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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一八章 たとえ間違いだらけだったとしても The_Multiverse_Door_Was_Opened.
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369 獣人達の日常

 アーサーとヘルト達が潜入する少し前。一足先に二組のチームがレミニアの転移で内部へと潜入していた。

 場所は食堂のようだった。天井は高く、壁の二面は全てが窓ガラスで日当たりも良い。多種多様な獣の耳と尻尾を持つ獣人達が大勢いて、トレー型の皿を持って並んでいる。すでに配膳を終えた者は席に着いて食事をしているので、新顔が溶け込むには良いタイミングだ。それに服装も前情報通り古着を流用しているのか、全員が別々の物を着ているようなので目立つ真似をしなければ潜入はバレないだろう。


「それじゃあ行動に移ろう。(つむぎ)達四人はすぐに行動して。ワタシ達は三チームに分かれて情報収集しよう。チーム分けはワタシと凛祢(りんね)ちゃん、サラと紗世(さよ)、ネミリアとカヴァスとリディ。獣人達に怪しまれないように話を聞こう」


 無言で頷き合って、全員は各々行動に移る。

 透夜(とうや)、紬、メア、フィリアの四人はトイレのある通路に向かうと、奥にあるドアから施設の裏側へと入って行く。残った七人は結祈(ゆき)の指示した三チームに分かれて食堂の中に紛れる。

 彼らが食べている食事は、とてもじゃないが美味しそうでは無かった。全員、まるで泥のような物を違和感も持たず食べている。アーサーやヘルトから話を聞いていたので想像はしていたが、やはり獣人達の扱いは劣悪らしい。


「うーん……凛祢ちゃん。妙だと思わない?」

「何がですか?」

「獣人達の性別。ざっと見た限り、男の人がいない」

「それは……女性食堂だからでは? 『W.A.N.D.(ワンド)』にも男性は立ち入り禁止の休憩場を作りましたし」

「あるいは造られた獣人には女性しかいないとか」

「そんな、まさか……」

「唯一の生き残りは『獣人の姫君』って呼ばれてたんだよ? つまり女性って事だから、その遺伝子を元にしてるんなら考えられると思うけど」


 科学に疎い結祈だが、推察をする程度の事はできる。

 その説明に凛祢も思い当たる節があった。


「……ワタシや紗世ちゃんはローグ・アインザームの遺伝子から生まれました。ですが、サンプルの遺伝子が破損していた為、一二番目以外の全員が女です」

「レミニアもね。つまり純粋な子孫は作れないから……何かに利用してると考えた方が良いかも。やっぱりロクでもない所だね、ここは」


 言いながら結祈はざっと周りを見渡して、隅っこで一人食事をしている狸の獣人の子に目を付けた。話を聞くなら仮に怪しまれても誤魔化しやすい一人の誰かの方が都合が良い。


「こんにちは。隣良い?」

「へ? う、うん……二人共、見ない顔だね」

「新入りだからね。だから少し、この施設について話を聞かせてくれない?」


 という訳で狸の獣人から情報収集を行う。

 何でも日々の活動は時間で細かく区切られているようで、五時に起床し施設内の清掃等の作業、その後は戦術訓練、一時間の昼休みを挟んで午後も戦術訓練。そして三日に一度、一対一の形式で互いに殺し合う。勝ち抜いた者は翌週も同じ事を繰り返し、最後まで生き残れば獣人の部隊に入隊する。決闘の過程で敗けたが生き残った者は、どこかへと連れていかれる。

 それぞれ話を聞いた三チームが合流して確認しても、情報はその程度しかない。新入りという嘘も簡単に信じて貰えたのは、決闘でいなくなった分、定期的に新しく入って来るからだろう。


「ここは嫌な臭いがする。あそこと似てるな」


 得た情報の示し合わせが終わると、リディは吐き捨てるように呟いた。

 あそこ、というのがどこの事なのか知っている者はこの場にいないが、何か同じものを感じ取ったのか意外な事に同意したのは凛祢と紗世だった。


「リディさんと同じ意見です。この施設は獣人を道具として見ているだけだと思います。大体、殺し合いをさせるなんて正気だとは思えません」


 凛祢の意見に紗世は大袈裟なくらい大きく頷いた。

 まあ、リディや凛祢の言い分には全員が同意見だ。しかし結祈はそれ以上に気になっている事がある。


(……決闘に敗けた生き残り。一体、どこに連れていかれるんだろう……?)


 どこへ連れて行かれるのか知っている者はいなかった。それに訓練中にも消えている者が何人かいるらしい。周りは見込みが無いからだと思っているみたいだが、どうにも引っ掛かる。


「それで、この後はどう動くの?」

「基本は二択ですね。このまま流れに沿って大勢の一員として潜入を続けるか、裏へ忍び込んで内情を探るかです。ただ後者はすでに担当しているチームがいるので、必然的に前者が妥当です」


 サラの疑問にはネミリアがすぐに答えた。とりあえず流れに身を任せようと七人は方針を固める。午後からは戦闘訓練と言っていたが、このメンバーなら問題はないだろう。

 昼休みの時間が終わり、獣人達が外へ出て行くのに紛れて付いて行く。

 しかしおかしい。出口の自動ドアが開かず、渋滞になってしまった。そして次に壁の二面の窓ガラスと配膳口、さらにトイレのある通路への通り道にシャッターが下りて完全に閉じ込められる。

 全員の気持ちを代弁して結祈は呟く。


「あー……これはマズいね」

「言わなくても分かってる! くそっ……視認ができないとボクの力でも外へ出られない。完全に閉じ込められた!!」


 これが普段からある事でないのは獣人達の反応を見れば分かる。そして今日、特別な事があると言え自分達の存在だけだ。

 場がざわついている中、結祈達はしばらくの間、下手に目立たないように息を潜める。しかし次の変化が起きてそれどころではなくなる。まるで水の中に入ったような感覚だった。そして同時に魔術の類いが一切使えなくなっている事に気付く。


「自然魔力もダメ……これ前に『タウロス王国』の地下で閉じ込められた時に似てる」

「『リブラ王国』の牢屋でも使われてたわ。魔力の使用を抑制するのよ。あたしの『オルトリンデ』やネミリアの左腕は動くけど、魔力を使うなら忍術でも使えないわ!!」

「なら訂正する。マズいじゃない、滅茶苦茶マズい!!」


 さらに追い打ちをかけるように、雑音を挟んでから食堂の中に放送が流れる。


『現在、この施設に侵入者がいる。見つけて捕らえろ』


 一方的な命令口調の簡潔な放送だった。

 だが獣人達の目の色が変わる。そして新参者の結祈達に疑いの目が向くのは時間の問題だった。最初は数人、やがて全員がこちらへと目を向ける。


「っ……全員臨戦態勢! 誰一人殺しちゃダメだよ!!」


 結祈は袖口から二本の剣を抜き放って叫ぶ。

 そして何倍もの戦力差で、魔術も封じられた状態での戦いが始まる。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「なんか……暇だね」


 呆然とエリナは呟いた。

 中で何が起きているのか知る由もない四人。外での待機組は暇を持て余していた。通信は傍受されるのを警戒し、非常事態のみにする事に決めている。だから彼らを送り出してからは本当にやる事がない。


「一応、疲れない程度に気を引き締めておいて下さいね。ここだって何が起きるか分からないんですから」


 ラプラスがそう釘を刺した時だった。バンのマイクがノイズを放ち、そこから声が聞こえて来た。


『がっ……やっ、ザッ……いた!』

「クロノ? 通信機の故障ですか?」

「いいや、どこからか通信が来てる。少し待て。弄ってみる」


 クロノが機械を弄ると、少しずつ声が鮮明になって来た。

 四人は耳をすませる。


『……み達が外にいるのは分かってる。聞こえるか? 聞こえてるなら通信を切らないでくれ。僕はクラーク。今、君達の前にある施設から通信してる。時間がないから要件だけ言うぞ。その場所はバレてる、今すぐ逃げろ!!』


 警告なのは分かるが、どこの誰とも知らない者からの警告をまともに信じるほど不用心ではない。ラプラスとクロノは真偽を見定めている。

 しかし直観頼りのエリナと、二人に比べて純粋なレミニアはバンのドアを開け放った。そこに銃を構えた兵士の集団がいるのを見て、通信が真実だったと分かる。

 一番早く動いたのはエリナだった。『断魔黒剣(アロンダイト)』を抜き放つとバンの壁と天井を斬り刻み、全方向動けるようにする。


「みんな、今の内に逃げて!!」


 兵士達に向かって突っ込んで行くエリナの叫び声に合わせて他の三人は後ろに跳ぶ。そしてレミニアはすぐに転移魔法を発動させると足元に魔法陣が浮かび上がる。


「一旦、安全な場所へ転移します! エリナさんも戻って下さい!!」


 レミニアが用意している間、一方的に兵士たちを蹴散らしていたエリナだがその言葉に従って一直線に魔法陣へと向かう。レミニアはその動きに合わせて、いつでも転移できるように構えていた。

 確実に逃げられると誰も疑っていなかった。しかし安全地帯への撤退まで一秒と無いその寸前。全員が周囲への警戒心を薄めてしまったその瞬間を狙っていたかのように、横合いから一つの影が飛び込んで来た。一瞬だけ見えたのは、獣の耳と尻尾を生やした少女。それがエリナより一瞬早くラプラスの体をかっさらい、魔法陣の外へと出てしまう。

 もはやレミニアにも止められなかった。ラプラスと入れ替わるように魔法陣の中にエリナが入って来た瞬間、三人は別の場所へと転移した。そして取り残されたラプラスは、獣人の進行方向に生まれた円の中へ共に消えて行った。

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