行間一:平凡なヒーロー見習い
『リブラ王国』。
おそらく『人間領』において最も治安が悪い国。理由としてはやはり『魔族領』の首都が近いことが理由だろう。だからかもしれないが、この国は他と比べて医療水準が高い。それも『ポラリス王国』のように科学にものを言わせた異質な方法ではなく、真っ当な医療としての範疇の中で。
とある病院。その個室。
一人の少年が意識なくベッドに寝ている女性に話しかけていた。
「聞いてよ。僕、『ディッパーズ』として戦ったんだ。まだ正式って感じじゃないし、アレックスさん達には未熟だと思われてるのも分かってるけど、この僕がみんなと一緒に戦ったんだよ? 凄くない?」
ピーター・ストーン。
隣接する別の次元へ飛び、疑似的な超高速を体現する異能を持つヒーロー見習い。あるいはその一点だけを除けば、最も平凡という言葉が似合うような少年だった。
「勿論、アレックスさんにも言ったように、僕は自分を特別だとも、選ばれた人間だとも思ってない。でも誰かを助けられるなら……この力を、これからも使って行こうと思う。……危険だって止める? それとも応援してくれるかな?」
眠っている女性からの返答は無い。もはや会話か独り言か分からないこのお見舞い風景を違和感なく行えるくらいに繰り返して来て、目覚めるのを期待したりだとか、ずっと目覚めないかもしれないと悲観するような感情も超えて、これが当たり前だと感じているピーターの感情は穏やかなものだった。
物心がつくかつかないか、ほとんど記憶の無い頃に事故に巻き込まれてからこうなのだ。人間、嫌でも慣れてしまう。
それからしばらく同じように話しかけていると、検査の時間を伝えに看護師が来たので入れ替わるように病室から出て行く。
「……また来るよ。じゃあね、母さん」
聞こえているかも分からない、いつ目覚めるとも知れない彼女にドアが閉まる前にそう呟いた彼は、すぐに慣れた動きで病院を後にした。それから人気の無い路地に入ると、首からぶら下げたペンダントに魔力を流す。するとすぐにライダースーツのようなものに変化して、全身を特殊な戦闘スーツ『シュヴァルトライテ』で包んだピーターはすぐに街中を駆け出した。そして数分前に病院のニュースで流れていた、占拠されたばかりの武器産業を売りにしている会社の何十階もある巨大なビルの壁面を駆け上がり、すぐに屋上に到着する。
「えっと……『エイル』さん? これ、繋がってますよね?」
『敬称と敬語は無くて構いませんよ、ピーター。内部のスキャンはすでに完了しています。重火器を所持している者達だけピックアップしますか?』
「そんな事までできるの?」
『あまり舐めないで下さい。頭の出来は貴方よりも良いんですよ、私』
「……そりゃ人工知能に頭の出来で勝てるとは思ってないけど。僕はパッションで勝負だ」
ヘルメットのバイザーを通して、ピーターの視界にビルの内部構造が透けて見えるようになり、さらに敵だけ赤い点で示される。
「……あれ? 地下のマップは無いの?」
『スキャンを妨害されました。文句は受け付けませんよ』
「別に文句を言うつもりは無いよ。適当なヤツを捕まえて吐かせよう」
青い稲妻をスパークさせたピーターは超高速の移動を始めてビルの中へと踏み込んだ。そして連続で能力を発動させながら一人ずつ倒して下へ降りていく。遂に二階まで制圧が終わり、あとは一階だけになった。しかしそこで『エイル』から待ったがかかる。
『中央に大勢の熱反応を検知。状況から考えて人質です』
「ああ、僕も見てる」
二階まで吹き抜けで巨大なフロア。その中央にここの職員が集められていて、その周囲をこれまで倒して来たような武装した者達が囲んでいる。すでに仲間達が倒されている事を悟られているのか、やけに警戒している様子だった。
『派手にやりすぎましたね』
「……先にこの人達の存在を教えて欲しかったんだけど」
『それは想像力が足りなかっただけでは? 私に言われても困ります』
やけに反抗的なAIの言葉を聞きつつ、ピーターはどうしたものかと思案していた。
超高速で全員を無力化するにしても、常時高速化はできないピーターの力では何人か倒している内に人質たちを殺されてしまう。
そんな時、二階部分のガラス窓を突き破って人型の飛翔体が飛び込んで来た。
ピーターが纏うものとよく似た機械のスーツ。違う点は衣服の下にスーツが展開されている事と、ピーターのヘルメットは面が全てバイザーなのに対し、新たに現れたスーツは鋭い瞳のように光っているだけだった。
謎の乱入者。しかしピーターはそれを見た勘と、『エイル』からの報告により一早くその答えを知る。
「アレックスさん……!?」
ありがとうございます。
という訳で今回の章の行間の主人公はピーター・ストーンです。
今回の話は二一章辺りに繋げて行けたらなぁと思いながら。滅茶苦茶先だけども。