体が揺れた。単純な地震のような揺れとは違い、この部屋の空間自体が震えたような異様なものだった。
何が起きた―――そう呟くよりも前に、答えはスピアヘッド・シティスラッガーからもたらされた。
「タキオンエネルギーを拝借する際に少し装置を弄りました。安全装置を外したので、このまま行けば『リブラ王国』くらいは吹き飛ぶでしょう」
「なっ……テメェ、何が目的でそんな……!?」
「足止めが主な目的ですかね。だから期待しています。止めて見せて下さいよ、ヒーロー」
それだけ言い残し、スピアヘッド・シティスラッガーは大気に溶けるように消えて行った。熱源感知でも魔力感知でも、果ては音響感知でも存在が見つけられない。一切の痕跡を残さず消え失せてしまった。
あの手の敵を見過ごすと絶対にマズイ事になる。それは分かっているが、かといって今の状況を無視する事もできない。スピアヘッド・シティスラッガーが弄っていた端末を見るが、当然止め方なんて分からない。ヒルデに調べて貰うがタイムリミットが分からない中で、一秒一秒が過ぎていく毎に肩に重い何かが圧し掛かって来る。そもそもタキオン自体、存在すら知らなかった物質だ。どうすれば止められるのかなど想像もつかない。
とくかくやるしかない。その為にヒルデから返って来た情報を元に端末を操作しようとしたその時だった。青い稲妻をスパークさせて、新たな乱入者が現れた。
「アレックスさん!!」
「ピーター!? お前、なんでいる!!」
「僕だって役に立てる! 覚悟だってある!! だから指示を!! 僕は何をすれば良い!?」
「っ……」
言いたい事はあった。
不甲斐ないとも思った。
だけどヒルデが手に入れた情報と、ピーター自身が誤認している彼の能力。それを考えて一つの答えを導き出す。
「走れ」
短く一言、アレックスはそう指示する。
「お前はまだ自分の能力を分かってねえ。お前はただ早く動けるだけじゃねえ、その時のお前は次元への扉を開いてる。だから走れ、ピーター。走って扉を開け。そこにタキオンエネルギーを流してこの国を救え」
「それが僕に出来る事なんだね?」
「お前にしか出来ねえ事だ」
「分かった。任せて」
そこから先、アレックスが見ていたのは部屋を物凄い速度で回る青白い稲妻と、ヒルデによって機能を停止させていく機械だけだった。
それを見ながら、アレックスは静かに端末を操作した。それから誰にも見られぬようにタキオンエネルギーを少し拝借し、今回の騒動は人知れず幕を閉じたのだった。




