368 第四の種族
翌日の朝、さっそくヘルト達と『シークレット・ディッパーズ』は『キャンサー帝国』の施設へと赴いていた。
『待機組』の四人は施設の外に駐車した通信機器完備の『W.A.N.D.』製のバンの中で待機しており、二班の『潜入組』はラプラスとレミニアが協力して転移で中に飛ばした。そして最後に『視察組』の五人は、バンの中で最後の確認をしていた。
「うえっ。ネクタイって喉が締まるな」
着慣れないスーツに苦しみながら、アーサーは舌を出して言った。それからサラに貰ったサングラスをかける。アーサーにとってはこれが無線の代わりだ。ついでにカメラにもなる。
同じくスーツ姿のヘルトはアーサーを見ながら真顔で訊ねて来る。
「準備が良いか?」
「ああ。スゥとソラは?」
二人に関しては姿を出さないので私服だ。スゥはレミニアが魔力を込めた『留魔の魔石』を首飾りにしてかけている。そこから魔力を引き出せば、彼女自身の魔力と併用して数時間はもつはずだ。
「準備は出来てるよ」
「アーサーさん。いつでも良いです」
「よし。来い、ソラ」
その呼びかけに応じ、光に包まれたソラはスーツの袖の下で手甲状態にしてある『手甲盾剣』と同化した。それに続いてスゥも姿を消す。これで準備は整った。ヘルトはバンのドアに手をかけて止まる。
「一つだけ厳守しろ。アンソニー・ウォード=キャンサーは自己顕示欲の塊だし、あの施設には胸糞悪いものがオンパレードかもしれない。だけど何を見たとしても決してヤツのペースに乗るな。常に平常心を保て」
「……分かった」
信じられているとは思っていないが、とりあえず素直に返答する。
そして、ヘルトはバンのドアを開く。
「しっかり付いて来いよ、下っ端君」
「ああ。さっさと行こうか、長官殿」
こんな時にまで憎まれ口を叩き合って、二人はバンの外に出る。そして表向きはアーサー、ヘルト、嘉恋の三人で施設の入口に向かう。
すぐに警備員に止められたが、ヘルトが『W.A.N.D.』の身分証を見せると態度を変えてどこかへ連絡する。そのまま一分ほど待っていると、あちらもスーツ姿のいかにも役人風の男が出てきた。流石にここでいきなりアンソニー・ウォード=キャンサーが迎えてくれる訳ではないようだ。
「お待ちしておりました、ヘルト・ハイラント長官。私はゲイリー・シンプソン。この施設の案内を頼まれました。そちらのお連れの方は……」
「『W.A.N.D.』副長官の柊木嘉恋です」
「えっと……」
そういえば偽名を考えていなかった。いつもの『レン』でも良いのだが、仲間からも呼ばれているしあまり関係の無い名前の方が良い。必死に頭を回して考えていると、あらかじめ考えていたのかヘルトが助け船を出して来た。
「彼はアルトス。魔術的な事に詳しいから連れて来た。あまり気にしないでくれ」
ヘルトがアーサーの事をそう紹介すると、ゲイリーは深く追及もせず先導するように施設の中へと入って行った。ヘルト達もその後に付いて行き、アーサーは小声で言う。
「偽名を考えてくれてて助かった。ちなみに意味は?」
「熊だ。今、適当に考えた」
「……まあ、嫌いじゃないけど」
「おい少年達。仲が良いのは結構だが私語は慎め」
「「別に仲良くない」」
「そういう所なんだが……」
溜め息が三つ聞こえて来た気がした。
とにかく、言葉に従ってアーサーとヘルトは襟を正して集中力を高める。
ここはアンソニー・ウォード=キャンサーのねぐらだ。前を歩く下っ端はともかく、彼自身はこちらの顔を知っている。流石にサングラスだけで誤魔化せはしないだろう。
網膜、声紋、指紋の三つの認証システムのミラードアを開けて中に入ると、全身を隠せるボロボロの茶色いマントを身に纏い、フードを深く被った子が立っていた。ラプラスと同じくらいの背格好だが、年齢どころか体の線が細すぎて少年か少女かすら分からない。靴は履いていないし首輪も付けられている。ハッキリ言って素人目にも健康的な生活を送っていない事が分かる。ヘルトに警告されてまだ一〇分と経っていないが、早速ブチキレそうだ。
「……その子は?」
忠告したヘルトは流石に怒りを面に出していなかった。とはいえアーサーや嘉恋など彼を知っている者には分かる。彼も彼で内心かなり頭にきていると。
しかしゲイリーはそれに気づかず、ムカつく笑顔で応じる。
「雑用です。何か入用の物があれば申し付けて下さい。もし粗相があれば遠慮無く指導してくれて構いません」
「指導って?」
「殴るなり蹴りなるお好きに。武器をご所望でしたら、スタンバトンや拳銃、ナイフや鞭など一通り揃えております」
「……なるほど。せっかくだけど武器はいらない。それより視察を進めたいんだが?」
「……ではこちらへ。ご案内致します」
ぎこちない、たどたどしい話し方だった。声の感じから女の子だろう。そんなどこからどう見ても怯えた子供に施設内を案内されるという状況に現実味が感じられない。それとも偉くなった汚いお金持ちには何か刺さるのだろうか?
それからしばらくの間、社員食堂などの普通すぎる施設を案内される。しかしそれは本来の用途の一割も満たしていない。この無駄な行いはお互いの腹の探り合いだ。わざわざボロボロの衣服の子供を同伴させたのもそれが理由かもしれない。
そしていよいよ、案内は地下へ向かう。エレベーターで全員が降りると薄暗いフロアに出た。エレベーターホールには受付があり、頭に猫のような耳がある赤い長髪の少女が座っていた。こちらを見ようともせず目を閉じている。
(この子が獣人か……。獣の耳がある以外は本当にただの女の子にしか見えないな)
初めてちゃんと見る獣人だが、耳と尻尾を生やしたカヴァスと遜色無い。
人間も魔族もエルフも獣人も。少し身体的特徴が異なっているだけで、同じ言葉を話して同じように考えているし、良いヤツもいれば悪いヤツもいる。それは変わらない真実だ。
何も変わらないと改めて思った。だからこそ、ここから外の世界に連れ出してやりたいと。
そんな風に考えて、アーサーは視線を前に戻した。左右と正面にホテルのような細い通路が伸びていて、同じ扉の個室がいくつもある。
(……なんだ、このフロア……嫌な感じがするぞ)
戦闘ではないのに『勘』が何かを感じている。そんな彼の予感を正しいと告げるように、前を歩きながらこちらに半分振り返ったヘルトの口が動く。読み取りやすいように大きな口の動きで、端的に『覚悟しておけ』と。
通路の一番奥に進み、エレベーターホールと同じくらいに開けた場所にある螺旋階段を降って行くゲイリーの後に付いて行く。途中、酷く甘ったるい香りが漂ってきてアーサーは思わず口元を覆った。見ると嘉恋もハンカチで口元を覆っており、ヘルトは眉を険しくひそめていた。
その正体は下のフロアに降りて分かった。
(うっ……これは)
酒池肉林、という言葉がこれほど似合う場面も無いなと思った。
何人もの男達と獣人の少女達が部屋を埋め尽くすように所構わず一糸まとわぬ姿でまぐわっている。そして匂いの正体。部屋中に薄い煙が漂っていて、それが原因だと分かる。
「薬か……」
ヘルトは平坦な口調で呟いた。こんな時でも無表情を装っているのは素直に関心する。アーサーなんて強く意識していないと感情がすぐに顔に出てしまいそうだ。
「長官はすでにご存じなのでここに通しました。上は個室ごとに一人を割り当てられるVIPルームで、このフロアは職員のストレス発散の為の施設です。他の国にはない物珍しい獣人は誰もが買ってくれますからね。商売繁盛ですよ。何でしたら長官も試しにどうですか? 友好の証として、今回は無料で良いですよ? 気に入って頂けたら懇意にして頂ければ」
(こいつ……ッ)
アーサーは思わず拳を握りそうになったが、その前に何かが手の中に滑り込んで来てそれを止めてくれた。おそらく透明になっているスゥがアーサーの行動を予期して不信に思われないようにしてくれたのだろう。その配慮に気づいて彼女の手を今度は優しく握り返す。
「折角の申し出で悪いけどぼくは辞退させて貰うよ」
ヘルトはそう答えて、それからアーサーの方を見て続ける。
「ただ代わりに彼に誰かをあてがって貰えるかな? 彼も『W.A.N.D.』では重役だし、色々と便宜を図ってくれるよ。なあ?」
(なるほど……そういう意図か、ヘルト)
ゲイリーへ向けた嘘だらけの言葉の裏に隠された意図を、アーサーはすぐに察知した。
彼はつまり、ここでアーサー達を自由にさせようとしているのだ。孤立すれば別動隊と同じく行動しやすくなるし、適当な獣人をあてがわれるなら情報収集も同時にできる。こういうアーサーには無いいつでも冷静でいられるのは彼の強みだ。
「……ええ、そうですね」
だからアーサーは全力でそれに乗っかり、吐き気を堪えながら返事をする。一刻も早くこの場を離れたかったというのも拙い演技力をカバーしてくれた。
「そうですか……では新人のアイリスにしましょう。ですがまだ不妊処置を施していないので、その辺りは気をつけて下さい」
「……分かりました」
「ではアリウム。アルトス様を上階に案内してユリに引き継ぎ、個室に案内させなさい」
「……はい」
どうやらアリウムという名前らしい。彼女は来た道を戻って行くので、アーサーはその後をヘルト達と別れて付いて行く。
上のフロアに戻って来ると、アーサーは口元をさするフリをして動きを隠しながら小声で話す。
「(ソラ。部屋に入ったら感知魔術で監視カメラとマイクを探して、目に見えない風の魔力弾で破壊してくれ。スゥは透明化を維持したまま待機だ。カメラとマイクを破壊し終えるまで何があっても声を出すな)」
『分かりました』
スゥからは声での返答は無いが、代わりに肩を二回叩かれた。声が出せない状況で了解というサインだろう。
真っ直ぐ長い通路を通ってエレベーターホールに戻って来る。そこには先程と同じ赤毛の少女が不機嫌な顔で座っていた。話から察するに、彼女がユリと呼ばれていた本人と見て間違いないだろう。
「……ユリさん。アルトス様の案内をお願いします。ゲイリー様からの命令です」
「ふーん」
閉じていた目を開いたユリは、その透き通るような碧眼で値踏みするようにアーサーを見た。それからふんっと鼻を鳴らす。
「純粋そうな男ほど変態って訳ね。これから新人のアイリスを無理矢理襲うのね」
「……アイリスさんを指名したのはゲイリー様です」
「どっちでも同じよ。本当、人間って最低ね」
吐き捨てるように言う彼女のアーサーへの評価は底辺のようだったが、対してアーサーはむしろ尊敬の念を抱いていた。
少し見ただけでも分かる獣人達の劣悪な環境下で、これだけ強気でいられるのは本当に芯が強いのだろう。多くの者なら心が折れているはずだ。
「……わたしは戻るので、あとはお願いします」
「ええ、分かったわ。引き続き頑張って」
ひらひらと手を振ってアリウムを送り出したあと、ユリは受付の席を立った。
初めて赤い毛の生えた長い尾が見える。それにしても服装が妙だ。黒のニーソックスに赤いミニスカート、白のワイシャツにも赤いネクタイをしており、その上に黒いパーカーを羽織っている。アリウムと比べて服装がちゃんとしているが、着崩していてかなりラフな格好だ。これも反抗心の一部なのだろうか。
「案内するわ。付いて来て」
あからさまに嫌そうだが、それでも一応仕事は果たすらしい。
目的の一三号室。エレベーターホールが近いのが少し気にかかるが、どの部屋からも音がしない所を見ると防音対策がされているのだろう。アリウムが扉を開けたのでアーサーも中に入る。部屋の中はホテルの一室のようで、玄関から見ているだけだが、大きなベッドや風呂、テレビなんかも備え付けてある。単に休憩するだけだとしても十分過ぎる設備だ。
アーサーは再び口元を隠して小声で話す。
「(ソラ。感知魔術を頼む)」
『任せて下さい』
攻撃系の魔術は使えないに等しいソラだが、感知系の魔術などアーサーが苦手なものを使えるのは大きい。それに治療や付与による強化など、こうして同化している恩恵はデカい。
「……ねえ。今、感知魔術って呟いた?」
しかしソラが結果をアーサーに伝えるより前に、少し後ろでそんな呟きが聞こえて来た。振り向いた瞬間、そこには大きく口を開いたユリがいた。
「っ……ソラ! 魔力障壁……ッ!!」
「わッ!!」
短く大きな声で放たれたそれが、凄まじい衝撃を伴ってアーサーに襲い掛かった。寸での所でソラの魔力障壁が間に合い、何とかダメージは防げた。しかし体は吹き飛ばされ、廊下を抜けて部屋で足を着く。
『風の魔術? ……いえ、音の衝撃破といった所ですね。非常に珍しいですが、「風」と「水」と「雷」の複合による「音」の魔術です!!』
ソラからの報告にアーサーは内心歯噛みした。
『音』は厄介だ。魔術である以上は右手で打ち消せるが、目には見えないし速度も速い。それに範囲系だと右手以外の場所を守れないリスクがある。しかも今回は相手を傷つけずに無力化するという問題も抱えているのだ。
「ここで感知魔術を使う人間の魂胆なんて知れてるわ。監視カメラとマイクを排除して、何か良からぬ事を考えてるんでしょ? アンタみたいな人間、ごまんと見てきたわ。アンタが誰かは知らないけど、ここで殺してやるから覚悟しなさい!!」
「ちょっと待て! 俺の話を……ッ」
廊下の奥からこちらにゆっくりと近づいて来ながら、ユリは静かな怒声を放つ。
アーサーの制止の声など聞こえていないようだった。彼女は感情を表すように全身に荒々しい青白い稲妻を纏うと、そこから電撃を飛ばして来る。
それを見た瞬間、アーサーは思い付いた。
(良いこと考えた! 『魔力吸収・反攻適合』!!)
右手で稲妻を受け止めると、それを打ち消すのではなく吸収し、動力として魔術を発動させる。
(解放―――『雷光纏壮』!!)
ソラと共に超高速の世界に入ったアーサーは『手甲盾剣』から刃を出して腰を落とす。
「ソラ、俺にカメラとマイクの位置を教えろ! 今すぐ全部破壊する!!」
『っ……テレビの中、壁にかけられてる絵と時計の裏、ベッドの裏、テーブルの裏、天井の照明の中、ベッド横の電気スタンドの中、こことお風呂場と洗面台の鏡の中、廊下の天井、トイレの照明。それで全てです!』
「了解!!」
アーサーは即座に床を蹴った。そして室内を縦横無尽に駆け回り、左手の刃を使って全てのカメラとマイクを破壊する。そして最後の仕上げに時間ギリギリでユリの背後に回り込み、刃を籠手に戻してから『雷光纏壮』が切れた直後に右手で背中に触れる。
これでユリの体内魔力は掌握した。もう魔術による攻撃はできない。
「くっ……アンタ、私に何を……!!」
「一時的に魔術を使えなくしただけだ。だから頼む、少しだけで良い。俺達の話を聞いてくれ」
「俺達って……アンタ、一人じゃない」
「ううん。一人じゃないよ」
否定の言葉と共に、今まで透明になっていたスゥが姿を現した。カメラとマイクを破壊したのを確認して、もう良いと判断したのだろう。
『私もいます。が……私は同化を続けますね。何が起きるか分からないので用心の為です』
「ああ、警戒を頼む」
ソラに関しては現状を維持したまま、声だけはアーサーの中だけでなく外にも聞こえるように切り替えた。とまあ、平たく言えば一人ではなく三人になる訳だが、突然の事にユリはきょとんとした表情を浮かべていた。
「アンタ達、一体……」
困惑している彼女に諸々の事情を説明しようとした思っていると、後ろのドアをノックして誰かが室内に入って来た。
腰に届くほど長い綺麗な白髪が、淡い玄関の光で輝いているような錯覚を受けるほど美しい髪の持ち主で、狼のような耳とふわふわの尻尾がある獣人だ。私服感のあるユリとは対照的に肌が透けて見える白のベビードールを着ている。そして柔らかそうな肌も白いので、神々しさすら覚える。
しかし実際は他の獣人達と同じように囚われの身だ。何故そんな服を着て現れたのは考えるまでもないだろう。というか考えるだけで怒りが込み上げて来る。
「え、えっと……どういう状況ですか?」
白銀の瞳を揺らし、困惑している彼女がアイリスと呼ばれていた少女で間違いないだろう。
偶然か必然か、この部屋に来る予定があった者と無かった者の二人の獣人が揃った。二度事情を説明する手間も省けたので、とりあえず狭い廊下から室内に移動して事情説明を始める事にした。
しかしその前に一つやる事がある。最初にアリウムを見た時からやりたかった事だ。
警戒されないように了承を取ってから二人の少女の首輪に手を伸ばして握った。後は未来でやったように『珂流』を使って首輪を握り潰して破壊する。
ユリとアイリスは砕けた首輪を見ながら、信じられないといった感じで唖然としていた。
「嘘……この首輪は私達の膂力でも破壊なんて出来ないのに、一体どうやって……」
「その辺りも説明するよ。ちょっと長くなりそうだし、まずは座ろう」
そして全員が椅子やベッドの縁に腰を下ろして話をしようとした所で、水の中に入った時のような感覚が全員に襲い掛かった。それが何だったのかはすぐに分かる。
「……っ!! 魔術が……使えない!?」
「えっ!? ……本当だ。どうしようレン君、もう透明になれないよ!」
『私もです。どの魔術も使えません……どうなっているんですか!?』
突然の異常事態に驚く三人だが、ユリとアイリスの二人はいたって平常通りだった。そしてあっさりと答えを教えてくれる。
「無駄よ。施設長が『反魔術領域』を発動させたんだわ。そもそも普段はこの施設全域が魔術を使えないはずなのよ。今日だけは特別みたいだったけど、それも終わりみたいね」
「……待ってくれ。その理由は聞いているか?」
「え、えっと……たしか、特別な来客が来るからと耳にしましたけど……」
無意識なのかは知らないが、耳をピクピクさせながらアイリスは答えた。
その答えでアーサーは最悪なケースを思い浮かべる。自分達が来た時にだけ魔術の使用を解禁させたのは、きっと油断を誘う為だろう。ここがアンソニーの根城なら備えはあると思っていたが、まさかここまでとは想定外だ。そもそも『反魔術領域』は牢屋などに使う装置であって、施設全体を対象にするなど聞いた事がない。その認識の甘さがこの事態を招いてしまった。
勿論、『ディッパーズ』の全員が魔術に頼りっきりという訳ではない。アーサーの右手やヘルトのいくつかの力、サラの『オルトリンデ』など魔力を使わない武器もある。しかしそれらは少数に過ぎない。多くの者は魔術を禁じられた時点で、一般人より少し腕に覚えがある程度にまで戦力が落ちてしまう。もし重火器で武装した集団に襲われればひとたまりもないだろう。
(くそッ……間違いない、やられた! 俺達全員、罠に嵌まったぞヘルト!!)
嫌な悪寒が背筋を駆け抜ける。
アンソニーを追い詰める証拠を掴み、囚われの獣人達を救い出す為に懐に潜り込んだ。しかしそれは同時に、この閉鎖空間で永遠に口封じされるリスクがある事だって、頭のどこかでは理解しているはずだった。