365 仲直りの方法
かつての世界、五〇〇年前は多種多様な種族が跋扈していました。人間、魔族、エルフだけではなくドワーフや妖精、ドラゴンや吸血鬼なんかも。他にも多くの種族がそれぞれの国で干渉することなく生きていました。
ハッキリ言いましょう。私達が殺しました。
『第零次臨界大戦』。全種族が入り乱れる想像を絶する戦争の中で、世界の種族は三種にまで減りました。
そう、減ったはずでした。
紛れ込んだ獣人の一人を除いて。
『獣人の姫君』なんて呼ばれているその存在。彼女は『キャンサー帝国』に囚われています。
エミリア・ニーデルマイヤーに唆されて『一二宮協定』を提唱し、自身の死を偽装したアンソニー・ウォード=キャンサー。今でも裏で『キャンサー帝国』を掌握している彼は、表に出ていた頃よりも活発に活動しています。
彼はアーサー・レンフィールドが動けないと思っているのでしょうね。しかし、ヘルト・ハイラントは動いています。それに二人の秘密の協定までは知りません。
さて、今回は少し面白い事になりそうですね。
アンソニー・ウォード=キャンサーとエミリア・ニーデルマイヤー。二人の圧倒的な違いを直に見れるのは見物です。
◇◇◇◇◇◇◇
未来から帰還した翌日。
アーサーは未来をどう変えるかみんなと意見を交換しようと思っていたが、それ以上の問題が彼には残っていた。
つまりは喧嘩中のラプラスとの仲直り。そんな事をと思うかもしれないが、先の行動を決断する上で未来を観測できるラプラスの助言は重要だ。それ次第で成功率が格段に上がる。だからここ数日と同じように、今日からは城の中を歩き回ってラプラスを探す。しかし当然のように未来を先読みされているので遭遇すらしない。
「あっ、アーサー。こんな所で何やってるの?」
代わりに遭遇したのは結祈とサラ、それに紗世とリディの新顔二人を加えた四人だった。
「ちょっと人探しを。それよりそっちは?」
「軽く戦闘訓練だよ。二人は『シークレット・ディッパーズ』になって日が浅いし、交流を深めようと思って。それでアーサーが探してるのってラプラスだよね」
「……鋭いのは知ってるけど、よく分かったな」
純粋に驚くアーサーに結祈とサラは互いの顔を見てからふっと破顔して、
「見てれば流石に分かるよ。だっていつもアーサーにくっついてるラプラスは明らかに素っ気なくて話題にも出そうとしないし、アーサーも見るからに落ち込んでる。多分、全員気づいてるんじゃないかな?」
「多分じゃなくて気づいてるわよ。だって新人の紗世やリディでさえ気づいてるのよ? ハッキリ言って早く仲直りして欲しいわ。普段仲の良い二人が喧嘩してるとチーム全体の空気が重いのよ。あんただって、もしあたしと結祈がずっと喧嘩してたら嫌でしょ?」
「俺だって仲直りしたいよ……でも徹底的に避けられてるんだ。正直参ってる、かなり」
こうやって数日避けられただけだが、それでも今まで自分がどれだけラプラスに依存しきっていたか分かる。戦いの時は勿論、平時でも基本的にいつも一緒に行動していた気がする。
自分の半身のように思ってはいたが、一緒にいるのが自然過ぎて、今まで彼女にどれだけ支えられていたのか、分かった気になっていただけで全然分かっていなかった。心にぽっかり穴が空いたみたいだ。
「お前、喧嘩してるのか? ボクと会った時は普通だったよな?」
「リディは一緒だったから知ってるだろ? あの施設からみんなを逃がす為に、俺は一人で外に残った」
「それが?」
「ラプラスはそういうのを嫌うんだよ。まあ、俺も逆の事をやられたら怒るけど」
バツが悪くなったアーサーは視線を泳がせながら答えた。すぐに紗世とサラの二人が呆れたように溜め息をつく。
「お兄さん……それは自分の事を棚に上げ過ぎだと思います」
「自業自得って言うしか無いわね……あんた、色々変わったけどそういう所はホントに変わらないんだから」
「うぐっ……返す言葉も見つからない」
言われ放題の有り様だが、本人も自覚している通り自業自得だ。
その様子に結祈は苦笑いを浮かべて、
「でも多分、ラプラスがアーサーを避けてるのってそれだけが原因じゃないと思うよ?」
「えっ、そうなのか?」
「うん。ラプラスなら今更アーサーが自分の命を天秤にかける性分に、露骨に避けるほど憤ったりしないよ。流石にワタシの口から理由は話せないけど……協力はするよ。ワタシもラプラスと話してみるから、アーサーももう一度しっかり話し合ってみて。二人ならきっと仲直りできるよ」
「……どうしてそんな断言できるんだ?」
「同じ立場の女の子同士だしね。ワタシにはラプラスの気持ちが分かるから。確かにアーサーは世界的に嫌われてるかもしれないけど、少なくとも『ピスケス王国』にいるワタシ達はアーサーを好きなマイノリティだから」
本当に恵まれていると思う。それでも足りないと感じてしまうのは強欲で欲張り過ぎるだろう。
しかし、もうラプラス無しの生活は有り得ない。やはり早急に仲直りするのが賢明だ。
「……ちなみに他にアドバイスは無い?」
「え? うーん、そうだね……まず命を投げ出す常習犯のアーサーが謝ってもラプラスは信じないだろうし、アーサーも次に同じ状況があれば同じような選択をするでしょ? だから次はやらないっていう不確かな約束はしないで本音で話すのが一番だと思う」
「それからプレゼントを渡すとかどう? ちゃんと変装してスゥに案内して貰えば大丈夫だろうし、万が一の時も透明になって逃げられるわ。ただしスゥから貰うのはアドバイスだけで、選ぶのはアーサー自身よ」
「本音にプレゼントね……分かった。やってみるよ」
結祈とサラのアドバイスに素直に従う事にする。スゥにはあらかじめ協力を頼むかもしれないという話はしているので、あとで早速頼みに行く事にする。
「そうだアーサー。変装用にこれをあげる」
サラが渡して来たのは、銀のフレームに黒のふちのサングラスだった。
「あたしが作ったのよ? ちょっとお姉ちゃんを見習おうと思って」
「才能は姉譲りって感じか?」
「まだまだだけどね。それで受け取って貰える?」
「ああ、勿論。ありがたく貰うよ」
アーサーはそれを受け取ってかけてみる。レンズは暗いがある程度の透明度はあるので、かけても向こう側から目がちゃんと見えるようになっている。
「似合う?」
「ええ。じゃあ早速スゥに頼みに行った方が良いわ。今は多分、自室にいるはずよ」
「分かった。ありがとう、四人とも」
小走りで去っていくアーサーを笑顔で見送るサラの隣で、結祈は細い目を彼女に向けていた。
「……ねえ、サラ。もしかして何か考えてる?」
「当たり前じゃない。渡したのは『E.I.Y.S.』と協力して作った特製のサングラスよ。大まかな機能は移してあるし、カメラとマイクが内蔵されてるから別の端末で視界を共有できるし通信もできる。勿論、GPSも付けてるから位置を確認できるわ」
「つまりアーサー用の首輪って事だね。それ良い考えかも」
「なら早速部屋に戻って確認しましょ。紗世とリディも来るわよね」
サラの問いかけに二人は顔を見合い、それから視線を元に戻して答えた。
「「まあ暇(ですし)(だしな)」」
ありがとうございます。
という訳で始まりました第一八章。章を重ねる毎に話数が増えていっている気がしますが、例に漏れず今回は結構長めです。多分四〇話くらいかな?
そして次の第一九章はさらにその倍くらいありそうという……がくぶる




