367 D&W共同戦線
城に戻って来たアーサーは、公務に忙しいアクア以外の全員と集まっていた。さらに客人が三人。
ヘルト・ハイラント。卯月凛祢。柊木嘉恋。
『W.A.N.D.』本部から秘密裏に出てきた、『シークレット・ディッパーズ』の秘密の同盟相手だ。
「久しぶり凛祢ちゃん。そっちの調子はどう?」
「相変わらずです。結祈さんの方は潜伏中とは思えないくらい充実してるみたいで良かったです。紗世ちゃんも元気そうで良かった」
「お兄さんやサラさん達はどこかの誰かと違ってとても良い人だから」
「なるほど……紗世ちゃんはサラさんと仲が良いんだね。レンフィールドさんとも」
少し離れていても二人の仲は相変わらず良好のようだ。互いに抱き合って友好を深めて挨拶もしている。いつまでもいがみ合っているアーサーとヘルトとは大違いだ。
「二人は馴染んでるな。お前も見習えば?」
「まあ、ここには女性の方が多いし彼女達の方が馴染めるのは当然だよ。それより仕事の話だ。みんなをまとめてくれ。今回も急を要する」
「分かった。おいみんな、席に着いてくれ。ミーティングを始めるぞ」
アーサーの呼びかけに応じ、アーサーとヘルト以外の全員が席に着く。前に出ているのは二人だが、まず話すのはヘルトだ。端末を操作して何かを握り込むようなジェスチャーをし、その手の中身をみんなが座っている長テーブルの方に投げるように開く。するとこの部屋にいる全員の前にディスプレイが表示された。
「これから『キャンサー帝国』のある映像を見せる」
「『キャンサー帝国』?」
「しかも黒幕は冥界からお越しのアンソニー・ウォード=キャンサーだ。笑えるだろ?」
「……まさか。生きてたのか……」
流石に一瞬絶句した。彼の死のせいでネミリアやミオは過激に追われているのだ。
生きていたなら好都合。改めて殴り飛ばせるチャンスが生まれたのだ。今度こそあの上から目線のクソ野郎をぶん殴れるなら、今回の仕事により一層気合が入る。
「とにかく、詳しい事は説明するより映像を見て貰った方が早いと思う。ちょっとこれを見てくれ」
ヘルトが再生させた映像はどこかの施設のようだった。ドローンを使ったのか映像は揺れている上に途切れ途切れで不明瞭だ。しかし捉えられているものもある。服装や髪の色も違う何人かの少女だが、その容姿に共通する部分がある。全員に獣の耳と尻尾が付いているのだ。
「どう思う?」
「どうって……コスプレって訳じゃないんだよな?」
「勿論。正真正銘、絶滅したはずの獣人だよ。ぼくもぜひ事情を知りたい」
アーサーとヘルトは同時にクロノに視線を向けた。この場で五〇〇年前について知っているのは彼女だけだからだ。
答えを求められている事を自覚した彼女は嘆息して、
「実際には話せないんだが……まあお前らは知っているしな。『第零次臨界大戦』で世界の種族は三種までに減った。獣人も絶滅したが……実は一人だけ生き残りがいる。『獣人の姫君』だ」
「『獣人の姫君』? それって……」
「待て、アーサー・レンフィールド。それより重要なのはどうして一人だけ生き残ったのかだ」
アーサーの問い掛けに割り込んでヘルトは話の先を促した。それに従ってクロノは続ける。
「特殊な力を持っていた上に、出自も特別な女だった。だから大戦後も唯一生き残れた。その後は誰にも見つからないようにローグが『魔族領』のどこかで匿っていたはずだが、見つかったのかそれとも……」
クロノは一人でぶつぶつ言い始めたので説明は以上という事だろう。ここから先は今ある情報から考察する必要がある。
「生き残りが一人しかいないって事は造ったのか? 性懲りもなく」
「この映像を送ったら奇蹟的に残ってた獣人を保護してるって堂々としてたけど、あの国ならやりかねないね。なにせ『一二宮協定』を可決させて『ディッパーズ』の戦力を遠回しに削ぎに来たくらいだ。後ろめたい事は当然やっていると考えて良い」
「だろうな」
直接対峙した訳ではないが、アーサーにとって因縁深い相手なのは間違いない。彼が全ての黒幕だとは思っていないが、唐突に死亡報告が入って来たので不完全燃焼だった。だから死を偽装していたというなら顔を突き合わせて話し合うには良い機会だ。
「それで、今回はここに忍び込んで内情を探る訳だな。ちょっと今の俺達向きじゃないと思うけど」
「それでも証拠を掴めば『W.A.N.D.』は大規模に動ける。それに手は打ってある。あらかじめ嘉恋さんにお願いして、ぼくが長官の立場を利用して悪事を働きまくってるっていう嘘の情報を掴ませた。向こうの弱みはぼくが握ってるから脅しては来ない。むしろ……」
「互いの弱みを握り合ってるなら協力関係を築こうとする、か……。なるほど、確かに悪事の証拠を掴んだから視察に来たって言うより底を見せてくれそうだ」
「そういう事だ。明日の午前中にアポを取ってある。メンバーを決めるぞ」
仕事の事になると息が合う二人を見つめる温かい目には気づかず話は進んで行く。
ヘルトが再び端末を操作すると、全員の前のディスプレイに『視察組』『潜入組(変装)』『潜入組(隠密)』『待機組』の四つの空欄の名簿が表示される。そして『視察組』の空欄にはすぐにヘルトと嘉恋、それにアーサーの名前が入る。
「アーサー・レンフィールド。きみはぼくと一緒に視察に行くぞ。スーツを着て役人っぽく変装しろ。そしてぼくらが気を引いてる間に、他のメンバーが『キャンサー帝国』の弱みになる何かを見つけ出す。シンプルだろ?」
「あ、待って。そこにメンバーを追加させて」
真っ直ぐ挙手した結祈はそんな事を言い始めた。アーサーとヘルトが何も言えない内にさらに続ける。
「ワタシ達、話し合って事件時にはアーサーに監視を付けることにしたの。一人にすると無茶しかしないから」
「えっ、ちょっと待って初耳なんだけど」
「言ってないからね。ちなみに拒否権も無いから。基本的にはアーサーの行動を先読みできるラプラスが適任って話になったけど……今回は潜入作戦だから、スゥにお願いできる?」
「分かりました。しっかり監視します」
「お願い」
反対する間もなく話は進んで行く。アーサーはげんなりした顔で呟く。
「……俺は犯罪者か何かか?」
「一応言っておきますが、レンフィールドさんは世界的な大犯罪者です。協定違反のお尋ね者ですから」
「……指摘ありがとう凛祢。元気出てくるよ……」
とにかく決まったものは仕方がない。それにスゥがいれば、仮に捕らえられたり始末されそうになった時でも、他のチームに秘密の連絡もしやすくなる。そう考えれば悪い事ばかりでもない。
ヘルトが端末を操作してスゥの名前を追加したのに続き、アーサーも端末を操作してさらに一人の名前を加えて本人に目を向ける。
「メンバーを追加して良いならソラも一緒に来て欲しい。篭手と同化した状態なら誰にもバレないし。それからレミニアはスゥが使う魔力を『留魔の魔石』に込めてくれ。頼むぞ」
「分かりました」
とりあえず『視察組』のメンバーは決まった。
次は『潜入組(変装)』のメンバー選出の番だ。
「凛祢、説明を頼む」
「分かりました」
指名された凛祢は意気揚々と立ち上がる。両手にはそれぞれ透明なヘアバンドと黒いベルトが握られていた。
「現地に溶け込むためには変装が必須です。そこでこれ、『スコーピオン帝国』製の『獣人型変装用ナノマシンバンド&ベルト』の出番です」
試しに凛祢は自分の頭にバンドをかけ、腰にベルトを巻く。するとバンドとベルトからそれぞれ凛祢の髪の色と同じ獣耳と尻尾がナノマシンで形成された。しかも違和感なくピクピクと動く代物だ。
「ただ無理を言って一晩で用意して貰ったので、全部で六つしかありません」
「ぼくから推薦がある。ネミリア=Nだ」
その言葉に何人かが強く反応した。情報は共有しているが、未来で直接ネミリアが世界が終わった原因だと聞かされた者達は動揺を隠せない。特に隠し事に向いていないアーサーは酷かった。
しかし幸いヘルトは気付く様子もなく話を続ける。
「前々からセラ・テトラーゼ=スコーピオンに頼んでおいた左腕が完成した。あとで嘉恋さんに調整して貰ってくれ。前の機能は引き継いだまま新機能もいくつか追加されてるらしい。資料によると隠密行動にも慣れてるみたいだし適任だろ?」
「……待てヘルト。彼女は……」
「分かりました」
アーサーが止めるよりも早く、ネミリアは承諾してしまった。
止める為には全てを話さなければならないが、ヘルトがいる場でその話をする訳にはいかない。功利主義の彼の事だ。ネミリアが世界を滅ぼすと聞けば、有無を言わせず彼女を殺しかねない。そうなればこの場で戦争開始だ。
(……まだネムに異常は出てないし、みんなといれば安全か……)
無理矢理自分をそう納得させて、あと四人について考える。
「なら後の四人は結祈、サラ、紗世、リディだ。凛祢との仲やコンビネーションを考えると妥当だ。それから……カヴァスも頼めるか?」
「おれ?」
「巨大な狼になれるんだろ? 耳と尻尾を生やせないか?」
「……出来なくはない。でもどうしておれが?」
「頼むよ。これはお前にしか頼めない」
「……チッ」
忌々しく舌打ちをしたが、カヴァスは頼みに応じて耳と尻尾を生やした。滅茶苦茶不本意で不機嫌そうだが、それがカヴァスなので誰も突っ込まない。彼女は優しさを表に出せないだけなのだ。
「じゃあ表の潜入は七人で決まりだな。あとは裏から潜入するメンバーだけど……ぼくの意見としては『魔神石』を持つ三人は近づけるべきじゃない」
「そこに関しては俺も同感だ。ラプラス、クロノ、レミニアはいざという時まで動かない『待機組』だな。それから悪いけどエリナも」
「えっ? どうしてエリナも『待機組』なの王様!」
「だってお前、潜入とか向いてないだろ。未来でもいきなり壁を斬り飛ばしたし」
「うぐっ……それは、返す言葉もない……」
失態を思い出したエリナは意気消沈して静かに座り直した。
消去法という形になったが、『潜入組(隠密)』は透夜、紬、メア、フィリアの四人が。そして『待機組』がラプラス、クロノ、レミニア、エリナの四人。公務に忙しいアクアと力が無くて危険に巻き込めないミオは『ピスケス王国』で留守番だ。
「じゃあ、ミーティングはこれで終了。各々準備を怠らないように」
一応、これで締めたつもりだった。
しかしどういう訳かヘルトや凛祢、嘉恋を除いた『ディッパーズ』のメンバーは全員アーサーを見ていた。それに困惑するのは当然アーサーだ。
「……な、何だ? どうしてみんな、俺の方を見るんだ?」
困惑するアーサーの様子にみんなは顔を見合うと、目線で意見を示し合わせたようで代表者の結祈が答える。
「いや、いつものはやらないのかなって」
「いつものって?」
「ほら、決戦前にみんなが揃ってる時は景気よく送り出してくれるじゃない? 今回は別行動だからここしかする場面が無いし」
サラの追加の説明でようやく合点がいった。アーサー自身、特に意識してやっている訳ではないのだが、一〇年前の世界では戦いの前にみんなを鼓舞するのは伝統だと言っていた。みんなが期待しているなら、今はそれに従うべきだろう。
「あー……オッケー。それじゃあ『ディッパーズ』。目一杯仮装して潜入するぞ。金儲けしか頭にない差別愛好家のクソ野郎共をぶっ飛ばして、獣人達にこの世界はもっと広いって知って貰おう」
「そう来なくっちゃ」
「これぞ『ディッパーズ』って感じよね」
結祈とサラをはじめ、みんなはその言葉に満足して解散した。
ただし、ある二人を除いて。
◇◇◇◇◇◇◇
「ラプラス! ちょっと待ってくれ!!」
部屋から出るタイミングを見計らって、ようやくラプラスに話しかける事ができた。廊下の途中で名前を呼びながら肩を掴んだ。そこまでやってようやく彼女は足を止めるが、頑なに振り返ろうとしない。怒っているのは分かっているので、とにかく彼女の肩から手を退かす。
「俺に怒ってるよな。当然の事だし本当にすまないと思ってる。でも俺はこういう人間なんだ。……悪いけど、次に同じ事があっても俺は自分を犠牲にする。そしてお前や他のみんなは巻き込まない。俺が一人で全部背負う」
とりあえず、結祈のアドバイスに従って本音を伝えた。しかしあまり良い成果は得られていないようだ。ラプラスはこちらを振り向こうともしない。そして前を向いたまま、顔も見せず叫ぶ。
「……マスターは何も分かっていません。私の事を全然、分かっていないんです!!」
まるで突き放す意図があるように、彼女はあえて名前を呼ばなかった。それが分かってしまった。
その事実に思いの他ダメージを受けつつ、アーサーは平静を装って言葉を返す。
「そりゃ確かに、好きな色とか食べ物とか全然知らなかったけど、ここ数日で思い直したんだよ。今後は仲間のそういう所にも目を向けて行こうって」
「そういう事じゃありません……とにかく、しばらく放っておいて下さい」
「それって……もう話しかけるなって事か?」
その答えを信じたくないという思いでアーサーは訊いた。
数秒の沈黙の後、その答えが戻って来る。
「……そうです。仕事はしっかりこなしますが……私達、しばらく距離を置きましょう。それが私からの唯一のお願いです」
「……、」
それ以上、アーサーは何も言えなかった。
廊下で馬鹿みたいに突っ立っているだけで、ラプラスが今どんな顔をしているのか考えもせずに。
◇◇◇◇◇◇◇
「はぁー……」
「これはまた、見て分かるほど落ち込んでるな。事情は流石に知ってるけど、僕で良ければ話でも聞こうか?」
透夜から相談があると言われていたので、アーサーは彼の部屋を訪れていたが、その様は落ち込んでいて酷いものだった。
だがアーサーに相談する気はない。みんなには十分に協力して貰った。あとは自分で考えて解決するべきだ。少なくともこのラプラスとの喧嘩については。
「いや、大丈夫。厚意だけ貰っておくよ。それより透夜の方の相談って?」
「ああ、一つ訊きたいんだ」
透夜はアーサーが座るのを待ってから、こう続けた。
「どうやったら僕も君みたいになれる?」
「俺みたいって……どういう意味だ?」
「『協定』の時も、未来での時も、僕は妹の為にしか戦って来なかった。でも未来で頑張ってたミオを見て、僕も妹の為だけじゃなくて、みんなの為に戦えるようになりたいって思ったんだ。どうすればそうなれる?」
「妹の為じゃなくてか……」
その質問に対して、アーサーは思わず笑ってしまった。真剣な問いかけに笑うなど無礼だと分かっているが、流石に笑うしか無かった。だってそれはあまりにもアーサーにとっては皮肉が効きすぎている。
「確かにお前には言った事が無かったな。俺が旅を始めた切っ掛けは妹達の為だ。世界をより良くしようと『魔族領』を目指してな」
「まさか……君が? でも誰かの為に戦い続けて、ヒーローと呼ばれるようになって『ディッパーズ』を結成した。どうしてそうなった?」
「妹達は俺の心を救ってくれた。だから俺もそうなりたいと思ったんだ。始まりは単なる憧れだよ」
初めは魔族を倒して追い出される形だったが、自らの意志で『ジェミニ公国』を出た切っ掛けはそれだ。その後で結祈と出会い、サラと出会い、シルフィーと出会い、ラプラスと出会い、レミニアと出会った。そして『ディッパーズ』になった。
半年にも満たない時間。だけどその濃密さはこれまでの人生を全て合わせたよりも深い。
「旅の途中で色んな人達と出会って、何度も戦って来て……みんなを大切に想って、みんなが暮らす世界を守りたいと思ったから拳を握った」
「……それで?」
「つまりお前も自然にそうなるって事だよ。誰かの為になりたい。その想いはヒーローへの第一歩だからな」
そう言って笑いかけると、透夜も迷いながら笑みを返した。
「正直、もう少し具体的なアドバイスを期待してたよ」
「だったら簡単に。理不尽を前に立ち尽くすしかない人に、不安を感じさせない声で大丈夫だって言ってやれ。それでお前はヒーローだ」
「またピンポイントだね」
「あくまで例だよ。言いたいのは、ヒーローの資格なんて仰々しいものはない。誰かを守る為の行動をした時、お前はその誰かにとってのヒーローになれる。そして同時に相対する誰かにとっては目障りな害悪だ。戦いは避けられない。一度踏み込めば終わりも無い。それは覚えておいてくれ」
「……まあ、参考にする」
やはり透夜にはあまり理解できない例だった。
それとも誰かを守る為に戦い続ければ、本当に分かる時が来るのだろうか。
「それからもう一つ。……まあ、この話はラプラスに口止めされてるし、喧嘩中に約束を破るなんて最低だとは自分でも思うけど、透夜も知っておくべきだと思うから」
苦い表情ながらも、アーサーは今までとは全くベクトルの違う話を始めた。
その後もいくつか話し合って、女々しい男性陣のお悩み相談は終わった。アーサーは透夜の部屋から出て自室に戻って行く。
明日は戦場となる『キャンサー帝国』へ。
毎度お馴染みの問題だらけの状況で、毎度お馴染みの命懸けの人助けだ。
ありがとうございます。
今回はチーム分けが基本だったので、ここにまとめておきます。
【視察組】
アーサー・レンフィールド
スゥシィ・ストーム
ソラ
ヘルト・ハイラント
柊木嘉恋
【潜入組(変装)】
卯月凛祢
水無月紗世
近衛結祈
サラ・テトラーゼ=スコーピオン
リディ・フォスター
カヴァス
ネミリア=N
【潜入組(隠密)】
音無透夜
穂鷹紬
メア・イェーガー
フィリア・フェイルノート
【待機組】
ラプラス
クロノ
レミニア・アインザーム
エリナ・アロンダイト
【残留組】
アクア・ウィンクルム=ピスケス
ミオ
では次回は行間を挟み、『キャンサー帝国』編に突入です。