(無題)Infinity_Force.
絶大な魔力を四肢に纏ったアーサーは、すぐに右拳を引き絞る。
そしてランチャー目掛けて解き放ちながら、こう叫んだ。
「―――『灰熊天衝拳』!!」
四肢に魔力を纏ったまま、その一撃は放たれた。それも本来のものよりも高い威力だ。無防備な状態で食らったランチャーの体が、『珂流』を抜きにした状態で後方に吹き飛んで行く。
その隙にアーサーはボウに向かう為に地面を蹴った。これも凄まじい速度で一直線に向かって行く。
しかしボウは冷静だった。両手を前に出すと、地面を操作して岩石をアーサー当てて軌道を逸らす。勿論、そんなもので稼げる時間は数秒しかない。けれどその数秒があればランチャーがアーサーの相手として戻って来てしまう。一回のジャンプでボウの隣に並んだランチャーは苛立ちをボウに向ける。
「おい、楽しい所を邪魔すんじゃねえよ」
「邪魔をしている訳じゃない。だが前も君が彼を、私が別の相手をしただろう? それと同じだ」
「なら周りの雑魚はお前がやれ。俺はあいつとやる!!」
ランチャーがこちらへ向かって来るのを確認して、アーサーも拳を握って構える。
(思った通りこの状態は体への負荷が大きい……ッ!! ちんたらしてる暇は無い、一気に決めてやる!!)
何度目かになる拳の衝突。しかし今の状態のアーサーは両拳に攻撃力を備えている。入れ替えるように左の拳を突き出して顎を突き上げた。さらに今度は右拳を脇腹に突き刺し、次に鳩尾に左の拳を叩き込む。
「―――『加速連撃・灰熊天衝拳』!!」
「へっ……良いなあ、おい! やっとお前と殴り合える!!」
壮絶な殴り合いは、お互いにほぼノーガードだった。アーサーの方は多少ランチャーの拳を殴る事で防いでいたが、ランチャーはただ殴るだけだ。むしろダメージを負うことすら楽しんでいるようにも見える。
「ハッハァ!! お前も楽しいだろ!?」
「もう御免だ! 食らえ―――『双撃・大廻天衝拳』!!」
『珂流』も交えた二つの拳は、ランチャーの体を地面でバウンドさせて吹き飛ばした。しかしすぐに体勢を立て直すと再び突っ込んでくる。まるでヨーヨーみたいに何度離しても戻って来る事にいい加減うんざりしてくる。
それにもう『最奥の希望をその身に宿して』の時間切れが近い。四肢の魔力を右の拳の一点に集め、『無限』の魔力からランチャーが迫るまでの僅かな時間に引き出せるだけの魔力を限界まで引き出して集束させる。
『ロード』に匹敵する魔力を一点に集束させるのは危険が伴う。『タウロス王国』で使った時のように右腕が灼けてしまうのだ。しかし『最奥の希望をその身に宿して』の使用時は常に『その意志はただ堅牢で』を発動させている。それが腕を守る事で灼けるのを防げるのだ。
「―――『古代熊王天衝拳』ッッッ!!!!!!」
その名を叫び、アーサーは右拳を突き出した。そして突っ込んで来た運動エネルギーを込めたランチャーの左拳と衝突する。
ゴッッッバァァァァァアン!!!!!! と。
拳同士が衝突しただけとは思えない、爆発にも似た衝撃が生まれた。
放つのでも身に纏って突っ込むのではなく、『ロード』の集束魔力を一点に集めた拳で殴ったのだ。総合的な威力はともかく、瞬間的な威力だけで比べれば今までで最大だろう。そしてそんな攻撃に耐えられるヤツなどそうはいない。
衝撃が収まった時、初めてランチャーは深手を負っていた。突き出した拳はアーサーの攻撃に完全に競り負け、左肩から先が消滅していたのだ。傷口も完全に焼かれており、大量出血していない事だけが彼の救いかもしれない。
「……へっ」
だが、それでもランチャーは笑みを浮かべていた。
これだけの深手を負って、それでも彼は戦いに取り憑かれているのだ。もはや完全に狂っているとしか思えない。
「惜しいな……お前の時間切れが先なんて。これから楽しめるって時に……」
「くっ……!!」
ランチャーの言う通りだった。今の一撃と同時にタイムリミットが来た。『無限』との繋がりが途絶え、アーサーは普通の状態に戻る。それも体の自由がほとんど効かない最悪な状態でだ。
「アーサー!!」
二人の戦いを見ていたサラもそれに気づき、すぐに割って入るとタックルする形でアーサーの体をかっさらって空へ逃げる。
「さ、サラ……助かった」
「まったく、あんたは体力任せの戦いしか知らないのね。どれくらいで動けるようになるの?」
「多分、五分か……一〇分。それまでロクに動けそうにない……」
「ホント、いつもバランスの悪い力しか使えないわね……」
心底呆れたように溜め息を吐いて、しかしサラは前を向いて真っ直ぐ言う。
「ならあたし達が守るわ。あと一〇分で今度こそ大男を倒せるのよね?」
「約束する……!!」
「ええ、それさえ聞ければ良いわ! リディ、受け取って!!」
「は……ァあ!?」
アーサーが意見する暇も無かった。サラは空中から地上のリディに向かってアーサーの体を思いっきり投げた。投げられたアーサーは勿論、受け止める側のリディも驚愕に言葉を失っていた。とりあえず受け止めるが、衝撃に二人して地面を転がる。
「ぐっ……おい、お前の仲間も馬鹿しかいないのか……?」
「か、返す言葉もない……」
まあ、もし状況が同じで立場が逆でもアーサーはサラの体を投げただろう。似た者同士、互いの行動には目を瞑るべきだ。だがサラと紗世だけではランチャーとボウの相手は荷が重い。
それに問題は目の前の二人だけではない。上空にはすでに惑星サイズの施設が目前にまで迫って来ている。
(でも『魔神石』はラプラスが持ってるし、『対惑星集束魔力砲』を使えば大丈夫だろ。あっちはみんなに任せよう)
そんな風に楽観視して、アーサーは体力の回復に努める為に目を閉じた。
戦場でそんな事が出来るのは、単に仲間達を信じているからこそだった。
◇◇◇◇◇◇◇
ビルの中へと戻った全員、ミオの治療をしているメア達の元まで来ていた。そして『対惑星集束魔力砲』の惨状を見て、ラプラスは呆然と呟く。
「これは……どうしましょう」
落ちてくる惑星に対して、これだけが頼みの綱だった。
それを失った。これでは『魔神石』を取りに行った意味がない。例えこの星を再生させたとしても無意味だ。
透夜は窓の外、上空を埋め尽くすような規模の惑星を睨んで問いかける。
「……もしあれが落ちてきたらどうなる?」
「……まず、落下地点は間違いなく壊滅します。その後地表がめくれ上がり、この星は灼熱の大地と化します。つまり生命が住める場所ではなくなるということです」
「……メア。ミオの容体は?」
「うん……ソラちゃんが頑張ってるけど、このままだともう……」
どれもこれも最低の状況だった。しかもここにいる全員が全力を出してもどうにもならない。人がどれだけ頑張って、幾重にも奇蹟を重ねたとしても、どうしようもない。
全力以上に死力を尽くす必要がある。
人智を超えた力が必要だ。
「……、」
透夜は静かにラプラスを見る。今の状況とこの時代の自分から聞いた話が合わない理由について考え込んでいるラプラスは無防備だ。
それから一度、意識の無いミオを見て透夜は決意を固めた。ラプラスの足元から鎖を出し、アーサーのウエストバッグに引っ掛けると手元まで運んだ。そして誰かに止められる前に中から黒い『魔神石』を取り出した。
「っ……透夜くん!? 一体、何をやるつもり!?」
「僕に分かってるくらいだ。君達全員、もう分かってるんだろ? 他に方法は無い。例えこれを使って死ぬとしても構わない。どうせ死ぬくらいなら、ミオやみんなを助けて僕は一人で死ぬ」
メアの静止も意に介さず、透夜は妖しい光を放つ『魔神石』を強く握りしめた。
その瞬間、透夜は激しく後悔した。右手から全身に得体の知れない何かが、死んだ方がマシだと思うくらいの激痛と共に流れ込んでくる。
「ガァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」
どれだけ苦痛に喘ごうと痛みは和らがない。
確かにこれは人が手を出して良い代物じゃない。
命と引き換えなんて考えは生易しい。これは呪いだ。まるで何度も何度も生き死にを繰り返すような激痛が絶え間なく繰り返される。
(ああッ……くそ!! でもっ、これしか道が無いんだッ!! こんな痛みと引き換えに力を使えるなら構わない!! ミオを救えるのなら、こんな命いくらだってくれてやる!!!!!!)
透夜は痛みに耐えるために歯茎から血が噴き出すほどの力で歯を食いしばり、右手は『魔神石』を握り締めたまま、指を三時の方向に向けた左手をミオに向けた。そしてゆっくり反時計回りに九時の方向に回していくと、危篤状態だったミオの傷がまるで巻き戻していくかのように塞がって顔に血色が戻って行く。
意識がどこかへ飛んで行くかと思った。視界はもう針孔のように狭い。そして狭い視界も赤く濁っている。目から血が流れている事など、自分では気づきもしない。
まるで糸に釣らされただけの人形のようだった。半分意識を失った状態で、今度は『対惑星集束魔力砲』の方に左手をかざし、同じように対象の時間を巻き戻す。破壊されて火を熾すだけの砲身と、この部屋のあらゆる物がみるみるうちに元の完璧な状態へと戻って行く。
そして仕事を果たした透夜の手から『魔神石』がこぼれ落ちた。
「ぅ……おにい、ちゃん……?」
「み、お……」
目を覚ましたミオを見て安堵した彼はうっすらと笑みを浮かべた。
そして倒れた。受け身も取れず、後ろに向かって。全身の所々から血が噴き出しており、今度は逆にミオが血相を変えた。
「お兄ちゃん!!」
あっという間に立場が変わった。ミオの傍にいたメアとネミリアとソラが、今度は透夜の治療に着手する。ミオも重傷だったが、透夜の傷も全身の至る所にあるせいで治療が難しい。三人の顔にはすでに疲労の色が見られる。
「……透夜さんの事は三人に任せましょう。あの施設を破壊しないと彼の頑張りも無駄になります」
少し非情に思うかもしれないが、これは彼女なりの気遣いだ。彼の行動の意味を継ぎ、果たす事が透夜にできるラプラスなりの誠意なのだ。
彼に近寄り、アーサーのバッグを再び手中に収める。そして紫紺の『魔神石』だけを取り出すと、他の『魔神石』は入れたままバッグをスゥに渡す。
「私の代わりに守って下さい。もう二度と奪われないように」
「分かりました……」
厳命されたスゥは素直にバッグを胸元に両腕で抱きかかえるようにして守る。ラプラスはそれを見届けず、真っ先に『対惑星集束魔力砲』の方に向かう。使い方は教わっていないが、ラプラスはざっと見ればその使い方を理解できる。すぐに『無限』の『魔神石』を装置にセットして、備え付けの椅子に腰を下ろして操縦桿を握り、照準を対象に合わせる。
そして後は引き金を引くだけの所で、ラプラスは一瞬躊躇してしまった。思ったのは自分が言っていた事だ。戦いには勝てるが、未来を変えられないという言葉を。だがもしここで敗けを選択すれば、少なくとも未来は変わる。アーサーと悲惨な別れをしなくて済むかもしれない。
そんな甘い考えを振り払うようにラプラスは頭を振った。
迷ったのが恥ずかしい。アーサーならこんな状況で一瞬だって迷わない。
結局、自分はこんな人間なのだろう。アーサーと出会って変われたと思っていたのに、根っ子の部分は何も変わっていない。それを酷く嫌に思いながら、ラプラスは引き金を引いた。
細い砲身から信じられない位デカい砲撃が放たれた。それは瞬く間に惑星サイズの異星を飲み込み、間もなく天を覆うほどの大爆発が起きた。
問題はあったが、この作戦については上手く行った。ラプラスは背もたれに体重をかけて肺の中の空気を吐き出す。
そんな作業の近くで、スゥは『魔神石』の入ったバッグを抱えたまま外の光景を見下ろしていた。魔族の血が色濃く出ている右目は髪で隠していても普通に見えるくらいに視力が良い。そして今は前髪をかきあげてアーサー達の戦いを見ていた。少し前まで優勢だったのに、今はリディの傍でぐったりしている姿がよく見える。
「……レミニアさん。お願いがあります」
傍にいたレミニアに声をかけると、彼女は首を傾げた。
スゥの決意はずっと前から決まっている。守るための力を守るために使うのだ。