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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一八章 たとえ間違いだらけだったとしても The_Multiverse_Door_Was_Opened.
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381 共闘

 二人が考えている事は同じだった。

 魔力が使えない中でも辛うじて戦える自分達が注意を引き、そうする事でみんなが逃げる時間を稼ぐ。

 アーサーは右手を強く握り締め、ヘルトは左手に槍を創り出すとアンソニーに向かって思いっきり投げつける。

 対してアンソニーは先刻のように右手を前に出した。その五指が骨の刃を携えた触手のように伸びて膨張し、ヘルトが放った槍を弾くと二人にも襲い掛かる。それに向かってアーサーは握り締めた拳を叩きつけて魔力掌握を試み、ヘルトは右手で受け止めて触れた瞬間に分解する。

 結果、アーサーは殴るだけでは威力を殺せず弾き飛ばされ、ヘルトはもう一本迫っていた触手に腹部を叩かれて吹き飛ばされる。

 各々の右手の効果はあった。けれど獣人を超えた直感を持つ今のアンソニーは、アーサーとヘルトが右手で触手に触れた瞬間、魔力掌握と分解の浸食が体の方に来る前に自ら分離していたのだ。そして伸ばした触手を元の右腕の形に戻すと、自ら分離したはずの二本の指も元に戻っていた。


「げほっ……クソ。またこの類いの相手かよ」


 アーサーは息苦しさから逃れる為、堅苦しいネクタイを解いて適当に捨てると、スーツのボタンとシャツの一番上のボタンを外す。


「……やれやれ。『ナイトメア』の報告にあったヨグ=ソトースに酷似してるな。もしかすると原因は彼と同じ『獣人血清』だったのかもしれない。五〇〇年前の物と今の物、どっちの方が純度が高かったのかは知らないけど」


 アーサーよりも軽傷なヘルトは、首筋に手を当てて関節をこきりと鳴らしてからうんざりしたように呟いた。

 口だけは達者な二人だが、その表情は決して優れない。

 アーサーもヘルトも分かっているのだ。自分達が生き残っているのは、単に自分達が二人だったからという事に。アンソニーは二人を脅威に思っているからこそ注意を割き、そのおかげで攻撃を食らっても致命にならなかったに過ぎない。そしてこの均衡状態は長くない。まず肉体的に何の強化もされていないアーサーが殺され、その後で一対一になったヘルトが殺される。


「こんなものか。どうやら俺はお前達を過大評価していたらしい。……いや、今は俺が強くなり過ぎたという所か」

「血清で尊大さも増したのか……全く、相変わらず一言一言が魅力的な男だね」

「はっきり言ってやれよヘルト。知能の低さが現れてるってさ」

「言えてるね。おいチンパンジー」

「いいや猿だろ。そこまで知能無いだろうし」

「じゃあゴリラで行こう。力は一番近そうだし」


 軽口を叩き続けるのは、いつものように少しでも冷静さを保つ為の手段でしかない。そしてその事をアンソニーも二人の表情から看破しているから特に動じる事もない。


「答えようと、答えなかろうと。渡そうと、拒もうと。どちらにせよ殺すが一応言っておく。俺から奪った『獣人血清』を寄越せ」

「……返したらどうする? 量産して誰かに使うのか?」

「いいや、俺が使う。さらに打てばもっと強くなれるからな」


 そもそも獣人達を造った目的である『獣人血清』。その使用方法の大幅な転換。そもそも最初の非検体として自分を使うくらいだ。『獣人血清』を打った誰かに叛逆される事を恐れていた側面が、今の状態になって自分だけが強くなれば良いという結論に至ったのかもしれない。

 アンソニーは再び右手を動かす。しかし今度はアーサーとヘルトのいる前ではなく右側に向かって伸ばした。そして骨の刃が付いた触手が飛び出すと、遠巻きにこちらの状況を見ていた名前も知らない獣人の少女達の体を貫いた。さらに膨張した肉が命を奪われた獣人達の体を飲み込み、咀嚼するように蠢いてから元の腕の形へと戻る。


「なるほど……やはり血清ほどではないが、獣人達の血肉を直接取り込んでも多少は力の向上が望めるらしい」

「おまっ、何を……何をやってるんだ、アンソニー・ウォード=キャンサー!!」


 遅れて叫ぶまで、アーサーは呆然と訳も分からずその光景を見ている事しかできなかった。

 これまで何度も信じられないような光景を見て来たが、今回のはそれらの中でも上位に位置するほど現実離れしていた。

 右手が蠢き、一瞬で命を奪った後に喰った。

 今まで感じた事のない忌避感情。その様は物語でしか見ない鬼、まるで悪鬼だ。


「生物の頂点となった俺には、もはや獣人の軍隊も血清による超人兵団もいらない―――俺こそが『キャンサー帝国』だ! 人間も獣人も全て俺の糧になれば良いんだよ!!」


 まさに『欲望と進歩の(クピディタース)塊』。それは『キャンサー帝国』の為と謳う、自分の強さの為だけの所業。彼の考え方はヘルトの功利主義と少し似ているのだろう。ただし傾くのは数の多い方ではなく、いかに『キャンサー帝国』という自分の利益になるか、という事だが。その為なら何千、何万の命も奪うし獣人達の尊厳も踏みにじり続ける。アーサーにはそう言っているようにしか聞こえなかった。


「アンソニー・ウォード=キャンサー」


 アーサーのすぐ傍で、ヘルトが低い声で名前を呼んだ。

 そして続ける。


「『W.A.N.D.(ワンド)』長官としての立場や全ての権限、そして重みを持って言う……()()()()()()


 言葉の端々から滲み出る怒りが感じられる。性格は違くても根は同じヒーロー、やはりアーサーとヘルトの想いは同じらしい。


「覚悟は決まったか?」

「ああ。あいつは解き放ったらダメなものだ。何があっても外に出す訳にはいかない!!」


 改めて明確な決意を持って、アーサーはヘルトと並ぶ。

 これまで何度も人や魔族の命を奪って来た。だからといって命を奪う事に全く抵抗感を感じなくなった訳じゃない。できれば殺したくはない。

 だけど今のアンソニー・ウォード=キャンサーは違う。殺すつもりで戦ってトントン。そして絶対に止めなければ人間も獣人も関係無く大勢の命が奪われる。その虐殺はやがて魔族にまで伸び、世界の全てを焼き尽くすまで止まらないだろう。そんな悲劇を見過ごす訳にはいかない。


「……思えば、お前とこうして並んで共闘するのは初めてだな」

「ぼくらは出会いが最悪だったからね。……でも、今やるべき事は分かってる」

「足を引っ張るなよ」

「そっちこそ」


 三者三様。それぞれ必殺の右手に意識を向ける。

 アンソニーが考える事は、このまま遠くから攻撃して一方的になぶり殺す事。

 アーサーとヘルトの狙いは対照的に、懐まで飛び込んで右手で殴る事。

 状況的に優位にいるのは間違いなくアンソニーだ。近づいて殴る、という言葉にすると簡単な作業が途方もなく困難に思える。

 額から流れた汗が頬を伝い、顎の先から水滴となって落ちる―――と同時に三人は動いた。まず最初にヘルトが動き、使ったのは分解の力を持つ右手ではなく、再構築の力を持つ左手だった。ユーティリウム製の黒い刀を二本創ると、一本をアーサーへと投げて渡した。


「使え!!」

「助かる!!」


 アーサーはそれを左手で受け取り、アンソニーが伸ばして来た触手に叩きつける。それと同時に右手でも積極的に攻撃していく。魔力の掌握前に自ら切り落とされても、少しくらいは動きを鈍らせる事ができるならこの攻撃は有効だ。

 おそらくすぐにやられるような事はない。けれど問題は自分達ではなく、周りにいる獣人達の方だ。アンソニーはアーサーとヘルトを攻撃しつつ、先程のような獣人達の吸収も同時に行っている。獣人達もさっきの光景を見て逃げてはいるが、そもそもここは逃げ場の無い監獄。どう足掻いても限界がある。


「ヘルト! 獣人達を助けないと……!!」

「分かってるけど手が回らない!!」

「くそっ……みんな、獣人達を守りながら全員連れて逃げろ! なんとか『奈落』から脱出する術を探し出してくれ!!」


 三人の戦いに飛び込めず、あまりのプレッシャーに固まっていた全員がその言葉で再び動き出す。

 特にクラーク、ユリ、アイリス、アリウム、アイネの動きは早かった。他の者達はアーサーとヘルトの加勢という選択肢を検討する中、その五人だけは迷わず獣人達を助ける為に動き、突き飛ばしてでも触手の攻撃から回避させていた。

 遅れて透夜(とうや)、サラ、紗世(さよ)、スゥ、嘉恋(かれん)の五人も動く。散り散りに逃げ惑う獣人達に声をかけ、集団で一方向へ逃げるように誘導していく。


「甘いな。獣人達など捨て置けばいいものを。……いや、単に俺のパワーアップを危惧しての行動か?」

「お前はもう黙れ!!」


 みんなが獣人達を守ってくれるおかげで二人にも多少の余裕が生まれていた。動きにも慣れて来たし、徐々にアンソニーとの距離が詰まって来ている。これなら右手を届かせるのも時間の問題―――かと思われたその時だった。

 アンソニーに変化が起きた。(つむぎ)が斬り飛ばした右手だけではなく、左手までもが異形の触手へと姿を変えて迫って来たのだ。


(なっ……左手だと!?)


 一瞬、反応が遅れた。

 そしてその一瞬が戦いの中では致命だった。突然増えた手数に耐え切れず、アーサーは再び触手に殴打されて吹き飛ばされる。魔力で保護していない生身の体にはキツ過ぎる一撃だ。抗う事もできずに壁に叩きつけられ、肺が呼吸を受け付けない。


「おい、大丈夫か!?」


 吹き飛ばされた先にいたのは獣人達を守っていたクラークだった。心配そうにこちらを覗き込んで来るが、その後ですぐにアンソニーの方を見て表情を歪ませる。


「……あんなのと、どうやって戦えば……」


 漏れて出てきたのはそんな弱音だった。

 その気持ちは分かる。魔力という力を奪われ、生身で化物と戦わなければならない現状。アーサーやヘルトはその辺りの感覚が麻痺しているが、こんなの絶望しない方が異常だろう。

 アーサーは何度も血の混じった咳を吐き、なんとか呼吸を取り戻すとクラークの方を見る。


「諦めるな……まだ、終わってない……」


 小さな声で絞り出すと、クラークは信じられないと書かれた顔でアーサーの方に視線を戻した。

 そして心の底から分からないと言った風に訊ねて来る。


「どうして……あんなのを前にして絶望しないんだ?」

「……まだ終わってないからだ。アンソニーを倒してみんなを助ける……そうだろ?」

「君達はヒーローだからそんな事を……」

「ははっ……」


 そんな反応に、アーサーは思わず笑ってしまった。

 頭がイカれた訳でも、クラークを嘲笑した訳でもない。その何の意味もない線引きに笑ってしまったのだ。


「確かに、お前みたいな人達がヒーローと呼んでくれるなら俺達はヒーローだ。……でもさ、だからって一つの例外もなく、全部を全部、一人残らず完璧に救えて来た訳じゃない。助けて来た人達と同じように、この掌から溢れ落ちた命だって沢山あるんだ」


 妹達を助けられなかった。『リブラ王国』でも大勢の人を救えなかった。過去の世界ではシエルを見殺しにした。

 他にも、他にも、他にも。

 多くの死を見てきた。あまりにも多くの血が流れた。もう少し、あとほんの少しだけ早かったらと、何度願ったか分からない。


「沢山、間違えて来た。絶望に足を止めた事だってある。何度も何度も挫けて、諦めそうになりながら、歯を食いしばって地面を踏み締めて、多くの人達に支えられてここまで来た」


 確かに自分達には特異な力があって、魔族相手でも戦えるほど強いという自覚はある。

 でも、なにも初めからそうだったわけじゃない。最初はちっぽけな爆弾と知恵だけで戦っていた、本当の本当にどこにでもいる、いいやそれよりずっと弱い、魔術の一つも使えない村人だった。

 それでも今日まで戦って来れたのは、みんながいてくれたからだ。


「俺達だって人間なんだ。泣いて笑って苦悩する、ありふれた人間の一人でしかない。俺達はヒーローである前に、ごく普通の人間なんだ」


 ヒーロー。それは誰かを救い、悲劇に流される涙の意味を変える者。

 しかし、彼らは決して強いだけの存在ではない。

 立ちはだかる大きな壁や、たった一人との人間関係に悩んだり、どうしようも無い現実にもがいて、苦しんだり。あるいはくだらない話で盛り上がったり、誰かの事を愛しいと感じたり。失敗に後悔したり、成功に歓喜したり。

 時には泣いて、時には笑う。彼らの本質は普通の人達と何も変わらない。確かに彼らは紛う事なきヒーローだが、大前提としてヒーローはヒーローである前に人間なのだ。


「クラーク。お前も今、絶望の底にいるんだろ? でも落ちたのなら這い上がれ。血反吐吐こうが、泥水をすすろうが、その絶望に抗ってみせろ! 心の底から救いたい誰かがいるのなら、たとえ小数点の彼方にしか可能性が無いとしても諦めるな!!」


 その先にしか望む結末は無い。

 楽に辿り着けるような簡単な道ではないのだ。

 人の命を助けるというのは重い。責任も重圧も他の何物にも劣らない。だからこそ望んだ結末に辿り着く為に文字通り死力を尽くすし、みんなで勝ち取った勝利を心の底から喜べるのだろう。

 絶望を乗り越えた先にしか、希望に染まった未来は無いのだ。


「恐怖を受け入れて前を見ろ、敵を睨んで虚勢を張れ! この世界で獣人達のヒーローはお前だけなんだ!! 一度助けると決めたなら、心臓が息の根を止める最後の瞬間まで諦めるな、クラーク・ウォード!!」


 ぐっと体に力を入れて起き上がる。

 全身が軋んでいるのが分かるが、致命的な怪我は負っていない。骨にヒビくらい入っているかもしれないが、折れて使い物にならない部位はない。まだまだ戦える。


「さあ、お前も立ち上がれ! ヒーロー!!」

「人の心配とは余裕だな、アーサー・レンフィールド」


 ハッ、とすると頭上に触手を絡めて鉄球のように構えているのが分かった。それをどうするのかなど考えるまでもない。アンソニーは静かに告げる。


「そろそろ終わらせよう」


 その言葉と共に頭上から肉の塊が降って来る。

 そして―――黄色い閃光が走った。

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