表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一八章 たとえ間違いだらけだったとしても The_Multiverse_Door_Was_Opened.
440/579

370 『獣人血清』

「さて、忍び込んで早々だけどあたしの考えを言っておくね」


 結祈(ゆき)達と別れ、施設の裏側で人気の無い通路を慎重に歩いていると(つむぎ)はいきなりそう切り出した。


「施設内のメンバーでここが一番人員が少ないけど、多分ここが一番重要だよ。アーくんや結祈達がダメな時に備えて、彼らのアキレス腱を見つけ出す必要がある」

「具体的なプランはあるのか?」

「三秒待ってて」


 透夜(とうや)の質問に笑って返答すると、紬は全身から発光してその場から消えた。そしてきっちり三秒後、元の場所に戻って来る。


「施設中、行ける所は全部見て怪しい場所を見つけたよ。研究施設みたいで色んな薬品が置いてあった。先導するから付いて来て」

「流石、紬の光速は便利だね」

「『ナイトメア』にもいたら楽だったろうなあ」


 納得して紬の後に付いて行く二人。しかし透夜はそんな三人の後ろ姿を見ながら一つ溜め息をついた。


「なんだかなぁ……」


 どうにも釈然としなかったが、施設中をくまなく探す手間が省けたのも事実なので、透夜も気持ちを切り替えて後に付いて行く。

 魔力感知は使っていたので見張りに見つかる心配は無かったが、基本的には監視カメラを避け、どうしても無理な場合のみ紬の光速を利用していた。そのため予想以上に時間を食ったが、何とか発見されずに目的の施設まで辿り着いた。

 確かに紬が言っていたように何かの研究施設のようだった。獣人ではなく白衣を身に纏った人間が薬品に囲まれて何か作業をしている。


「獣人がいる施設で同時に研究してるものが無関係とは考えられない。きっと彼らに関係がある事をやってるはずだよ」

「ならあれが怪しい」


 紬の話を聞いて、フィリアが指さしたのはバイオメディカルフリーザーだ。いくつかあるが、その全てに何かしらの薬品が入っているはずだ。


「鍵は私が開けられる。でも周りの研究員が邪魔だね」

「それはあたしに任せて」


 メアに答えて紬は再び光速になる。ただ今回は実体化を保っているため、偵察した時ほどの速度は出ていないし、速すぎると風圧で薬品を割ってしまうのでかなり遅めだ。だがそれでも目にも止まらぬ速さで邪魔な研究員を全員どこかへと連れ去って行く。


「お待たせ。研究員の人達は離れた所で縛っておいたよ。今の内にやっちゃって」

「了解っ」


 軽く返事をして移動すると、メアは右手の指をバイオメディカルフリーザーの鍵穴に当てる。そうする事で、すぐにナノマシンが鍵穴に入り込んで開錠した。扉を開けると薬品が入った円筒形の筒が三本あった。メアは両方とも取り出してみると、表面には『Therianthropy_Serum』と書かれている。


「『獣人血清』……? これは注射器みたいだけど、もしかして人に獣人なみの力を与える薬物って事かな?」

「ちゃんと調べないと何とも言えないね。でもアキレス腱にはなるかも。持って帰って『W.A.N.D.(ワンド)』に調べて貰おう」


 メアは紬に三本とも渡した。光速で動ける紬の方が守るのに適しているだろうという判断でメアはそうした。

 そんな二人の後ろで、全く力になれていない透夜とフィリアはそれを見ながら言葉を交わす。


「僕達、何もしなかったな」

「ま、紬がいればこんなもんだよ。ピッキングもわたしよりメアの方が早いし。むしろ何事もなく成功したんだから喜んだ方が良いね」

「……まあ、それもそうか」


 どうもここ最近、大変な事件に巻き込まれてばかりなせいで感覚が麻痺していたようだ。確かに彼女の言う通り、何事もなく成果を得られたのだから喜ぶべきだろう。というかそもそも連日問題に巻き込まれているアーサーの人生が異常なのだ。

 フィリアが掲げた手に応じるように、透夜はそれを弾いてハイタッチする。

 パァン、と軽い音が鳴る。

 同時に水の中に入るような感覚が襲い掛かった。そして四人は違和感の正体に気づく。魔力を使えなくなってしまったのだ。


「どうしてハイタッチと同時に問題が起きるんだ……」

「それよりマズいよ。魔力が使えないんじゃ逃げられない!」

「……ううん。大丈夫、任せて」


 パァン、と再び軽い音が鳴った。今度はハイタッチではなく、紬が一人で両手の掌を合わせた音だった。


仙術(せんじゅつ)を使う。魔力を封じられても氣力なら使えるはず」

「そっか、紬にはそれがあった。じゃあ少しの間、みんなで守るよ」

「よく分からないけど、紬は力を使えるって事だな。……それにしても本当に万能だな」


 共に『ラウンドナイツ』だったフィリアは知っているが、透夜とメアは仙術については何の知識もない。

 しかし聞いている時間は無かった。

 カツーン、と静かな足音が聞こえて来たからだ。

 その主は灰色の毛並みの狼の獣人だった。グレーのコートを羽織っており、腰から綺麗な刃紋の刀を抜き放った。


「侵入者を発見。これより排除する」


 獣人の少女が地面を蹴った瞬間、フィリアも双銃剣を取り出して地面を蹴った。そして縦に振るわれた刀を交差させた刃で受け止める。しかし魔力の使用を妨げられている人間では獣人の膂力には勝てない。すぐに抑え込まれて片膝を着く。


「ッ……強いね。名前を訊いても?」

「そんな事に意味があるのか?」

「わたしは『シークレット・ディッパーズ』のフィリア・フェイルノート。あなた達を救いに来た。だからお願い、戦いたくない」

「……助けに来た? だったら遅すぎる!!」


 ドッ、と怒声を上げてフィリアを蹴り飛ばした。そして刀を横に払う。


「そんなに聞きたいなら教えてやろう。私はスノードロップ。この施設に仇を成す者は全員排除する。今更、助けなんて要らない!!」

「フィリア……!!」


 劣勢を見てメアも飛び出し、獣人の少女に飛び蹴りを放った。それは片腕で防がれるが、相手を離すという目的は果たせた。二対一の状況で両者は睨み合う。


「ふぅー……助かった。ありがと、メア」

「どういたしまして」

「それから紬。仙術は良いから、外で待機してるみんなに連絡して。流石にこれは緊急事態」

「……分かった」


 フィリアに言われて紬は氣力の取り込みを中断し、緊急時だけと決めていた通信をするためにインカムに手を伸ばす。


「みんな。証拠は手に入れたけど侵入がバレた……って、聞こえてる?」


 焦っていたので通信の感度も確かめずに叫んだが、どうにもおかしい。返って来るのはノイズだけで応答が無い。その様子を傍で見ていた透夜は表情を曇らせた。


「マズい……通信を妨害されてるのかもしれない。僕達の魔力を封じたんだ。それくらいやっててもおかしくない」

「……向こうが上手だったって事だね。あたし達の作戦、全部バレてるんだ」

「なら二人は先に離脱して。わたし達も適当な所で切り上げるから。良いよね、メア?」

「勿論。二人ならきっと逃げる隙くらい作れる……と良いなあ。あの人、凄く強いし」


 一応、メアも刀の攻撃なら右腕で防げる。『キャンサー帝国』を糾弾できる証拠を手に入れた以上、第一目標はこの施設から脱出する事だ。ここは足止めと逃げる役に別れた方が良いという判断を二人は下した。


「……後で救出に来る。だから待ってて」


 そう言い残し、紬と透夜は共に入って来た扉に向かって走った。背後からは刀剣が弾き合う剣劇が聞こえてくる。

 しかし二人は振り返らない。研究施設の外へと飛び出し、来た道を戻って走る。だが前も後ろも獣人達が向かって来ており、逃げ場がどんどん無くなっていく。


「……どうしよう。今の状態で勝てる気がしない」

「僕なんて武器もないんだ! 魔術が使えないんじゃ無能すぎる!!」


 というかそもそも今日は何の活躍も出来ていないし、透夜自身もそれは自覚している。こんな時くらい男として女性に頼りっぱなしにはなりたくないが、魔術無しでも透夜は紬より弱い。こんな絶体絶命の状況だが、流石に自分が情けなくなって来る。


「……アーくんならこんな時、獣人を傷つけるのを躊躇うんだろうけど……あたし達はどうしよう?」

「……、」


 答えなど持っていない。

 どうやったら誰かを助けられるような存在になれるのかも分からない。そんな風に迷ってばかりの自分がどうするべきかなんて、分かるはずがなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ