382 新たな呪術使い
「そういえば、リディはどんな呪術を使うんだ?」
それは未来から帰って来た後の事だった。
何気ないアーサーの問いかけから始まり、ラプラスとリディも含めた三人でした、なんてことのない雑談だった。
見て分かる嫌な顔でリディは答えた。
「ボクは呪術は使わない」
「あれ? もしかして使えないのか?」
「使わないんだ。あいつらと同じものを使う事に抵抗があった。幸い両目には武器があったしな。……てかアーサー。そんな事を聞いて来るなんて、もしかして呪術に興味があるのか?」
「興味って言うか、使えれば戦いの幅が広がるかなって」
「それを興味って言うと思うんだが……まあ良い。ハッキリ言えば、呪術は特別な事をしなくても使える。ステップは二つだ。一つ目は呪術という存在を認識する事、これは一度でも誰かの呪術を見れば良い。二つ目は自分の魂に制約を誓約することだ」
「制約を誓約……?」
「リディさんが言っているのは自分が使いたい呪術と、それに伴う代償を決めるという事ですね。それを魂に誓う事で呪術の発動条件を満たす、と。そういう事ですね?」
「流石だな。この馬鹿と違って理解が早い」
「誰が馬鹿だ、誰が」
「お前しかいないだろ」
「アーサーの事でしょうね」
リディとラプラスの二人に、今更何言ってるんだ的な目で見られたアーサーは心底不本意な顔になったが、今はそれよりも気になる呪術の使い方という話題があったのですぐに意識を戻した。
「それにしても、魂に誓約か……意外と簡単なんだな」
「呪術を使うだけならな。だが強い力を望めば代償も大きくなる。ランチャーの理性や、ボウの筋力のように。かといって誓約する代償が求める力に不釣り合いだと発動もしない。呪術を使う上で唯一難しいのはこのバランスだな」
「代償……」
アーサーがそれについて考え始めるのと同時、ラプラスが手を叩いてパンと軽い音を鳴らした事で思考が途切れた。
「呪術についての話はこれで終わりにしましょう。おそらく二人が考えている以上に危険な代物です。例えば『無』の魔術はキーワードの要らない魔法と言っても過言ではないほど、物理法則を著しく無視したものが多いですが、その会得は先天性でランダム性が大きいのは周知の事です。ですがたった一つだけ後天的に『無』の魔術を会得する術があります。それはご存じですか?」
「えっと……確か、じーさんやアレックスに聞いた記憶はあるんだけど……」
今となっては魔力を使っているアーサーだが、『ジェミニ公国』にいた頃は自分がそうなるとは思っていなかったし、そもそも魔力がほとんど無い自分には関係の無い話だと思ってスルーしていた。
今は科学に傾倒しており、世界的に見れば素人に毛が生えた程度でしかないのだろうが、魔術的な事はアレックスが専門だった。その辺りアーサーはノータッチだ。さらに今はラプラスに投げている。
という訳で、結局ラプラスの口からそれは語られる。
「自身の魔力適正に合った魔術を極め、かつその才能を全て捨て去る事で自身の魂に最も適した『無』の魔術を会得できるんです。それでもランダム性は大きいですが、先天性のものより自身にあった魔術を会得できます」
「……そういえば『タウロス王国』でアレックスがそんな相手と試合をしたって言ってたっけ?」
最初に『タウロス王国』を訪れた時、アーサーとサラが地下に潜っている間にアレックスは賞金目当てで『竜臨祭』に参加し、何人かと戦っていた。その中の一人にそんな魔術を使っていた相手がいたと聞いた覚えがアーサーにはあった。
それを考えると、確かにラプラスが言う呪術の危険性が分かってくる。ランダム性は無く、自分が望んだ力を、自分が選んだ代償で手に入れられる。それは破格の力だ。
「という訳でリディさん、今の話は例え仲間でも秘密にして下さい。それからアーサー、間違っても安易に呪術を使ってみようなどと思わないで下さい。アーサーの場合、力を求めて大きな代償を背負うのが目に見えていますから。そんな事をしたら許しませんからね?」
「あんまり大きくない代償なら……」
「ダメです」
交渉の余地なく却下するラプラスに、どうにか了承を得ようとするアーサー。
その二人のやり取りを見て、リディは少し羨ましいと思った。アーサーはみんなの事を考えて力を欲し、ラプラスはそんな彼を思って危険な呪術の会得を止める。アーサーだってラプラスの制止を振り切ろうと思えばできるのに、あくまで了承を得ようとしている。それはお互いに相手を想い、信頼し合っているからこそのやり取りなのだろう。
リディは自分がそんな風に笑えたと知らず、少し口角が上がるのを自覚した。
◇◇◇◇◇◇◇
「リディ? ねえリディ、そろそろ起きて」
誰かの声が聞こえて来て、リディは静かに目蓋を上げた。
目の前には綺麗な金髪を揺らす友達の顔があった。
「……結祈?」
「やっと起きた……よくこの状況で寝れるね。あっ、皮肉じゃなくて素直に関心してるんだからね」
「長年牢屋生活だったからな。むしろ居心地が良いくらいだ」
皮肉を返したリディは牢屋の中を改めて見回す。
結祈だけではない。ネミリア、メア、フィリア、カヴァス。そして凛祢。自分を含めて七人が囚われの身だが、一人じゃないだけマシだと思えるのが不思議だった。
「リディ、知恵を貸して。早くここを出てみんなや獣人達を助けないと」
「……まったく、本当に『ディッパーズ』は物好きの集まりだな。普通、自分とは違う種族なんて嫌悪するし助けようなんて思わないだろ」
「まあ、変わり者が集まってるのは否定できないね。でもワタシも『魔族堕ち』だし、特別な事でも無いと思うんだけど……」
(それを当たり前だと言って頭を傾げられるのがすでに特別なんだよ……まあ、お前ら自身には分からないんだろうけどな)
他人に優しくする。命を大切に想い、自分達が持てる力の限りを尽くして他者の尊厳を守ろうとする。
それが難しい事だとリディは知っている。誰も助けになんて来なかったし、来るとも思っていなかった狭い牢獄に突然現れたアーサーとラプラス。それを特別だと思わず、当たり前のように助けてくれた友達。
(ボクがみんなを助ける為に出来る事……良いタイミングで夢を見て覚悟が決まった。迷う必要はもう無いな)
壁から背を離して立ち上がると、結祈の傍を通って鉄格子の前に移動する。
傍目には鉄格子の構造でも調べているように見えるだろうが、実際にリディが意識を向けていたのは自身の魂の方だった。
(鉄格子を破壊する程度の威力は欲しいが、そこまでの威力となると代償が膨らむ。ならボクが今持っている武器の攻撃を放つっていうのはどうだ? ただの拳でも呪力がある方が幾分マシだし、多少の時間はかかるが鉄格子くらい破壊できるはずだ。代償はそうだな……ボク自身にもダメージがランダムで与えられるっていうのはどうだ? 軽傷から致命傷までランダムなら、制約のデメリットとしては十分のはずだ。攻撃範囲もボクの体の中心から身長分程度なら代償も釣り合いが取れる)
使うべき呪術の制約は決まった。後はそれを魂に誓約するだけで、そこまで時間がかかるものではない。
丹田に意識を向ける。捻出される呪力を全身に広げ、呪術を発動させる為に意を決して呟いた。
「―――『倏忽凶撃』」
瞬間、鉄格子に重い衝撃が叩きつけられる音が何度も響き渡った。そして僅かな時間の後、鉄格子が吹っ飛んで自由を取り戻す。代償として全身に打撲のような鈍い痛みがズキズキと走るが、その程度なら問題なく動ける。
「さあ、出るぞ」
「リディ……今のは? 魔術は使えないはずだし、それに今の感じは魔力じゃ……もしかして未来で異星人が使ってた呪術?」
「ボクの半分の血のとっておきって所だな。それよりみんなを助けるんだろ? 行くぞ」
追及されそうな気配はあったが、それよりも仲間や獣人の命の方が優先度が高い状況で話は切れた。呪術で戦えるリディを先頭に七人は一斉に走り出す。
(アーサー、ボクは呪術を使った。どうせお前も使うだろうが……考えろよ、ラプラスやみんなを悲しませない為にも)




