(無題)Stealth_Assault.
「ネミリアさんがこの未来を作ったからだよ」
アーサー達が異星に向かって行った直後、銃口を突き付けられた状態の透夜達に向かって、暗い表情のままミオはそう言った。
「彼女が……?」
透夜も振り返ってネミリアの様子を見てみるが彼女も驚いていた。ミオの話が本当だとしても意図的に世界をこうした訳ではないようだ。
「だから彼女だけは過去に返す訳にいかない。ネミリアさんは拘束させて貰う」
「……悪いミオ。アーサーには恩がある。彼がいない間に彼の仲間を売るような真似はできない」
「今や透夜くんもその仲間の一人だけどね」
ミオ相手に透夜だけでは分が悪いと思ったのか、メアはネミリアの傍に移動して守るように彼女の前に手を出した。
「留守を頼まれてるし、それ以前にネミリアちゃんは渡せない。例えどんな理由があろうとも」
「……彼女が世界をこうした元凶だとしても?」
「うん、それでも」
「メアさんがそうだとしても、ネミリアさん自身は?」
ミオがそう問うと、メアの後ろでネミリアが体をビクッと震わせた。
今まで多くの問題の引き金になっている事は自覚しているからこそ、彼女自身がその可能性を一番否定し切れなかったのだ。
「世界がこうなったのは異星のせいじゃない。……本当は『終末の日』に生き残った『ディッパーズ』はアーサーくんとラプラスさんだけだったの。その数日前、出かけて行ったみんなをわたしは『ピスケス王国』で見送って、その先で何かが起きた。星は瞬く間に焦土になって、上手くこのビルに逃げ込めた人達だけが助かった。アーサーくんもラプラスさんも何も教えてくれなかったけど、一度だけ弱音を吐いてくれた。自分達がネミリアさんを助ける方を選んだからだって」
アーサーとラプラス以外が全員死亡した世界。大気も消え、このビル以外では生命の存続が不可能になった星。
その未来を回避できる明確な手段がある。
「何が起きたのか正確には知らない。でもネミリアさんが過去に戻らなければ、世界はこうはならない。仮に同じように異星が襲来しても『ディッパーズ』が揃ってるなら負けるはずがない」
「……、」
そんな現実を直接前にして、突きつけられて、ネミリアの方が先に心が折れた。
弱々しい足取りで一歩前に出て、ミオの方に向かおうとした。
しかしそんな彼女の右手をメアが掴んで止めた。
「ダメだよ、ネミリアちゃん。言う通りにしちゃダメ」
「メアさん……ですが」
「結果論だって、レンくんならそう言うはず。この未来は偶々ネミリアちゃんが世界の終わりに関わっただけ。私達の世界は誰かが抗わないと一瞬で終わるのは分かってた事だよ。例えばミオちゃんの事件もそうだったように」
「……、」
そう指摘されるとバツが悪いミオは何も言い返せなかった。これ幸いとばかりに隙を見つけたメアは右手を前に伸ばし、部屋中にワイヤーを張り巡らせる。
「この世界は救う、私達の世界も終わらせない。でもネミリアちゃんは渡さない。……もし強引に来るならミオちゃん達とも戦う」
「メアさん……わたし達だって争いたくない」
「奇遇だね。でも分かるでしょ? もし『ディッパーズ』が仲間を平気で見捨てるような組織なら、ネミリアちゃんもミオちゃんもここにはいないって」
まさに一触即発の状況だった。もし誰かが動けばその瞬間にこの場が戦場になる確かな予感があった。
しかしその状況に変化をもたらしたのは警報だった。『ディッパーズ』以外のミオ達が急に慌ただしくなる。先程まで銃を構えていたのに、急にモニターの方へと意識が移っていた。
「一〇フロア下まで……ついにこの日が来た」
周りは異常事態に驚いているのに、ミオだけは逆行するように冷めていた。まるでずっと前からこうなる事が分かっていたかのように。
「ミオ、僕達にも教えてくれ。一体何が起きてるんだ?」
「……異星から侵入者が来た。今日が最後の日」
「最後の日?」
「うん、一〇年前からクロノさんとラプラスさんとわたしだけは分かってた。クロノさんはみんなを未来に送って、わたしは今日まで人類を存続させて、ラプラスさんはこれからアーサーくん達に伝えるべき事を伝えてくれるはず。あとはアーサーくん達が帰って来るまで耐えるだけで全てが終わる。だから……」
「任せて」
張り巡らせたワイヤーを右手に仕舞ったメアは先程まであった敵意を完全に引っ込めていた。
「ネミリアちゃんに関しての意見は変わらないけど、敵が来たなら私達も戦う。ミオちゃんも知ってるように『ディッパーズ』としてね」
「……侵入者は一〇フロア下。数は確認できるだけで二人。それ以外に情報は無いけど……それでもお願いできる?」
「分かった。ならこっちも二手に分かれた方が良さそうだね」
「うん、先に行くね」
未来云々の話にはあまり参加していなかった紬には、きっと『ディッパーズ』ともネミリアやミオとも関係が浅い自分が判断に割り込む訳にはいかないと思ったからだろう。
しかし戦闘となれば話は違う。おそらく残留組の四人の中では紬が一番強い。だからこそ危険が伴う偵察も兼ねて光速でその場から消えたのだ。
「……もしかして紬さん。防壁を強引に破ったんじゃ……」
すぐに『インヴィジョンズ』が襲ってくる事もないと思うが、さっさと下りて塞いで貰うに越したことはない。
ミオは溜め息をつきつつ、鍵のかかった棚から腕時計型の端末を新たに四つ取り出した。
「とりあえず、お兄ちゃん達にもこれを渡すね。紬さんにも渡して」
「外に投げ出されるような状況にはなりたくないけどね。とにかく私達も行こう」
紬から大分遅れてメア達も階段の方に戻って来た。ちなみに階段を塞いでいた防壁は見事に破壊されていた。自分達が下りたらもう一度防壁を築くように言ってから一〇フロア下の戦場に向かう。
現地には異常無く着いたが、敵はいるはずなのに不思議と魔力を感じない。しかし妙なプレッシャーは感じる。まるで一つの檻の中に猛獣と一緒に放り込まれたみたいだ。だが『インヴィジョンズ』とさえ会敵しない。
この手の荒事に対する経験に疎い透夜も流石に妙に思って足を止めた。
「……どう考えてもおかしい。彼女が先に来てるはずなのに静か過ぎる。何が起きてるんだ?」
「確かにね。ネミリアちゃん、感知できる?」
「やってみます」
ネミリアが右手を前に伸ばして『共鳴』による生態感知を行おうとすると、すぐ傍の壁が壊れた。いや壊れたという表現は適していない。実際には斬って崩され、それを現れた紬が吹き飛ばしたのだ。突然現れた彼女は反対の壁に足を着けて張り付いた。
「良かった、みんなが来てくれて助かった! 敵はもう上に向かってる。すぐに追って!!」
「なっ……敵とは会わなかったぞ!? 一体どうやって!!」
「敵は魔力感知に引っ掛からないうえに、一人は透明になれるの! ネミリアちゃんの力で感知して倒して!! 敵の狙いは異星を破壊できる『集束魔力砲』だよッ!!」
「っ……」
三人は思わず息を呑んだ。
アレを破壊されれば異星を破壊する手段が無くなってしまう。それだけは阻止しなければならない。
とりあえず透夜はミオから渡された腕時計型の端末を紬に向かって投げた。紬はそれを見もせず受け取って手首に付ける。
「ありがと! じゃ、上の敵はよろしく!!」
叫んで伝えた紬は壁を蹴って彼女の戦場に戻って行った。こちらも戦場へ向かわなければならない。
三人は紬を置いて、来た道を駆け上がって戻って行く。どこですれ違ったのか分からない。逸る気持ちを抑えきれず、待っている戦いに残しておく体力の事は一先ず置いて、全力で足を動かした。