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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一八章 たとえ間違いだらけだったとしても The_Multiverse_Door_Was_Opened.
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383 黄色い閃光

 多くの者達が動いている中、比較的静かな時間が流れている場所があった。

 一人パソコンと向かい合っているシオンと、目元にタオルをかけてベッドで横になっている(つむぎ)

 けれど紬は他のみんなが戦っているのに黙って寝ていられるような女ではなかった。最初は耐えていたが、我慢の限界が来た所で目元のタオルを取ってシオンの方を見る。


「……何をやってるの?」

「大人しく休んでろ。回復が遅くなるぞ」

「うん。で、何をやってるの?」

「……、」


 まったく休む気のない紬の言動に答えない方が面倒くさそうな気配を感じ取ったシオンは溜め息をつき、手を動かしたまま口も動かす。


「『反・反魔術領(A.A.A.C)域』を準備してる。これを使えば一時的にだが魔術行使を取り戻せる」

「それで魔力を使えるようになるの?」

「一時的にだ。根本的な解決じゃない。良くて一〇分といった所だな。以降は元通り、これも二度と使えない」

「一〇分……」

「短いだろう?」


 皮肉交じりにシオンは呟く。クラークに頼まれて作ってみたものの、その成果はイマイチだ。出来たのは一度だけ一〇分の自由を得られる事だけ。みんながみんな『万里跳躍』(ジャンプポータル)を使えれば逃げられるかもしれないが、首輪の爆弾がそれを封じている。現状では何の意味もない装置だ。


「ううん、大丈夫。それだけあれば状況を変えられる。アーくんなら絶対に何とかしてくれる」


 けれど紬は目の色を変えてそう返した。そして体が軋んでいるのか、ぎこちない動きでベッドから降りると目を閉じた。

 コォォォー……という鋭さを感じる奇妙な呼吸音。その次の瞬間、紬の体は光に包まれていた。体力が尽きるのを覚悟した本日二度目の『模倣仙人(もほうせんにん)()光彬神威(こうりんかむい)』だ。


「……お前、何を……」

「あたしが消えたら三〇秒後に魔力行使を取り戻して。あたしは最後の力を振り絞ってみんなを助けに行く。信じてないって訳じゃないけど……多分、透夜(とうや)君達だけじゃ無理な気がするんだ。アンソニー・ウォード=キャンサーと直接戦ったから分かる。前の彼がどうかは知らないけど、今の彼はそれだけ強い」

「……今度こそお前は倒れるぞ」

「あたしが倒れてもアーくんが、みんなが絶対に成し遂げてくれるから。意志が途絶える事は絶対に無い。だから止められてもあたしは行く」

「無謀すぎる……計画も何もあったものじゃないし、全て希望的観測に過ぎない。何故そこまで信用できるんだ?」

「うーん……やっぱり、アーくんの事が好きだからかな?」


 少し考えた後に出てきた答えを聞いて、シオンはより一層眉をひそめた。

 紬は胸に手を当て、優しげに微笑みながら続ける。


「例え何があっても、アーくんだけは絶対に信頼できる。アーくんはみんなを見捨てないから、絶対に助けてくれるって信じられるから、あたしも彼を支えたくなる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……だからあたしにとっては、この気持ちが好きって事なんだと思う」


 頬を朱に染め、正に恋する乙女といった感じの紬に対して、シオンは表情に影を落としてころりと口の中で飴を転がした。


「……私には分からない感情だな」

「すぐに分かるよ。ここから出られればね」


 それだけ言い残すと、光に包まれた紬はその場から消えた。シオンは言われた通り三〇秒後の仕事に備えてエンターキーの上に指を乗せ、それから誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。


「……ああ、本当は分かってる。私にだって好いてる男がいるからな」


 最後にもう一度、口の中で飴を転がした。

 大好きな味のはずなのに、何故かよく分からなかった。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 冗談抜きに走馬灯が走った。

 それは死の寸前、自分がこれまで経験してきた記憶から生き残る術を探す為に見るという説があるが、確かにその通りだとアーサーは思った。

 魔力が無い状況下でも戦える術を思い出した。リディが言っていた呪術を今すぐ体得すれば魔力が使えなくても戦える。

 けれど同時に脳裏を過ったのはラプラスとの約束だった。彼女と大喧嘩している最中に約束を破る事に抵抗を感じ、その一瞬が明暗を分けた。

 アンソニーが振り下ろした肉塊への対処が送れ、叩き潰されるその寸前だった。


「ふぃー……間一髪って所かにゃー?」

「紬!? お前、どうしてここに……!?」


 黄色い閃光の正体は穂鷹(ほだか)紬だった。最後の力を振り絞って仙術を発動した紬には余裕が無い。アーサーの問いかけには答えず矢継ぎ早に叫ぶ。


「時間が無いから聞いて! あと数秒で一時的に魔力が戻る!! あたしは本当に動けなくなるけど、アーくん達ならきっとみんなを助けられるから!!」


 アーサーに迫る腕は斬り裂いたが、アンソニーから次の攻撃が来たところで紬の限界が訪れた。全身に纏っていた光が霧散して消え、それは同時に仙術が使えなくなり紬が動けなくなる事を意味している。


「ぁ……やばっ」


 一転して最強の助っ人から無力な少女に戻った紬だが、その寸前で遠くにいるシオンが装置を起動させたのだろう。使えなくなった時と同じように、今度は水の中から出たような感覚を覚えて魔力の感触を取り戻した。


(魔力が戻った……!! 紬……っ)


 アンソニーの攻撃が紬に襲い掛かる前に、今度こそアーサーは迷わず行動した。左腕の『手甲盾剣』(トリアイナ・ギア)から剣を伸ばし、出せる限りの魔力を集束させて構える。


「ソラ、やるぞ!!」

『はいっ!!』


 そこにソラの風の力を加え、さらに威力と鋭さを増した剣を横薙ぎに振るう。


「―――『鸚鵡斬撃剣』パロット・シュナイデン!!」


 剣の軌跡の延長線上、その全てを斬り裂く絶剣。それで以てアンソニーの触手を斬り裂いて紬の窮地を救うと、彼女の体が倒れる前に右手で抱えるように受け止める。

 アーサーの顔を見上げた紬は、命の危機が迫っていたというのに緊張感のない笑みを浮かべた。


「ほら……やっぱり、助けてくれた……」

「運が良かっただけだ馬鹿! ただでさえ疲労でボロボロなのに無理するな!!」

「にゃはは……その言葉、アーくんにだけは言われたくないなぁ」


 笑っている紬だが明らかに顔色が悪い。そもそも紬は仙術を苦手としているのに、それを無理して二回も使った。

 紬がいなければとっくに全滅していた。けれど彼女はもう戦えない。戦えるのは彼女に救われた者達だけだ。


「みんなを助けるぞ」

「うん……後は、任せた」

「任された」


 バトンを受け取るように、アーサーは紬の手を掴んだ。

 そこで張っていた緊張の糸が切れたのだろう。紬は意識を失った。


「アーサー!」


 こちらもアーサーと同時に魔力を取り戻した透夜が掌の魔法陣から鎖を出し、先を引っ掛けてから魔法陣の方へ戻すという独自の移動法でこちらに飛んで来た。


「透夜、紬とみんなを頼む。どんな方法でも良い。獣人達を地上に逃がせ」

「……君はどうする?」

「どっちみち足止めが必要だ。俺とヘルトには必殺の右手があるし、一番やられる可能性が低い」

「……過度な攻撃はダメだ」


 そこで近くにいたクラークも会話に参加した。アンソニーと戦う上で捕まらなかった者達は知っているが、捕まっていた者達は知らない事実を確認していく。


「今のあいつは『獣人血清』に細胞が浸食されていて回復する度に強化されてく。下手にダメージを与えると手がつけられなくなる。それに今の状況はシオンが起こした一時的なものでしかない。一〇分後にはまた魔力が使えなくなる」

「攻撃ができない。それに一〇分……いや、ゼロよりはずっと良いな。まずは……」


 次の動きを透夜とクラークに指示しようとした時、三人のすぐ傍にいくつもの傷を負ったヘルトが飛んで来た。


「いつまで話してるんだ!? きみもこっちに加勢しろ、アーサー・レンフィールド!!」


 彼も魔力を取り戻した事で、先程までよりずっと戦いやすくなっているはずだ。それなのに手こずっている事に、アーサーは少し驚いた。


「ヘルト、クラークに聞いt……」

「聞こえてた。でもダメージを与えてなくても、時間が経つほど彼は強くなってる! ぼくときみとでヤツが回復できないくらいの大ダメージを負わせれば止められる可能性がある!!」


 ヘルトの指摘は正しい。ダメージを与えればアンソニーの変異が早まるが、どのみち時間経過に伴う変異は止められない。

 可能性があるのは一撃でアンソニーの体を吹き飛ばす事。それが出来る術がアーサーとヘルトにはある。

 そして迷っている暇も無かった。こうして策を練っている間にも、アンソニーは獣人達への攻撃を続けている。魔力を取り戻した仲間達がそれを防いでいるが、時間経過と共に強くなる彼に対して、こちらは時間が経つほど当然のように疲弊していく。状況を変えるには一〇分のリミットも関係無く早急に倒すしかない。


「やるしかないか……お前は這い上がれ、クラーク! ここを昇って父親の思惑を超えろ!! ここは俺達で何とかする!!」


 一方的に言って『愚かなるその身に祈(シャスティフォル)りを宿して(・フォース)』を発動させたアーサーと、虚空から『万物両断』の力を持つ鋼色の剣を取り出したヘルトはアンソニーに突っ込んで行く。

 それを見送った二人もすぐに動き出した。透夜は紬を背負って駆け出し、クラークは『奈落』の大穴の上を見上げる。


「待って下さい、クラークさん! 私も行きます!!」

「アイリス……」


 正直、クラークは少し迷った。

 一人で飛んで行った方が早く目的地に着けるし、わざわざ危険に巻き込む事はない。けれど同時にアイリスがいれば戦力的にも精神的にも助かる。間違いなく彼女はクラークにとって精神的支柱だからだ。


「……分かった。一緒に行こう、今度こそやり遂げる」


 その言葉にピンと耳と尾を動かしたアイリスの腰を抱き寄せ、クラークは唯一の力である飛行能力を使って『奈落』の底から大空へと舞い上がった。

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