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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一八章 たとえ間違いだらけだったとしても The_Multiverse_Door_Was_Opened.
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373 作戦失敗

 慌てふためいても仕方ないので、アーサー達は部屋の中で互いについて話し合っていた。ちなみにアイリスの恰好は流石にあれだったので、満場一致で普通の着替えをユリに用意して貰った。白いニーソックスにスカート、キャミソール。それからデニムジャケットを羽織って貰った。服を着替えても白が多いが、ユリのチョイスなのでアーサー達に責任は無い。


「それでアンタは『ディッパーズ』のリーダーのアーサー・レンフィールドで、私達をここから助ける為に来たって言うのね?」

「そしてあんたは『反乱軍(はんらんぐん)』のリーダーのユリで、俺達が来てアンソニーの罠に嵌まるのを予期して助けようとしてたって言うんだな? その割には随分と手荒い歓迎だったけど」

「アンタの顔なんて知らなかったし仕方ないでしょ。ここに来る人間なんてロクでもないヤツしかいないんだし」


 ユリとアイリス。

 アーサーとソラとスゥ。

 意識した訳ではないが両者は少し離れて座っていた。そして互いに似た状況にいる事を知って、アーサーは無意識に体に入っていた力を抜いて言う。


「この中に仲間がいて良かった」

「いいえ。言っておくけど、仲間なんかじゃないわ。私は今回の作戦に反対だった。いくら成功率が上がるからって人間の助けを借りるなんて、クラークはアイリスの事になると強引になるから不安だわ」

「クラークっていうのも仲間か?」

「私達を説得して『反乱軍』を作った人間よ。アイリスの彼氏」

「く、クラークさんとはそんな仲じゃ……」


 顔を赤くして否定するアイリスを見て、ユリは面倒くさそうに溜め息を溢す。


「なら訂正。種族の壁を超えて好き合ってるけど、障害が多すぎて全然付き合わないもどかしい二人。だからクラークは信用できる。でもアンタ達にとっては多くの事件の中の一つに過ぎないんじゃない? 自分の命と天秤にかけられたら? 簡単に私達を見捨てるんじゃない?」

「……何を言っても信用なんて得られないだろ? だから行動で示すよ」


 睨みつけて来るユリとは対照的に、友好的だと示すように笑みを浮かべるアーサー。両者が相手の様子を窺っていると、天井の通気口ダクトの蓋が外れて落ちた。続けて身軽な少女が飛び出して来て綺麗に着地した。


「よっ……と。何とか合流できたね、アーくん」

(つむぎ)!? お前、どうしてそんな所から……」

「あたしだけじゃないよ」


 その言葉の通り、さらに二人の少年が飛び出して来る。一人はアーサー達の仲間の透夜(とうや)、もう一人はユリ達の仲間のクラークだ。

 クラークは着地すると腰を上げ、アーサーと向き合う。


「あなたがアーサー・レンフィールドさん? 僕はクラーク。噂は聞いてる。もしその噂通りのヒーローなら頼む。獣人のみんなを助けるのに協力してくれ」

「そうか、お前がユリの言ってた……勿論、協力させて貰う。それから俺達に対して敬語も敬称も要らない。詳しくは知らないけど、目的は同じ同志だろ?」

「……分かった。よろしく、アーサー」

「ああ、こちらこそ。クラーク」


 アーサーはクラークから差し出された手を取って握手を交わした。その手を解き、アーサーは状況確認の為に紬の方に意識を向ける。


「それで紬。向こうで何があった?」

「悪いんだけど、それは透夜くんに聞いて。あたしは仙術を使う為に氣力を集めるから、しばらく何もできない」


 そう言って、紬は部屋の隅に移動すると掌を胸の前で合わせて目を閉じた。

 アーサーは透夜の方に視線を向けると、彼は嘆息してから答える。


「僕達の潜入作戦は全部バレてたんだ。研究施設に潜入して『獣人血清』っていう非合法な研究の証拠は手に入れたけど、襲撃されてメアとフィリアが僕達を逃がす為に残った。その途中でクラークに助けられたんだ」

「……メアとフィリアは無事なのか?」

「それについては僕が保障する。向こうの連中は捕まえた人を捕虜にしてるはずだ。その方が人質にもなるし、人体実験の被験者にもできる。『獣人血清』の完成にはそっちの方が都合が良いはずだ」


 クラークの答えは物騒なものだったが、一先ずは無事な事にアーサー達は少し安心した。しかしまだ疑問が残っている。


「それで『獣人血清』ってのは何なんだ?」

「この施設を作り、獣人を作った一番の理由だ。血清を打てば、人の身でありながら獣人なみの身体能力を得られる。目的はそれを量産して軍隊を作る事だ。幸い成功例はまだ一人しかいないけど」

「でもクラーク。僕達はあの施設から血清を三本盗って来たぞ。使ってないって事は、完成品じゃないのか?」


 透夜はアーサー達にも見せる為に盗んで来た三本の『獣人血清』を見せた。せっかくフィリアとメアが犠牲になってまで盗んで来たのに、偽物では意味がない。


「いいや、安心して良い。その血清自体は完成してる。問題は投与の仕方だ。まずは苦痛に耐える為にモルヒネを投与して、血清の投与と同時に筋肉を刺激する為に電流を流す。その手順を踏まないと死ぬし、手順通りやっても五〇パーセントの確率で死ぬ。でもアンソニー・ウォード=キャンサーはそれを自分自身に打って生き残った」

「つまり唯一の成功例はヤツで、しかも獣人と同じ力を持ってるのか……」


 となると今の状況で戦うのはあまり得策とは言えない。アーサーとヘルトは全くの無力ではないが、高い身体能力を持つ敵に身体能力を強化する術が使えないのは正直キツイ。やはり先に魔術を使えるようにした方が良いだろう。


「クラーク。俺達の作戦はすでに瓦解してる。俺達の壊滅を予想できてたなら、これから先の動きも決まってるんじゃないか?」

「ああ。僕の別の仲間が食堂にいる君の仲間を救出してるはずだ。無線通信が妨害されてるから何人救えたかは分からないけど、一先ず合流しよう。それから魔術行使を阻害してる装置を破壊して、捕まった君の仲間を救い出す。その代わり、君達にはこの施設を破壊するのを手伝って欲しい」

「それについては構わない。元々そのつもりだったし。それで今、確実に捕まってると言えるのはメアとフィリアか?」


 透夜に確認するためにアーサーは言葉に出した。しかし透夜は表情を歪めて、とても言い辛そうに答える。


「……それからもう一人、ラプラスも捕まってるらしい」

「……何だって?」


 アーサーの顔付きが明らかに変わった。おそらく本人には自覚がないだろうが、フィリアとメアが捕まっていると知った時とは明らかに違う反応だ。それは『魔神石』を所持しているという理由だけではないだろう。


「あいつらは外にいたはずだ! それなのにどうして!?」

「……すまない。警告はしたけど、僕には戦えるような力は無いし、みんなはアンソニー・ウォード=キャンサーが許さない限り、施設の外には出られないんだ」

「私達は首輪にはGPSと爆弾が内蔵されてるのよ。シオンがGPSを誤魔化す装置を作ったから自由な行動自体は取れるけど、反抗したり無断で施設の外へ出たらその時点で首を吹き飛ばされるわ。そうじゃなかったらとっくに外に出てるわよ」


 クラークとユリの言葉で、頭に上った血が下がって行く。

 大きく深呼吸して、何とか冷静さを取り戻す。


『大丈夫ですか……?』

「ああ……悪い、取り乱した。状況は最悪だけど……幸い、今回はヘルトがいる。気に食わないヤツだけど、やると決めたらやるヤツだ。頼りにもなる」


 顔を合わせればいがみ合っている二人だが、こうして互いに信頼している部分もある。こと人助けにおいて、彼らは共に最後まで突き進む者達だ。決して妥協しない。

 しかし、


「……そう簡単にもいかないみたいだぞ」


 いつの間にか部屋に入って来ていたのはヘルトと一緒にいたはずの嘉恋(かれん)と、案内のあと戻って行ったアリウムだ。アリウムの方は元々だが、嘉恋の表情も暗い。


「少年はアンソニー・ウォード=キャンサーと戦闘中だが分が悪い。魔力が使えない上に左腕を折られた。今回ばかりは勝てないかもしれない」

「まさか、あいつに限ってそんな……」


 思わず嘉恋の言葉を否定しそうになって、アーサーは何かに気づいた。厳密に言えばユリ、アイリス、アリウムの獣人達も同じように何かを察知し、同様に視線を床へ落としていた。


「やばい……何か来る! みんな部屋の隅に寄れ!!」


 アーサーは叫びながら、スゥの手を引いて自身も部屋の隅に向かって走った。

 直後、床を破壊して下から何かが飛んで来た。それは今し方、話題に上がっていたヘルト・ハイラント本人だった。頭からは血を流しており、その表情は苦悶に歪んでいる。


「ヘルト!?」


 半分信じられないといった感じでアーサーは叫んだ。するとヘルトがこちらを向いて目が合う。


「アーサー・レンフィールド! 全員連れて逃げろ!!」


 彼がそう叫んだ直後、床からもう一人が飛び出して来ると、彼はヘルトに向かって拳を突き出して壁に押し付けた。

 それを見た瞬間、


「アンソニー・ウォード=キャンサー!!」


 アーサーは初っ端から切り札を使った。魔力を使わない攻撃、即ち引き絞った右手から紅蓮の焔が熾る。そして右手をアンソニーに向かって突き出す。


「―――『紅蓮咆哮拳』クリムゾン・ディザイアッ!!」


 紅蓮の焔がアンソニーの体を飲み込み、壁を破壊して隣の部屋に吹き飛ばす。それによってヘルトは開放された。


「おいヘルト、大丈夫か!?」

「げほッ……あ、ああ。それより早くみんなを避難させろ。ぼくでも足止めすらできない」

「『獣人血清』で身体能力を向上させてるんだろ? でも二人なら足止めできるかもしれない。俺は今の攻撃の他に、右手で触れれば動きを止められる」

「……ぼくは右手で触れれば、その場所を分解できる。左手は折れて使えない」


 二人共、触れれば必殺の右手がある。特にアーサーの右手は触れれば勝ちだ。ヘルトが注意を引いている間に触れれば、十分に勝機はあるだろう。


「透夜、クラーク。みんなを逃がせ。俺とヘルトで何とかする」

「アーサー」


 二人へ指示を飛ばしていると別方向から声をかけられた。魔力とは違う金色のオーラを身に纏う紬だ。


「紬……それが仙術か?」

「うん。『天衣無縫(てんいむほう)()(かい)』、『模倣仙人(もほうせんにん)()光彬神威(こうりんかむい)』だよ。ここはあたしに任せて」


 紬は再び胸の前で手を合わせ、それから指を交差させて強く握り締める。すると紬の影から無数の黒い手がアンソニーが吹き飛んで行った壁の穴に伸びていく。


「『千影手(せんえいしゅ)』。捕まえた、これで彼は逃げられ……っ!?」


 その瞬間、紬の顔が歪んだ。強く握りしめている手が徐々に開いていき、紬はそれに反抗するようにさらに力を入れる。

 何故そんな事が起きているのか。それは壁の中からこちらに向かって来る人影にあった。全身に黒い手が絡みついているが、彼は大して動きも制限されず動いている。


「そんな……仙術の拘束を受けて動くなんてっ」

「アーサー・レンフィールドだな。久しぶりだというのに強引な挨拶だ」

「俺とお前の仲で丁寧な挨拶なんて要らないだろ。茶でも出せって言うのか?」

「まったく……お前達は揃いも揃って忌々しい!!」


 大声と共に影の手が弾けた。アーサーとヘルトは拳を構え、紬は誰よりも早く極光を放つ刀を引き抜いてアンソニーに斬りかかった。

 集束させた氣力による『光凰剣(ガラティーン)()瞬閃光(オーバーレイ)』。しかし刃はアンソニーの体を斬りつけられずに止まった。血の一滴すら出ていない。


「ちょ……獣人って刃物で傷つけられないの!?」

「いいや、普通の獣人なら殺せていただろう」


 アンソニーは驚愕の表情を浮かべる紬の腕を掴み、同時に殴りかかっていたアーサーとヘルトへ彼女の体を投げた。刃は躱さないが、やはり二人の右手には触れられたくないらしい。


「くっ……!!」


 その状況で動いたのはクラークだった。腰の後ろ、ズボンに引っ掛けていた拳銃を引き抜くとアンソニーの足に発砲した。しかし彼の肉体は銃弾すら弾いてしまう。


「……どうなってる。『獣人血清』は獣人なみの力を得るだけで、そんなデタラメな力は得られないはずだ!」

「クラーク……まったく、お前には失望したぞ。道具にすぎない獣人に肩入れするだけでは飽き足らず、父親に向かって銃を向け引き金を引くとは」

「……父親?」


 傍にいた透夜が確認するように呟き、クラークの方に目を向けた。彼は歯噛みするような顔をしている。


「なんだ、お前。言ってなかったのか? 信用を得られないと思ったか?」

「話さなかったのは僕自身が認めたくなかったからだ。僕はお前や兄のようにはならない。命を軽く扱うような人間には絶対にならない!」

「また青臭い事を……いい加減、大人になれ」

「もし目障りな相手の悪口ばかり吐き出して、人を貶める事ばかり考えて、獣人達を道具としか思わないのを大人だって言うなら、僕はガキのままで良い。確かに僕の中に流れる血はお前らと同じだけど、だからって同じ人間になりたいとは思わない!!」


 そして、クラークは再び銃口をアンソニーに向けた。

 効かない事は分かっている。ただこれは決別の行動だ。


「……そうだよな」


 そう呟いたはアーサーだった。

 右手には『黒い炎のような何か』が生まれている。


「産みの親が誰だろうと、生き方は自分で選べるよな」

「うん。アーくんの言う通りだと思う」

「……、」


 ヘルトは何も言わなかったが、紬は笑みを浮かべて同意してくれた。アーサーは手刀に構えた右手を振り抜き、漆黒の『投擲槍(ジャベリン)』を放った。しかし速度が遅いそれをアンソニーは難なく躱す。

 だがアーサーの目的は陽動だった。距離を『消滅』させ、アンソニーの背後に回ると五指に刃を作るように『黒い炎のような何か』を広げる。


「『消滅(イクス)()貂熊斬撃爪(ウルヴァリンクロウ)』!!」

「チッ……舐めるな!!」


 身体能力が向上しているという事は、普通の人間でもできない動きが出来る事を意味している。彼は『投擲槍』を避けた勢いのまま片手を床に着き、片腕だけで自分の体を支えると上に飛んで攻撃を躱す。

 しかし、それすらも隙を作るための行動だった。空中で身動きが取れないアンソニーに向かって、その瞬間を待っていた紬が床を蹴る。


「あたしも一矢報いるよ。仙法―――『無明斬り(むみょうぎり)』!!」


 ミサイルのように突っ込んでくる紬の攻撃を、アンソニーは身をよじって何とか躱そうとしていた。だが紬に比べて遅い。振り抜かれた刀は彼の右腕を肩口から斬り裂いた。


「がッ……こ、のっ……クズ共め!!」

「今だ紬! 全員連れてここから逃げろ!!」

「任せて! 『誰もが夢見る便利な(ダブル)助っ人』!!」


 アンソニーが痛みを堪えている間に、氣力を使って分身を作った紬だが、そこで動きが止まった。紬とソラを抜いて九人いる状態。一人で頑張って三人担いでも、一度に運べるのは六人が限界だ。あと三人はしばらく待っていてもらわなければならない。


「三人置いて行くことになる。どうすれば良い!?」

「俺を置いて行け!」

「ぼくを置いて行け!」

「私を置いて行って!」


 すぐに答えたのはアーサー、ヘルト、ユリの三人だった。それぞれ組織の長という共通点を持つ者達だ。偶然ではなく必然だったのだろう。

 紬はその指示に従い、一人がクラーク、アイリス、アリウムを。もう一人が透夜、スゥ、嘉恋を担いで瞬く間に部屋の外へと消えて行く。

 その間にアーサーとヘルトも動いていた。再び同時に右手を振り下ろす。だがアンソニーはそれ以上の速度で倒れたまま足を抱え込むように畳むと、それを解き放ってアーサーとヘルトを同時に蹴り飛ばした。二人は同時に壁に叩きつけられる。


「くそっ……やっぱりこのままじゃ無理だな。何か策を考えないと。確かきみの得意分野だったよな?」

「こっちから攻撃するのは止めてカウンターで右拳を叩き込もう。俺がやられてもお前が、お前がやられても俺がぶん殴れればそれで良い」

「悪くないね。それで行こう」


 二人は同時に立ち上がり、そして同時に一歩下がって壁に当たった。


「……きみって死ににくいんだろ? 先に行ってサンドバックになってくれよ」

「お前は身体能力が常人より高いんだろう? サンドバック役は譲るよ」


 本当にチームワークなんて欠片も存在しなかった。そもそもの話、言い合いを始める二人が動く暇なんて存在していなかった。扉の方から銃で武装した者達が雪崩れ込んでくると、三人は瞬く間に包囲される。


「……ここは大人しく投降した方が良さそうだ」


 そう言って両手を挙げるヘルトに続いて、アーサーとユリも両手を挙げた。すぐに手錠をかけられ、どこかへと連行されていく。





 作戦は失敗。多くの仲間が捕まった。

 けれどまだ終わらない。

 この施設の小さな世界の中で、救うべき者達と出会えた。ここから先は互いに欲望と自由を懸けた総力戦だ。

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