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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第n章 終わりの果ての世界 Road_to_the_End.
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(無題)Doomsday_Warning.

 ジェームズに貰った地図の通りの場所に来たラプラスは、扉の横のパネルを撃って強引に扉を開けると暗い室内に入った。

 小さい部屋だ。中には一人だけ、全身を覆うローブをフードまで深く被っていて近づかないと誰だか分からない。


「助けに来ました。『ディッパーズ』のラプラスです。あなたは誰ですか?」


 声をかけるとローブ姿の誰かが反応した。

 そして掠れた声で答える。


「……ようやくこの時ですね。長かったですが会えて嬉しいです……ラプラス」


 声だけでは誰だか分からない。鎖に繋がれているのか、動いた時にちゃりっという音が聞こえて来た。自分では動けないようなので、ラプラスの方から近づいて膝を着くとフードを上げる。

 下から出てきた顔を見て、ラプラスは口を開けて驚いた。

 なぜならその顔が―――自分と瓜二つだったのだ。


「ぁ……そんな、私だったんですか……」


 そう言って絶句するラプラスに対し、瓜二つの彼女は小さな笑みを浮かべて答える。


「ええ……確か私も同じ反応をした覚えがあります。何度も死にたいと思う辛い日々でしたが、今日だけを心の支えに生きて来ました。まだ『希望』と共にいるあなたと出会える事を……そして彼と出会える事を」

「マスターを……アーサーを失ったからですね」


 二〇年の開きがあるとはいえ同一人物なのだ。目の前の自分の想いは痛いほど分かっている。

 鎖に繋がれた彼女は認めるように静かに頷いた。


「……互いに失っても取り戻すと約束したのに、私は囚われて何もできませんでした。ですが過去なら変えられると思って……同時に気づきました。未来の私自身が言っていたように、運命のループに嵌まっていると」

「運命のループ?」

「ええ……苦戦は強いられますが、この戦いには勝てるんです。それに過去に戻る事もできます。ですが……運命は変えられず、同じ道を辿る事になります」

「同じ道って……」

「前は私がそちら側で、未来の自分から話を聞きました。……こうして話していると自分でも驚くほど前と同じで、全く同じ警告をしようとしています。そしてきっと、あなた達の選択も同じものになるはずです」


 今の自分と、未来の自分。瓜二つだが一つだけ違う部分もあった。

 彼女の目の中には希望が見えない。どこまでも暗い、ブラックホールのような闇が映っていた。彼女のいう『希望』と共にいるラプラスとは明らかに違う。まるで絶望に取り憑かれているようだ。


「方法を教えて下さい。私とアーサー、それに仲間のみんなで必ず変えます」

「……私もそう思っていました。ですが無理だと思います。仲間がいるからこそ無理なんです」

「それはどういう……」


 今までは困難が大きいほど仲間の存在が重要だった。全員で立ち向かえばどんな困難も打倒できて来た。だというのに仲間がいるからこそダメというのは、自分が相手とはいえ信じられなかった。まるでアーサーと出会う前みたいだ。


「睨まないで下さい。気持ちは分かります」

「……ごめんなさい」

「良いんです。私の事ですから」


 こちらの思考などお見通しのようだった。というより二〇年前に体験している感情の機微を思い起こしているのかもしれない。


「過去に戻った後はいつも通りの日々が待っています。大きな運命に立ち向かい、世界を救おうと戦いを続けます」

「当然です」

「ええ、当然ですね。ですが戦いを続けて行く内に、仲間の全員で大きな決断を下さなければならない時が来ます。その決断の結果を変えなければこうなります」

「……どんな決断ですか?」


 嫌な予感はあった。むしろ感じない方がおかしいだろう。

 聞かなくてはならないと思う自分と、聞くなと警告している自分がいる。

 しかし逃れる時間も術もない。

 鎖に繋がれたラプラスは、ハッキリとこう告げる。



()()()()()()()()()()()()()()()





    ◇◇◇◇◇◇◇





「……それ、どういう意味だよ……」


 急いでラプラスのいる場所に辿り着いたアーサーの耳に最初に飛び込んで来たのがその言葉だった。

 二人の視線が刺さる。ラプラスが二人いる事には驚いたが、同一人物を見るのは過去で経験しているので耐性が付いていた。しかしローブを着た方のラプラスの言葉には流石に驚きを隠せなかった。

 彼女も驚きの表情を浮かべていたが、やがてふっと破顔して。


「アーサー……ああ、本当にアーサーなんですね。この日をどれだけ待ち望んだか……」

「……本当にラプラスなんだよな?」

「はい……別の時間軸という注釈は入りますが。ですがあなたに会えて本当に嬉しいです」

「……、」


 一度呼吸を挟んで、アーサーも室内へと入って行く。そしてラプラスの隣で同じように膝を着いた。

 並ぶアーサーとラプラスの姿を見て、泣きそうな顔で笑みを浮かべた彼女は何かを強がるように話を戻す。


「ネムさんは『造り出された天才児デザイナーズチャイルド』ですが、特別な存在の一人で、同時に酷い欠陥を抱えていたんです」

「欠陥? それはどういう……」

「死にかけているんです。ネムさんには全身の細胞を活性化させる薬の投与が定期的に必要で、『ポラリス王国』を離れた事で投薬を受けられなくなったんです。最後に受けたのは『ピスケス王国』の事件前で、もうそろそろ兆候が出てくるはずです」

「そんな……どうすれば救える?」

「救ってはダメです」


 そこだけはきっぱりと強く断言した。

 彼女自身も辛そうに、断腸の思いという言葉が似合っていた。


「わたしだってネムさんを救いたいんです。ですがそれだとこの未来に辿り着くのは避けられません。『希望』の見えない暗い世界です」

「……両方救う道があるはずだ」

「アーサーらしいですね」


 彼女はくすりと笑った。しかしアーサーの言葉には否定的みたいだ。それくらいの事はアーサーにだって反応を見れば分かる。

 すると話が終わるタイミングを見計らっていたかのように、通路の奥の方が騒がしくなって来る。


「……マスター、追手です。もう行かないと」

「わかってる。こっちのラプラスも」

「ッ!? やっ……ダメです! 私に触らないで下さい!!」


 他のみんなと同じように首輪を『珂流(かりゅう)』で握り潰そうと手を伸ばすと、ラプラスから異様なほど拒絶された。よく見るとその体は小刻みに震えていた。


「……お願いです。私に触らないで下さい……私はもう、綺麗じゃないですから」

「綺麗じゃないって……」

「……これです」


 そう言って彼女はローブを取った。

 彼女が体を隠していた理由は、直接見てすぐに分かった。右腕と左足が根元から無い。傷口は治療された訳ではなく、無理矢理焼いたように爛れた肉で塞がられていた。


「抵抗できないように腕を切られて、足を切られて、体中を弄られて……」


 ぎこちない笑みを浮かべた目尻から涙が流れていた。

 それからアーサーの視線から逃れるように俯いて、ラプラスが自分で噛んだ唇からは血が流れた。それはまるで、自らを罰するような自虐的な行為だった。


「何度も、何度も、欲望の捌け口にされて……女の尊厳なんて全部奪われて、どうしようもなく穢れているんです。そんな私が、今更アーサーに触れて貰う資格なんて……」

「っ……」


 我慢できなかった。アーサーは衝動的にラプラスの体を抱き締めた。

 その体はとても弱くて、小さくて、もっと早くこうしなければいけなかったのに、自分が死んだせいでこんな目に合わせてしまった。

 こんな事をする資格は無いのかもしれない。だけど彼女を大切に想う気持ちだけは、揺るぎない本心だった。


「穢れてなんかいない。お前はいつだって綺麗だよ。俺の大切な人だって事は何があっても変わらない。傷つけるヤツがいたらどこの誰だろうと許さない。……それにありがとう、俺達の『未来』の為に」

「……私は卑怯です。こうなる事は知っていたのに……」


 懺悔するように呟いて。

 そうして。


「……ずっとこうしていたいです」


 流れた涙がアーサーの頬に触れた。

 とても暖かい。こんな状況だというのにアーサーもこうしていたいと思ってしまった。

 しかし状況が状況なだけに長くは続かない。名残惜しそうにラプラスの方から体を離した。


「……もう行って下さい。彼らが来ます」

「お前も一緒じゃないとダメだ」

「私は行けません。ここに留まる運命なんです。ですから早く、お願いですから行って下さい。そしていつも通り世界を守って下さい」


 彼女の言葉は完全に送り出す文句だったが、アーサーはそれを無視して彼女の首輪を掴む。自らの意志に反する行動だがラプラスは特に驚きもしなかった。


「そう言って俺が止めないのも分かってるんだろ?」

「ええ……ですが不可能な事も分かっています」


 アーサーが怪訝な顔をした直後、ラプラスを囚えている鎖が繋がる壁が引っこ抜かれ、結果的に引きずられる形でラプラスは出入口へ飛んで行く。

珂流(かりゅう)』を使うために脱力していたのが仇になった。アーサーは手を離した事を悔みつつ、今まで共に生きて来た方のラプラスと一緒に後を追って部屋の外に出る。

 通路の奥にそいつはいた。ランチャーと同じく骸骨を模した機械の兵士を従えた、褐色白髪の異星人の男だ。筋骨隆々のランチャーとは違い、こちらは骸骨のように頬の肉がごっそりとない不健康そうな顔つきだ。ラプラスはそんな彼の隣に首から伸びた鎖で体をグルグル巻きにされて宙に浮いていた。


「お前、誰だ?」

「私はボウ。情報通り二〇年前から攻めて来たな」

「情報……?」

「この女は下等な生物だが未来を予言できる。ランチャーの脳筋は理解していなかったが、我々は全てを知っていた。お前達がいつ襲って来るのか。この女はお前達の事なんかずっと昔に裏切っているんだ」


 こちらを動揺させる意図があるボウの言葉だが、そんなものはアーサーとラプラスの間には通じない。

 アーサーには分かっている。全て仕組んでいたのだと。

 未来の世界に来たメンバーも、この異星に来たメンバーも、ビルの中に残ったメンバーも、その全て意図があったのだと。

 だからアーサーとラプラスは迷うことなく、魔力を集めた右手と銃口を向ける。


「ラプラスを離せ!!」

「彼女を離して下さい!!」


加速(ジェット)()投擲槍(ジャベリン)』と一発の銃弾がボウに向かって飛んで行く。

 しかし両方とも当たらない。アーサーの攻撃は機械兵が盾代わりになって受け止め、銃弾はボウが手を出すと停止した。

 壁や鎖を操り、銃弾を止めたのに魔力は止められなかった事から能力は何となく分かる。


(無機物を操る能力か……だけど、やっぱり魔力を感じない。こいつらは何を媒介に力を使ってるんだ?)


 それとも自分の右手のようにエネルギーを必要としない力なのか。異星人では理解し切れないのは当然かもしれない。


「ふむ。やはりお前はランチャーでないと倒せないようだ。しかしお前達は前と同じようにここで死に、お前の仲間達も今日で死ぬ」

「何だって……?」

「お前達が我々に攻撃を仕掛けて来たように、入れ違いで我々も攻撃を仕掛けた。この施設が破壊されるのも分かっていた。だから仕掛けを施した。先行した部隊が砲身を破壊し、この施設はビーコンを頼りにあのビルに落下する。それでジ・エンド。今日でお前達の価値の無い生命が完全に潰える。おめでとう」


 ボウが指をくいっと動かした。するとラプラスが放った弾丸が動き出し、拘束されている方のラプラスの側頭部を穿った。


「この女は有用だから生かしておいた。だがもう用済みだ」


 こうなる事も彼女は全て知っていたのだろう。しかしそれが分かっていても、目が弾けそうなほどの怒りと殺意は抑えられなかった。血で弾け飛ぶ代わりに目は深紅色の輝きを放ち、髪は白髪に変化して全身から『黒い炎のような何か』が噴き出した。


「っっっ……ぶっ殺してやるッッッッッッ!!!!!!」

「っ~~~マスター!!」


 この力の行使を快く思っていないラプラスがいつもの調子ならアーサーを止めていただろう。

 しかし今回だけは違った。


「酷いと思ってくれて良いです、都合が良いと軽蔑しても構いません! ですがお願いです!! 彼女の体をこれ以上好きにされるくらいなら、マスターの手で跡形も無く消し飛ばして下さいッ!!」


 自分勝手な物言いなのは重々承知だ。いつもは止めるくせにこんな時だけ力の行使を頼むなど、最低だろうと自分でも思う。

 確かに彼女は自分とは違うが自分自身だ。

 全てを失って、全てを利用されて、死後すら迷惑をかけるくらいなら愛する人の手で消されない。自分だったら絶対にそう思っている。


「ああ……!!」


 アーサーは応じた。

 彼女の事を自分勝手だとは思わない。ただアーサーがそうしたいと思っただけだ。ラプラスに酷い仕打ちをして、死後の安寧すら奪おうと言うなら、いっそのこと自分の手で彼女の体を葬ってやりたいと。

 だから―――


「―――『た■その■■を■け■■(イクス・カリバー)めに』ッッッ!!!!!!」


 アーサーの掌から放たれた黒い極光が、息を引き取ったラプラスの体ごと機械兵を飲み込んで『消滅』させる。数秒の照射のあと、そこに残っていたのは白い光を放つ『未来』の『魔神石』だけだった。

 アーサーは『消滅』の力を抑えて元に戻ると、『魔神石』の方に近づいて拾い上げた。


「……ボウには逃げられた。倒せた感触が無い」

「ええ……ですがマスター」

「分かってる。感傷に浸ってる暇も追いかける暇も無い。すぐにジェームズの娘さんを助けに行こう」


『魔神石』をウエストバッグに仕舞って今度は二人で一緒の方向に走り出す。


(……大丈夫だよな。何とかしてるよな……みんな!!)


 当然、不安はある。

 しかしメアに全て任せたし、透夜(とうや)もミオの為なら死力を尽くすだろう。それにネミリアと(つむぎ)だって一緒にいる。トラブルはあるだろうが、きっと上手くやっているはずだ。そう信じられる。

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