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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第三章 竜臨闘技場解放戦線
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41 別動隊の動向

 時は少し遡る。

 アーサー達がバケツ型のロボットに追われている頃、アレックスは電話で話していた事を実行しようとしていた。

 今度の相手はさっさと倒し、勝利の余韻に浸る暇もなく行動に移ろうとしていたのだが、未だに控え室の中にいた。

 その理由は。


「つーか、アーサーの野郎に言った手前あれだけどよ、どうやって追えば良いんだ?」


 アレックスの疑問は選手の入退場に使うゲートの違いから来るものだった。

竜臨祭(りゅうりんさい)』に参加する選手の控室は、アーサーの通った通路の一か所だけだ。しかしそこからコロッセオに入場する際には、係員の案内でそれぞれ反対側に設置されているゲートから入る。それは試合後も同様で、勝とうが負けようが、最悪死んでいようが別の門から外に出る。

 つまり、倒した相手を追うと簡単に言ったが、そのためには相手が運ばれるよりも先にコロッセオの反対側に移動しなければならない訳だが。


「すぐに運ばれてるんだとしたら、反対側から追いつける訳がねえ。途中には当然警備員だっているだろうし、お前はどうすれば良い思う?」

「そこでワタシに話題を振るの……?」

「仕方ねえだろ。俺はアーサーほど物を考えるのが得意じゃねえんだ」

「開き直っちゃったよ……。じゃあワタシの魔力探知で追うっていうのはどう? 一応、相手の魔力はずっと感じてるよ?」

「それで良いじゃん! 何だよこの無駄な時間はよお! で、今どこにいんだ!?」

「はるか地下」

「また地下かよ!」


 お約束通り叫ぶ分には叫んだが、今後の方針は決まった。

 控え室から外に出て、電話でアーサーが言っていた地下への入口へと向かう。

 通路の一番奥の角を曲がってみると、そこには派手に破壊された床に、その破壊された部分から深い地下へと続く入口があった。

 その前に来て、長い梯子のある穴の中をじっと見たまま、アレックスは感情の感じられない声音で呟く。


「……マジでこの中に入んの?」

「アーサーはそう言ってたね」

「……これ帰って来れんのか?」

「アーサーはその辺りは考えてるって言ってたよね」

「……なんかパワードスーツとかの防衛システムがいっぱいあんだよな?」

「アーサーは十分倒せる程度の脅威って言ってたよ」

「……つーか監視カメラとか大丈夫なのか?」

「アーサーは」

「アーサーはアーサーはじゃねえよ!! もっとちゃんとした確証が欲しいんだよ! なんでお前はそこまであいつを信用できるんだよちくしょう!!」


 何を言っても同じような回答に、ついにアレックスは叫んだ。

 未知の領域に踏み込む不安を紛らわせるための疑問攻めだったのに、結祈(ゆき)の返答で余計不安になってしまった。

 ただ結祈の方はアレックスの心境を知らず、小首を傾げて答える。


「アーサーだから?」


 アレックスはその答えにがっくりと肩を落とす。

 改めて考えるとアーサー抜きで結祈と二人っきりというのは初めてなのだが、どこかアーサーと二人っきりの時と感覚が似ていた。いつもと同じでやりやすいと言えばやりやすいのだが、我の強い感じで来られるとこちらの方が折れてしまう。


(マジで似た者同士だな、こいつら。次は俺寄りの考えの同行者が増えて欲しいもんだ)


 このタイミングで比較的どうでも良い事を考えながら、ふうっと息を吐いて覚悟を決める。

 アレックスから先に入口の中へと入る。中に罠が無い事を祈りながら下りていると、閉所恐怖症とはまた別種の不快感が体中に纏わりついているような最悪の気分だ。

 しかしそんな気分も、アーサー達と同じく一○○メートルほど下りた所で控え室と同じくらいの大きさの資料室へ辿り着くと和らいだ。危険度自体はたいして変わっていないというのに不思議なものだ。


「で、着いたは良いがどうするんだ? ここに地図があんのか?」

「多分無いよ。あったとしても、とっくにアーサーが使ってると思う」

「まあそうだよな……。じゃあお前の魔力感知だけが頼りだ。まだ追えてるのか?」

「うん、問題はないよ。そもそもワタシの魔力感知はある程度の地形も分かるから、地図も必要ないよ」

「そりゃありがてえ。さっさと移動するぞ。いつまでも密室にいて敵に来られたら目も当てられねえ」


 二人揃って資料室から通路に出る。アーサーとサラはこの後すぐに近くにある巨大な施設を目指して動き始めたが、アレックスと結祈の目的はそもそも違う。捕まったアレックスの対戦相手の魔力を追って、アーサー達とは別の道を進む。

 無機質なほどに景色の変わらない通路を結祈の先導でただ進んでいく。アーサーとサラは常に警備の事を気にしながら進んでいたが、アレックスの方は結祈の魔力感知で動いているものも分かるので、たいして警戒する事もなく進めるのがでかい。


「って言ってもワタシの魔力感知も完璧じゃないからね。さすがに罠とかがあれば感知できないし、今は遠くを歩いてる人をずっと感知してるから穴も多い。いつでも異常事態に対応できるように準備はしといてね」

「へいへい」


 結祈の警告にアレックスは気の抜けた適当な返事を返す。

 敵の胃袋に飛び込んでいて呑気なものだが、結祈という未だかつてない強力な仲間の存在がそうさせてしまっている。

 そもそもアレックスはアーサーのように全くの無力な訳ではないので、アーサーのように出来る手を考えて状況を打破するというよりは、サラの言っていたように力押しで状況を打破するタイプだ。身近に強い戦力があれば当然頼ってしまう。


「まあワタシはこういうのには慣れてるし、頼りっきりでも良いんだけどね。ただ思ったんだけど、アレックスはアーサーに似てるようで、全然性格が違うんだね」

「当たり前だろ。あいつは自分の事をどこにでもいるごく普通の少年だと思ってるみてえだが、どう考えても異常者だぞ、あいつは」

「……普通とは違う感性を持つ人を異常者だって言うなら、たしかにそうかもね」


 結祈もその部分は否定しなかった。

 しかし、ほんの少し声に棘を含ませて、


「でも、それを言うならワタシだって異常者だよ」

「だろうな」


 アレックスは吐き捨てるように答えた。

 そんな事は分かりきっている事だった。だからアレックスは二人を似ていると感じているのだ。

 実際、この二人は相性が良い。というか惹かれ合っているようにすら感じられる。

 それが単なる友愛なのか愛情なのか、はたまた依存なのかアレックスには分からない。アレックスはアーサーの方の事情は知っているが、結祈の方の事情はほとんど知らないのだから。それでも二人の間に、単なる友情とは別のものがある事は感じていた。


「お前らは性格だって違うし、詳しい事は知らねえが抱えてる事情も全く別のもんなんだろ。でも、根本的な部分は似てる。真の通った強さがあるのに、どこか危うさがある感じ……つってもよく分かんねえか」


 異常者には自分が普通の人とズレている事が分かっていても、明確に何が違うのかはよくわかっていないものだ。その辺りはそもそもの価値観が違うのだから仕方がないのかもしれない。


「……アレックスは違うの?」

「俺は根本的な部分も似てねえんだよ。ただ長いこと一緒にいたからな。何となく気が合う、その程度だ」

「じゃあアレックスはいつか、アーサーとは別の道を歩く可能性もあるって事?」

「そういう可能性もあるかもな」


 アレックスは軽い調子で言ったが、結祈はその言葉を受け流す気はなかったらしい。

 歩みを止めてアレックスと正面から向き合う。

 そして鋭い眼光で、殺意すら感じる声音で釘を刺すように言う。


「ワタシはアレックスの事を仲間だと思ってるよ。でも、もしアレックスがアーサーと敵対するような事があったら、ワタシは迷わずアーサーの側に付く。その時は手加減しないからね」


 常人ならやましい事がなくてもたじろいでいただろう。それだけの威圧感を結祈は放っていた。

 けれどアレックスは軽い調子を崩さずにこう返した。


「それも知ってんよ」


 アレックスの答えに納得したわけではないが、結祈はそれ以上は何も言わなかった。

 結局それ以降、二人の間に会話はなかった。まあ二人はアーサーという存在を挟んで関係を保っているようなものなので、二人っきりになればこんなものだ。

 若干の気まずさを感じる暇なアレックスと、追跡と索敵でそんな余裕すら無い結祈の進軍にようやく変化が起きた。

 先導していた結祈が足を止める。


「どうした?」

「……迂闊だった。こんな近くまで気付かなかったなんて……」


 呟くとアレックスがその言葉の真意を確かめる間もなく、結祈は突然走り出す。

 そしてそのまま角から出て来た二人組の片方に向かって突進し、壁に叩きつけて腕で首を押さえつける。

 相手はベルトからナイフを取り出して、流れるような動作で結祈に突き刺そうとするが、それを予期していたかのように手首を掴んで止める。


「動いたらこの人を殺すよ? だから銃を下ろして」


 そしてもう一人は制圧した片方を人質にして攻撃を止めさせる。

 二人組を制圧してるのを呆然と眺めていたアレックスだったが、いつまでもそうしてる訳にはいかない。アレックスはその二人組の正体に覚えがあったからだ。


「ちょっと待て! そいつらアーサーが言ってた仲間じゃねえか?」

「……そうなの?」

「とりあえず名前を聞いてるから確認するぞ。あんたらの名前は?」


 結祈は喉に当てた腕の力を少しだけ緩めて、相手が喋れるようにする。

 相手は少し苦しそうにえずいてから、絞り出すような声で答える。


「ミラン、ダ……」

「そっちは?」

「……マルコです」

「オーケ―、アーサーから聞いた名前と同じだ。離して問題ねえぞ」


 アレックスがそう言うと、結祈は腕を解いた。

 マルコは安堵の息を吐き、ミランダは押さえつけられていた首と手首の調子を確かめるように回す。


「いきなり悪かった、こっちも警戒しててな。お前らの事は一応聞いてる。行方不明のお姫様を探してんだろ?」

「……それを知ってるって事は、あんた達はあの少年の仲間って事で良いのか?」

「その認識で構わねえ。早速で悪いが情報交換で良いか?」


 とは言ったものの、互いに交換できるような真新しい情報はなかった。

 アレックスと結祈は通路を進んで来ただけだし、ミランダとマルコもここまでいくつか施設を回って来てはいたが、大した収穫はなかった。しいて収穫と言えるものがあるのなら、結祈が補足し続けているアレックスの対戦相手だった選手だけだ。


「それは今動いてるのか?」

「今は動いてないよ。というか少し前から魔力すら感じられなくなってる」

「は? それ俺も初耳なんだけど」

「だって言ってないもん」

「……なぜに?」

「後で言おうと思ってたんだよ。さっき言っても何も変わらないと思って」

「……それを言われると否定できねえのが辛いな。それで、原因は分かってんのか?」


 アレックスだけでなくミランダとマルコの分も含まれた質問だった。

 しかし三人に注目された結祈は首を横に振って、


「さすがにワタシの魔力感知でもそこまでは分からないよ。ただ考えられる理由は二つ、その人が殺されたか、控え室みたいな魔力を遮断する部屋に運ばれたか」

「……奴隷として売る事を考えると、後者の方が現実的だな。魔力が消えた所までは追えるのか?」

「それなら問題ないけど、奴隷にする選手を集めてる部屋なんだとしたら、警備も堅いと思うよ? 正直四人で抜けるとは思わない」


 結祈の指摘はもっともなものだったが、ミランダは苦虫を噛み潰したような顔で、


「だけど行かないと事態が動かない。あたし達はどうしてもお姫様を救い出さなくちゃならないんだ」

「……」


 その時アレックスが思ったのは、無謀な事を言うミランダを止めようだとか、堅い信念を持つ事に関心するとか、そういった類のものではなかった。


(こいつらアーサーが弱そうなタイプだな)


 アーサーは元々他人と共感しやすい性質(タチ)だ。特にアーサー自身、強い信念を持つからこそ、同じように強い信念を持つ者に共感しやすい。

 それで戦う時に手を抜くほど甘い男では無いが、今の奇妙な共闘関係がその性質(せいしつ)に無関係とは思えない。


(相変わらず面倒事に首突っ込みやがって……)


 呆れはするが、別にそれを責める気はない。結局、アレックスもその辺りは甘いという事だろう。


「じゃあさっさと行くぞ。どっちみち、こっちも捕まってる人達を救出しなくちゃならねえんだ。やる事はたいして変わらねえ。結祈もそれで良いな」

「アーサーにも頼まれてるしね。ワタシは構わないよ」

「ならさっさと片すぞ。せっかく『タウロス王国』に来たのにほとんど地下にいました、なんて笑い話にもならねえからな」

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