40 最奥で待ち受けていたモノ
『つまり「タウロス王国」は奴隷商業に手を出していて、「竜臨祭」はその手段だと。しかも奴隷の中には一年前に消えたお姫様も入ってるって事か?』
「まあ要約するとそんな感じだ」
マナフォンの向こうから呆れた溜め息が聞こえてくる。
『……なんつーか、テメェは厄介事を抱えてねえと落ち着かねえ病気なのか?』
「冗談言ってる場合じゃないんだ。手は空いてないか?」
アーサーがそう訊くと、マナフォンから遠ざかる気配があった。アレックスには試合の時間があるので、それを確認しているのかもしれない。少しするとマナフォンに気配が戻って来た。
『悪いがそろそろ次の試合だ。そっちに行く時間はなさそうだ』
ほとんど予想通りの返答に、アーサーは間の良さに感謝する。
「そりゃ丁度良かった。試合に行く前に一つだけ頼みがあるんだ」
『頼み?』
「簡単な事だよ、ただ勝たないで欲しいんだ。お前には結祈っていうサポーターがいるから安全だけど、お前の相手は違う。お前が勝ったら相手は奴隷も同然になるんだ」
「いや、勝て。勝って相手の後をつければ敗者の行方が分かる。そこにお姫様の手掛かりがあるかもしれない」
突然、ミランダへの連絡を終わらせたニックが通話に割り込んでくる。しかしアーサーはその言葉の真意を一瞬理解しかねた。
アーサーは確認するような口調で疑問を飛ばす。
「……おい、待てよニック。そんな事をしたらどうなるか分かってるだろ?」
「どうせ救うんだ。構わんだろ」
「そういう事じゃない! 救える人を見捨てるのかって言ってるんだ!!」
「どうせ最後に残るのは一人だ。救える人なんざ一握り、それに俺達はお姫様を救いに来たんだ。他はどうでも良い」
「……っ! ニック……ッ!!」
アーサーは殴りかかりそうになる衝動を必死に抑える。
もしここでニック側の事情を知らなければ、何の躊躇もなく手を出していたかもしれない。けれどアーサーはニックにそうまで言わせるモノの正体を知っていた。だから複雑な気持ちになりながらも、同情にも似た思いを込めて、
「……お前の言うお姫様は、そんな過程で救われて満足なのか?」
「結果が全てだ」
答えはすぐに返ってきた。
アーサーにはその反応から、ニックの中でこの答えは出きっているのだと分かった。だがアーサーはこれ以上の会話は無意味だと理解しながら、それでも溢れた思いを口にする。
「……もしもさ、この世界が結果が全てなら、人は死ぬために生まれて来るって結論になるんじゃないか? 発症率が数パーセントの病気で死ぬ人はその病気になるために生まれてきて、誰かに殺されて死ぬ人は最初からその瞬間に殺されるために生まれてきたって事になるだろ。……でもさ、俺はそうは思わないよ。少なくとも、俺の妹達の意志は俺の中に生きてる。結果は大事だと思うけど、そこに至る過程ってのも結果以上に大事なものだと思うんだ」
「それは弱い者の意見だ」
「かもしれない、でも俺はそう信じてる。お前達の言うお姫様はどうなんだろうな」
「……」
卑怯な言い方だと分かっていた。しかしそれでもここだけは譲る訳にはいかなかった。
しばらく無言で睨み合っていると、ニックの方が忌々し気に舌打ちをしながら顔を逸らす。
「……納得した訳じゃないが、そもそもそいつはお前の仲間で、俺が命令するのは筋違いだ。お前らの好きなようにしろ」
「……」
そう言ってニックは話は終わりだと言わんばかりにレナートと今後の方針について話し合う。
亀裂を残したまま、アーサーはアレックスとの通話に戻る。
『大丈夫か?』
「ああ、それよりも試合の事だけど」
『それなんだが、悪いけど俺は勝ちに行く』
「……お前、話聞いてたのか? ていうか聞いてたとしてなんでそんな結論になったんだよ」
『聞いてたからこそだろうが。テメェらの話を聞く限り、あんまし良い情報は得られてねえんだろ? だったら倒した俺が追えば良い。その方がずっと確実だ。それに元々俺に手伝って欲しくて連絡したんだろ?』
「……」
アーサーは少し考える。
たしかにアレックスなら捕まった人達をないがしろにする事はしないだろうが、ニックと口論した手前、アレックスの意見を承諾するのに抵抗があった。
だがすぐに考えを改める。今はそんなくだらない感情で逡巡している暇はない。あくまで最優先事項は捕まっている人達の救出なのだから。
「……分かった、そっちは任せる。それから……少し結祈に変わってくれ」
『? ああ、良いぞ』
しばしの間、マナフォンを渡す雑音を聞きながら待つと、電話口から待っていた声が流れた。
『もしもし、アーサー? どうしたの?』
「あー……その、なんていうかさ……ごめんな」
アーサーの口から出てきたのは、謝罪の言葉だった。
『いきなりどうしたの……?」
唐突に謝られた結祈の方はその理由が分からなかった。
アーサーはその理由を語り始める。
「いやだってさ、結祈は生きる意味を見つけるためについて来てくれたのに、いきなりこんな関係ない面倒事に巻き込んで悪かったなって思ってさ。……でも、どうしても見過ごせなかったんだ」
申し訳なさそうに言うアーサーだったが、対する結祈は電話口の向こうでくすくすと笑っていた。
「あれ? 俺なんか変な事言ったか?」
『うん。だってワタシはアーサーの側でなら生きていく意味を見つけられるって思ってついて来たんだよ? だからアーサーは思ったままに行動してくれて良いんだよ。大体、そんな風に遠慮するような柄でもないでしょ?』
「それはちょっと失礼な言い方な気がするけど……おおむねその通りだから何も言い返せないんだよなあ」
『じゃあワタシが何を言っても止まる気はないんでしょ? だったらやる事は一つじゃない?』
「ああ……そうだな。ありがとう、結祈」
そこでアーサーは通話を切った。
向こうの事はアレックスと結祈に任せる事にする。ただ、だからといってこちらが手を止めて良いという事にはならない。
アーサーが通話をしている間にも、ニックは今後の方針を決めていた。地図を広げてアーサー達にも説明を始める。
「サーバーにアクセスできない以上、基本的には足で探すしかない。ミランダ達同様に大きめの施設を回っていくぞ」
「一応、用途のハッキリしてる部分は除外してあるから、数的には大したことないっすよ。ただ範囲が広いんで時間はかかりそうっすけど」
その説明にアーサーは頷きながら、
「それで最初はどこに行く? 俺達は警備に引っ掛かってるから派手な動きはできないし、早めに回らないと本腰を入れられたらあっという間に捕まるぞ」
「そんな事は分かっている。だがお姫様の手掛かりは今見つけないと二度目はない。それまで俺達はここを出るつもりはないぞ」
「俺だって同じだ。最低でも今捕まってる人達だけでも助けないと、ここまで来た意味がない」
二人の目的は違えど、理由は同じようなものだった。
そうやって目的を再認識していると、同じ場所に長く留まり過ぎたのだろう。先刻と同じバケツ型のロボットに見つかってしまった。
「ほら来たぞ。さっさと逃げよう。ここから一番近い施設はどこだ!?」
「もうすぐだ! 喋ってないで走れ!」
アーサー達は再び逃走を再開する。迷路のような通路をレナートの先導で走り抜ける。
「こっちの通路からも来たぞ!」
「そこの角に入って下さい! 道は続いてるっす!!」
ゴミ箱型のロボットが迫ってくる度に道を変えているせいで、進んでいるのか戻っているのかも分からなくなる。
「ちょっ、前からすごい数来てるわよ!?」
「ああくそっ、来た道を戻ろう! たしかさっきの道にはまだ追っ手がなかったはずだ!」
そんな風に何度も道を変えている内に、アーサーの脳裏に違和感が過った。
「……おいニック、何かおかしくないか?」
「何がだ!?」
「あいつら追って来るだけで攻撃して来ない。まるでどこかに誘導されてるみたいだ」
ニックはアーサーの指摘に納得しながらも舌打ちをして、
「だからって止まったら殺される! ここまで来たら行くとこまで行くしかないだろ!!」
アーサーは歯噛みするが、どうしようもないのも事実だった。それにここから先は一方通行で、前方には施設への入口が見えている。どっちみちこのまま進むしかない。
そうして四人揃って施設への入口を潜る。
今度の施設は、今までのものとは比べ物にならないほど大きかった。けれど一目で用途の分かる施設ではなかった。できれば何の施設かを調べてから中に踏み込みたかったが、後ろからバケツ型のロボットが追って来ている中ではそんな余裕もない。
「どうする? ここで迎え撃つか!?」
「お前にさっきみたいな策があればそれも良いが、そんなものはないだろう!?」
と、相変わらずの二人が言い合っている後ろで変化があった。
アーサー達が潜って来た入口のシャッターが、ロボットが侵入する前に閉じたのだ。
それを見た四人の心境は複雑なものだった。
「……これは助かったと見れば良いのか? それともやっぱり罠に嵌まった?」
「罠に決まってるだろ!! レナート、お前は前に出ずに出口を探せ! 何かが来るよりも前に、早く!!」
「は、はいっす!」
慌ただしい雰囲気の中で、しかしサラは妙に落ち着いていた。
「……ねえアーサー、何か聞こえない?」
アーサーの方はいくら耳を澄ませても何も聞こえなかった。しかし『獣化』で強化された聴覚を持つサラが言うのだから、その信憑性は高い。
「……お前には何が聞こえてるんだ?」
「何と言うか……足音?」
サラも半信半疑と言った感じで答える。
アーサーは一応、音の聞こえる方に注意を向けるようにニック達を促す。
アーサー自身もユーティリウム製の短剣を構え、サラは『獣化』で手足をホワイトライガーの物にして警戒する。
しばらく待つと、アーサーの耳にも足音が聞こえて来た。
コツーン、コツーン、と規則正しい足音がどんどん近づいて来ているのが分かる。
唾を飲み込み警戒を強めると、いよいよその足音の主が姿を現す。
その人物はこの場には不釣り合いなドレスを身に纏い、腰の長さ程あるアッシュブロンドの髪を持つ女性だった。
「……嘘だろ」
「ニック?」
なぜかその女性が姿を現した瞬間、ニックは銃の構えを解き、まるで幽霊でも見たかのような顔で絶句していた。
そのただならぬ様子にアーサーはその女性の正体を確信する。
「……もしかして、行方不明のお姫様なのか?」
「ああ……。間違いなくアリシア様だ。アリシア・グレイティス=タスロスその人で間違いない」
だとすると意味が分からない。お姫様は彼女を邪魔に思っていた派閥の陰謀で奴隷になっているのではなかったのか。
ニックとレナートも状況を掴みかねているようで、唖然としている。
「久しぶりですね、ニック、それにレナートも。そちらのお二人は初めましてですね」
響くような、綺麗な声だった。
引き込まれるような翡翠の瞳でアーサー達を見据えている。
ニックは抑えきれないという風に、一歩前に出て詰め寄るようにアリシアに問う。
「アリシア様、今までどちらに……」
「その辺りも今から説明します。そのためにあなた方をここまで誘導したのですから」
「……? それってつまり、あのロボットを動かしてたのはアンタって事か?」
「敬語を使え。相手は一国の姫様だぞ」
「いえ、構いませんよ。今はお姫様でも何でもなく、ただのアリシアですから」
「……?」
アーサーはアリシアのその物言いが妙に引っ掛かったが、それを問いただす前にアリシアは次の行動に移った。
「こちらに来て下さい。あなた方に見せたいものがあります」
そう言って、来た道を戻っていくアリシア。ニックとレナートは何も疑う事なくその後を付いて行く。
「……サラはこの状況をどう思う?」
アーサーはこの奇妙な状況を、ニック達には聞こえないようにサラに問いかける。
「……こんな事は言いたくないけど、どう考えてもおかしいわよ。なんでこのタイミングで行方不明のお姫様が出てくるわけ?」
「サラもそう思うか。俺は全くの別人が『獣化』と同系統の魔術で姿を変えてるんじゃないかって思うんだけど」
「それも念頭に置いておいた方が良いかもしれないわね。あの様子じゃニックとレナートはこの状況を疑ってもいないみたいだから」
「そうか……。じゃあ俺はアリシアの動きに注意しておくから、サラは周りに敵がいないか注意しといてくれ」
「分かったわ」
サラと意見を交換し終わって、アーサー達もアリシアの後を付いて行く事にする。
ここはよほど大きい施設のようで、施設の中にも通路がある。しかし外の通路ほど明るくはなく、薄暗いトンネルのような通路だった。
自らの足音の反響音を聞きながら、アリシアの動きを注視して歩く。
下手したらアリシアの号令一つでニック達が銃口を向けてくる可能性がある今の状況は、ある意味で外の通路でバケツ型のロボットに追われていた時よりも緊張感のある時間だった。
やがて通路を抜け、再び開けた場所に出る。
その瞬間、アーサーの全身を言いようのない圧迫感が包み込む。
「ここは……何だ?」
「何って、いつも通りの施設でしょ? まあ何の用途の施設かは分からないけど」
サラは何を言っているんだという風だったが、アーサーは頭を振って、
「違う、そういう事じゃない。ここにある魔力が異常なほどにざわついてるんだ」
「何を言って……」
自然魔力を感じないサラには何を言っているのか分からないのだろう。それを問いただそうとした所で、二人の会話は切れた。
アーサーが疑問に応えるよりも前に、アリシアが口を開いたからだ。
「あれを見て下さい」
アリシアの指さす方、四人揃って目を向けるとそこには巨大な生物の顔だった。
アーサー達のいる位置からではその全体図は見えなかったが、前に出て手すりから上半身を乗り出すようにして視線を上下すると、その生物の体の全てが視野に入った。
そこにあったのは、羊水の中にいる赤子のように巨大な水槽の中にいる、高さは二〇メートルはある巨大な生物だった。
赤く硬そうな鱗に、元々は二つあったであろう翼の片方は根元からもがれており、片翼は鋼の機材で再現されている。そして一番特徴的なのは目の前にある全てを飲み込めるのではないかと錯覚させる大顎だ。
その生物を指し示す言葉を、アーサーは一つしか思いつかなかった。
「……ドラゴン」
「はい、これが『タウロス王国』の闇です」
呟きに応じたのはアリシアだった。
闇、と言ったアリシアの真意は測れない。けれどアーサーは問わずにはいられなかった。
ニック達では決して問えないその部分、部外者だからこそアーサーは言う。
「……まさか、アンタが黒幕なのか……?」
「……そうですね、ある意味ではそうかもしれません」
アリシアは否定しなかった。
けれど言葉はそこで終わりではなかった。
アリシアはとても悲し気な表情で続ける。
「お教えしましょう、この国の真実を」