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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一八章 たとえ間違いだらけだったとしても The_Multiverse_Door_Was_Opened.
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374 殺す覚悟

 クラークに指示された場所へ六人を運び終わった直後、その瞬間を待っていたかのように『模倣仙人(もほうせんにん)』の状態が解けた。同時に分身が消え、(つむぎ)はその場に膝を着く。


「まったく……これだから仙術は使いたくないんだよねえ。ちょっと疲れた」


 へらへらと笑いながら愚痴を漏らす紬は疲弊しきっていた。膝を着いたまま息を整えているが、一向に正常な息遣いに戻らない。次に戦えるようになるまでかなりの時間が必要だし、勿論残った三人を助けに行く事も出来ない。


「……それで、ここはどこなんだ?」


 物凄い速度で連れて来られたが、透夜(とうや)はどういった道を通ってきたのか何となく分かっていた。基本的には下の方に降りていき、最後はポンプ室の中へ入って奥にある(紬は無視してジャンプした)エレベーターで上がった場所に位置する部屋だった。少なくない獣人達がこちらを見てどよめいている。


「ここは『反乱軍』の本部だ。グラウンドの下辺りで、ぼくが設計図に細工して作らせた。ここの存在はクソ親父も知らない」

「クソ親父……君は本当にアンソニー・ウォード=キャンサーの息子なんだな」

「そうだ。僕の名前はクラーク・ウォード=キャンサー。心底不本意だけどクソ親父の息子だ。信じられないかもしれないけど僕は父親や兄とは違う」


 隠しもせず、クラークは真っ直ぐ透夜の目を見て答えた。信用できないならそれでも良い。そこにはそう書かれている。実際、言いたい事が無い訳ではない。初めから言って欲しかったと思っている部分だってある。


「ま、気持ちは分かるわ」


 しかし意外な事に、彼を肯定する声もあった。

 全員の視線が、その声の主であるサラに向けられる。


「あたしも『スコーピオン帝国』で同じ気持ちだったのよ。両親に冷遇されてて親友を殺された。その結果、あたしは魔術を暴走させて両親を殺して、国を出て何年も世界を放浪してたわ。人生なんてそんなもんよ。あたしには大切に想ってくれるお姉ちゃんがいるから、兄まで親と同じあんたはあたし以上の地獄かもしれないけど」

「……でも、君は意図せずに殺したんだろう? 僕はみんなを助ける為なら、最悪血の繋がった家族を殺しても仕方ないと考えてる。それでも同じ事が言えるのか?」

「それでも、よ。人生の全部が全部、産みの親で決まる訳じゃないわ。あたしはあたしの意思でこの道を歩んできた。おかげで実の両親よりも家族らしい家族を得たわ。『ディッパーズ』っていうね。あんたもそうなんでしょ?」

「……、」


 クラークは何も答えられなかった。つまりはそれが答えだろう。

 サラにとって『ディッパーズ』が仲間以上に家族という居場所であるように、クラークにとっては肉親よりも実験体として生み出された獣人達の方が家族なのだ。


「お前も戻ったか、クラーク」

「シオンも。……そっちは二人か」

「最悪から始めたにしては上々だ。問題はそれぞれの統率者が捕まった事だな」


 そう言う白いコートを来た灰色の毛色の少女、シオンの側にはサラと紗世(さよ)の姿もある。

 外部から来た者達の残りは、透夜、紬、スゥ、嘉恋(かれん)、サラ、紗世の六人。

 内部にいた獣人達の残りは、クラーク、アイリス、シオン、アリウムの四人。

『反乱軍』には他の戦力が残っているが、自由に動けるのは現状ですでに叛逆者と認定されている四人だけ。他のメンバーも追加して捕まれば、それこそ全て終わりだ。逆に言えば、自分達がしくじっても後ろに仲間がいるという安心感を持って行動できるという捉え方もできる。

 ともあれ、残った戦力は瀕死の紬も含めて一○人。それだけの人数で、仲間達を救出して逆転の可能性を掴まなくてはならない。そうしなければ叛逆の灯火は完全に潰えてしまう。


「クラーク。次の策だ」

「分かってる。僕らに残された選択肢はそう多くない。作戦はシンプルだ」


 互いの現状について確認を行った後、シオンに急かされてクラークはそう告げた。


「もう一度チームを分ける。まずはユリ達の救出に向かうチーム。そして魔力の使用を制限してる装置を破壊するチーム。とりあえず、シオンは動けない彼女とここで待機だ。なんとか回復させてくれ。僕とアイリスは魔力行使を取り戻しに行く。それからコンピューターに詳しい人と、装置を破壊した後で逃げるのに役立つ魔術を使える二人の力を貸して欲しい」

「それなら私が行こう。今の『W.A.N.D.(ワンド)』のファイヤーウォールは私が構築した。それくらいの腕があれば十分だろう?」

「魔術は私が力になれると思う。透明化できれば安全に逃げられるはずだよ」


 嘉恋とスゥが志願し、他の四人は自動的に仲間の救出チームになる。道はアリウムが知り尽くしているので、丁度良い具合に分かれたのかもしれない。

 そしてクラークは透夜の方を見た。


「『獣人血清』を出してくれ」

「ん? ああ」


 言われたまま取り出した透夜の手の中にある三本の内、クラークは二本を取って一本は自分が握り、もう一本はシオンに渡した。


「これは外部に獣人の存在と非合法な研究を周知させる唯一の物証だ。仮に作戦が失敗した時、誰かが持ち出す必要がある。クソ親父には渡せない」

「つまり、リスクの分散だな。一つは君、もう一つは彼、そして残りの一本はここに残しておく。そうする事で誰かがやられても一度に全てを失う事はない。良い案だ」

「それにこの容器は丈夫で簡単に破壊できないけど、同時に注射器でもある。いざとなったら上部を押して中身を捨てろ。そうすればヤツらに『獣人血清』は渡らない」


 嘉恋が賛同した事で『ディッパーズ』の誰からも反対意見は出なかった。透夜は重要な役目の一つを担った者として、手の中の注射器を握り締める。


「問題はもう一つある。クソ親父のあの力は有り得ない。『獣人血清』で獣人以上の力を得てるカラクリがあるはずだ」

「それなら一つ、気になる情報を見つけたぞ」


 答えたのはシオンだった。彼女とは離れていたが、監視カメラの映像は全て見ていたようで、ここに戻って来てからも色々と調べていたらしい。その結果を全員に告げる。


「現状、投与できる段階にある『獣人血清』は使われた物も含めて六本とされてる。しかし回収できたのは三本で、使われたのは一本。では残りの二本はどこへ行った?」

「……まさかドーピングしてるのか? その二本を使って」


 透夜が辿り着いた答えにシオンは頷く。


「それも理論上は足し算ではなく掛け合わせるように強くなる。もし本当に三本もの血清を打っているとしたら、それはもう人間でも獣人でもない何かだ。今はまだ人間のように見えるが、やがて血清に細胞が耐えられなくなる」

「……どういう意味だ?」


 悪い予感を感じ取っているクラークの問いかけに、シオンは棒付きキャンディーを口から出して浅く溜め息をついてから答えた。


「……正確な数値は分からないが、獣人の代謝は人間のおよそ五倍はある。それだけ早く細胞が入れ替わるという事は、遠くない内に人間の細胞は全て獣人以上のものに成り代わる。そうなればどうなるかは分からないが、人間としては明確な終わりだ」

「……つまり、クソ親父は何もしなくても変異するし、傷つけば傷つくほど早く変異していくのか……力に目が眩むなんて、本当に馬鹿だ」


 溜め息を溢すクラーク。しかし実の親が確実に変異するという話を聞いた割には冷静だった。

 獣人を助けるためなら肉親が死んでも構わない。見方を変えれば普通じゃない異常者とも言えるが、その覚悟だけは本物という一つの証明だ。


「クソ親父の事はどうでも良い。今更どうしようもないし、自業自得としか言いようが無い。それよりも救える人達を救いに行こう。その為に『ディッパーズ』、君達の力を貸して貰うぞ」


 クラークの提案については是非もない。

 だから父親を殺す覚悟が本当にあるのか。それを問える者は誰もいなかった。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 アーサーやヘルト達の拘束に成功したアンソニーだったが、その彼が支払った代償も大きかった。

 肩口から切り落とされた右腕。彼はその治療の為に治療室ではなく研究室に訪れていた。そして研究員たちの制止を振り払い、最後まで工程が終わっていない未完成の『獣人血清』を何本も傷口に打ち込んでいたのだ。


「アンソニー様……その薬はまだ未完成です。そんなに使っては危険―――」

「黙れ」


 遠巻きに見ていた研究員の一人が勇気を振り絞って言葉を出すが、アンソニーは平坦な口調でそれを一蹴した。そして次の注射器に手を伸ばしながら続ける。


「俺の体には『獣人血清』が完全に適合した。もっと打てばドーピングと同じ役割で腕の一本くらいは簡単に生やせるはずだ」

「それはアンソニー様が打った完成された『獣人血清』の場合です! 純度が不十分なそれでは効果は望めません!!」

「その完成された『獣人血清』を奪われた間抜けはどこのどいつだ!? この俺に指図するな!!」


 怒鳴ったアンソニーは無意識の行動だろうが、普段やっているように今はない右腕を振るう動作をした。するとアンソニーの肩の傷口から肉が飛び出し、人間の腕ではなく先端が尖ったものが先程まで言葉を発していた研究員の胸の貫いた。そして肩口から異形の肉がずり落ちていくと、その下から元の人間としての腕が現れた。

 周りの研究員たちの悲鳴を心地良いBGMのように聞きながら、アンソニーは今まで感じた事のない高揚感に心からの笑みを浮かべていた。


「……心地良い気分だ。もはや獣人共の軍隊など必要ない。俺一人いればそれで十分」


 元来の本質か、それとも変異した細胞の影響か。

 その言葉がどちらから吐き出されたものなのかは分からない。


「アーサー・レンフィールドとヘルト・ハイラントを手始めに、俺は俺一人の力で世界を蹂躙してやる!!」


 けれどそれは、生まれて来てはいけないものだった。人間でも獣人でもない、生物の枠組みを超えた超常の存在。

 それは悪意のある正しき者。より良きものの為ならば、平気で他者の尊厳を踏みにじれる人間の本質的な心を表した存在。小よりも大を、他人よりも自分を取るあなたと同じ人類の代表、『欲望と進歩の(クピディタース)塊』。

 彼はまだ生まれたばかり。

 その成長はこれから始まる。

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