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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第n章 終わりの果ての世界 Road_to_the_End.
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(無題)The_Return.

 戦いが終わって、結局全員が動けるようになったのは数日後だった。アーサーを含めて何人もロクに起き上がれなかったし、透夜に関してはずっと意識を失っていた。だがメア、ネミリア、ソラの三人が素早く処置したおかげで一命は取り留めていた。

 しかし一人、動けるが問題のある者もいた。


「どうしてこんな事が……」


 左目から血を流していたスゥも治療を受けていたが、その後でラプラスから個人的な診察も受けていた。『未来』の『魔神石』のおかげでこういう作業もお手の物だ。

 しかしラプラスは酷く申し訳なさそうに頭を下げた。


「……ごめんなさい。私がスゥさんに『魔神石』を預けなければこんな事には……」

「えっと……もしかして私、『魔神石』を使ったの?」

「『未来()』の力を使いました。ですが使い方が悪かったんです」


 相変わらず疑問に首を傾げるスゥに、ラプラスばかりが表情を曇らせて話を続ける。


「私の力は未来を観測した後で選択を決めます。だから絶対に望んだ未来にできるとは言い切れませんが、スゥさんは本来『箱舟』と『言語』が必要な未来の収束を行ったんです」

「み、未来の収束……ですか?」

「つまり波動関数の収束……そうですね、ざっくり説明すると未来は無限に分岐しています。スゥさんはその無数に存在する未来を観測し、その中から望む未来を選択したんです。聞いた感じですと数秒先が限界みたいですが、それでもスゥさんが選択した未来は絶対に起きる現実です」


 それはラプラスが嫌う不変の未来だ。ただスゥの力はほんの数秒なので、世界に大きな影響を与えるほどではない。むしろ問題なのはどうして彼女が使えたのかだ。

 一つは『未来』の『魔神石』が入ったバッグを持っていたこと。

 そしてもう一つは、


「おそらくリディさんや敵の力を見たのが原因ですね。全員の無事を望むあまり、無意識に呪術へ手を伸ばしてしまったんだと思います。アーサーが言うには呪術には代償が必要です。目が悪くなったように感じるのは、おそらく視力を代償に力を行使したからです」

「……じゃあ、私の視力は使う度に減って行くってこと?」

「さしずめ『呪法・未来収束(カースド・ラプラス)』とでも言うべき力です。『魔神石』三つ分の破格の力ですが、本当に命の危険がある場合以外の使用は控えるべきです。代償は片目にしか影響していないとはいえ……スゥさんにとっては大きい代償です」


 使い続ければ右目でしか物を見る事ができなくなる。しかしそれは『魔族堕ち』としての特徴が表す事を嫌うスゥにとっては辛い事だ。

 やはり能力の使用は控えた方が良いだろうと心に決めていると、正面で座っていたラプラスは唐突にハッとしたように立ち上がった。


「では、そういう事です。私はもう行きますね」

「え? あの、ラプラスさん?」


 スゥが止める暇もなくラプラスは逃げるように部屋から出て行ってしまった。数秒後、まるで入れ替わるようにアーサーが入って来る。


「あれ、スゥだけか。ラプラスがいるって聞いたんだけど……」

「ラプラスさんなら今出て行ったばっかりだけど……」

「そっか……やっぱり露骨に避けられてるな」


 見るからに落ち込んで溜め息をつく様子を見れば、彼が何に悩んでいるのかなんてお見通しだった。


「もしかして喧嘩中?」

「喧嘩……っていうよりは、俺が一方的に悪いんだよ。だから謝りたいんだけど、俺の未来の行動を観て避けてるんだ。ずっと探してるのに会えない」

「みんなに頼んで足止めして貰うっていうのはどうかな?」

「うーん、流石に大事にするとラプラスにも悪いし、それは最終手段かな。もうしばらく自力で頑張ってみるよ」

「何か必要な事があればいつでも頼ってね?」

「ああ、その時は頼むよ」


 そんな風に二人で雑談していると施設中に放送が流れた。『ディッパーズ』は上に集合してくれという旨の放送だった。

 理由は何となく分かる。全員が動ける程度に回復した以上、この時代に長居する理由はない。『魔神石』の力で星を元に戻し、帰還する時が来たのだ。

 アーサーとスゥは二人で『対惑星集束魔力砲』のあるフロアに移動すると、すでに他のメンバーは全員揃っていた。アーサー達が来るとさっそく話が始まる。


「それで、『無限』と『時間』と『箱舟』を使えば良いんだっけ?」

「それなんだけど、ここ数日ラプラスさんと話をして使う『魔神石』を変更したの」

「詳細は私が説明します。アーサーが敵の施設から回収した『魔神石』の中に『大地』と『天空』があったので変更を進言しました」


 ミオの言葉に続けてラプラスが喋る。こういう風に全体に向けてだと話はするが、やはり彼女は意図的にアーサーと目を合わせないようにしていた。

 ラプラスは黒と茶色と空色の『魔神石』を掌の上に乗せて全員に見せる。


「『無限』で魔力をブーストしつつ、『天空』で惑星全体を覆う大気と空気に必要な主要元素を生成します。その後、『大地』の力で水や木々を生成すれば惑星は元通りです。仕上げに『時間』でこの惑星のみ時間を加速させれば生物も誕生するはずです。極めて原始的な状態ですが、きっと人類なら復興できると思います」


 後半は少し投げやりな感じだが仕方ない。惑星を元に戻すまではアーサーじゃないとできないので実行するが、流石にそこから先はこの時代の人々の領分だ。冷たいかもしれないが、過去に戻る自分達には関係無い。


「アーサーくんはこのグローブを付けて。ユーティリウムとアダマンタイトを混ぜた特殊合金製で、理論上は右手の力だけじゃ防げない『魔神石』からの負担を軽減できるはずだから」

「分かった」


 言われた通りにミオからゴツゴツした機械のグローブを受け取って右手に嵌める。ラプラスはその上に三つの『魔神石』を置いて握り込ませた。


「『無限』の力はレミニアさんから引き出して下さい。その方が負担が少ないでしょうから」

「……分かった」


 目の前で説明しているが、ラプラスはわざと視線を落としている。ここまで露骨に避けられると流石に傷つくが、今はこちらに集中しなければならない。二〇年前に戻ったらちゃんと仲直りしようと問題を先送りにする。

 そしてアーサーは『最奥の希望をそ(インフィニティ)の身に宿(・フォース)して』を発動させるとレミニアから『無限』の魔力を引き出し、ラプラスから言われた手順を頭の中で反芻しながら意識を集中させる。


「行くぞ―――『天上網羅(ウラヌス)』『大地讃頌(ガイア)』『時間回帰(クロノス)』」


 右り締めた右手から黒と茶と空の三つの色を混ぜた輝きが発せられる。変化はすぐに窓の外で確認できた。

 真っ暗な宇宙と無数の星々が輝いていた空が、みるみるうちに見慣れた青空へと変わっていく。さらに大地には凄まじい速度で木々が生い茂り、水も噴き出して大地を潤していく。

 ほんの数分で世界の形が豹変した。乾いた大地だけの惑星が、緑と青の美しい星へと姿を変えたのだ。

 その作業はアーサーのグローブが壊れた所で終わりを迎えた。『魔神石』のエネルギーに耐えられるはずの特殊合金だが、それでも長時間の使用には耐えられなかった。徐々にヒビが入って行き、最後には粉々に砕け散ったのだ。

 しかし幸い、生物がある程度の成長を遂げる所までは惑星の時間を進められた。これで弱肉強食の自然の摂理は保たれるだろう。


「ふぅー……上手く行ったか?」

「うん。全部上手く行ったよ」


 ミオの声を聞いてアーサーは『無限』からの魔力の抽出を止めた。虚脱感が襲ってくるが、限界まで使った訳ではないので疲労感はそこまで大きくない。

 ここでの仕事は全て終わった。黒い『魔神石』だけを右手に残し、他の二つは左手で取った。


「……ミオ、俺達は元の時代に帰る。勿論、ネムも連れて行く」

「お兄ちゃんから聞いたんだね……」


 バツが悪いミオだが、その行動自体には後悔が無いのか目線は真っ直ぐなままだ。アーサーはミオの前に移動すると、左手の二つの『魔神石』を手渡しながら真っ直ぐ目を合わせる。


「信じてくれ、ミオ。俺達は必ずこの未来を覆す。確定した未来なんて無い事を証明してやる」

「……二〇年前、わたしはアーサーくんに何も返せないまま死に別れたんだよ? そんなアーサーくんに言われて断れる訳が無いよ」

「二〇年前に返して貰ったって言ったはずだろ? でもありがとう、ミオ」


 二つの『魔神石』をミオに手渡し、一度だけ手を握り合う。

 二〇年前の世界で走り続ける者と、二〇年後の世界で走り続ける者。その手の間にはどれだけ時が経とうと変わらない『希望』の意志があった。

 アーサーとミオは手を離し、未来へ戻るために離れる。自然とみんなもアーサーの元へ集まる。その中にはリディの姿もあった。


「……何度も聞いてるけど、本当にボクも一緒で良いのか?」

「他に行くアテも無いんだろ? 『ティンダロス』も襲って来ないし時間軸への影響も問題ないはずだ。どうしても残りたいっていうなら止めないけど?」

「別に残りたいとは言ってない」


 彼女が素直じゃない性格なのは分かっているし、何だかんだ言いつつ乗り気という事でアーサーは納得していた。元々同胞と呼べる者がいた訳ではないし、この数日でジェームズと話をしたみたいだ。アーサーは詳細を知らないが、二人で納得して出した結論のようだし口出しする気は無かった。

 そんな感じで新顔も含めて全員が一ヵ所に固まったが、そんな中、最後までミオの傍にいたのは透夜だった。


「……お互い、酷い有り様だよな」

「お兄ちゃんがいなかったらわたしは死んでたよ。やっぱりお兄ちゃんがいないとダメみたい」

「みんなを立派にまとめてるだろ? 僕の方こそもっと成長しないと。良いお手本も近くにいるし」


 二人が見つめる先にいるのはアーサーだ。かつて救って貰った恩がある。

 しかし二人は共に彼を少し見て、


「……でも無茶をする所までは真似しない方が良いかも」

「それは僕も少し思った」


 お互いに笑い合って、二人は最後に抱き合う。


「じゃあね、お兄ちゃん」

「ああ、さよなら。ミオ」


 お互いの耳元で別れの言葉を囁き合って、透夜もアーサー達の輪の中に戻って行った。そして全員がいるのを確認して、アーサーは『魔神石』を握り締めた。その直後、一六人が光に包まれる。


「じゃあな、ミオ。未来を頼む」

「うん、また二〇年前に。わたしの事をお願い」


 ミオは最後まで手を振って見送った。光が晴れた後、そこには黒い『魔神石』だけが残されていた。

 そしてアーサー達は自分達の時代に戻って行く。ほんの数秒で終わる、数日間の時間旅行の終わりだった。

ありがとうございます。

という訳で帰還回でした。

次回、第n章最終話です。

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