(無題)The_Force_of_Gravity.
ジェット機は入って来た通路を抜けて再び巨大な空間に出ると、最終目的である重力球を尻目に別の通路に入って行く。
同じような発着場でスゥの姿は見えないが、アーサーにはしっかりと感じ取れていた。ジェット機を停泊させて外に出ると、どよめく異星人の中からいきなりスゥ達が現れた。
「良かった……。レン君が来るのがあと一分遅かったら透明化が解けてたよ……」
疲弊し切っているスゥは笑みを作ってそう言うと、アーサーの姿を見て安心したのか意識を失って倒れて来た。アーサーはそれを抱き留めて耳元で囁く。
「……お疲れ、スゥ。ゆっくり休んでくれ」
ここに来てからほとんど魔術を使いっぱなしだったのだ。むしろここまでよく持った方だろう。これまで普通の生活をしていたスゥが倒れるまで頑張ったのだ。ここから先は本職の自分達が頑張る番だ。
スゥや他のみんなと一緒にジェット機の中に戻る。操縦席からラプラスも後ろに来ていた。すぐに『ポラリス王国』にジェット機を向かわせようと思っていたアーサーに、ジェームズが待ったをかける。
「私達の首輪を外すか壊すかしないと位置を特定される。それに毒針が仕込まれているから無理矢理外そうとしたり、向こうに痺れを切らされたら毒針を出されて殺される。まだ逃げきれていない。アーサー、首輪の除去は君がやってくれ」
「俺が? いやどうやって。ピッキングなんて出来ないぞ?」
「誰もそんなものに期待していない。『珂流』を使うんだ。内部にダメージが浸透すると説明しただろう? 上手く使えば首輪を握り潰して取り外せる。現に君はやっていた」
「……オーケー。ただ俺はやった事がない。練習しながらになるぞ」
期待されるのは良いが、出来て当然のように語られてもそれは未来の自分の事だ。『珂流』の事はつい先程聞いたばかりで、理解しているのと実現できるのとでは話が違う。とにかくダメ元でまずジェームズの首輪を『シャスティフォル』を発動させた右手で掴む。念のため握り潰そうとしてみたがビクともしない。
「良いか。脱力した状態から徐々に力を込めると同時に同じように魔力を流し、握り潰す瞬間に最大の力と魔力を込めるんだ。私が君から聞いたコツはそれだけだ。出来ないなら自分を恨め」
「おそらく本来の威力を生み出すには力と魔力の移動を早くする必要があるはずです。攻撃とは不変の力学で、パンチ一つでも運動エネルギーを効率よく拳に流すように体を動かしています。そこに全身に散っている無駄な魔力の加速と運動エネルギーをプラスする。おそらく『珂流』の原理はそんな所です」
「とにかく徐々に力と魔力を流すんだな。失敗しても文句言うなよ」
ふう、自分を落ち着けるように呼吸をした。全身を脱力させて、徐々に力と魔力を右手に集めていくイメージを浮かべて実行する。いつもは素早く行っている事をゆっくりやる事に焦燥感にも似た思いを感じながら、徐々に力と魔力を込める速度を上げて行き、焦らないように心掛けて最大になる瞬間に右手を一気に握り締めた。
ぐしゃ、とアーサーの手の中で鋼鉄の首輪がまるで豆腐のようにボロボロになった。それを一番信じられないといった風に見ていたのはアーサーで、掌から落ちる破片を最後まで見届けた。
「出来たぞ……これが『珂流』か。凄いな」
「まだまだ安定はしないだろう。タイミングが自由な今と違い、戦闘時に使う難易度は跳ね上がるはずだ。時間が無い。両手を使って二人同時に首輪を外して行こう」
それから流れるように……とはいかなかった。片手は失敗したり、両手とも失敗したり、偶々両手とも上手く行ったりなど、成功率が安定しない。戦闘になれば成功率はさらに下がるだろう。実用的に使うにはまだまだ練習が必要だ。
とりあえず全員分の首輪は外し終わったので、アーサーはジェット機の外に出た。その後にラプラスとジェームズも付いて来る。
「自動操縦機能があったので『ポラリス王国』にセットしました。誰でもエンジンを入れれば自動で向かいます」
「流石だな。質問の前に答えるなんて」
「ただ懸念が一つ、スゥさんの力が無いと存在がバレます」
その指摘には流石にアーサーも口を開いて声が出なかった。小さなロケットならともかく、中型のジェット機では初速が遅いし目立ち過ぎる。すぐに落とされてしまうだろう。
「……どうする?」
「二つ策があります。どちらも現実的ではありませんが、まずスゥさんが起きるまで待つプラン。次にジェット機を追えない状況を作るプランです」
「つまり先に異星を破壊して、そのどさくさに紛れて脱出する訳だな。それで行こう」
プランが定まったなら後は行動するだけだ。それにエリナもずっと待たせている。異星を破壊するのは早いに越したことはない。
「ジェームズ。スゥとみんなの事を頼む。破壊できるまで大人しく、何かがあれば俺達を待たずにジェット機を動かせ」
「いや、待ってくれ」
しかし出ばなを挫くようにジェームズから待ったが掛かった。
そして彼は戦場に向かうアーサーとラプラスに向かって言う。
「実は一人、二〇年前の『ディッパーズ』の生き残りがいる。今でも幽閉されているんだ。場所の地図はここにある。君達二人は彼女に会いに行かなければならない」
「俺達二人が?」
「そうだ。必ず君達二人だ。そう頼まれている」
それが誰なのかまでは言うつもりが無いらしい。
言うまでもなくアーサーの体は一つだ。つまり重力球の破壊か仲間の救出、どちらかにしか向かう事ができない。
「それに私も行かなくてはならない」
「は? 行くってどこに……」
「実は……その、娘がここにいるんだ」
素直に答えたのは良いが妙に歯切れが悪い。まだ隠し事をしているのは明白だ。
「もうずっと会っていないが、まだ生きている。救いに行かなければ」
「さっき言ってたやる事ってそれか……どうして今まで黙ってたんだ」
「それは……」
「奥さんが異星人だからでは?」
割と重要な秘密の告白をする場面だったはずだが、ラプラスが一発で看破して空気をぶち壊した。
アーサーは慣れたものだがジェームズには刺激が強すぎたらしい。驚きの表情を浮かべるジェームズの視線を受けながら、しかしラプラスは平坦な口調で答える。
「そんなに驚かないで下さい。行間を読んだんです。他に娘さんの事を私達に黙っている理由が見当たらなかったので。それに相手が異星人だからといって恋仲にならないとは限らないでしょう?」
「……君の彼女は相変わらず凄まじいな。隠し事はできないんじゃないか?」
「だから良いんだろ。する必要が無いし」
そもそもアーサーにとってラプラスは半身に等しい。様々な状況で頼る相手に隠し事をするなど愚策だ。それは正確な観測の妨げになる。男としての見栄で強がることや誤魔化すことはあっても、自分より信頼してる相手に不必要な隠し事はしない。
「とにかく娘さんの事も任せろ。場所を教えてくれたら俺達が向かう。あんたはここで待っててくれ」
「しかし……」
「だったらハッキリ言う。あんたが行っても死ぬだけだ。誰も救えない。でも俺達なら救えるはずだ」
「……、」
受け取った地図を突き返す。それはもう一人の救出対象の位置を示せという合図だった。ジェームズはしばし迷った後、指で地図の一ヵ所を差した。
「……娘はここにいる」
「分かった。まず俺とエリナは重力球を破壊する。ラプラスはその間に『ディッパーズ』の生き残りを探してくれ。こっちが片付いたら合流する。その後は四人で彼の娘の救出だ。無茶はするなよ」
「マスターこそ。……物語だとここはキスをして別れる場面では?」
「でも死亡フラグじゃないか? そういうのはエンドロールにやるもんだろ。帰ったら埋め合わせはする、先日した約束通り」
「では楽しみにしています」
そして二人は真逆の方向に向かって走り出す。
アーサーは乗り物は使わずに発着場から飛び出した。そして壁を蹴って重力球の見える巨大な空間に生身で飛び出した。適当な角度で落ちていくが、向かう先に重力球があるので勝手に引き寄せられていく。
すぐにもう一人、生身の少女が横に並んだ。
「やっほー、王様。無事で良かった」
「エリナこそ。準備は良いか?」
「任せて」
重力球の周りから防衛装置の無人ロケットやミサイルが飛んでくる。しかしそれらは全てエリナの重力操作の魔術で全方位から荷重を掛けられて押し潰される。
そうこうしている内にも、表現が少し変だがアーサーとエリナの落下速度が増していく。それは同時に重力球への距離が縮まって来ている事を意味している。
「頼む、エリナ!」
「うん! 『重力操作』―――『無重力界』!!」
重力球の重力と相反するように、エリナが周囲の重力を操作する。
もう加速はしない。重力に潰される事もない。アーサーは開いた右手をとてつもなくデカい重力球に向けて突き出した。
接触し、大きすぎる魔力を数秒かけて掌握する。
今更ながらに自分の右手に宿る力が、いかに常識外れで凄まじい力なのかが分かる。こんな人の身に余る魔力を支配下に置いてなお、自分には一切の負担が無いのだ。よくよく考えれば普通ではない。
しかし今は構わない。ここに力があってみんなを守れる。それだけ分かっていれば十分だ。
やがて重力球全体にヒビが入って砕け散る。中心には四つの『魔神石』があった。紫紺の『無限』、漆黒の『時間』、茶色の『大地』。そして今まで見覚えの無い空色の『魔神石』だった。アーサーはその四つの『魔神石』を手中に収める。
「凄い力を感じる……それを使えばあのランチャーって人にも勝てない?」
「そう単純じゃない。『一二災の子供達』経由の限定的な力の行使だけでも体にかかる負担は計り知れないんだ。前に追いつけられて『大地』の力を使った時はフィードバックが無かったけど、正直ギャンブルに近い。右手があっても軽減できるだけで、生身のエリナが使えば多分死ぬ。本来これは人が触れて良い代物じゃないんだ」
「うーん、やっぱり上手い話には裏があるんだね」
つまり触れない方が良いという事だ。危険物はさっさとウエストバッグの中に仕舞う。
すると重力球を破壊した影響だろうか。けたたましいサイレンと真っ赤な光の点滅が全体に変化をもたらす。
『非常事態発生。コアが破壊されました。人工重力と大気を発生させます。六〇分以内に避難を完了させて下さい。繰り返します、非常事態発生―――』
何度も繰り返される警報。さらに全体の壁のあちこちからこちらに黒い光が照射された。エリナと共に中心地から逃れると、黒い光はぶつかり合って巨大な球になる。それが重力球と同じ重力を生み出していた。
「この異星全体のエネルギーで『魔神石』と同じ役割を作ってるのか……」
「それより王様、エリナ達も早く逃げないと! みんなはどこにいるの!?」
「……そうだな。あの穴に向かってくれ。みんなそこにいる」
方向を指示するとエリナが重力を操作して方向を変える。ちらりとエリナの顔色を見ると、いつも通り明るく振舞っているが確かな疲労の色が見えた。やはり重力を操るのは魔力の燃費が悪いのだろう。目的の場所まで辿り着けたが、発着場に着いたと同時に膝を折った。
「エリナ!」
「大丈夫だよ……王様。ちょっと休めば……まだ戦える」
「分かったからジェット機で少し休め。俺はまだ野望用が残ってる。済んだらすぐに戻るから」
「だったらエリナも……」
「ダメだ」
すぐに否定してエリナの動きを完全に止めた。『回路』を繋いでいるので体内魔力の掌握は造作もなかった。ただでさえ疲労で動けないエリナの体が完全に動かなくなり、アーサーは彼女の腕を首にかけて体を支えながらジェット機にいる人達に後は任せる。
「王様ひどい……」
「仲間を使い潰す王様にはなりたくないんでね。こんな俺だけど今後ともよろしく」
悪びれる様子も見せずに謝って、エリナの姿が見えなくなるとジェームズに向かって小声で話しかける。
「彼女の事も頼む」
「ああ、任せてくれ」
「それから厳守して欲しい。ここが崩壊するリミットまで五〇分だ。もし俺が戻らなくても絶対に待つな。発進を自動に合わせて、誰に止められても絶対に逃げろ」
「……分かった」
ジェームズの答えに満足したアーサーはラプラスの位置を意識して走り出した。なんだかんだでアーサーも動き続けているが体力には自信がある。妥協せず全速力で施設の中を駆け抜けていく。
その先に誰が待っているのかなんて、この時の彼は知りもしないまま。