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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第n章 終わりの果ての世界 Road_to_the_End.
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(無題)Emergency_Escape.

 一瞬でジェット機に戻って来ると搭乗口の前でジェームズが待っていた。残り時間が二〇分ほどしか無いからか、それとも娘の姿が無いからか、酷く焦っている様子だ。


「やっと戻ったか! 娘はどうしたんだ……!?」

「話はした! 逃げるかどうかはもうリディ次第だ。俺達もタイマー機能は切ってすぐに発進準備を……っ!?」


 ラプラスが先に中に入り、アーサーも入ろうとして不意に言葉が詰まった。あと一歩の所で横に視線を切ると感じたものの正体が分かる。通路の奥からこちらに向かって来るランチャーの姿を捉えたからだ。


(くそっ! あと一歩の所で……ッ!!)


 ランチャーの速度を考えると接触まで数秒とないだろう。

 嫌な絶望感が全身にまとわりつく。何枚もの壁を超えて目的を果たし、ようやく脱出というこの場面で最後の壁は厚く、そして高すぎる。


「……ラプラス。今から何秒で飛べる?」

「……エンジンはこれから入れるので、おそらく数分はかかるかと……」

「それじゃダメだ! どう考えても時間が足りない!!」


 迷っている暇は無い。決断するしかなかった。

 アーサーはジェット機に入るのを止めて外に戻る。そして右手の一点のみに全魔力を集束させる。


「マスター!? 一体何をするつもりですか!?」

「俺がランチャーを足止めしてる間に逃げろ! すぐに転移で追いつく!!」


 ジェット機の中からラプラスが大声で叫ぶが、アーサーに戻る意思は無い。ジェームズに向かって『魔神石』が入ったウエストバッグを投げて渡すと目で訴えて扉を閉めさせる。どうやら数十分前の約束を果たしてくれるらしい。

 ラプラスがドアを叩いて小さな窓から叫んでいる姿が見えるが、アーサーは曖昧な笑みを浮かべて口の動きだけで『ごめん』と伝えると視線を切って通路の方に足を進める。

 ランチャーも脱出しなければならないのに、わざわざここに来たのは戦う為だけなのか、それとも彼も避難する為なのか。しかしここで退けばジェット機の中にいるみんなが殺されるのは確実だ。


「来い、ランチャー!!」


 通路の奥の彼に向かって叫ぶと、確かに笑ったように見えた。そして地面を蹴るとこちらに突っ込んでくる。

 アーサーは大振りの一撃を身をかがめて躱すと、教えられた事を意識して右手を虎爪の形にすると掌底を打ち出す。


「『珂流(かりゅう)』―――『象掌(エレファント)底砲』(・インパクト)ッ!!」


 ドッッッ!!!!!! と。

 掌に返って来たのは鋼を殴るような感覚ではなく、経験が良くある肉体を殴る感触だった。少し殴り方を変えただけで面白いようにランチャーの体が飛んで行く。


(上手く行った! それに……ダメージも通ってる!!)


 攻撃に使って早速成功したのは幸先が良い。しかし現状では何度も上手く行くほど練度が高くないのも事実だ。


「ハッ……この短い時間で『珂流』を体得したって訳か。良いねえ、やっぱそうじゃねえと面白くねえ!!」


 アーサーからすれば全く面白くない。『珂流』が有効なのは確認できたが、今のは単なるまぐれ当たりだ。次も決まるかは分からない。


(俺一人で数分もランチャーを足止めできるか? いいや無理だ。未来を観測しなくてもそれくらい分かる!!)


 ここから動けない以上は無駄なので、機動力は諦めて両腕だけに『シャスティフォル』を集中させる。幸い攻撃は受け止め切れなくても逸らす事はできる。そこへカウンターの『珂流』での攻撃が上手く決まれば数秒は稼げる。それを続けて時間を凌ぐ。成功の可能性はゼロに近いが、もうこの戦術に頼るしかない。


(まずは攻撃を逸らす! 『双撃(ツイン)―――)


 再び振るわれる拳に、アーサーは両腕を腰ダメに構える。

 しかしランチャーの拳とアーサーの拳が接触する事は無かった。二人の攻撃が繰り出される寸前、アーサーの目の前からランチャーが消えて代わりに少女が現れたからだ。特殊な魔力を感じる紅の瞳が特徴的で、今は二本の短剣を握っている少女は顔見知りだ。


「リディ!? まさか、来てくれたのか!?」


 何が起きたのか、目の前にいたアーサーにも分からない。だがリディが現れた代わりに、ランチャーは先程と同じ通路の奥の方に移動していた。

 しかしリディは平然と、アーサーの反応に少し不服そうに睨む。


「……お前が誘ったんだぞ。ボクが来たのがそんなに意外か?」

「いや、なんて言うか……言葉も出ない」


 正直、彼女がここに来るとは思っていなかった。それに目の前からランチャーが消えて彼女が現れたのだ。動揺したって仕方ないだろう。


「ボク自身も馬鹿だと思ってる。でも産まれてから対等な相手として会話したのはお前達だけだ。だったら誰に付くかなんて考えるまでもない。ボクはアーサーとラプラスの味方になる」

「……本当に嬉しいよ。リディがいてくれるなら百人力だ」


 このタイミングでの援軍はかなり嬉しい。一人では不可能な作業でも、二人いればなんとかできるかもしれない。それに今みたいに攻撃を止められるなら足止めはもっと簡単になるかもしれない。


「話を切り替えるぞ。ランチャーはこの施設で一番強い。それにまだ呪術の秘奥を残してる」

「あれだけ強くてまだ奥の手があるのかよ……。それに呪術か。それがヤツらの使ってる魔術みたいな力なんだな?」

「ああ。だが魔力を燃料とする魔術と違い、呪術には代償が伴う。例えばランチャーは膂力の代わりに知能、ボウなんかは逆に念動力を使えるがカロリーを代償にするから筋力はほぼ無い。だが代償を要する呪術は魔術よりも強力だ。ボクの『死の魔眼』でもランチャーの死に繋がるルートが視えない」


 つまり思ったよりも状況は好転しないようだ。しかし代償がある力が強いのは納得だ。『消滅』の力にせよ、『ロード』の魔術にしろ、何かを犠牲にした時に普通では有り得ない威力を叩き出して来たのは経験済みだ。


「ならさっきの転移みたいなやつは?」

「右目の『入替の魔眼』の力だ。ボクが視認できる範囲で自分の位置を入れ替えられる」

「魔眼って両目にそれぞれ力があるのか……凄いな」

「でもここに来る為に何度か右目の力を使った。使えるのはあと一回が限度だ」


 実際に異星が崩壊するまで残り一五分といった所だ。だがそれよりも前にラプラス達が乗ったジェット機は発進するし、ランチャーも脱出しなければならないだろう。となると足止めするのは数分。先程まで考えていたアーサーの策に、リディのサポートがあれば数分くらいは稼げるような気がして来た。

 こちらの準備が整うのを待っていたのか、方針が決まった途端にランチャーが床を蹴って突っ込んで来た。


「どうするんだ!?」

「とりあえずは数撃ちゃ当たる戦法だ! 『加速連撃(ジェットラッシュ)()追尾(スネーク)投擲槍(ジャベリン)』!!」


 無数の槍状の魔力弾が放たれる。無論、その一発一発全てに『珂流』を施している。成功している場合の『投擲槍(ジャベリン)』は速度と威力が他とは違い、ランチャーにも多少のダメージが見られる。しかし失敗した通常の『投擲槍』はやはり効果が薄い。できるのは突撃の速度を落とす事くらいだ。

 やがてランチャーとの距離が詰まって来ると、アーサーは『投擲槍』での攻撃を止めて『旋風双掌』(せんぷうそうしょう)を発動させると握り潰して腰ダメに構えて突き出す。


「押し潰れろ!!」

「『珂流(かりゅう)』―――『双撃(ツイン)()加速(ジェット)廻天衝拳(ドリルスマッシュ)』!!」


 左手の『珂流』のみ成功し、どうにかランチャーの拳と拮抗する形になった。アーサーの方はいっぱいいっぱいだというのに、ランチャーは押し潰せなかった事を悔しがる訳ではなくむしろ喜んでいるようだった。

 しかしまだ『廻天衝拳(ドリルスマッシュ)』は終わっていない。今のアーサーの拳は『旋風掌底』(せんぷうしょうてい)を纏っている事で、削るだけでなく弾き飛ばす力も宿っている。その特性でランチャーの拳を弾き飛ばした。

 ここまでは作戦通り。次に左手の魔力も右手に集めて再び掌底を撃ち出す。


「『珂流(かりゅう)』―――『象掌(エレファント)底砲』(・インパクト)!!」


 この技で吹き飛ばせるのは立証済みだ。

 しかし、一発目とは違う事があった。


(マズい!? 『珂流』をミスった……!!)


 確かにジェームズが言っていた通り、硬い皮膚を持つランチャーには拳より掌打の方が効くのだろう。だが『珂流』抜きでは威力が圧倒的に足りない。


「……なるほどな。まだ完璧って訳じゃねえらしい」

「っ……アーサー!!」


 ランチャーが無防備なアーサーに拳を振るおうとした時、なるべく遠くへ走っていたリディの叫び声が聞こえて来た。その直後、再びリディとランチャーの位置が入れ替わる。ピンチだと察して右目の力を使ったのだ。


「助かった。それに悪い、初っ端からミスった」

「気にしてない。お前の策の成功率が五割以下なのは分かってた。それよりも他に策を考えろ。ボクの右目の力も打ち止めだ」


 そう言ったリディの右目が本来の黒色に戻ると右目の目蓋だけ閉じた。しばらくは使わずに回復に努めるのだろう。左の死を視る『魔眼』はまだ使えるようだが、それ単体ではランチャーを止める事はできない。

 何もかもマイナスの状況だが、良い事も一つだけあった。会話をしたり戦ったりしている間にジェームズ達の発進準備が整ったらしい。エンジンが火を噴き少しずつ前進を始める。


『マスター! 準備が整いました、すぐに転移して下さい!!』

「いやー……ちょっと無理っぽいんだよな、これが」


 向こうには聞こえない言い訳を口の中で呟く。今のランチャーはアーサーとリディが向き合っているから興味を示していないが、ランチャーを無視してこの場を離れれば確実に『ジェット』を狙うだろう。そうなれば全員死ぬ。

 今度は『愚かなるその身に祈(シャスティフォル)りを宿して(・フォース)』で四肢の全てに魔力を纏うと、腰を低く落として両手を床に着けた。


「おい、まさか突っ込む気か?」

「弾く手順を挟むと『珂流』の精度が落ちる。一気に突っ込んで、その加速エネルギーも攻撃に転化させる」

「……だったらボクが先に戦う。隙を見て突っ込め」


 リディはアーサーの前に出た。左手は順手のまま、右手は逆手に短剣を握り直す。


「良いのか?」

「お前達の味方になったのに、離れた所から位置を入れ替えるだけじゃボクの面子が立たないんだよ。良いからちゃんと見てろ。お前はボクより眼が悪いんだからな」

「それ笑える」

「事実だからな」


 リディは真顔のままだったが、アーサーは微笑を浮かべていた。こうした言い合いも友人関係を築く大きな一歩になる。喧嘩するほどなんとやらだ。


「じゃあ行くぞ」


 一言だけ言い残して、リディはランチャーに向かって駆け出した。彼も予想通り笑顔でそれに応じる。

 リディは大振りの拳を顔に当たるギリギリの所で躱しつつ、右腕を左手の短剣で斬り、脇腹を右手の短剣で斬りながらランチャーの背後に抜ける。しかし彼の鋼のような肉体には傷一つ付いていない。


「お前の攻撃は痒くもねえぞ?」

「傷つける事が目的じゃないからな。アーサー!!」

「ああ……!!」


 ランチャーが振り向いたその瞬間、リディの声を合図にアーサーは地面を蹴った。

 まずは右足で『瞬時神速』(ジェット・ドライブ)を発動させて地面を蹴ると、次の一歩は左足で同じように『瞬時神速』を発動させてさらに加速する。残った両手は虎爪の構えを取り、ランチャーの背中に両手を上下対称に撃ち出す。


「『珂流(かりゅう)』―――『虎牙双掌砲』(タイガー・インパクト)ッ!!」


 両手とも『珂流』が成功した影響か、ランチャーの体が完全に吹き飛ぶ。リディはそれを屈んで躱した。

『瞬時神速』にも魔力を使った影響か、先程よりも吹き飛んでいない。しかしみんなが逃げる時間は十分に稼げた。エンジンの轟音を鳴らし、中型のジェット機は『ポラリス王国』に向かって発進する。


『マスター! 早く来て下さい、マスt……ッ』


 ラプラスの声が途切れた。発進するにあたり、通信機能が自動的にオフになったのだろう。心配してくれている彼女には悪いが、みんなが無事に脱出できて良かったと心から思う。


「あー……今のは中々良い一撃だったぜ、アーサー・レンフィールド」


 平然と立ち上がったランチャーは首の関節をごきりと鳴らした。口では良い一撃と言っているが、やはりダメージがあるようには見えない。正直、純粋な筋力がここまで脅威になるとは思っていなかった。


「俺はこれから部隊に付いて行って下へ行かなくちゃならねえ。お前も来いよ。次はどっちかが死ぬまでとことん()ろうぜ」

「……こっちは望んでないよ、そんなこと」


 アーサーの返答に笑って返して、ランチャーは通路の奥に消えて行った。

 見逃して貰った形だが、とりあえず目的は果たせた。しかし同時に新たな問題が生まれる。


「俺達はどうやって逃げるか……」

「脱出プランが無かったのか?」

「さっき発進したジェット機が最終便だ。見ての通り他には何も残ってない」


 ジェット機の位置は回路(パス)を繋いだ三人がいるので分かる。しかし正確に転移できるのか訊かれると不安が大きい。宇宙服のあるアーサーはともかく、失敗すればリディは生身で宇宙空間に放り出される事になる。それは絶対にダメだ。


(マズいな……どうする? 流石に『スコーピオン帝国』の時みたいにここで諸共死ぬ気は無いぞ。何か方法を考えないと……)


 選択肢として『幾重にも重ねた(ワンヤードステップ)小さな一歩(・カルンウェナン)』で帰るという手もあるが、こちらもラプラスがいないと正確な距離が分からない。ピンポイントで『ポラリス王国』のビルの中に戻るのは不可能だ。確実に生身で宇宙空間に出る事になる。つまり先程と同じくリディが死ぬという問題が浮上してくるのだ。普段どれだけラプラスに助けられているか痛感する。

 今からリディの宇宙服を探すのも、別のロケットを探すにも時間が圧倒的に足りない。


(どうする……どうする!?)


 残り数分。

 手立ては無い。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「……どうして待たなかったんですか」


 すでに異星を脱出して宇宙空間に出たジェット機の中で、地面にへたり込んだラプラスは呆然と呟いた。そして次にジェームズを睨みつけて叫ぶ。


「どうしてアーサーを置いて行ったんですかッ!!」

「彼に言われた!!」


 何を隠そう、ジェット機を動かしたのはジェームズだ。

 外で戦っているアーサー達が乗り遅れる可能性があるのは分かっていた。それでもアーサーに厳命されたのだ。


「誰に止められても発進して逃げろと! 彼はこうなる事を予想していたんだ!! 君なら分かるだろう!? 彼も未来を想像する力に長けている。それに君なら彼の無事は分かるだろう!?」

「今はまだ、です! あと数分で重力と大気が消えるんですよ!? それがどういう意味かくらい分かりますよね!? 宇宙じゃ人は生きられない事が分からないほど馬鹿じゃないですよね!?」

「ならどうすれば良かったと言うんだ!?」


 自分を抑えきれず激昂したジェームズはラプラスの胸倉を掴んだ。他のみんなが二人のやり取りに驚いているが、彼は構わず叫ぶ。


「あそこにいたのは君の大切な彼だけじゃない、私の娘だっていたんだ!! だが留まれば彼らだけじゃない、ここにいる全員が犠牲になっていたかもしれないんだぞ!! 彼がそれを望むと思うのか!?」

「ッ……アーサー、なら……」


 ラプラスの瞳にじわりと涙が浮かぶ。

 冷静になったと判断したのか、ジェームズは胸倉から手を離した。


「アーサーなら、死を選びます……」


 涙を流してラプラスはそう答えた。

 考えるまでもなく、アーサーならそうするのは分かっていた。それなのに先にジェット機の中に乗り込んでしまったのは一生の不覚だ。いつも未来を観測して得意気に説明しているのに、これでは何の意味も無い。


「分かってたのに……だから、一緒にいなくちゃいけなかったのに……私のせいです。全部、私が悪いんです……っ」


 手をついた彼女の瞳から床に涙が落ちる。


「うぅ……っ、アーサー……ッ」


 きっとアーサーなら無事だという確信にも似た気持ちもある。

 しかしどうしても、最悪の可能性が頭をよぎると涙が止まらなかった。

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